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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
断絃望めず
24/42

幼馴染だから

誤字脱字を見つけ次第、直します。

水曜日の昼休み――。

悠乃が変わらず、井上先輩に追いかけられている。その光景がある意味、日常の風景と化してきた今日この頃。

私は眼の前の答案用紙とにらめっこしていた。

・・・・・・何度、答案用紙を見直してもぺけの数は減らない。点数も変わらない。――――赤点だ。

「数学なんて滅べばいい」

「いや、英語の方が滅べばいいんだ」

私と同じ、いや、私以上に悲愴な顔をした夏目がぐしゃりと答案用紙を握りつぶした。

「英語なんて、日本にいる限り使う必要なんてねーんだよ!」

ある意味、正論だ。

けど、ちらりと見えた2の点数は流石にない。むしろ、どうやってとった。思わず聞きたくなる程に、英語の成績が悪すぎるだろう。・・・・・・とは、人のこと言えないけど。

数学の答案用紙を四つ折りし、鞄にしまった。点数もぺけも、とりあえず忘れよう。

「追試って、いつだったかな」

「土曜日の放課後だってさ。俺、その日に用事があったのに・・・触れあい動物園に行く予定が」

「動物好きだね。嫌われてるのに」

「煩い、ほっとけ!」

しまった、泣かせてしまった。

「猫や犬に触れあえるなら、ひっかかれても噛まれても我慢できるけど一方通行の愛って空しいっ!」

夏目の両手にある、新しい傷跡を見て思う。――そこまでして触りたいのか。

動物好きもここまでくれはもう、病気と言っても別に問題ないかもしれない。と言うか、夏目は重篤(じゅうとく)な位置まで来ている気がする。

動物に対し、ここまで愛を語り、一方通行の辛さを訴える姿は異様だ。

周りにいたはずの同級生が、こぞって遠ざかっている。そのことに夏目は当然、気づいていない。と言うより、教室から人がいない・・・だと!

(・・・生贄にされた気分)

こうなると夏目の話が長い上に鬱陶しいと、クラスメイト全員が知っているから逃走したのか。私を置いて。

「動物は痩せても太っても可愛い! 不細工な顔でも愛嬌があり、人間にはない可愛さを見せてくれるんだ!」

・・・・・・よし、私も逃げよう。

そろりと音をたてずに席を立ち、教室から退避した。夏目は――――気づかず、一人で語っている。

思う存分、暫く一人の世界を楽しんでくれ。

変な噂は霧生に頼んで消してもらうから、安心しろ。人の噂も75日って言うし・・・たぶん、大丈夫だと思う。

合掌し、そそくさと教室から離れた。

「それにしても・・・うーん。追試対策、どーしよーかなー」

鞄を抱え直し、真剣に考える。

「土曜日まで時間ないし、数学は苦手教科だし・・・暗記は無理だし」

友人に教えてもらおうか・・・いや、駄目だ。

悠乃は井上先輩から逃げるので必死だし、暦は委員会があって時間がない。ありさは浅都と一緒にいる時間が少なくなるからって断るだろうし・・・って、あれ。今更だけど、ありさって友情より恋をとる人間か?

いや、本当に今更だった。

浅都と恋人になる前から、友情より恋を優先していたし。付き合いだしたら余計にひどくなったし。・・・友情って何だっけ? と思った瞬間だったなー。

「悠乃達が無理なら・・・」

霧生達に頼むべきか?

いやでもなー・・・。

「浅都はありさ関係で無理だし、霧生は私と同じで数学苦手だし、秦はスパルタだから除外。・・・香坂先輩に頼ろうかな」

「何でそこで柏木を頼らないんだよ!」

「うひぃ!?」

背後から怒鳴られ、変な声が出てしまった。

「うひぃって、西城・・・お前。女なんだからもう少しこう、可愛げのある悲鳴を上げろよ」

「煩いよ、ほっといて、霧生の馬鹿!」

呆れながら肩を竦める霧生に叫ぶけど、どこ吹く風。

飄々とした笑顔で一眼レフカメラを構え、フラッシュをたいた。・・・そのカメラ、壊してやろうか?

