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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
糸遊結びて
12/42

帰宅して

誤字脱字を見つけ次第、直します。

帰宅したら、玄関前に母さんが立っていた。

「ただい」

「はい、部屋に行く!」

最後まで言うことも、「お帰り」の言葉もなく、私は母さんの手によって半ば無理やり部屋に連れられ、一時間ほど出てくるなと言われた。

――正直に言おう、意味が解らない。

制服を脱ぎ、部屋着に着替える。

久しぶりに逢ったのに、両親は柏木とリビングで談笑中。下から聞こえる賑やかな声に、物凄く疎外感を抱く。・・・・・・ちょっと、寂しい。

実の娘を放っておいて、余所様の子と仲良く会話って・・・酷いや。いじけてやる。

父さんからお土産にもらった、兜を被った猫を抱きしめつつベッドに寝転がた。確か、このゆるキャラがいる県とは違う場所に行ったはずだよね? まぁ、いいけど。

「ううう・・・何、話してるんだろ?」

気になるけど、こっそり話を聞きに言ったらばれた時が怖い。

無駄に勘がいい母さんと、やたらと気配に敏い柏木がいるから、そんなことしたら確実にばれる。即座に気づかれる。怒られるか、呆れられるか、笑われるか・・・そのどれかを体験しそうだから、好奇心をぐっと抑えた。

後悔すると解って、行く馬鹿はいないからね。

息を吐き出す。

「昔の約束・・・か」

照れた仕草をした柏木の姿を脳裏に浮かべ、私は眼を閉じる。

「どうでも、いいや」

約束が何か考えることを放棄し、時間までどうやって過ごすかに思考をめぐらせた。

あれ、そう言えば私――――どうして、柏木に“恋”しないって思うんだろ。

(・・・縁を切るんだから、考えるだけ無駄か)

思っても、一度浮かんだ疑問は早々消えてはくれない。

(イケメンすぎて、“恋”が出来ないってやつかな。いや、それなら柏木に恋する女はどうなんだよ、って話か。じゃあ、傍に居過ぎて“恋”と思えない? ・・・近すぎて見えないなら、縁を切りたいなんて思わないか)

疑問の答えが見つからないと解っていながら、つらつらと考える。

「わっかんない」

結果、思考を放棄した。

まったく――柏木に“恋”していれば、この面倒な状況は変わっていたのかもしれないのに。・・・って、思うけど出来ないんだから仕方がない。何より、縁を切りたいと願う人間が言えた台詞じゃない。

(それ以前に私、確かな“恋”ってしたことあったかな?)

誰かを好きになることはあったけど、よくよく考えればあれは本当に“恋”なんだろうか? そう考えると、抱いたはずの“恋”が憧れや錯覚に思えてしまう。もしかしたら、柏木から向けられる好意から逃げるために、無意識にしていたのかもしれない。

・・・だとすると、間違いなくそれは“恋”じゃない。

「恋すら知らないって、ありえない」

「祀くんに恋すれば問題ないだろ」

「うぎゃ!?」

「・・・可愛くない悲鳴だな」

余計なお世話だよ!

と言うよりも、どうしてここにいるのさ兄さん! ノックは?!

