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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
絡まる綾糸
22/42

誘惑には抗えない 2

誤字脱字を見つけ次第、直します。

クラシックで、落ち着いた雰囲気の喫茶店――Fiore(フィオーネ)

柏木曰く、Fioneとはイタリア語で花を意味するそうだ。成程、だから花の絵や写真があるのか。店の雰囲気と合わないかも、なんて思うが違和感なく解け込めているから驚く。凄いな、コーディネートした人。

さて、そんな店を照らす証明は暖かなオレンジ色で、眼に優しく穏やかな気持ちにさせてくれる。

席数は少なく、店自体が解り辛い場所にあるため客はあまりいない。一見すれば、寂れた印象を与えるのだけど、それを覆すほどに珈琲が美味い。――だから店は潰れず、常連客も出来るのだろう。

格好つけたけどぶっちゃけて言えば、そんなことはどうでもいいんだけどね。

「・・・・・・・・・・・・幸せ」

珈琲に比べれば、些細なことだよ。

「おいしぃ・・・」

たぶんどころか絶対、私の顔はしまりのないとろけたモノになっているだろう。

でも、表情筋が戻らないんだから仕方がない。むしろ、戻せないほどに美味しい珈琲が悪い。いや、やっぱり珈琲は悪くない。だらしなく緩んだ頬の筋肉が悪い・・・はず。

・・・どーでもいっか。

面倒なことは早々にゴミ箱に捨てて、珈琲の余韻を楽しもう。うん、それがいい。

「ブレンド、美味しい」

ブラジル、コロンビア、キリマンジャロの組み合わせは王道だ。

うん、美味しい以外の言葉が見つからない。語呂が少ないのが悔やまれる。

「こっちも飲むか?」

「飲む!」

即答して、持っていたカップを置くと差し出されたカップを受け取り、一口飲んだ。・・・あーもう、美味しい。

でも、何のブレンドだろう? 今までに飲んだことがないタイプだ。

「オリジナル?」

「気まぐれマイ・ブレンド、だそうだよ」

「へぇ・・・ここのマスター凄いね」

気まぐれでこんな美味しいブレンドが作れるなんて。

「ありがと。あ、私のも飲む?」

「いや、いいよ。俺、そんなに珈琲好きじゃないし」

「・・・どっちかって言うと、お茶の方が好きだったね」

「しみじみ言うな。爺臭いとでも思ったか」

「うん、ごめん」

「素直に謝るなよ」

喉を鳴らして笑われた。

しかし・・・。テーブルに頬杖をつき、私を見る柏木はどこまでも楽しそうだ。何が面白いのかさっぱりだけど、変にちょっかいをかけられないから別に問題はない。面倒事じゃないし、放っておこう。

