放課後 1
お気に入りありがとうございます。
※誤字脱字に気づけたら、即直します。
「そう言えばどうなのよ」
「へ?」
隣を歩く悠乃が、唐突にそう言う。
言葉の意味が解らず首を傾げれば、悠乃はわざとらしく溜息をついた。・・・何なのさ。
「私はどうなのよ、って聞いたの」
「主語がない」
「そこは私への愛と根性と発想で悟りなさいよ」
「無理だからね、それ」
悠乃の脳内なんて大概、ゲームかゲームかゲームしかないのに解るはずがない。・・・あれ? ゲームしかない。
(悠乃って・・・・・・大丈夫なのかな?)
言葉にしたら失礼だが、切実に心配になった。
や、でも悠乃って以外に要領がいいし、成績も悪くないから内申に響くことはない。羨ましい頭脳だ。私なんて頑張らないと危ないのに。
「私を訝しげに見たと思ったら、何で悔しそうな顔してるのよ」
「なんでもないよ」
「嘘くさい」
ほっぺをつねられた。痛い。
「まったく、私の思考が解らないなんて愛がないわね」
ぐにぐにと人の頬を引っ張って、さらには捻らないで欲しい。
「とは言え、私に百合要素はないから、友愛以上の感情を抱かれると引くけど」
安心して。百合が何か知らないけど、私もそれ以上の感情はないし、友愛も今の行動で下降しつつあるから。てか、いい加減に手を放せ!
悠乃の両手の甲をつねれば、痛みに顔をしかめた。ざまあみろ。
「・・・痛いじゃない」
「私も痛かったんだよ」
頬を摩りつつ、悠乃を冷めた眼で見返す。
「触りがいのある冬歌のほっぺが悪いのよ」
「責任転換しないでくれる・・・?」
悪びれもない悠乃に溜息を吐きだし、顔を右手で覆った。
「――――で、『どうなのよ』って言葉の主語は?」
「柏木君との、登下校アンド二人っきりの昼食はどうなのよ? 何か進展あった? 押し倒されたり、壁ドンされたり、迫られたりした?」
輝いた瞳で、テンション高く聞かれても・・・。
「してないから。二人っきりでもないし、いたって普通にすごしてます。そんな展開には絶対にならないからね!」
「そんな力説しなくても・・・。柏木君って、肉食に見せかけた草食なのかしら? それともロールキャベツ?」
「柏木に好き嫌いはないけど、どちらかと言うと、洋食より和食が好きだね」
「下手なボケはいらないの。・・・ねぇ、冬歌。草食系男子とか肉食系男子って言葉、知ってる?」
「肉を食うか野菜を食うかじゃないの? 兄さんが『草食系は野菜しか食わないから弱いし、肉食系はがつがつしてて鬱陶しい』って言ってたけど?」
「雷歌さん・・・・・・」
遠い眼をした悠乃に、私が首を傾げた。
意味的にはあってるんじゃないの? 違うの? まぁ、違っても私にはどうでもいい話なんだけど。
止めていた足を動かして、廊下を歩く。
放課後と言うこともあって、グラウンドからは声援が聞こえてくる。しかし、普段より喧しい気が・・・。あ、そう言えばサッカー部が他校と対抗試合をするって言ってたっけ。柏木も助っ人として参加するとか、どれだけ勝ちたいんだサッカー部。
その情報を教えてくれた霧生も今頃、新聞部の部活動に励んでいるんだろうなー。
励むと言えば、科学部の秦は科学室に籠って一体、何を作ってるんだろう?
