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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
絡まる綾糸
21/42

誘惑には抗えない 1

お気に入り、ありがとうございます。

誤字脱字を見つけ次第、直します。

カーテン越しに見える空は、憎たらしいほどに晴れている。

空を気ままに飛ぶ鳥に、恨みがないはずなのに殺意が湧いた。ついでに言えば、外から聞こえる犬と猫の鳴き声にも。――どうも、短気になっているようだ。

冷静さを戻そうと息をついて、そう言えばと手探りでスマホを探す。電源をつけた。

スマホで確認した時刻は、11時ちょっと前。

・・・おおう、履歴が凄いことになってる。

幾月とか悠乃とか幾月とか霧生とか幾月とか暦とか幾月とか香坂先輩とか幾月とか・・・って、ほぼ、幾月で埋まってる。怖っ。メールの方も凄いことになってる!

見なかったことにして、速攻で受信を消去し、スマホの電源を切った。何で朝っぱらから・・・いや、11時になるんだけども、えっと、とにかくそんな恐ろしい思いをしなきゃいけないんだ! 不健康にベッドにいる人間が言う台詞でもないけど。

ちなみに言うが、休みだから惰眠を貪っている訳ではない。胃と頭が痛いから、ベッドに籠っているだけだ。さらに言えばその痛み、昨日の昼休みからずっとある。

薬を飲んでも治まらず、痛みが続いて夜もまともに寝れなかったなぁ。

辛うじて眠れても、悪夢を見て眼が覚める。を、何度か繰り返し、浅い眠りしか出来ていない。おかげで眠くて仕方がない。でも、寝ると絶対に悪夢を見るから寝るに寝れず・・・。

何と言う悪循環。

・・・なんでこーなった。なんて、原因は一つなんだけども――――。

(・・・明日、学校に行くのやだなー。行ったら絶対、羞恥で死ねる。いや、死ぬ。好奇の眼を向けられて、生温かい頬笑みを贈られるんだよね。きっとまた。嫉妬を隠した女子の心ない祝福の言葉とか、冗談抜きで止めて欲しい)

隠すくらいなら、本音を言えばいいのに。ばればれ何だから、誤魔化す必要ないでしょーに。まったく。・・・てか、言って欲しい。私の精神安定の為にっ。

嫉妬を出して、「アンタなんて柏木に相応しくないのよ!」って言葉にしてくれたら後は肯定して、噂を抹消。晴れて万事解決。何事もないし、私も胃と頭を痛めなくて済むのに・・・。

(うう・・・これもそれも全部、柏木のせいだ)

あいつ、昨日のうちに私が片をつけると踏んで根回ししやがった。じゃなきゃ、すれ違う人が皆、「晴れて恋人、おめでとう!」なんて言うはずがないっ。

校長にまで「結婚式にはよんでくださいね」なんて、言われるとは思わなかったよ!

――――てか、結婚なんてしないからね!

(完全に、外堀埋められた・・・っ)

学校だけじゃなくて、知り合い全てに言われたから間違いない。顔見知りの人間にすら、根を回す周到さには目眩がした。何でそんな、蟻の子一匹逃さないような徹底ぶり?

しかも悲しいことに、私が一生懸命に否定して、ありえないと叫んでも誰一人として信じてくれなかった。むしろ、照れてるんだって生温かい視線が心に突き刺さって・・・。

あー、思い出したら涙が。

「花の女子高生が、休日に家にいるなよ」

「ぐえっ」

布団の上から、何かが圧し掛かって来た。

「まったく。人のこと、散々引きこもりだ不健康だって言ってた割に、自分は休みだって言うのに部屋どころかベッドから出ないで・・・。俺のこと、とやかく言う資格はねーな」

「う、うるさ・・・い」

容赦なく体重をのせる兄さんのせいで、息が止まりそうだ。

かろうじて動く手足をばたつかせ、苦しいことを伝えてみたが反応はない。いや、気づいてるけど面白がって放っている――が、当たりだろう。

その証拠に、押し殺した笑い声が聞こえるからね!

畜生、何がしたいんだこの野郎っ。

「じ、じぬ・・・」

「死なない、死なない。ほら、起きろって」

「ううう・・・」

「唸るな、起きろ」

「んなっ?!」

無情にも布団を奪われた。上に、ベッドから放り投げられた。酷い。

長座布団に落ちたとは言え、強かに腰を打ちつけた。お尻も痛い。若干、涙眼になりつつ兄さんを見れば、何故かクローゼットを漁っている。

あーでもない、こーでもないと服を吟味する兄さんに、首を傾げてしまう。

(・・・女装でも、するの?)

