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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
糸遊結びて
13/42

明日が来るな、と願う夜

誤字脱字を見つけ次第、直します。

PM20:56

スマホと壁時計を何度見ても、時間は変わらない。後少しで9時になってしまう。

柏木から来たメールを即座にゴミ箱に捨て、スマホをベッドに放り投げる。一方的な約束を護る義理はないが、破ったら余計に面倒になりそうだと思うと無視できない。

憂鬱な気分を抱えたまま、私は渋々と窓の鍵を開けた。

(ああ、やだなー)

息をついた瞬間、物音が聞こえた。

柏木がもう来たのかと窓を見るも、誰もいない。ならばどこから音がしたんだろう? 周囲を見渡して――背後から視線を感じた。

何だと振り返れば、扉の隙間からこちらを窺う母さんの姿・・・。

うん、地味に怖い。

(・・・もしかして、監視?)

実の母親がすることか。

呆れれば、何やら扉の向こうが騒がしくなった。

「いーやー! ここで娘の成長を見ずにして、何が母親かっ!」

「格好いいこと言ってるけど、ただの覗きだからなそれ!」

「覗き上等!」

「いばることじゃないよ、母さん。ああ、みっともない」

「なによ! これは冬歌の未来だけじゃなく、私達の未来にも関わることなのよ?!」

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

物凄く、頭が痛い。

扉の向こうで攻防を繰り広げているであろう家族に、何とも言えない感情を抱いた。とりあえず、父さんと兄さん。――頑張って母さんを止めて。

(まったく母さんは・・・何を考えてるのよ)

まさか本当に、既成事実を成立させようとは思ってないよね? ・・・ああ。まったくもって、否定できないのが悲しい。

遠ざかる喧騒に、父さん達が母さんを連行して行ったのだと知る。

不自然に開いた扉の隙間からは、何も見えない。

私は息を吐き出し、立ち上がって扉を閉めに向かう。ドアノブを掴んで、何となく扉を開けてみた。廊下には誰もいない。声も聞こえないと言うことは、リビングの扉を閉めたと言うことだろうか?

まぁ、どうでもいいか。

「っ!?」

「こんばんは。良い月だな、冬歌」

扉を閉めて振り返れば、満月を背に柏木がいた。何、この漫画とかでありそうなシュチュエーション・・・? 違和感がないのが恐ろしい。

(月と美形。・・・似合いすぎて怖いわ)

引け腰になりつつも、私は窓に腰を下ろした柏木に視線を向けた。

「柏木の家と家、距離あったよね? どうやって私の部屋まで来たの?」

「塀と木を登って。あとはジャンプ」

「・・・それで来るより、普通に玄関から来た方が早くない?」

「小母さんが余計なことしそうだったから、用心したんだよ」

「ああそれは・・・うん、そうだね。現にさっきまで、そこにいたし」

扉をちらりと見てから柏木に視線を向ければ、苦い顔をしていた。

「あー、その小母さんは?」

「父さん達が連行した。たぶん、リビングで騒いでると思う」

「・・・こっちに来る可能性は?」

「ないと思う。・・・確信はないけど」

何とも言えない、微妙な空気が流れてるよ・・・。

どうしよう。とてつもなく気まずい。柏木を一瞥すれば、私と同じように気まずそうな顔をしていた。けど、目的があってここに来たから帰るに帰れない状況・・・と言うことだろうか?

私個人としては、是非とも帰って欲しい。

いや、今すぐに帰れ。

何事もなかったかのように、颯爽と自宅に戻られよ!

切実に思うけど、どうせ叶いっこないんだろう。諦観の息を吐き出した。

「とりあえず、邪魔していいか?」

「駄目って言っても、聞かないんでしょ。なら、好きにしなよ・・・って、靴はどうしたの?」

「屋根にある」

さいですか。

「それで、わざわざ部屋に来た理由は何?」

「んー? ああ・・・ちょっと確かめに」

「確かめる?」

何を?

首を傾げて疑問符を浮かべる私に、柏木が穏やかに笑って見せた。・・・おかしいな。柏木を見てるとどうも、悪寒が止まらない。嫌な予感しかしないんだけど、何でかな?

頬を引きつらせる私の右腕を、柏木がふいに掴んだ。

「へ?」

と思ったら、身体が反転した。

「・・・え?」

視界に天井と柏木が見える。あれ? 何が起こった・・・?