あー、でもただじっ、と見られるのは居心地が悪い。

珈琲を静かに味わえないじゃないか。まったく。

「じっと見るな、馬鹿。珈琲を飲め」

「幸せそうな冬歌を見る方が優先」

即答されて、言葉につまった。

なんでこう・・・さらりと言うかな。項垂れ、息を吐きだす。

「惚れた女が喜ぶ顔は、やっぱり格別だな」

恥ずかしい・・・。

うわー、絶対に顔が赤くなってる。だってほっぺが熱いもん。誤魔化すように珈琲を飲んで、柏木から視線をそらした。

あー、窓の外は平和だなー。

通行人が見えないけど、雀と野良猫が見えるよ。・・・猫が雀を襲った。なんてショッキング映像。おかげで顔の熱は下がったが、気分も下降した。げんなり。

「冬歌って、ゲーセンに行ったことあるか?」

「へ・・・何、突然? 悠乃に連れられて行ったことはあるけど・・・」

「じゃ、決定」

「は?」

「珈琲飲み終えたら、駅前のゲーセンに行こうぜ」

「え、やだよ」

私、今日はこのお店で珈琲を飲んで過ごしたい。

それにゲーセンって、ゲームが苦手な人間が行く場所じゃないと思うんだよね。何よりあの場所、煩くて苦手。悠乃はよく、毎日のように行けるなー。

金欠じゃない限り、今日もゲーセンに行ってるんだろうな。悠乃。

何か最近、銃のゲームがどうこうって言ってたし。

こくり、と珈琲を飲んでぼんやりと思考をめぐらせていたら、額に痛みが宿った。

「っい!?」

デコピン・・・地味に痛いっ。

「冬歌に拒否権はねぇよ」

「なんで!」

「この店の勘定、俺がもう払ったから。てか、さっき言質とっただろ? 忘れたのか」

「え、あ、や・・・忘れては・・・・・・。そ、それよりいつの間に支払い済ませたの?!」

「忘れてたな。支払いは・・・そうだなー。いつだろうなぁ・・・・・・?」

不敵に笑う柏木から、そっと顔をそらした。

いや、しかし・・・。約束を忘れていたことが気まずくて、けれど行く気もないからなんとか逃げ道を探してみるんだけど・・・。

「私、三杯は飲んでるんだけど」

「予想の範囲。ああ、もう一杯飲んでも平気だから、注文すればいい」

「・・・うぐぐ」

その余裕の笑顔が腹立たしい。

柏木が席を立ったのは一度だけ。その時にカウンターにいるマスターに話しかけ、会計を済ませたんだろう。――私が三杯、いや、四杯の珈琲を飲むと確信して余分に金銭を支払ったんだ。

むしろ、それ以外に考えられない。

うう・・・どうして気づかなかった、私。いくら珈琲に心を奪われていたとしても、柏木の動向には注意をしなきゃ駄目でしょうにっ。

「・・・ブレンド、おかわりで」

「それ飲んだら、ゲーセンな」

奢りだからって、調子に乗らなきゃよかった。







柏木によって強制的に恋人繋ぎをさせられ、やってきました駅前のゲームセンター――アルト。

店の外にあるUFOキャッチャーの前に、小学低学年ぐらいの女の子がいる。

何を見ているのかと疑問に思い、様子を伺えば・・・。景品の、風呂敷を背負った子犬のぬいぐるみを食い入るように見ていた。・・・かなりデフォルメされているけど、子犬の顔が妙に・・・可愛くない。あの少女は、何を思って凝視してるんだろう? 謎だ。

ちなみに――その隣のUFOキャッチャーには、オレンジ色が鮮やかな羊のぬいぐるみがあるのだけど・・・。

何で、魔法少女が持つようなステッキが毛に刺さっているの? どうして、羊の眼が音符の形をしているの? そしてアレが「NO.1」って何の冗談? 人気なの? やたらと数が多いのに? 

「ほら、こっち」

「・・・ああ、うん」

柏木に手を引かれつつ、店の中に入った。

相変わらず、色んな音が混じっている。こんなに煩いなら、BGMを流さなきゃいいのに・・・。やっぱり、私は好きになれないな、この場所。

「眉間にしわ、寄ってるぞ」

「そう思うなら、帰っていい?」

「駄目」

綺麗な笑顔で却下された。

ちなみに――柏木のその笑みを見て、周りにいた女性が黄色い声を上げた。ああ、煩い。

さらに言えば、恋人の男が「負けた」とか「畜生、イケメンめ」と毒づいている。前者は諦めるな、頑張れ。後者は・・・・・・・・・妬み? まぁ、どんまい。

興味がないから、早々に記憶から消しておこう。

・・・と、思うけど女性の視線が痛い。ここでも痛い。まったく本当、柏木といると針のむしろだ。溜息をつきたくて、しょうがない。

「・・・で、何をしたいの?」

「音ゲー」

「おと・・・? ああ、音楽ゲームね。いいんじゃない、やれば」

「冬歌がやるんだよ」

「は?」

今、何と言った・・・?

「ねぇ・・・私がゲーム苦手って知ってるよね? それなのにやれと? 苛め? 嫌がらせ? どっちもなら喧嘩を売られたと思って物理で返すよ? 買って返そうか?」

「物騒だな」

「喧嘩を売った柏木が悪い」

「脹れっ面は可愛くないな」

「帰る」

踵を返したら、腕を掴まれた。

予想してたけど、声かけもなくやめてくれ。転ぶから。危うく後ろに倒れそうになったから。嫌だよ、私。不様に背中から倒れるなんて。

いや、柏木がいるからそんなことにはならないだろうけど・・・。

たぶん、嫌、絶対に柏木が抱きとめるオチなんでしょ? ――それこそ嫌だ。

苛立ちを隠さぬまま、じろりと柏木を睨みつけた。

「放して」

「知ってるか、冬歌」

「どうでもいいから放して」

「あの音ゲーに、冬歌がさっき見てた羊が出るんだぜ?」

「知らな・・・・・・羊?」

ひつじ、羊・・・? めぇーめぇー?