ほんの少し、本気を込めて霧生を見れば何かを察したのか、カメラを庇った。目聡いな。

「俺のカメラ()を害すなよ!」

「ちっ・・・そんなことしないよ」

「舌打ちしたのにっ?!」

「嫌だなー、友人を信じてよ」

「笑顔が嘘臭い!」

じりじりと私から距離をとる霧生は、本気で警戒している。

まったく、失敬な。冗談だって言うのに・・・・・・二割は。

「それで、柏木が何だって?」

「・・・いや、勉強を教わるなら柏木が一番だろう? 西城の幼馴染だし、お隣さんだし、何より西城に惚れてるし」

「うん、意味が解らない」

「解れよ!」

怒られる意味も解らん。

「仮にも恋人なんだから、彼氏を頼ってやれよ! 柏木が憐れだぞ」

「誰と誰が恋人だ。私に彼氏はいない!」

「もはや西城と柏木は公認された恋人同士だ、諦めろ」

「嫌だ!」

力一杯に、拒否を口にしたら霧生が何とも言えない複雑な表情をした。

・・・何で拒絶しただけで、そんな顔を向けられなきゃいけない。解せん。

不満に頬を膨らませれば、溜息をつかれた上に可哀想な子を見る眼を向けられた。・・・解せん。

「じゃあ、言い方を変えるぞ。――――学年主席に教われば、追試も余裕だろう。だから、柏木を頼れって」

「断る」

「何でだよ!」

「柏木に頼るくらいなら自力でやる」

「・・・真顔で言うか」

ああ、言ってやろう。

柏木に縋って、頼るくらいなら死に物狂いで勉強してやる。

ふっ・・・。数学が壊滅的に苦手な私でも、睡眠時間を減らして勉強すれば何とかなる。たぶん、きっと、おそらく・・・根性で、大丈夫。

とにかく、だ。

柏木に教えてもらうことだけは、絶対に避けたい!

「何でそこまで嫌がるんだよ」

「・・・・・・別に、理由なんてないよ」

「あるのか」

「ないよ」

「即答が嘘臭い」

確かに嘘だけど、言えるか。

柏木に勉強を教わると――――何だか緊張して、集中できないなんてこと。

別段、普段と変わらない距離なのにやけに柏木を意識するし、時たま触れる手やら腕やらが・・・その。うん、何だか居心地悪いし、気恥ずかしい上に後々で「柏木相手に何で・・・っ」と項垂れるので嫌なんだ。

本当、何で柏木相手にっ。

・・・それになにより、だ。

何だか今、柏木に勉強を教わると代価をとられそうな気がする。・・・何を欲しがるのか知らないけど、どうしても予感がして仕方がない。――故に、頼らない。

「霧生は今回の数学、大丈夫だったの?」

「・・・・・・まぁ、今回はぎりぎりで追試は免れたけど」

何か言いたげだが、追及を許さずそのまま会話を進めた。

「え、嘘だ。私と同じくらい数学が駄目な霧生が? ・・・・・カンニング? 不正行為だったら、風紀委員に知らせなきゃ」

「違う! 俺の、実力だ!」

「・・・・・・・・・」

「そんな疑心な眼を向けるなって、本当だからっ」

涙眼で訴える霧生に、何と答えればいいんだろうか?

「赤点とったら、どんな羞恥プレイを受けるかと思ったら人間、死ぬ気で勉強ぐらい出来るんだよ!」

「羞恥・・・プレイ?」

「最近、コスプレにはまってるからって・・・俺を巻き込まないでくれっ」

「こすぷれ?」

霧生が真っ赤な顔で喚いた単語の意味が、いまいちよく判らない。

誰が羞恥プレイを受けて、何がどうしてコスプレ? と言うか、どう言う状況でそう言う展開になるの?

