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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
絡まる綾糸
17/42

これは何ですか? 1

誤字脱字を見つけ次第、訂正します。

転校生が来てから2日が経った。

行動的な転校生は初日から柏木に付きまとい、積極的に自分をアピールしている。今までにいないタイプ、と言うよりも柏木に恋する乙女からは見られないことを平然としていた。

見られない――とは言っても、転校生が行うのは人前で腕を組むとか、食事とかの誘いの言葉をかけるとか、告白じみた台詞を言うとかなんだけども。・・・もっともそれが、柏木の機嫌を下降させる要因でもあるが。

ちなみに柏木に恋する乙女はそんな転校生の行動力に、「恐れ知らずなっ」と戦いていた。

・・・恐れ知らず、って言う時点で本当に柏木に恋をしているのか定かではないが。

もしかしたら、柏木祀と言う人間をアクセサリーか、ステータスとして見ているのかもしれない。・・・うわ、そうだとしたら最悪だ。

「ぼんやりして、どうしたんだ冬歌?」

「あー・・・うん。あえて言うなら、人間って慣れる生き物だなーと」

柏木とする恋人繋ぎにも、肩を抱かれる行為にも慣れてしまった。

いや、恥ずかしいと言えばそうなんだけど。それ以上に諦めがきて、「仕方がない」と形容してしまった結果なんだけども。――諦観って、恐ろしい。

通学路を歩く生徒は、私と柏木のことに数日で慣れたのか騒ぐことも小声で何か囁くこともない。変わらずに男子は暖かい眼で、女子は凍てついた眼で私を見るけど。それを除けば、いたって平和。

・・・いや、語弊だった。

「おはよう、柏木くん!」

転校生が私を突き飛ばし、柏木の腕に自分の腕を絡める。

「私も一緒に行っていいかな?」

はっきり言おう。

この2日、転校生はどこから現れるのか必ず柏木の前に姿を見せ、当然のように密着する。傍に私がいれば今のように突き飛ばしたり、転ばせようとすることも平然とした。まぁ、養われた危機察知能力で今のところ回避しているけど。

・・・転校生のおかげで、朝から夕方まで平穏がない。

誰にって、そりゃ勿論――――柏木にだ。

「悪いが藍染、俺は恋人(冬歌)との時間を大切にしたいんだ。邪魔をしないでくれるか?」

機嫌の悪い柏木は面倒だから、是非とも転校生には自重して欲しい。・・・て、おい。誰が誰の恋人だ。

「恋人・・・? 二人が幼馴染ってことは聞いてたけど、恋人だって言うのは初耳だよ」

「つい最近、付き合い始めたからな」

(私は承諾してない!)

嘘を言うな、嘘をっ。

転校生が信じたら・・・・・・何で、勝ち誇った顔をして私を見る?

そこは悔しそうな顔をするべきなんじゃ・・・? いや、きっと勝ち目があると思っている表情だ。柏木を手に入れる気満々だね、転校生。

二人から数歩放れ、傍観の体勢をとる。

柏木に眼で戻って来いと言われたが、行く気はさらさらない。私、無関係。

二人の言い争い・・・なのかはともかく、会話に加わるなんて馬鹿なことはしない。巻き添えもとばっちりもごめんだ。

「それはごめんね。でも私、親しい知り合いって柏木くんしかいなくて、一人は心細いんだ」

「クラスメイトと仲良くなる絶好の機会だ。俺だけじゃなく、他とも関わるべきだろう」

「そうだね! 西城さん、私も一緒に行っていいよね?」

「藍染・・・さっきの言葉、聞いてなかったのか」

「聞いてたよ? でも柏木くんは私に他と関わるべきって言ったよね? 西城さんもクラスメイトだし、問題ないでしょ?」

平行線だ。

(とんずらしようかな)

転校生といたくない柏木と、柏木といたい転校生。

どちらも譲らない、折れないから話が終わらない。でも足はちゃんと学校に向かっているから、転校生の目的はある意味達成されていると言える訳で・・・。

(あー・・・柏木の機嫌が悪くなる)

また今日も、素を知る友人が犠牲者になるのか。

それとも柏木の地雷を踏んだ愚者が、被害者になるのか。

どちらにしろ――――ストレスを溜めた柏木は厄介だ。

「もう、柏木くんの我儘。クラスメイトと仲良くなれってい言ったり、なるなって言ったり」

「冬歌と俺の時間を邪魔するな、っと言っただけなんだけど?」

「私だって、西城さんと仲良くなりたいのよ」

先、行ってよ。

呆れた眼で二人を一瞥してから、私は気配を出来るだけ薄めてその場から立ち去った。抜き足、さし足、駆け足ってね。

それが功をそうしたのか、なんと、柏木にばれることなく学校につきました!