頭の中に羊がわんさか出てきた。ちょっと気持ち悪い。

「羊が画面上から降ってくるの? 羊を音に合わせて叩くの? 羊の虐待?」

「良い感じに混乱してるけど、ハズレ」

「羊が何で音楽ゲームに出るの?! ・・・眠りの象徴?」

ゲームをやる人間に、「羊が一匹、羊が二匹」と数えさせて眠らせるの? それってゲームとしてありなのかな?

――――いや、ないだろう。

そんなゲーム、斬新を通り越してありえない。

「魔法少女が精霊を召喚する時に、必要な羊らしい。ほら、見てみろよ」

言われるがまま、件のゲームをやっている男性のプレイをみる。

画面には・・・・・・確かに、魔法少女が映っている。かなりセクシーな格好で、果たして少女と行っていいのか不明だけど。

まぁ、とにかくタイミングが良いことに画面にオレンジ色の羊が現れ、その毛からいかにも伝説の代物と言えるような杖を出した。・・・ああ、アレはこう言うことだったのか。

納得したところで、だ。

魔法少女がその杖を取ると、たちまち画面が赤くなった。――――システム障害か? それとも仕様? まさかのバグ?

・・・ではなかった。

よく判らないけれど、全身が赤い魔人が現れて画面上から落ちて来る星の速度が緩やかになった。ついでに言えば、赤ばかりになっている。・・・どうしてそうなった?

「うん、さっぱり解らない」

「考えを放棄したか」

「だって面倒くさいもん」

「考えるのが面倒なのか、ゲームが面倒なのか。どっち?」

「どっちも。眼が痛くなるし、見るのも嫌」

素直に告げたら、笑われた。

「冬歌らしい」

どう言う意味?

「それじゃあ・・・アレをやろうか」

「アレって・・・UFOキャッチャー? 出来るの? とれないのにやるのは、お金の無駄だよ? てか、さっきも珈琲代払ったのに、大丈夫?」

「バイトしてるからへーき」

「え゛?」

何それ、初耳。

私は余程、驚いた顔をしていたのだろう。柏木が怪訝な顔をして「バイトしてるだけで、何で驚く?」と、言う眼を向けてきた。いや、別に何でも・・・あるけど。

生徒会の仕事をして、時たま部活動の助っ人をしているのに、よくも働く時間があるものだ。驚きすぎて若干、イラっとした。

・・・ん?

別に知らないからって、私がむっとなることはないよね?

何で不満に思った。

あれ・・・?

だって、柏木がバイトしようが何しようが、私には関係ないよね?

だって私、柏木と縁を切りたいと願う人! だもん。

「夜のバイトだから、冬歌が知らなくて当然だよ」

「夜って・・・何か、いかがわしい」

「どこがだよ」

呆れられた。

「清掃のバイト。夜にやるから給料がいいんだよ」

「へ・・・そうなんだ」

「あとは翻訳とか、家庭教師とか」

「翻訳はともかく、家庭教師のバイトって出来るんだ」

「頭がよかったらな」

さらりと自慢するな、学年主席。

どうせ私は真ん中の成績だよ。いたって普通だよ。容姿と同じで平凡だよ。・・・自虐的になるからやめよう。思考から綺麗に消しておこう。

ついでに、深呼吸して気持ちを変えようか。

「――――で、どれが欲しい?」

「別にいらな・・・・・・・・・・・・あの、ぐったりシリーズ」

無言の笑顔に負けました。

きらきらした顔を私に向けるな。眼が霞むっ。ああもう、回りの女性がきゃーきゃー騒いで鬱陶しいなー! 自然な動作で柏木から顔をそらし、息をついた。

まぁ、ぐったりシリーズは何気に好きだし、欲しいのは嘘じゃない。けど、とって欲しい! と言うほどの好きではなくて・・・。うん、はっきり言えばあんまりいらない。

他に気にいったモノが見つからないから、それを指差したけどね。

「じゃあ、猫でもとるか」

「・・・何で猫なの?」

私、そんなに猫は好きじゃないよ?