「警戒心が薄い」

不機嫌な柏木はともかく、状況を確認しよう。

えーと、私の両手は柏木によってがっちりホールド。もがいてみたけど、まったく外れる気配がない。

床に倒れたはずなのに、痛くないと言うことは長座布団に横になっていると言うことだろうか? それとも柏木が衝撃を和らげた? 判んないので放棄。

で、私の見下ろす柏木の姿・・・と。

これは、あれですか?

(押し倒され・・・た?)

――何で?

柏木の双眸に、きょとんとした顔の私が映っている。ううむ、我ながら間抜けだ。

「なぁ・・・冬歌。俺が男だって理解してるか?」

「は?」

「男が惚れた女の部屋にいるのに、無防備でいるなって言ってんだよ。馬鹿冬歌」

ごめん、待って。馬鹿にされた意味が解らない。

「それとも俺に襲って欲しいのか?」

「嫌です、すいません」

「即答かよ・・・。それはそれで、傷つく」

がくりと項垂れた柏木の、男としてのプライドを傷つけたようだ。

何か・・・ごめん?

「ちなみに聞くけど、この体勢に対して思うことは?」

「距離が近い」

柏木が項垂れた。

「解ってたけど、冬歌って変にずれてるよな」

「失礼な」

「キスしたり耳元で喋ると赤くなるくせに、どうしてこの体勢で平常通りなんだよ。しかも『距離が近い』って・・・女としてそれでいいのか。ああもう、初心なはずなのになんでこうなんだよ」

「知らないよ」

どうでもいいから、退け。

未だに両手を拘束され、足の間に柏木の足があって動きづらい。どうやってこの体勢から抜け出そうか考えつつ、柏木を見た。・・・まて、おい。何故、顔が近づいてくる!

額に額を合わせ、鼻先がくっついた距離で柏木が口を動かす。

「これでも、反応なしかよ」

悔しげに瞳を歪め、柏木が拘束した手に力を込めた。

「この距離でも、ただ『近い』だけなのか? 少しぐらい、俺を男として意識しろよ」

「か、しわぎ・・・流石に、ちょっと」

「ちょっと何?」

「い、居心地悪い・・・」

不機嫌全開だった柏木が、瞠目した。

流石に私だってね、こんな接近されたら平常心保ってられないってば! 見飽きても、これは駄目。アウト。無理。限界。きついんだよ! わかれ、馬鹿!

段々と顔が熱くなるのがわかって、見られたくない一心で拘束を解こうともがく。放せ、こらー! 頑張ってるのに、まったく離れないのが憎らしいっ。おのれ柏木ぃぃ・・・。恥ずかしさから涙が出てきた。うう、最悪だー。

「やっぱりずれてる」

私の肩口に顔を埋めた柏木が、疲れたように告げた。

いいから退いてー!

「何なの本当、何なの。俺を振りまわしたいのかよ」

「ううう・・・退いてってばっ」

「無理」

「はい?!」

拒否された、だと・・・っ!

ちょっと待って。本気で待って。この密着具合を保てと言うのか、私に?! 身体が触れ合って、余計に居心地悪いのに我慢しろと! 心臓が破裂するわ!

「あーもう・・・・・・勘弁してくれ」

私の台詞だよ、それっ

半泣きになりながら柏木の下でもがけば、のそりと顔を動かした柏木と眼が合った。実に楽しげな双眸ですね、こん畜生。

悔しくて睨めば、額にキスされた。

「っ・・・・・・・・・!?」

「好きだよ、冬歌。お前だけを、俺は愛してる」

「そ、そう言うことは恋人にしてって」

「俺は冬歌以外を恋人にしたいとは思わない。冬歌以外と結婚したいとも思えない。それなのに冬歌は、俺に他の女を好きになれと言う。ずっと、冬歌だけを愛してきた俺に今更、他の女に恋をしろ、って言うのは――――酷い話じゃないか」