やったね! ――妙な達成感を抱いたが、すぐに冷めた。

「おはよう、冬歌。今日は柏木と一緒じゃないのね」

「本当だ。おはよう、西城ちゃん」

正門を通ったら、友人と遭遇した。

飽きることなく、仲のいい恋人同士だ。腕を組んだ上に恋人繋ぎ。荷物は浅都が持っているけど――――眼の前でイチャつかれると、居心地悪いんだよ。慣れたけど。

「おはよう。ありさ、浅都。柏木なら転校生と一緒にいるよ・・・ほら」

「あら・・・機嫌が悪いわね」

「また、誰かが犠牲になるのか」

げんなりとした浅都とは逆に、ありさは悪戯っ子のように笑う。

何を企んでいる、ありさ。頼むから、柏木の機嫌をさらに悪くさせるようなことだけはしないでおくれ。いや、別に柏木の怒りを買うことになってもいいけど、私を巻き込まないで欲しい。切実に。

・・・・・・何気に酷いな、私。

「しかしあの転校生・・・凄く印象に残る名前だよな」

不吉な予感でも感じ取ったのか、浅都が口を開いた。

「藍染姫花って、確かにあの転校生に合った名前だけど・・・俺、あの子を名前で呼ぶ気がさらさらしない。と言うか、何か・・・苦手だ」

「悠乃もそうだけど、浅都が初対面で誰かを嫌うなんて珍しいね。・・・よりは、初めて?」

「そうね、依くんの初体験ね。・・・そう思うと、妙に悔しいわね。依くんの初めては全部、私が欲しかったのに」

「いや、苦手意識を惚れた女に抱くってどんな奴だよ」

「好きだからこそ、一緒にいるのが辛くて苦手――て言う男」

にこりと凄艶に笑うありさに、浅都が息を呑んだ。

・・・ありさ、君はそんな男を好きになりたいの? 男の趣味が変だね。冷めた眼でありさを見れば「冗談よ」と返された。

浅都が判り易く安堵している。よかったね、嘘で。

「私もあの転校生は嫌いよ」

「うわー・・・。笑顔なのに怖いよ、ありさ」

「だって転校生、私が傍にいるのに依くんに馴れ馴れしくするのよ! 恋人が、隣にいるのに、ベタベタと・・・呪ってやろうかしら」

何をしたんだ、転校生。

嫉妬深い女は蛇よりも執念深いんだよ。とくに浅都が関わった――ありさは。

「まぁ、『人を呪わば穴二つ』って言うからやらないけどね」

呪えないからやならないんじゃなくて、自分にも呪いが返るからやらないんだね。自然な動作でありさから眼をそらし、引きつった頬を戻そうとマッサージをしてみた。

「本当、ありさって俺のこと好きだよなー」

「当然じゃない」

「でも俺はありさのこと、好きじゃなくて愛してるんだけど?」

「・・・依くん」

どうしてそうなる。

二人だけの世界に入った友人に、頭が痛くなった。

「・・・・・・先、行ってるね」

聞こえてないだろうけど、一応、言っておく。

しかし――錯覚だろうけど、ありさ達からピンク色のオーラとハートが見える。ああでも、鷲ヶ丘高校の生徒もそれが見えてるみたいだし、やっぱり幻覚じゃないのかな? 