「んな訳あるか」

おっと、どうやら心の声が出ていたらしい。

――――じゃ、なくて。

「ねぇ、何で・・・私の服を漁ってるの?」

「気にするな」

良い笑顔を向けられた。

「うーん。足を見せるか、否か。いや、いっそ胸元を見せた方が・・・胸と足、どっちが好みだと思う?」

「知るか」

「直感で答えろって」

「知るか」

真面目に何を考えているのかと思えば・・・。

呆れた眼で兄さんを見るも、当人はいたって真剣に服を選んでいる。いや、だから何で兄さんが悩むの? 意味が解らないんだけど。

そもそも、誰の好みなのさ。

「うん。いっそ、お譲さま風コーデにしよう」

「はい?」

「と言うことで、はい。着替える」

ジャンスカにミモレフレアスカート、ブラウスを手渡された。

これ・・・母さんが可愛いって言って、私の趣味を無視して買った服だ。着る機会もないだろうと思って、奥の方にしまっていたのに・・・。

「髪もあとで、俺がやってあげるから早く着替える。なんなら、昔みたいに着替えを手伝おうか?」

「ふざけんな!」

「じゃ、5分以内に着替えろよ。5分後、また来るから」

爽やかに笑って、兄さんは部屋から出て行った。・・・本当、何だろう? 未だに訳が解らない。何がしたいんだ・・・?

(これ、着替えないと駄目なのかな?)

マジマジと女の子らしい服を見て、頬を引きつらせた。あー・・・でも着替えないと、兄さんが部屋に乱入してくる。そんでもって、無理矢理に着替えさせられるんだろうなー。ありありと想像出来て、溜息をついた。仕方ないと受け入れて、パジャマを脱いで渡された服を着る。

――ああ・・・似合わない。

と言うよりも、外出する気がないのに何故、どうして、私は着替えた。え? 何で素直に服を受け取った! 突っぱねろよ、私! 外に出る気なんて、1ミリもないのに! 馬鹿か、馬鹿なのかっ。頭と胃が痛くて、ベッドでゴロゴロダラダラしていた人間が、本当、何をしてるのさ!

うがー! 頭を抱え、叫びたい衝動をぐっとこらえた。

「よし、着替えたな」

「ノックしてよ!」

不法侵入だ!

「はいはい。次は洗面所だ。ほら、急ぐ」

「ちょっ、ひっぱ、引っ張らないでよ!」

「転ぶなよー」

「なら、手を放して・・・ってうひゃい?!」

「・・・うひゃいって、お前。そこは『きゃあ』だろうが」

「煩い!」

右手を引っ張られて、反抗していたら階段から落ちかけました。

バランスを崩して階段に尻もちをついただけだけど・・・危ない。あの時の二の舞を家でするところだった。早鐘を打つ心臓がやけに煩く、冷や汗が流れたけど、兄さんの言葉のせいで恐怖より怒気が上回る。

誰のせいだと・・・っ。

若干、涙眼で兄さんを睨めば呆れた顔をしていて、無性に腹がたつ。

「はぁ・・・ほら、行くぞ」

「行かな・・・て、止めてよ恥ずかしい!」

何で、兄さんにお姫様だっこをされなきゃならんのだ!

「暴れると落とすぞ」

「落ちるじゃなくて落とすの?!」

「ああ、うっかり手を緩めて」

本気の眼で言われた・・・っ。

冗談の欠片が一つも見えない。これは・・・抵抗しない方がいいな。うん、本当に落とされる!

兄さんの服をぎゅっと掴み、暴れるのを止めれば満足気に頷かれた。畜生、後で覚えてろよ! 悪役みたいな台詞を心でだけ、言っておく私は小心者だろうか?