と言うより皆、どうしておみやげやプレゼントで猫を選ぶんだろう。解せない。

「冬歌に似てるだろ?」

「どこが」

「気まぐれで、警戒心が強い癖に、懐に入れた人間には甘い」

「・・・」

「本当、猫みたいで可愛いよ。冬歌は」

最後の台詞はいらない。

猫みたいと言うなら、本物の猫を愛でろ。そうしてくれ。切実に。頼むから微笑んで言いながら、私の頭を撫でないで。居た堪れない。女性の嫉妬の視線が痛い。慣れたけど痛い。刺さる。刺さってるからっ。

私を睨むくらいなら、声をかけろ。逆ナンする根性みせてよ、年上の女性陣。いや、年下も睨んでる・・・な。うん、流石に小学生が逆ナンしたら怖い。と言うか――――。

(年下すら落とすのか、この男)

老若男女すら手玉に取れそうで、怖い。

凄いを通り越して、美形が怖い。恐ろしい。顔のいい人間って、何でこうも視線を集めて、心を奪っていくんだろう。――あな恐ろしや。

「落とせるなら、俺はとっくの昔に冬歌を落としてる」

「な、何でっ」

「声に出てたぞ」

おおぅ・・・また、心の声がっ。

咄嗟に口を両手で塞いだが、今更だったか。若干、気恥かしさを覚えつつ、何でもないように手を放した。

柏木が苦笑しつつ、お金を投入した。

・・・一回、200円はちょっと高くない?

「これなら、2回でとれるな」

「とれるの?」

「前の人が頑張ったみたいだし、簡単だよ」

「前の人、もっと頑張ればよかったのに」

「金がなくて諦めたか、とれないと思って止めたか。はたまた別の要因か。どっちにしろ、俺には関係ないな」

そりゃそーだ。

納得する私を尻目に、柏木がボタンを押す。アームが横に動いて、後ろ・・・かな? とにかく、目的のぬいぐるみ目指して進んでいく。迷いが一切ないのは、やり慣れてるからだろうか?

それともゲームが得意な人間は、皆こうなんだろうか?

さっぱり解らないので、考えを放棄した。

「あ、惜しい」

「穴に近づいたから、別に惜しくないな」

負け惜しみでもなく、本当にそう言っているから何とも言えない。

しかし・・・周りのギャラリーが凄いことになってる。これ、確実に柏木目当てだよね? だって女性の眼が、得物を狙う肉食獣みたいな瞳になってるから間違いない。そして何より、私に突き刺さる視線に殺気が籠っているからね。

ああ、やだやだ。

女の嫉妬って怖いなー、もう。

「あ、珈琲飲みたい」

「まだ飲むのかよ」

「喉が渇いたんだから、仕方がないよ。柏木の分も買ってこようか?」

「お茶なら何でもいい」

相変わらず、お茶が好きだよね。こいつ。

人のことは言えないけど。

「はいはい、美味茶でいいよね」

「ああ、頼む」

しかし――――猫をとったのに、何でまた他の奴をとろうとするかな?

まぁ、本人のお金で私の財布にはダメージないからいいけど。それ、どうするつもり? 若干の疑問を覚えつつ、私は近くにあった自動販売機に向かった。

財布から小銭を出して、お金を投入。

・・・気のせいか、背後がやけに煩い。

ゲームの音じゃなくて、こう、聞きなれた女性特有の歓声と言うか何と言うか。振り返るのが怖いし、予想が当たってそうだから知らないふりをしておこう。

邪魔者()がいなくなれば、そりゃ、柏木に近づくか)

柏木と一緒に出かけると、よくある展開だから今更――としか思えないけど。

別に私がいようがいまいが関係なく、柏木に関わればいいのに。そうしたら私は、これ幸いと家に帰れるのになー。・・・あ、今日は駄目だ。

9時まで家に帰れないってか、家に入れない。

「・・・何で珈琲が売り切れで、カフェオレしかないのかな」

カフェオレ、甘いからあんまり好きじゃないんだけどなー。

恨めしげに自動販売機を睨んで、溜息をつく。仕方ない。偶にはカフェオレを飲むか。ボタンを押して、またお金を投入する。

・・・美味茶はあるね。

「さて、飲み物は買ったけど・・・どーしよっかなー」

鞄に美味茶とカフェオレを入れ、ふむっと思考する。

ちらりと見た背後は、ある意味、男なら喜びそうな光景になっている。ハーレムって、あーいうことを言うんだろうな。

綺麗な顔立ちをした女性が柏木の右腕に自分の腕を絡め、大きな胸を押しつける。それを見た周りが、我も我もと熱烈的な行動をとり始めた。うん、女性って凄いな。そして怖い。果たして彼女達は気づいているんだろうか? ――遠巻きの男性が、本気の眼と影で行われる蹴落としあいに引いていることに。