私を見下ろす柏木の双眸が、怪しい色を放つ。

「どれだけ俺が冬歌に愛を囁いても、想いを告げても冬歌は否定するんだ。――『ありえない』って。それってつまり、自分は相応しくないって思ったからか?」

「柏木に恋してない私より、恋してる人の方が相応しいでしょ・・・?」

「勝手に決めるなよ」

「・・・っ痛い」

「ああ、悪い。けど・・・ごめんな、冬歌。残念ながら、それを含めた冬歌の望みは叶わないよ。叶えるつもりはないし、俺」

「は・・・?」

「俺はね、冬歌。お前が望むなら、願うなら、どんなことでも叶えるつもりだよ? でも、縁を切るっていうのだけは叶えてあげるつもりはないんだ。それ以外ならどんな無理難題だって、俺は実現してみせる。昔に冬歌が言った、王子様みたいに・・・な」

「いらない!」

「ああ、知ってる。小さい頃に王子様らしく振舞ったら『頭でも打った?』って言われたからな。思考錯誤して別の王子様でやっても結果は同じ。むしろ距離を置かれて、疎遠になりかけたな。はは・・・あの時は流石に途方に暮れたな」

懐かしむように笑う柏木が、ほんの少し拘束する力を緩めた。

この隙に逃げねば・・・何かが危うい! そう、縁を切ると言う目的が果たされず粉砕されそうな予感がヒシヒシとするっ。

「まぁ、冬歌の前で王子らしい振る舞いやめたら元に戻ったけど」

「覚えて・・・ない!」

「でも冬歌が望むなら、俺はいつでも王子様みたいになるよ」

「話を聞け! いや、それより退いて!」

「それは駄目。今退いたら冬歌、逃げるだろ」

笑顔で切り捨ておった、こいつ・・・っ。

「今日は冬歌に、俺が男だってことを意識させるつもりだったけど・・・やめた」

「顔が、近いっ!」

「そりゃ、近づけてるからな。・・・はは、顔真っ赤。やっぱり、少しずつ意識させるよりこうして一気にやった方がよかったな。まぁ、あれはあれで楽しかったからいいんだけど」

「ふざけないでよっ」

「ふざけてないよ」

真摯な瞳が私を射抜く。

怖いくらいに真剣な声に、身体が委縮した。

「ふざけてない、いたって真面目だ。だから冬歌――覚悟しろよ?」

「な・・・何、を?」

「本気で落としにいくから」

おと、す?

「外堀埋めてからって思ったけど、駄目だな。俺が我慢できそうにない」

「が・・・まん?」

「今すぐ冬歌が欲しい」

「!?」

「ま、それも理性で抑えるから安心しろ」

私の上から退いた柏木を、唖然と見送ってしまった。今が逃げる絶好のチャンスなのに、身体がまったく動いてくれない。

・・・嘘がまったく感じない言動に、吃驚しすぎたせいかな?

「無理矢理に身体を手に入れるのは簡単だけど、俺は冬歌の心も欲しいからな。だから冬歌が俺に恋を、いや、愛してもらうのが先決。異性として意識してもらえたんだから、可能性はゼロじゃねーし」

「あ・・・え?」

「そう言う訳だから冬歌。明日からは人目もはばからずに行動するから、よろしく」

「へ、や、ちょっと!」

柏木が窓に近づき、靴を履いたと思ったら笑顔で飛び降りた。いきなり視界から消えたことで転落死――の不吉な文字が脳裏をよぎる。

「おやすみ、冬歌。また明日」

普通に歩いてた。

二階から飛び降りたのに、平然としてる・・・。慌てて損したよ。

窓サッシに触れながら、脱力した。

息を吐き出す。天井を仰いで、呼吸した。

「はは・・・。なんか、もう・・・」

乾いた笑みが、喉から出た。

「どーしよ」

時間にして数十分。

たたそれだけで、色んな事が起きて処理出来ない。頭が痛い。現実逃避したい。夢の世界に逃げてもいいだろうか?

頭を抱えて、唸る。

縁を切る――――。その望みを叶えないと言った柏木相手に、どうやって果たせばいいのかわからない。

柏木相手にそう簡単じゃないとは思ったけど、余計に前途多難だ。

苦難の道でお先真っ暗。

ああ・・・困難が多い未来しか、想像できないよ。

「柏木の馬鹿。本当、訳わかんない」

長く幼馴染をしているけど、感情の起伏は当然ながら心境や心情がさっぱりだ。

何を思って、あんな台詞を口にしたのか。考えてみたけどまったくもって、わからない。これが成績上位と真ん中の差か・・・。

「本当・・・どーしよ」

有言実行を果たすであろう柏木に、明日が来るのが怖くて仕方がない――――。


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