伏見先生から借りた本を参考に、何を作るのか興味はあるけど・・・・・・。爆発の頻度が多い科学室に、近づくようなことはしたくない。巻き込まれるのはごめんだし。
(出来たら見せてもらおっと)
「柏木君って慎重なのねー、面白くない」
「何を期待してるのよ」
「ゲーム的展開。もしくは恋愛フラグ発生」
やっぱりそこにいくのか。
白い眼を向けるも、隣を歩く悠乃は素知らぬ顔でこてりと首を傾げた。疑問を抱くその瞳に、何だかあまり良い予感がしない。
「ちなみに聞くけど、ベタに膝枕とか放課後デートとか、危機的状況から助けられるとか、密室で長時間過ごすとかないの?!」
「はぁ、・・・ないよ」
寄り道もなく、ただ登下校を一緒にしているだけだし。昼食だって特に変わりはない。
「じゃあ、水をぶっかけられるとか物がなくなるとか、呼び出されるとか、下駄箱にゴミがいられるとかは?」
「ないってば」
中学時代に私が苛めっ子を返り討ちにしたから、幼稚な嫌がらせはもうない。せいぜい、悪口をいったり疎外したり・・・・・・・・・。うん、慣れたけど寂しい。
普通に、女友達がもっと欲しい。――やはり、柏木と早急に縁を切ろう。
「中学時代が一番、虐めのピークか」
嫌な言葉だ。確かに一番、酷い時代だったけれどその言葉は流石にないだろう。
「キレた冬歌って、柏木君が怒る以上に怖かったわ」
「ああ、そう」
「・・・興味なさそうね」
白けたとばかりに息をつく悠乃に、私が溜息をつきたい。
「あーもう、どうして恋愛フラグにありがちなことがまったく、これっぽっちも起こってないのよ。つまらないじゃない。冬歌、あんたそれでも女?」
「意味が解らないんだけど」
「別に虐めが起きろ! って望んでる訳じゃないのよ。ライバルキャラもいるって言うのに何の接点もなしっ。これがゲームなら面白みも何もない、クソゲーよ!! 売れないし即売却されるのがオチねっ」
何とも悠乃らしい言葉だ。心底、どうでもいい。
「いくら現実とゲームが違うからって、ここまで何もないと意図してそうしているような気がしてならない――――――っ?!」
叫ぶ悠乃の頭上から、水が降って来た。
・・・・・・水? 飛沫が制服にかかっただけで、被害を免れた私は上を見上げた。階段の上で、顔面蒼白の眼鏡美人がいた。その手にはバケツをもっていて、悠乃をずぶ濡れにした原因であることが解る。
「あー・・・とりあえず――――よかったね、フラグが起きて」
「巻き込まれフラグはいらないわよ!?」
滴る水を払うこともなく、悠乃が叫んだ。
「私が望んだのは確かにこう言うのだけど、私がフラグを起こしたいんじゃなくて」
「ごめんなさい!」
悠乃の言葉を遮って、眼鏡美人こと井上美幸先輩が謝った。
転がる様に階段を下りてきた先輩は、水浸しの悠乃を見てさらに顔色を悪くさせる。意味もなく両手を動かし、持っていたバケツから手を放した。それがまぁ、運悪く悠乃にぶつかって・・・・・・。どんな奇跡が起きたのか、悠乃の頭にかぶされた。
「だからちがー―――――――――――――う!」
噴火した悠乃が、バケツを取ると力一杯に投げ捨てた。
「こう言うフラグは、冬歌に起きるべきなのになんで私なのよ!?」
「運命なんじゃない? よかったね、悠乃」
「よくないわよ!」
吼える悠乃は苛立ちに髪をかきむしった。
「本当、ごめんなさいっ」
あ、井上先輩の存在を忘れてた。
「私がうっかり転ばなきゃ、そんな濡れ鼠にならずにすんだのに・・・。とりえあず、保健室に行きましょう。風邪をひいたら大変よ」
言っていることは正しいんだけど、どうしてかな。井上先輩の眼が妖しくきらめいて、どうも良い予感がしない。あと、瞳から不埒な色が・・・。私は何食わぬ顔で後退した。
悠乃もそんな先輩の瞳の色に気づいたのか、頬を引きつらせて逃げ腰だ。
「い、いえ、大丈夫ですのでお構いなく」