私にはどうでもいいんだけど、いや、しかし・・・困った。

「顔の良い幼馴染を持つと大変だなー、もう」

改めて実感したけど、このままじゃあ埒があかない。

かと言って、あの中に割り込む勇気はない。と言うよりも、関わり合いたくない。

「――――アレ、君の連れでしょ?」

「はい?」

「何とかしてくれない? 俺の連れが奪われたんだけど」

オシャレか何か知らないけれど、髭を生やした見知らぬ男性に言われても・・・。

それ以前に、だ。

アクセサリーをじゃらじゃらつけて、鬱陶しくないんだろうか? 典型的なチャラ男みたいな人だ。関わりたくない。

あとついでに言えば、顔は確実に柏木が勝っている。

不細工じゃないけど、格好いい男ではない。うん、特に顔が。

「それは・・・ご愁傷様です。自分で頑張って取り戻してください」

「無理だから、君に言ってんでしょーが」

「諦めたらそこで終わりですよ、ファイト」

「やる気のない声で応援されてもねぇ」

私にどーしろちゅーねん。

しかし・・・ちゃらい見た眼と反して、ヘタレだな。この男。私に頼る前に自分で「俺の女に」云々を言って、掻っ攫ってくればいいのに。それが出来ないって、どんだけ根性ないのかな?

・・・あーもしかして、柏木相手だと勝ち目がないとでも思ったのか?

件の女性からぼろくそに何か言われるのが怖くて、行動できないとか?

「――――で、連れと一緒に見に行く予定の映画が、そろそろ上映されるんだ」

「・・・・・・は? はぁ、そうですか」

やばい、やばい。

見た眼チャラ男、中身ヘタレな男性の話、まったく聞いてなかった。適当に相槌をうったけど、大丈夫かな? ・・・・・・うん、大丈夫そう。

「アレが君の連れなら、責任とってくれねぇか?」

「カツアゲですか、大人げない」

「っは・・・ちげぇよ」

笑いつつ、男が私の右肩をぐっと掴んだ。咄嗟のことで抵抗できず、男の胸板にぽすりと頭がぶつかった。かと思えば顎を掴まれ、無理矢理に上を向かされる。にやにやと笑う男の瞳が、酷く不快な気分にさせる。

何より、男に触れる部分が凄く・・・気持ち悪い。

嫌悪あらわに顔をしかめ、肩を掴む男の手の甲を捻った。・・・捻ろうとしたら、逆に手首を掴まれ壁に身体ごと押し付けられた。ちなみに――両手が拘束されてしまった。どうしよう。

男が口角を持ち上げ、歪に笑う。

「君が責任とって、俺に付き合えよ」

「断る」

「拒否権なんてあると思うのか・・・?」

「あるよ」

「へぇ、こんな状況でも強がれるのか。・・・泣かせたくなるな」

この男、随分と余裕があるようだが・・・相手が悪かったね。

悪いけど私、こう言う手合いにも慣れているんだよ。理由は――――中学時代の苛めなんだけど。

まったく、何があるか解らないから人生って不思議だ。

「離れないと危ないよ」

忠告してから、私は躊躇いなく男の股間に蹴りをお見舞いした。

「っ?!?!?!」

「男として再起不能にしてあげようか――――?」

女には解らない痛みに悶え、私から手を放した男が股間を押さえて膝をついた。それを冷めた眼で見下ろし、ついでとばかりにつま先で顎を蹴る。

軽く蹴っただけだよ?

なのに男は後ろに倒れ、白眼を向いている。・・・何で? え?

これ、私のせい?