早鐘をうつ心臓を宥めつつ、一人だけの空間に突如として現れた兄さんを睨みつけた。呆れた顔で私を見下ろす兄さんの手には、湯気がたつマグカップが二つ。

「ノックしたの、聞こえなかったのか?」

「聞こえなかった」

「だろうな。返事なかったし」

「返事がないなら、勝手に入っていいと?! プライバシーの侵害だー」

「はいはい、ごめん」

「心がこもってない」

丸テーブルにマグカップを置き、長座布団に腰を下ろした兄さんに溜息をついた。

「そうそう。祀くん、母さん達に『冬歌をください』って言ってたよ」

「冗談はやめて!」

「ああ、冗談だ」

真顔でさらりと吐き出された言葉に叫べば、けろりと嘘だと言われた。頭が痛い。

抱きしめたぬいぐるみを手放し、両手で顔を覆う。何がしたいんだ、この兄は。妹で遊びたいのか? からかって苛めたいの? 肯定したら泣くぞ。

「ホットミルクじゃないけど、珈琲を持ってきたから一緒に飲もう」

「・・・・・・・・・、何で自分の部屋で飲まないの」

「気にするな」

「仕事しなよ」

「気にするな」

仕事に飽きたのか。

じとりと兄さんを見れば、顔を逸らされた。どうやら図星らしい。それでいいのか、成人男性。編集者さんに怒られてしまえ。

息を吐き出して、ベッドから起き上がる。鼻孔をくすぐるのは、確かに珈琲の匂い。ただし、中身はどす黒い。

見るからに苦い、と解るそれにいったいどれだけ入れたんだと文句を言いたい。

まぁ、飲めるから別に良いんだけど。確実に、胃は悪くなる代物だけど。

花影(かえい)が見たい」

「へ?」

「月の光に出来る花の影が見たい」

「いや、そうじゃなくて」

何でいきなり、そう言いだしたの? 首を傾げる私を無視して、兄さんが勝手に部屋の電気を消した。

ああ、何をする!

「月明かりのおかげで隣の家の桜、見事に壁に映ったな。これぞまさに、花影か?」

「私に聞かないでよ」

確かに綺麗だけど、別に壁に映った桜を見なくても窓から普通に見ればよくない?

月明かりのおかげでそれほど暗くない部屋を見渡し、丸テーブルに置かれたマグカップを手に取る。一口、飲んだ。予想以上に苦かった。

ちょっと顔をしかめてから、視線を兄さんに向ける。何が楽しいのか、壁に映る花影を眺めていた。

本物の桜が風に揺れたのか、花影も動く。花弁が散る様すら映すのだから、確かに綺麗とは言える。・・・けど、本物の方が綺麗じゃないかな?

窓へ視線を動かし、桜の木を双眸に映す。

艶やかな色を咲かす樹木は、悪戯な風に枝を揺らしていた。

「冬歌はさ」

珈琲を飲みながら、兄さんが言う。

「祀くんと他人になった後のこと、考えたのか?」

「普通に友人になる」

「縁を切ったのに、友人? なれる訳ねーだろう。幼馴染と言う縁だけを切るなんて無理なんだよ。全ての関係を断ち切って、ゼロの状態になるんだ。縁を切ったから、これからは友人になりましょうね? なんて言われて、お前は頷けるのか?」

冷めた双眸が私を射抜く。

「少なくとも俺は、ごめんだ。そんなことを言う奴と、友人になんてなりたくない」

きっぱりと告げた兄さんは、視線を私からそらしてまた花影を見る。

「それを踏まえて、冬歌。本当に祀くんと縁を切りたいのか?」

「私は・・・」

「祀くんが嫌いじゃないなら、縁を繋いだままでもいいだろう? 何で縁を切ることに固執するんだ。嫉妬が面倒だからか? それなら祀くんに言えばいいだろう。祀くんなら、冬歌が面倒だと思うことを一掃してくれるよ。なんせ祀くんは――」

俯いた私の耳に、楽しげに笑う兄さんの声が届く。

「冬歌のためなら、何でもやるからな」

何でも・・・ね。

私が頼んだら、犯罪すらやりかねないとでも?

