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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
断絃望めず
25/42

とある日の、保健室

誤字脱字を見つけ次第、直します。

香坂裕太はいつものように保健室に来て、扉を開け――――速攻で扉を閉めた。

「・・・疲れて、るんでしょうか?」

眼をこすり、首を三回程横に振ってから再度、扉を開けた。

保健室にある手前のベッドに、見慣れた人物が横たわっていた。正確には、男が男を押し倒しているのだが。

はて、彼は同性愛者だっただろうか? 真剣に考える程に、香坂は混乱していた。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

とりあえず、邪魔をしないでおこう。

「まって、待ってください香坂先輩! 多大な勘違いをして去らないで!」

押し倒している方――霧生昶が必死の呼び掛けに、香坂は仕方なくドアから手を放した。

溜息をつき、改めて現状を確認する。

はて、何が「多大な勘違い」なのだろう。状況を見る限り、霧生が柏木を押し倒していることに間違いはない。何度見ても、眼をこすっても、頭を振っても現実は変わらない。

眼の前の光景は間違いなく――――男が、男を押し倒している姿しか映さないのだから。

「その状況で勘違いだと言われても、照れ隠しとしか・・・。ああ、安心してください。霧生君が同性愛者でも僕は気にしません。例え恋人がいるのに男を押し倒す人間だったとしても、僕は変わらぬ友愛を捧げましょう。――――引いていいですか?」

「矛盾だ!」

物理的に距離をとる香坂に霧生は泣いた。

「本当に何でもないんですよ柏木が素直に横にならないから実力行使をしたと言うか西城がさせていったと言うかてか西城が悪い!」

「息継ぎはちゃんとした方がいいですよ、霧生くん。そして西城さんの責任にしない」

この場にいない人間に責任転換するのは、男としてどうかと思う。内心でそう思いつつ、香坂は押し倒された状態の柏木を見て、すぐに眼をそらした。

あれは駄目だ。蔑んだ眼で霧生を見上げる柏木の顔は、お世辞にも機嫌が良いとは思えない。

むしろ――――。

「煩い、黙れ、喧しいんだよ」

悪人すら怯えるだろうその表情、まさに悪鬼羅刹が如くだ。

「人が寝てる傍で、ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーと・・・犬畜生か? 躾のいってね畜生なら、俺が直々に躾けてやろうか? あ゛ぁ゛?」

「・・・ご、ごめんな・・・さ、い」

押さえた手を逆にひかれ、頭突きをされた霧生が痛みに耐えつつ謝罪する。

いい音がした。場違いにもそう思った時点で、香坂は現実逃避していた。

寝起きが悪いとは聞いていたが、これほどとは知らなかった。しかし、見事なドスと脅しだ。変に関心を抱き、香坂は常の笑顔を浮かべて柏木に声をかけた。

「まぁまぁ、柏木君。霧生君だって悪気があった訳じゃ」

「人が安眠してる傍で喧しく騒ぐのは悪気がないってか? はっ! じゃあアンタも体験んしてみろよ。寝てる傍で冬歌との仲はどうだとか、副会長との噂やら、体育委員の不正は事実だとか、安眠を妨害するレベルの音量で言われてみろよ。その上、ベッドの近くでどたばたと喧しく騒がれても悪意がないって言えるのかよ?」

「霧生君、骨は拾いますから成仏してください」

香坂はあっさり、霧生を見捨てることにした。

これはどう考えても霧生が悪い。いや、考えなくても霧生が悪い。

寝ている人間の傍で一体、何をやっているんだ。ある意味は称賛できるが、愚者の行いでしかない。自分で蒔いた種は、自分で何とかしろ。他人を巻き込むな。

「可愛い後輩を助けてくれたっていいじゃないか!」

「先輩を敬う心があるなら、巻き込まないでください」

「黙れって言っただろうが、その耳は飾りか? 削ぐぞ」

「すいませんでした」

柏木から三歩離れ、霧生が見事な土下座を披露した。

見栄どころかプライドすらない。いや、そんなもの柏木の前では塵に等しいゴミでしかなかった。

心臓を掴まれたような、生きた心地のしないこの場所では霧生の判断は正しい。まさに生存本能。生きるための選択とは素晴らしい。この世は弱肉強食。強者に逆らって生きていられるほど、この世は生温かくない。