過剰防衛になるのかな? いやいや、でも・・・。

「大丈夫か、冬歌」

「・・・柏木」

何故だか、ほっとした自分に首を傾げた。

「その・・・手は何?」

「冬歌に手を出す愚者に制裁を加えただけ」

「手刀?」

「気絶させるぐらいじゃ、腹の虫が治まらないけど・・・仕方がないよな」

あくどい顔で笑う柏木は、さながらゲームのラスボス的な雰囲気を放っている。簡単に言えば、怖い。

「名前と住所を確認してから、後々に・・・な」

言いつつ、男の懐を漁って財布から免許所を取り出す柏木が・・・手慣れていて怖い。

いや、本当に怖い。

怖い以外の言葉が見つからないぐらいに怖い。

これはあれだ。柏木にまとわりついていた女性陣も、百年の恋が覚める勢いで引くだろう。・・・って、何でうっとり?! 頬を赤らめ、歓声をあげるのは場違いじゃない!?

ひぃ、感性が解らないよ。

いや、解りたくもないけどっ。

「・・・ああ、そうだ。冬歌」

気絶した男の腹を軽く蹴りつつ、私に声をかける柏木の顔は平常に戻っている。

「はい、ぐったり猫」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

今、この現状で?

空気を読んでいないのか、読まなかったのか。柏木の場合、後者の可能性が高くて私は頬を引きつらせた。――渡された猫は、私の心境と同じようにぐったりしている。

思わず、ぐったり猫を凝視した。

「あと、これも」

「・・・うさぎと、くま」

「犬もいるか?」

「いらない」

即答すれば、柏木が肩を竦めて失笑した。

「やっぱりな。これは雷歌のおみやげにするか」

「・・・うん、色々と言いたいことはあるけど、コレ、いいの?」

「何か問題でもあるか?」

「問題って・・・・・・ほら、お店の人とかに迷惑が。あと、警察」

「大丈夫だよ。だから、そんな不安な顔をするなって」

ぽんと、頭を撫でられた。

私・・・別に、不安になんて思ってないし。顔はいたって普通のはず。

「この男、危険人物らしくて従業員も警戒してたんだってさ」

「へ?」

「女性に難癖つけて強引に迫ったり、嘘をついて金銭を要求したり――と、言った行為をしていたらしくてなー」

うわー、柏木の双眸から色がなくなった。

これはアレか? ハイライトがなくなった的なやつだろうか?

「強姦、恐喝、暴行・・・叩けば埃が出て来る奴だ。店で犯罪行為を行っていた奴を庇う従業員はいないし、警察だって正当防衛だととってくれる。このまま床に転がしてても、誰も気にとめないだろう」

「え、や・・・この人、連れがいるって。柏木の所に連れがいて、映画がどうのって」

「馬鹿」

何で頭を叩くのっ?!

「そんなの、冬歌を騙す嘘だよ」

「で、でも、柏木の傍にいるって・・・っ」

「コレの知り合い、あんた達の中にいるのか?」

って、おおい! 直接聞くのかよっ。

そして女性陣。首を横に振ってさらりと「知らない」とか「ナンパ男だぁ」やら「不細工に興味ないから」って、何だか正直な発言ですね。驚きだよ。

あー・・・頭が痛い。

ついでに胃も痛い。

「ありがと。それじゃ、俺は恋人と行くから・・・・・・邪魔はしないでくれよ?」

最後の台詞に、冷やかなモノを感じたんですけど。

脅しと言うか、警告と言うか、とにかくそら恐ろしいモノが。そしてそれを感じ取ったのは私だけではなく、柏木を見てきゃーきゃー騒ぎ、私を憎悪の眼で睨んでいた女性陣もまた・・・。恐怖からか、口を閉ざして振り子人形のように首を縦に動かすだけ。

視線と言葉だけで喧しい女性達を黙らせるとは、恐ろしい幼馴染よ・・・っ。

――って、そうじゃなくて!

「誰が恋人だ!」

「はいはい、恥ずかしがるなって」

「ちがっ」

右肩を抱かれ、ズルズルとゲーセンの出入り口に向かう。

「夕飯、何がいい?」

「手、放してってば!」

「確かこの近くに、イタリア料理の店があるんだけど・・・。そこでピザでも食べるか?」

ピ、ザ・・・。

ボスカイオラも好きだけど、王道のマルゲリータも美味しいよね。ああでも、ビスマルクも捨てがたい。

「冬歌の好きなの頼んで良いから、行こうか」

「行く!」

――――っは!?

ま、また誘惑に負けて了承してしまった。

「食後に珈琲も飲むか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・飲む」

穏やかに、幸せそうに笑う柏木に拒否の言葉が出ず、せめてもの抵抗とばかりに柏木の横っ腹を殴った。


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