ハンカチを噛む勢いで嘆く霧生に、私は首を傾げるしか出来ない。

いや、本当・・・意味が解らない。

「ねぇ・・・羞恥プレイって何?」

「忘れてくれっ」

「じゃあ、コスプレは?」

「コスチュームプレイ」

「冬歌に変な言葉を教えるな、馬鹿がっ」

「ふべしっ!?」

霧生が視界から消えて、驚いて下を見れば口を押さえた姿がある。たぶん、舌を噛んだんだろうな。涙眼で何事かを呻いて、痛みに悶えている。・・・何か、ごめん。

視線を上に戻せば、不機嫌な顔で蹴りの体勢を解いた柏木がいて・・・・・・。蹴った、いや、踵落としでも決めたのか? いやいや、それよりも無防備な人間に攻撃しないでよ。危ないから。

「ふぁじふぁぎ、あひふんふぁ」

「何言ってるか解らんが、昶が悪い」

冷めた眼で霧生を見下ろす柏木が、口元にだけ笑みを浮かべて言葉を続けた。

「冬歌に変な単語を教えるなと、あれほど言ったよな・・・・・・?」

糸がピンと張ったような、緊張感が漂い、柏木から底冷えするような殺気が放たれる。身震いするほどのそれを直で浴びる霧生の顔は青を通り越して白く、恐怖で固まっていた。

・・・私は時々、柏木は本当に堅気の人間なのかと疑いたくなる。

幼馴染として過ごしてきたから、柏木が間違いなく一般人だって言うのは判る。が、放つ殺気が冷たく痛い。普通の人間がこんな気を放てるのか? と疑問を抱くほどに、眼力と言うか何と言うか・・・とにかく、そう言うのが普通と違う。

追撃とばかりに霧生を床に倒し、背中を容赦なく踏んだ上に体重をかけて動けないようにするのは・・・。あ、関節技決めた。右腕、痛そう。

「人目がないからって・・・いつにも増して酷い」

「ちょっ、西城! 見てないで助けてくれよっ。俺、また入院なんてやだよぉぉぉぉぉおおおぉぉいだ、いだだだだだだだだだだだっ!」

SOSを出されても・・・。

ちらりと柏木を見れば、無表情で霧生に攻撃を仕掛けている。無言で攻撃する姿は恐ろしいが・・・それよりも。

「柏木」

霧生の声にかき消されたはずなのに、聞こえたのか柏木の動きが止まった。

「保健室に行こうか」

「・・・・・・・・・・・・は?」

関節技を決められながら、呆けた声を出す霧生が不思議そうに柏木を見た。見られた当人はやはり無言で、けれど動きを止めたままぴくりとも動かない。

「保健室、行こう」

「え? は・・・? 何で保健室?」

霧生の問いに答えず、柏木に近づいて頬に触れる。

柏木が霧生から手を放し、頬に触れる私の手に手を重ねた。暖かい。

それを確認して、息を吐きだして苦笑した。

「寝不足で不機嫌だからって、霧生に当たるより保健室で寝た方がいいのに」

「寝不足・・・え? 誰が?」

「柏木が」

「はあ?!」

「煩い」

霧生が殴られ、床に伏せた。

柏木は霧生を殴った拳をそのままに、困惑した顔で私を見る。視線を彷徨わせ、重ねた手に力を入れた。少し・・・痛いな。

「何で・・・分かったんだ、冬歌?」

「何でって・・・」

おかしなことを聞く。

「普通なら朝、一緒に登校するのにしなかった時点で変だなって思ってたんだ。学校にいても、普段なら用件がなくても傍にいようとするのにまったく近づかないし、藍染さんをあしらうのもいつもより雑だったし、体温高いし・・・まぁ、あげればきりはないけど」

気づいた要因として大きいのは間違いなく――――。

「幼馴染だからね。体調が悪いとかどうかんなんて、見れば分かるよ」

「・・・・・・そ、か」

間の抜けた顔も一瞬で、柏木は心底嬉しそうに破顔した。

「やっぱり冬歌、愛してる」

「脈略が解らないんだけど」

そして抱きつくな、鬱陶しい。

「で、何で寝不足なの? 夜間のバイトが原因?」

「それもあるけど、一番は書類と採決だな。もう少ししたら体育祭があるだろ? 体育委員が何故だかはりきって、馬鹿みたいに案を出してきやがった。普通でいいのに、何を思ったのか竹馬競技はまだいいけど、クラス対抗下駄を履いての大縄跳びとか、精神を抉る借り物競走とか・・・まぁ、そんなくだらない提案を書面にして来てな。量が量だから、家でも捌いてるんだが・・・正直言って、消し炭にしたい」

かなりお疲れなようだ。

眼が、人一人殺せるほど凶悪だ。きっと、消し炭にしたいのは書類じゃなくて――それを提出した人間だ。

誰だか解らないけど、逃げろ。

超逃げろ。

死にたくないなら逃げろ。

今すぐ逃げろ!