「これは夢か?」

兄さんによって洗面所へ連行され、髪を弄られ、軽く化粧をされて家から追い出された。ご丁寧に、私が持つ家の鍵を奪い、さらに施錠して。

近所迷惑を顧みず、扉を叩いて兄さんの名を叫べば――――。

「9時には帰って来いよ。朝帰りは母さんが喜ぶだけだからな」

とのお返事。

うん、訳が解らない。

唖然としたが、どうあっても家に入れてくれないことだけは理解した。溜息をつき、恐る恐る頭部に触れる。ああ・・・違和感。

思い出すのは、洗面所の鏡で見た髪型。・・・ハーフアップに編み込み。服に合ったリボンをつけられた時は、真面目に「コレは誰だ!」と叫んだ。だって・・・普段、いや、私が絶対にしない髪型なんだよ。背筋がむず痒くて仕方がないんだ。ああもう・・・! 髪の毛なんて、適当に結ってしまえばいいじゃないか! なんて、女子にあるまじき発言をしたら兄さんに殴られた。軽くだけど、酷い。

化粧もさー・・・手慣れた様子でしてくれちゃって。まったく、何がしたいんだ。

「へぇ・・・。雷歌の奴、宣言通りにやったのか」

あ、理解した。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・え? 今の声って、もしかしなくても――――。

「おそよう、冬歌。今日はいつになく、可愛いね」

「~~~~~~~~~~~何でいるの柏木っ!?」

「じゃ、デートに行こうか」

「何で?!」

ぐいっと右手を掴んで、歩き出した柏木は実に良い笑顔だ。だけどお願い、ちょっと待って。こっちの疑問を解消してくれ。頼むから、本当。

足に力を込めて抵抗すれば、柏木が呆れた顔をした。

理不尽を感じて腹がたつけど、ここはぐっと我慢だ、私。

「どうして私が柏木とデートしなきゃいけないの? そもそも、何で家の前にいるのよ!」

「雷歌が『明日は仕事に勤しみたいから、冬歌をどこかに連れて行ってね? デートだから、オシャレさせるよ、俺が』って言ってたが?」

「初耳なんだけどっ」

「ちなみに『両親も帰り遅いし、9時までゆっくりして来ていいよ。家に逃げられないよう、鍵は奪っておくから』だそうだ」

「兄さんの馬鹿ぁぁぁぁ!」

本人の許可なく、何を勝手なことをしてくれちゃったのかな?

私、今、一番、柏木に逢いたくないのにっ! 昨日のことも相まって、物凄く気まずいんですけど。胃が痛くて穴が開きそうなんですけどっ。

う、駄目だ・・・。お腹が痛すぎる。

「大丈夫か?」

「これが大丈夫に見えるなら、眼科に行け」

お腹を両手で押さえて、脂汗を流す人間を大丈夫と言える鬼畜な人間がいたら、私はぶっ飛ばす。――そして地獄に堕ちろ。

・・・ああ、心が荒んでるなー。

「そうか・・・残念だな」

諦めてくれるの?

私、家に戻れる?

「珈琲好きの冬歌が好きそうな喫茶店、見つけたのに」

何ですと?!

「店の雰囲気も、マスターの人柄も、何より味が冬歌好みだったんだが・・・。軽食も冬歌が好きなモノばかりで、絶対に気にいると思ったんだけど。仕方ないよな、うん。体調が悪いなら、諦めるべきだな。具合の悪い人間を、外に連れ出すのは駄目だし」

「行きます!」

「体調が悪いんだろ? 無理するなって」

「治った」

現金と言うなかれ。

柏木がおススメする店は、どれもこれもピンポイントに私のツボを刺激するのだ。ここで断ったら、次はいつ誘われるか解らない。かなり穴場だったり、隠れ家的な店だと自力で見つけられるか不明だし。だから、絶対にこの機会は逃せない。

何が何でも――――行ってやる。

体調が悪いなら、根性で治せばいい。

病は気から。

精神論上等。

昨日の出来事を考えれば、柏木と一緒にいたくない――なんて考え、珈琲の誘惑の前には霞みも同じ。

そう、全ては珈琲のために!

「さぁ、行こうよ!」

「・・・・・・単純」

「煩い、ほっといて」

柏木が失笑したが、余計なお世話だ。

私の頭を占めるのは、今や珈琲のことだけ。ああ、柏木がおススメする店の珈琲は、一体どんな匂いと味なんだろあう。前に誘われて行ったお店も、香り豊かでコクがあって・・・ストレートでも美味しかったけどブレンドもまた美味で。

コーヒーミルで豆を挽く時の、いや、豆が挽く音を聞くだけで胸が高鳴ったあの瞬間。

ああ、まるで恋に落ちたかのようなトキメキ。

思い出しても胸が熱くなるっ。

「それじゃあ、その店の後で俺に付き合ってくれる?」

「付き合う、付き合うから早く連れてって!」

「言質はとったから、後で『やっぱりなし』は駄目だからな」

「解ったから、早くっ」

さぁ行こう。

すぐ行こう。

待っててね、愛しの珈琲!