どっちにしろ、通行人の邪魔になるから真ん中で世界を広げるのは止めた方がいいよ。

なんて、面倒なことになるから言わないけど。

溜息一つはいて、足を動かす。校舎に入れば下駄箱で夏目を見つけた。

「おはよう、夏目」

「おはよー、西城。今日は柏木と・・・・・・・・・ああ、転校生か」

「嫌そうな顔だね。夏目も転校生が嫌いなの?」

「俺もってことは、他にもいるのか」

些か驚いた顔をした夏目に頷く。

「悠乃と浅都がね。ありさも好きではないみたい」

恋人にちょっかいを出されたから、とは言わないでおく。

「へぇー・・・。あの転校生、本当に何がしたんだろうな」

「夏目・・・?」

「柏木と転校生って、前の西城と柏木みたいだよな」

「え? あ、確かに・・・言われて見ればそう、かも」

確かに前の私達は、あんな感じだった。

何だか、懐かしいと言うより寂しいような・・・。いやいや、気のせいだ。錯覚だ。柏木との関わりが減って寂しいなんて、縁を切りたい人間が思っていい感情じゃない。

ここは素直に、転校生と柏木が仲良くなっているんだと喜ばないと。

「ちなみに言っとくけど、あの転校生と柏木が仲良くなることも、柏木が西城への想いを消すこともないからな」

「!?」

「本当、判りやすいよな、西城って」

くぅ・・・、ポーカーフェイスになる方法を誰か教えて頂戴。

「本当、諦めて柏木の想いを受け入れろよ」

「嫌だって・・・・・・・・・ば?」

下駄箱を開けたら、ヒヨコがいた――――――。

「・・・なまもの?」

思わず、下駄箱を開けたまま動きが止まってしまった。

これは・・・嫌がらせなのだろうか? だとしたら斬新な嫌がらせだ。思わず、ヒヨコと見つめ合う。ひよこが首を傾げた。

可愛い・・・。

つぶらな瞳が、可愛すぎるっ。

「何してんだって、ひよこ?」

「なまもの・・・」

「いや、なまものって確かに生き物だけど。・・・実は西城、かなり混乱してるだろ」

そう・・・なんだろうか?

確かに吃驚したけど、夏目に言われるほど混乱はしていないと思う。たぶん。

「とりあえずこのひよこ、俺が職員室まで持って行くよ」

隠しきれない嬉々とした表情で、夏目がひよこの体躯に触れた。

瞬間、ひよこが夏目の手をくちばしでつついた。しかも何度も。眼つきも凶悪になり、夏目の手から逃れようと足掻いている。必死な鳴き声だ。

(あ・・・そう言えば夏目って動物が好きな癖に、動物に嫌われてたっけ)

鳴き声を上げて暴れるひよこに、夏目が溜まらず手を放した。その一瞬の隙を見逃さず、ひよこは下駄箱から飛び出して昇降口から去っていく。

本当にひよこか? と思うほど、素晴らしく早い速度で。

砂煙をあげて逃げるひよこなんて、初めて見たよ・・・。

「あの・・・夏目?」

「逃げられた。何でだよ、ちょっと触っただけじゃないか。俺が何したって言うんだよ」

物凄く、落ち込んでる。

ひよこの鳴き声に何事だと足を止めていた生徒も、夏目の姿に眼を逸らすようにしてその場から立ち去った。暗雲を背負い、鬱々とした空気を放つ人間に関わりたくない――と言う思いもあっただろうけど。