そう――――香坂はしみじみと、霧生は切実に思った。

「――――――――――――冬歌は?」

怒りが静まったのか、はたまた眠気が覚めたのか、柏木が普段と変わらぬ声音で尋ねてきた。

「あっと・・・西城は用事が出来たとか言って、どっかに行った」

「用事・・・って、どこに」

「え? 知らない」

「聞けよ、馬鹿が」

「寝てた人間に言われたくねぇ! ・・・あ、すいません。ごめんなさい。謝るから殴らないでっ」

理不尽! と言う霧生の声が聞こえた気がしたが、香坂は綺麗に無視した。

「昼食もそこそこに・・・どこに行ったんでしょうかね?」

テーブルにある、食べかけのゴマのベーグルと冷めた珈琲は西城がいた証だろう。香坂はふむっと顎に手をあて、首を傾けた。

「西城さんはパン好きですね」

「いや、それ今関係ない」

霧生が真顔でツッコンだ。

「あーっと・・・。西城の携帯にメールが来たみたいで、それを確認した途端に『用事が出来た』って言ってたから・・・。佐伯か東雲あたりに呼ばれたんじゃないか?」

「え? 佐伯さんならいつもの追いかけっこをしていますよ。ほら」

瞬いた香坂は窓を指差し、陸上部が思わずスカウトしたくなるほどの俊足で駆ける佐伯と、まったく息切れもなく笑顔で追いかける井上を視界に映した。

ドップラー現象で叫ぶ佐伯は憐れだが、これで当分、井上の被害に遭う女性とはいないだろう。安心して成仏してほしい。心の中で手を合わせ、香坂は佐伯を見捨てた。

霧生はその姿を見てから、ぽりぽりと頬をかく。

「じゃあ、あれは誰が・・・」

ふいに、何か思い出したのか言葉を続ける。

「・・・なぁ、柏木。西城が無表情ながらも眼が不穏な時って、どんな場合がある?」

「喧嘩を売られた時」

「即答か・・・。じゃあ、あの時の西城はまさにソレだったんだな」

「ソレって、携帯を見た時?」

「そうですよ、香坂先輩」

霧生は頷いて、年寄り臭い台詞を吐きながら立ちあがった。

「西城、携帯を見てからなーんか様子がおかしくて。俺が尋ねても『ちょっとした野暮用が出来ただけだよ』って嫌に綺麗な笑顔を見せて・・・。あれ、今思えば中学の時と同じ顔だったな。柏木に恋した乙女から売られた喧嘩を買った時と同じだった、うん。同じだ、おな」

最後まで言えず、霧生は柏木によって横に蹴り飛ばされた。

派手に壁にぶつかる音がしたけれど、受け身がとれるようになった霧生のことだ。あまりダメージは受けていないだろう。香坂はすぐさま思考を霧生から西城へと映し、視線を柏木に向けた。

案の定――――全ての感情を消し去って無表情になっている。

「へぇ・・・・・・。俺の女に手を出す人間がまだいたんだ」

「本人が全力で否定してるのに、俺の女発言。流石は柏木。逃がす気がまったくないな」

呆れた表情で、感心したように言う霧生に柏木が当然だとばかりに頷いた。

いや、当然じゃない。――ツッコミを入れる勇気は、香坂にはなかった。

香坂は可笑しな空気になりそうなので、話題を戻すことにした。

「そうなると、セオリー的に校舎裏か屋上、体育館倉庫にいそうですね。中学の時を考えれば、人気の少ない教室――と言うこともありえそうですけど」

「校舎裏だ」

「・・・理由は?」

「冬歌が面倒くさがりだから」

理由になっていない。

「面倒事が嫌いな冬歌が、呼び出しだからってわざわざ足を運ぶはずがない。行ったのは喧嘩を売られたからだろう。面倒くさがりの癖に、敵には一切の容赦も遠慮もなく完膚なきまでに叩きのめし、泣いて謝るまでダメージを与える冬歌だ。携帯に送られた内容は十中八九、冬歌の琴線に触れた事柄だ」