ぐいぐいと柏木の右手を引っ張り、早くと急かせば妙に嬉しそうな柏木と眼があった。普段ならば何で嬉しそうなの? と疑問を覚えるが、そんな余裕は私の頭の中に微塵もない。というか、どうでもいいことを考えるより、珈琲のことを考えた方が有意義だ。

はぁぁぁぁ・・・早く飲みたい、珈琲。

うっとりとした私は多分、傍目から見れば夢心地の乙女に見えるだろう。

そして隣に柏木がいることで、多大な勘違いを受けるだろうが――珈琲に比べれば些細なこと。

訂正不可能な間違いだろうが、構うものか。いや、この際だからはっきり言おう、今の時点を持って私は柏木関係云々を気にしない。

胃が痛いなんて、珈琲が飲めないから思わない。感じない。

「本当、珈琲好きだよな・・・冬歌って」

「うん、大好きっ」

花が舞うような笑顔で、力一杯で肯定したら柏木が固まった。

「・・・もう一回、言って」

「珈琲が大好きっ」

「珈琲じゃなくて、俺の名前を入れて」

「ああ、素晴らしき珈琲! 私、珈琲が擬人化したら結婚してほしいくらい、珈琲が大好きっ」

「・・・・・・どうしよう。珈琲に嫉妬しておかしくなりそうだ」

柏木が何か言ってるけど、どうでもいいから気にしない。

むしろ、全力でスルーだ。

「あ・・・手持ち、足りるかな?」

件のお店の珈琲、いろんな味を飲んでみたいから財布の中身が心配だ。いや、それよりも料金はいかほど・・・?

今月、厳しいけど大丈夫かな? 諦めるべき? いやでも、飲みたいし。うう、一杯だけにした方がいいのかな? 次回、お楽しみに。な感じで。ああでも、我慢できるかなー。私、珈琲に関しては欲望の赴くままに行動するからなー。

鞄から財布を取り出して、中身を確認してみたけど・・・一万円札だけ。

・・・・・・何とか、なるかな?

「奢るから安心しろ」

「本当?!」

「ああ、だから・・・一つ、頼みがあるんだけど叶えてくれる?」

「無理難題じゃなければいいよっ」

軽く答えた私に、柏木が嬉しそうに笑った。

・・・あれ? なんで私の両手を握りしめる? 真正面に立ち、穏やかな顔で私を見下ろす柏木に何やら嫌な予感しかしない。

たらりと流れた汗を拭えず、口を閉ざして柏木を凝視した。

「俺のこと、嘘でもいいから好きって言ってくれないか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「なぁ、駄目か?」

「いや、え?」

変なモノでも食べたんだろうか?

嘘でもいいから好きって――――偽りの言葉を貰って、嬉しいのかな? 私なら嫌だし、気分が悪くなる。

柏木は何を思って、そんなことを口にしたのか。さっぱり解らない。むしろ、理解できそうにない。呆れた眼で柏木を見やり、これ見よがしに溜息をついた。

どんな人間も一周すれば馬鹿か。

「柏木が言う好きが、友人としての好きならいくらでも言うよ。でも、異性としての好きを嘘でも言うのは、い・や」

「顔をしかめるほどかよ」

「ばぁか、当り前でしょう」

てか、何で嬉しそうに笑ってるのさ。

私、柏木の願いを「嫌」の一言で拒否したのに。・・・まさか、これが狙いか?

いやいや、いくらなんでも考えすぎか。と思うんだけど、にやにやと実に楽しそうに笑う柏木を見ると、どうしても変に勘ぐってしまう。

・・・・・・・・・うん、深く考えないでおこう。

だって、面倒だし。

「――――珈琲、早く飲みたいんだけど」

「はいはい、解ったよ」

柏木が私の右手を握り直し、引っ張る。

「それじゃあ、行こうか。俺のお姫様」

甘い声音で、慈しむ眼で、穏やかに微笑む顔で言われたその言葉に――――鳥肌がたった。


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