「やるだろうね、祀くんなら。・・・頼むから、祀くんを犯罪者にしないようにな」

「心を読まないで。そんなこと、絶対に頼まないから。と言うよりも、柏木に頼りたくないからしない」

「だろうな。祀くんに頼ったこと、数える程度しかないからなー」

けたけたと笑う兄さんは、珈琲を丸テーブルに置いた。身体ごと向きを変え、私と体面する形をとる。

「祀くんに頼るより、俺にばっか助けを求めてたもんな。何かある度にお兄ちゃん、お兄ちゃんって・・・あの頃の冬歌は可愛かったなー」

「本人眼の前にして、がっかりしないでくれる?」

「今の冬歌は可愛くない。祀くん、どうしてこんな妹を好きになったんだろ?」

「余計なお世話! ・・それこそ、私が知りたいよ。何で、私を好きなったんだろ?」

「祀くん曰く、一目惚れらしいけど・・・。冬歌のどこに、惚れる要素があるんだ?」

実の妹に対して酷い。

けど、事実だから何も言えない。くるり、くるとマグカップを揺らして半分に減った珈琲を見下ろす。

ああでもない、こうでもないと思考の海に浸る兄さんを一瞥し、次いで窓を見た。空に舞う桜の花弁が、何とも美しい。

月明かりに桃色の花弁。

風情があるなー。







結局、兄さんは柏木が私に惚れた理由が解らなかったようだ。

下から私達を呼ぶ母さんの声に思考を止め、マグカップを持っていそいそと部屋を出て行く。私もそれに続いて部屋を出て、階段を下りればそこで丁度、柏木と遭遇した。

笑顔だけど、何だか疲れが見える。

「大丈夫?」

何気なく言葉にしたら、柏木が妙に驚いた顔をした。失敬な。

「大丈夫だけど・・・冬歌が俺を心配するなんて」

「心外な、私だって心配ぐらいするよ。そんなあからさまな仮面を被ってれば、何かあったのかなぐらい思うし」

「・・・仮面?」

「笑顔の仮面。疲れたなら、無理に笑わなくていいよ」

柏木の顔を指差しながら告げれば、きょとんとした何ともまぁ貴重な表情を拝めた。

物珍しさから、暫く柏木を見れいれば兄さんがリビングから私を呼ぶ声がした。次いで母さんの「ご飯が冷める」の一言に、無意識に腹部に手をあてる。・・・お腹空いた。

固まった柏木を放置して、ご飯を食べに行こうと足を動かせば、右腕を掴まれる。うん、何となく予想はしてたよ。

胡乱に柏木を見れば、驚いた顔をしていた。え、何で?

「何で気づいた?」

「へ? そりゃ、長い付き合いだから」

「雷歌は気づかなかったのに」

「小説家失格だね」

趣味が人間観察のはずなのに、駄目じゃん。

「冬歌ー? 何してるの、早くご飯食べに来なさい」

「わかった」

「じゃ、俺は帰るよ」

柏木が手を放し、私に背を向けた。

靴を履き、荷物を持ち直して玄関を開けようとして、動きを止める。くるりと振り返った柏木の顔は、何やら企んでいるような笑みを浮かべていた。

「9時に部屋の窓、開けとけよ」

「やだ」

「近くなったらメールするわ」

「だからやだって」

「またな、冬歌」

「人の話を聞け!」

後ろでに手を振る柏木は、足を止めることもなく去って行った。

「何、夜這いの誘い?」

「違うからね!」

「そりゃ、残念。――てか、小説家失格は酷いな」

何処から話を聞いていた。

リビングから顔を出した兄さんは、楽しげに笑う。・・・はっ、兄さんに聞こえていたってことは当然。

「俺達に聞こえてると解って、あの台詞。中々に大胆な子になったな、祀くん」

「夜這いは雷歌が言った冗談だろうけど、私的にはしてくれちゃってOKよ。むしろ既成事実作ればいいのに」

「や、流石にそれは駄目でしょう、母さん」

「孕まなきゃ大丈夫でしょ? それに、そのぐらいの気概がないと、冬歌はオチないと思うのよね。そう思わない、お父さん?」

慌ててリビングに向かえば、美味しそうな料理が並んだテーブルに座って談笑する両親の姿。箸を動かし、食事を食べながらなんちゅーことを言ってるんだ!

親が真面目に、既成事実とか孕むとか言わないでくれる・・・? 

そこは止めてよ。娘の貞操を心配してよ、本当に!

「うん。この煮物、酸っぱいのか甘いのか苦いのかよく判らないな。こっちの焼き魚は妙に甘いし、味噌汁は辛い。唯一まともに食えるのが和え物って、雷歌の料理センスは相変わらず微妙だな」

ビール片手に上機嫌に笑う父さんは、まずいと言いつつ料理を食べていく。

「明日からは私が作るから大丈夫よ。・・・あら、ご飯が油っぽい」

「油? 使ってないけど・・・おかしいな」

頭が痛い。

とんでもない発言をしたと思ったら、今は普通に家族の会話。あれは冗談だと流せなかった私が悪いのかな? いや、でもあんな台詞を言われたら・・・ねぇ?