「あー・・・えっと、とりあえず、お疲れ様」

労りを込めて柏木の頬に触れた手とは逆の手で、柏木の頭を撫でたら気持ちよさそうに眼を細めた。まるで猫みたい。

と、油断したのがいけなかった。

抱きしめられた上に、首筋に頭を押し付けられる。髪の毛があたってくすぐったい。そして恥ずかしい。

「なぁ、そう言うことは俺を解放してからしてくれない?」

「あ、忘れてた」

「座布団が喋るな」

「・・・うん、もう何も言わないから早く退いてくれ」

諦めの色を瞳に宿す霧生は、もはや抵抗すらしていない。

それを見て飽きたのか、はたまた興味を失ったのか、柏木が素直に霧生から退いた。・・・いや、語弊だった。退く時に頭を軽く蹴っている。これは素直にとは言えない。霧生も文句言ってるし。

そして殴られる――と。

「何なんだよ、何だよ! 俺に当たるなよ、当事者に当たれよっ」

「いや・・・周りの眼があってそれが出来なくてな」

「猫を被るからだろーがっ!」

「猫は猫で使えるけど、別にどうでもいい奴に素を見せる必要もないだろ」

「・・・素直に喜べないって、それ」

霧生が項垂れ、頭を抱えた。

「とりあえず柏木、保健室に行って来いって。ついでに西城と保健室でメシでも食え。俺が奢ってやるから。んでもって休め。このままだと過労死するぞ。高校生で過労死なんて笑えないからな」

「極限を超えたら大抵が大丈夫になるから死なない」

「うん、寝ろ」

「・・・意味が解らないし、大丈夫じゃないよそれ。もういいから、早く保健室に行って寝て」

このままじゃ駄目だと判断して、柏木の背中を押したら逆に右手をとられた。何で?

「どうせならこっちが良いな、俺」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「心底嫌そうな顔するなよ、西城。保健室までの我慢だろ?」

「駄目か、冬歌・・・?」

諭すような霧生の言葉より、捨て犬のような眼を向ける柏木にドン引きだ。ああ、駄目だこれは。かなりの重症だ。早く寝せないと駄目な奴だ。

てか、捨て犬みたいな眼って・・・イケメンがやると効果覿面でクリティカルヒットだね。

美形耐性がついてる私ですら、ぐらりと来たよ。

恐ろしきかな、美形。

「保健室までだからね! あと霧生・・・私、ゴマのベーグルと珈琲が欲しいから買ってきて」

「ああうん、奢るって言ったからいいけど」

「じゃあ、俺はのり弁と緑茶」

「・・・・・・遠慮がまったくないな。わかった、わかった。買ってくるから保健室にいろよ?」

食堂に向かって駆けだした霧生の背を見送っていれば、ぐいっと腕を引っ張られた。何なんだいったい。怪訝になって柏木を見れば、眠そうな顔をしていて。

あ、限界か――悟った。

「香坂先輩、呼ぶ?」

「保健室に行くのに、呼ぶ必要なんてないだろう」

「途中で倒れられたら私、運べないよ?」

「大丈夫、心配するな」

保健室に行くまではちゃんと意識を保つから大丈夫、と言うことだろうか?

信用していいのか些か不安だけど、こうなった柏木は頑として頑なだ。そして何より、有言実行派。

あ、何だ別に大丈夫じゃないか。

「それじゃ、行こうか」

「・・・ああ」

何で、嬉しそうに笑った。

眠気で思考やらがおかしくなったの? 

「やっぱり冬歌の傍は・・・落ち着く」

幸せそうな声で告げた柏木に、何と言っていいのか分からない。だがとりあえず――。

「私からマイナスイオンは出てないからね」

「そう言う意味じゃない」

違ったようだ。


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