しかし・・・・・・・・・・・・、どうしようか。

ぶつぶつと何かを呟く夏目は不気味で、友人であろうと他人のふりをしたい。

「こんな所で落ち込むな、鬱陶しい」

「柏木!」

気配もなく近づいて、私に背後から伸しかかるなよ。転校生はどうしたのさ。

「だって・・・柏木、俺、ひよこにすら嫌われた。逃げられた。何もしてないのに・・・触っただけなのに・・・・・・はは」

泣きそうな顔で私、と言うより柏木を見た夏目が自嘲した。

これは相当、重症だ。

「駄目だ。俺、ちょっと保健室で休んでくる。心にとてつもないダメージを喰らった」

落ち込むとか、凹むを通り越して鬱だ。

暗い顔のままふらり、と幽鬼の如く足取りで保健室に向かう夏目をただ見送った。あ、壁にぶつかった。・・・笑い声が不気味だな。

お腹に回った腕に、耳元で笑う柏木の声が私の意識を強制的に向けさせる。

・・・恥ずかしいから止めて欲しい。

「俺を置いて、勝手に先へ行くなよ」

「気づかないのが悪い。で――――藍染さんは?」

柏木がいるなら、必然的に傍にいると思ったんだけど・・・いない。はて、どこにいるんだろう? 周囲を見渡すけど、それらしい姿は見えない。

きょろきょろと辺りを見渡す私に、柏木が溜息をついて嫌そうに口を開いた。

「藍染ならクラスメイトと一緒だ」

「押し付けたの?」

「失礼だな。あいつ等が、藍染と一緒に登校したいと言うから譲ったんだ」

「へぇ、そうなんだ」

真偽はどうであれ、柏木はストレスの元から離れたのか。

「それはともかくとして・・・・・・この腕、退かしてくれない?」

「いやだ」

「視線が痛いんだけど。女子の嫉妬が刺さるんだけど」

「慣れろ」

簡潔な言葉を返す柏木に、怒りよりも呆れが出てきた。

や、諦めが先に来て面倒だからどうでもいいと思えてしまう。それが駄目なんだよなー。縁を切りたいなら、もっと強気でいかないと。

そうは思っても、行動に移せず諦観で終わってしまうんだから本末転倒だ。

いやー・・・本当、どうしよう。真面目に頭が痛いけど、どうしようもないんだよなー。駄目だって判りつつも、現状維持ってどうなのよ。

溜息をついて、お腹に回った柏木の手を叩いた。そりゃもう、力いっぱいに。

「動けないから、は・な・せ!」

「それもそうだな」

あっさりだね!

ぎゅうぎゅうに抱きしめてた癖に、素直に解放してくれるとは吃驚だよ。思わず柏木を凝視してしまった。

「これなら大丈夫だろ?」

・・・柏木は、柏木だった。

「あ、そう」

恋人繋ぎをされた左手を見下ろし、肩を落とした。

しかも、私が弱いあの慈しむような柔らかい笑みを浮かべるから――何も言えなくなる。

(ずるい・・・)

柏木は卑怯だ。

私がその顔に弱いと知るや否や、ここぞとばかりに使ってくる。

(・・・やだな)

懐かしいその笑みに何も言えない私が、嫌になる。

「・・・・・・・・・・・・はぁ」

溜息一つ。

胸に抱いた感情を消すように吐き出して、靴を取り換えた。

「あ・・・・・・藍染さんが浅都にちょっかいかけてる」

何だか騒がしいと思えば、やはり転校生か。

恋人(ありさ)の前でよくもまぁ、浅都に関わる気になれたものだ。遠目でよく判らないけど、顔が不敵だ。笑顔なのに楽しそうだ。

変態属性とか? ――そんな馬鹿な。

いやでも、美形は総じて何かが変だ。

幼馴染を筆頭に、顔のいい友人もどこかしら変だ。奇妙だ。おかしい。

その方程式でいけば、転校生もおのずと変人と言うことに・・・・・・・・・。変態がいるって、何かやだから思考から切り捨てよう。うん。

「依久の奴・・・楽しそうだな。それだけ恋人の嫉妬が嬉しいのか」

「ねぇ、何で羨ましそうな顔をしてるの?」

「俺も冬歌に嫉妬して欲しかったのに、嫉妬どころか無視して俺を置いてったよな」

「恨みがましい眼を向けないでよ」

腕を引っ張られ、促されるままに歩く。

まったく。何で私が嫉妬しないといけないのよ。と言うか、その程度で嫉妬するなら昔から――――。

その程度、昔から?

・・・・・・・・・ああうん。昔からのことだし、嫉妬なんてしないよね。その程度がよく判らないけど、柏木で誰かに嫉妬することはないってことだよね!

たぶん。

「悠乃もありさも、浅都も夏目も、あの転校生が嫌いだって言うんだけど・・・何でだろうね?」

「へぇ、そうなんだ。俺も藍染は嫌いだ」

「はっきり言うね。あれだけ好意を向けられれば、多少の情がわかない?」

「わかないどころか鬱陶しい。邪魔。俺は冬歌と友人がいればそれでいい。いや、冬歌がいればそれだけで幸せだ」

真顔で言われた。

「それに、依久達が藍染が嫌いなのはそれだけじゃないだろうし」

「へ?」

「冬歌は藍染のこと、好きなのか?」

「好きって言うほど、藍染さんと関わってないし」

と言うよりも、関わりたいとも思わないんだけどね。

だってほら、突き飛ばされたり転ばされかけたりした訳で・・・。私、嫌われてるんだなーと言うのがありありとね。判って、ね。

いや、大半の女子が私を嫌って、残りが距離を置いているような状況だった。

あれ・・・何か、胸が痛い。涙が出そうなほど悲しい。嫌われるのって、やっぱり嫌だなー。原因が隣の幼馴染だから、どうしようもないけど。

「・・・何だ、あれ」

怪訝な柏木の声に、暗く沈んだ意識を何とか持ち上げた。

「えー・・・」

柏木の視線の先を見れば、そこには何とも奇妙なモノが。

「何で廊下にバナナ? ギャグ? 誰かの悪戯かよ」

「さぁ、知らねーよ。てか、ゴミをこんな所におくんじゃねぇっての」

確かに、廊下の真ん中にバナナの皮があったらそう言いたくなるよね。

バナナの皮を避けるように歩く生徒が大勢いる中、一部の生徒が足を止めて困惑気味にソレを見下ろしている。

困惑するのも無理はない。だって、バナナの皮が山とあるんだから。

「これは・・・ないわ」

犯人は何を思って、バナナの皮を山にしたんだろう?