「と、言うことは・・・。メールの内容は」

霧生が柏木を見た。

香坂も柏木を見る。

「柏木関係か」

「柏木君関係ですね」

それ以外に何もない。

「中学の時と同じように『勘違いした脳みそお花畑の、平平凡凡を絵に描いたいるだけで害悪で害虫で阻害でしかない、邪魔者以外の何者でもない幼馴染へ』から始まる文面だろうな」

「それでその後は罵詈雑言。事実無根の言葉の羅列。子供染みた脅しの文字・・・ですね」

過去、西城に送られた嫌がらせメールと脅迫状、呪いの手紙じみたモノを思い出し、霧生は嫌悪感をあらわに、香坂は忌々しそうに顔をゆがめた。まったくもって――幼稚だ。

西城に嫌がらせをするより、自分を磨くことに尽力すればいいものを。

何がどうして、あんな馬鹿でふざけた真似をすることに・・・。ソレをしなければ、西城からトラウマを山のように植えつけられなかっただろうし、柏木から冷遇されることもなかっただろうに。

「そう言えば、中学時代の彼女達って・・・揃って遠方に引っ越しましたよね。不自然にならない転校の仕方で」

「転校出来ない奴は、まったく別の高校に入学したっけ。あれだけ柏木に熱を上げてたのに、卒業するまで一切、関わらず近寄らず眼を合わせずだったよな」

「・・・家族ごと引っ越しって、一体、何があったんでしょうね」

「人の心って、硝子よりも脆いモノだって実感したっけな」

「何か言いたそうに俺を見るな。鬱陶しい。・・・・・・言っておくが、犯罪行為はしってないからな。一応」

・・・一応、が怪しい。

口から出かけた言葉を飲みこみ、香坂は年上の余裕を持って笑みを浮かべた。対して霧生は何とも複雑な表情をし、「犯罪予備軍」と呟いて柏木に殴られている。口は災いのもと。

くわばら、くわばら。

「それで、柏木君。どうして西城さんが校舎裏にいると?」

「保健室から近いから」

またしても即答の答えに、しかし、香坂も霧生も頷いた。

面倒くさいことが嫌いな西城が、呼び出しを無視せず行ったのは近場を指定されたからだ。むしろそれ以外に考えられない。あの面倒くさがりの西城だから。

霧生はスマホを取り出し、画面を操作する。

「――――とりあえず、東雲に連絡して風紀委員に動いてもらうか」

「いや、俺が行って片をつけてくる」

「・・・・・・後始末要因として、呼んでおくよ。あ、新聞に載せていいか?」

「冬歌と俺を出さないなら」

「OK! 任せておけ! よーし、これで今週の締め切りも何とか間に合う!」

了承を得た霧生は鼻歌まじりにメールを作成し、東雲に簡潔に内容を送信した。

「俺は一緒に行きますけど、香坂先輩はどうします?」

「保健室にいますよ。・・・あ、西城さんに昼食の残りどうするか聞いておいてください。食べないなら処分しますよ、って」

何だか場違いな内容だが、霧生は深く考えずに頷いた。

テーブルに置いた一眼レフカメラを首に下げ、保健室から出て行こうとする柏木の後を追いかける。途中、何か余計なことを言ったようで、柏木にデコピンをくらっていた。

仲が良いな。香坂は保険医の席に腰を下ろし、のほほんと微笑んだ。

「・・・それにしても西城さんは」

閉まった扉から視線を窓に向け、空を見上げる。

「柏木君並に、トラウマを作るのが上手いですよね。本当」


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