「ほら冬歌、早く来て食べなさい。まずいけど」

「そうね。まずいけど、食べられるわよ。まずいけど」

「まずい、まずい連呼するなよ・・・」

両親に「まずい」と言われた兄さんが、落ち込んでいる。どうでもいいや、それは。

痛む頭を押さえつつ、私は定位置に座る。前を見れば、ぶつぶつと文句を言う兄さん。隣を見れば、ビールを呑んで良い感じに酔いが回ったのか笑う父さん。その前の席には「まずい」を連呼しつつ食事をする母さん。

・・・・・・既成事実云々のことを聞くのは、やめておこう。

藪蛇になりそうだし。

「いただきます」

箸をとるけど、食欲はない。

おかしいな、さっきまで確かにお腹が空いてたのに。

億劫に箸を動かして、ご飯を食べる。・・・・・・・・・・・・まずい。

陽気に会話をする家族の声をBGMに、苦行のような食事に箸を進めていく。平然とした顔で料理を平らげる両親に、尊敬と畏怖を抱きそうだ。・・・まずい。

「――――冬歌ってまだ処女よね?」

「ぶっ!」

危うく、口に入れた物を噴き出すところだった。

「その反応かららして、まだ処女ね。よし」

輝かんばかりの笑顔で、母さんが満足気に頷いた。

「食事の時に変なこと言わないでよ!」

「別に良いでしょ? さっき、既成事実とか孕むとか言ったんだし」

「やめて、言わないで、聞きたくない!」

両手で耳を押さえれば、母さんがにやりと笑った。

・・・悪魔の笑みにしか見えない。ひくりと頬を引きつらせる私の双眸に、笑みを深めた母さんが口を動かした。

「やってしまいなさい、お父さん!」

悪役の台詞!?

って、ああ! ちょっと右手を掴まないでよ父さん!

「ごめんなー、冬歌。お父さんの酒代のために犠牲になってくれ」

「声と表情があってない!」

酒代って、そりゃないよ父さん・・・っ。

「あんた、祀くんと縁を切りたいとか言ってるらしいわね」

誰だ、リークしたのは! 兄さんか、この野郎っ。

にやにやと傍観体勢に入った兄さんを睨むが、素知らぬ顔で食事を再開させた。後で覚えてろよ・・・。

「駄目よ、そんなこと。お母さんは許しません! 祀くんと結婚して、可愛い孫を産んで、私に潤いある老後を提供するのがあんたの役割なのよ!! 断固、阻止するからね!」

「じょーだん! そんな老後、兄さんにでも頼め!」

「雷歌は・・・ねぇ? 女運が悪いのか、恋人に対して希薄と言うか・・・そう言うの期待できないから」

憐れむような眼で兄さんを見る母さんに、確かにと同意したくなった。

「だからこそ、あんたに全てがかかってるのよ! 大丈夫。美琴さんもあんたになら祀くんを任せられるって言ってたし、(いつき)さんだって了承したからね」

「私は了承してないんですけど!」

「なによー、美女の美琴さんと爽やか美形の斎さんの子である祀くんに不満でもあるの? あんた、祀くん以上の男なんて早々にいないのよ? 相手が惚れているうちにモノにしないでどうするのよ!」

「知らないよそんなこと!」

「お母さんだって、出来るなら美人に生まれたかったわよ!」

それこそ知らないよ!

「俺も・・・イケメンに生まれたかったよ、母さん」

私の手を掴んだまま、父さんが沈んだ声で言う。

まぁ、確かに父さんは中年太りになってきたし、顔もぱっとしない。だけど「笑顔が可愛い」って母さんや近所の人に好評だしいいんじゃない?

母さんは・・・・・・うん、普通に美人だよ? 年齢の割に肌は綺麗だし、髪だって艶やかだし、美容に気にかけてるし、美魔女って言葉が似合うのに・・・。さらに美人になりたいと?

「だから冬歌――――祀くんに処女を捧げなさい」

「意味が解らないよ!」

「祀くんの童貞を貰いなさい」

「なんで?!」

「祀くん、童貞なのか?」

驚くところはそこなの、父さん!

「何を当たり前のことを。あの祀くんよ? 冬歌以外に眼を向けない祀くんが、他の女で童貞卒業するはずないじゃない」

「ああ、確かに」

納得するのか!

もうやだ、この両親・・・。


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