いや、それ以前にどうやって持ってきた。ばれるだろ、普通に。

(でも何でバナナ?)

漫画みたいに、バナナの皮で転べと? それはコントの世界だ。

今時の漫画でそんなベタなことをする作家なんて、早々いない。・・・いや、いるかもしれないけど。

(それでもバナナの皮はない)

おっと、どうやら風紀委員が来たようだ。

暦は・・・いないみたいだけど、風紀委員長が呆れた顔でバナナの皮を見ている。それはもう、「くだらない」と顔一杯に書くほどに。

「いつからあった」

「それが面白いことに、まったく判らないんです。気がついたら山とありまして」

「はぁ?! ふざけたことぬかすんじゃねぇよ。コレを気づかない馬鹿がどこにいるってんだよ!」

確かに、その通りだ。

「で、ですが事実でして・・・」

「ったく、もういい。さっさとコレを片付けろ」

「は、はい!」

風紀委員長の鋭い眼光に、委員の人間が竦みながら返事をした。

いやー・・・人相の悪い風紀委員長が睨むと怖いね。人、一人殺せそうな視線だし。妙に威圧感のある長身だし、ガタイもいいし。

「この犯人も、アレと同一人物か」

「違いますよ」

「あ゛? 違う・・・ねぇ? コレとアレはまったく別人の仕業って言いたいのか、東雲」

「ええ、そうです」

どこから現れた、暦。

・・・何で私の友人って、気配もなく現れるのかな。実は忍者? 忍びに憧れた? ――――馬鹿馬鹿しい思考を速攻で捨てた。

しかし・・・風紀委員長が言うアレって何だろう? 霧生に聞いたら教えてくれるだろうか?

「昶に聞いても教えないと思うぞ」

「え?」

「冬歌はアレのこと、知らない方がいい」

「何で?」

「何でも、だ」

穏やかに笑う柏木に息を呑んだ――じゃなくて、だ。

どうして知らない方がいいのか、理解できない。はっ! まさか井上先輩みたいな何かよからぬアレなのだろうか? 未だにレズが何だか解らないから、興味はあるんだけど・・・・・・・・・・・・。

ちらりと柏木を見れば、視線が「知るな」と告げている。

そう言われると、知りたくなるのが人の性と言うもので――。

「知っても冬歌に一文の得にならない。勝手にそれを探ったら・・・どうしてあげようか、冬歌」

「さぁて、1限目はなんだったかなー」

不吉な色を宿す眼が怖い。

素知らぬ顔で視線をそらし、流れる冷や汗をそっと拭った。冗談を感じさせない言葉が余計に恐怖を煽る。ああ、恐ろしや。

・・・とは言ったけど、慣れたからそんなに怖くないんだけどね。

あーあ、嫌な慣れだな。本当。

「・・・・・・あれ」

廊下の角に隠れるようにいるのって、まさか・・・。

「冬歌?」

「あ、うん。何でもないよ。教室、行こうか」

「・・・ああ、そうだな」

柏木の手を引いて歩きながら、角から姿を消した人物を脳裏に思い浮かべる。仲良くはないが、それなりに知っている人。あの人がこの場にいたと言うことは十中八九――。

(あのバナナの皮の山を作った犯人だよね)

へんなことをするのは、間違いなくあの人だ。

とすればだ、下駄箱にいたひよこもあの人の仕業じゃあ・・・。

(また、か)

何が原因で再びそんなことを始めたのか知らないけれど、私に面倒なことをしないで欲しい。切実に願いながらも、回避が不可能と知っているだけに項垂れてしまう。

何だか、平穏から離れていく気がしてならない。

(・・・面倒なことになってきたなー)

縁を切ることもままならず、周りから柏木と恋人と勘違いされ、嫌がらせが再発。

ああ、実に面倒くさい。

・・・あの人の嫌がらせはアレだからまぁ、いいんだけども。

(それよりも、縁を切らないでもいっか。何て思いだした自分が面倒くさい)

嫉妬やらが面倒だから縁を切りたいのに、今のままでいいなんて本当、どうかしている。自分に呆れ、溜息を吐き出した。

この状況、早く何とかしないと駄目だ。

色々と――手遅れになる前に。


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