「駄目よ。風邪をひいて肺炎になったらどうするの」
よっぽどのことがないと、そこまで酷くならないよ。
「さぁ、保健室に行きましょう。大丈夫、責任は取るから」
制服の洗濯代のこと? それにしては、何だか違う責任の取り方をするように聞こえた。
がしりと悠乃の両腕を掴んだ井上先輩から、逃がさないと言う意図が見え隠れする。何だか凄く――危険な香り。
「せ、先輩は柏木君が好きなんですよね確か!」
身の危険を感じたのか、悠乃が話題をそらした。
「好きよ」
さらりと井上先輩は答えた。しかも笑顔で。
「あの造形美を絵に描きたいと思う程度には、柏木君のことを好きね」
・・・あれ? 言葉になんか、違和感が。
「でもそれだけで私は異性として柏木君のことを好きじゃないし、恋もしてないから正直言って、私が柏木君に惚れてるって噂は迷惑でしかないのよね」
ああ、成程。違和感の正体は柏木に対する想いか。他の柏木に恋する乙女と比べて、恋情や愛慕と言った想いを感じなかったから、変に感じたんだ。うんうん、納得。
「え? あれ? で、でも柏木君に迫ってましたよね?!」
先輩の言葉に混乱しながら、必死な悠乃が台詞を紡ぐ。
掴まれた腕を振りほどこうと、我武者羅に動かしていた。視線が私に向き、無言で「助けて」と言われたけど・・・・・・・・・ごめん。無理。
得物を狙うハンターの眼をした井上先輩から救いだすなんて、無謀としか思えないわ。
「絵のモデルになって欲しかったから、口説いてたのを見たのね。でも残念。ふられちゃって、その上で忠告まで受けたわ」
「忠告?」
何だろうと聞き返せば、井上先輩が悠乃から手を放して私に向き直った。
解放された悠乃が脱兎の勢いで先輩から離れ、私を盾にするように背後に隠れる。ちょっと、さり気なく背中を押さないでよ。さっき見捨てた仕返しなの?
「貴女に、――西城さんに手を出したら人生破滅させるって」
それは脅しだ! 間違っても忠告じゃない。
「何だか柏木君ならやりかねないって思ったし、そんな人生は嫌だから貴女には手を出さないって約束したの。でも――――駄目ね。可愛くて、凄くつまみ食いしたいわ」
ぞわりと、鳥肌がたった。
よく判らないけど身の危険を感じて、井上先輩から距離をとった。それでも舐めるような視線は続いて、悪寒が止まらない。両腕をさすり、警戒をあらわにした。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。西城さんには手を出さないって、約束したからね」
今、物凄く柏木を褒め称えたい。
ありがとう! 君のおかげで私は毒牙にかからずすみそうだ。
「安心しちゃって、可愛い。・・・・・・そっちの子、美味しそうよね」
「ひぃ」
「私の好みだわ、貴女」
ぺろりと唇を舐める井上先輩は蠱惑的で、とても高校三年生には見えない色香がある。
が、それを一心に向けられる悠乃には、堪ったものじゃないようだ。私の肩を強く握りしめ、恐怖から身体を震わせている。そりゃ、得物としてロックオンされたら当然の反応か。
けど、私は助けない。と言うより、無理。ごめんよ、悠乃。薄情な友人で。
「わ、私はソッチの趣味はないので」
「大丈夫、すぐに好きになるから」
きっぱりと断言した先輩の言葉に、悠乃が短く悲鳴を上げた。
「それに貴女を濡らした責任を取るって言ったでしょ? ――優しく、拭いてあげるわ」
含みを感じる言葉を告げ、妖しく笑った先輩が一歩、足を前に動かす。
「結構です!」
耐えきれなくなった悠乃が、声を引きつらせながら私から離れた。駆けだす音がする。
振り返れば、陸上部がスカウトしたくなるであろう速度で廊下を走る悠乃の後ろ姿。運動がそこまで得意じゃない悠乃が、本気になって逃げた。
身の危険を感じたら、そりゃ必死になるか。ちらりと井上先輩を見た。笑っている。
「ふふ・・・残念。今日は逃がしてあげるわ」
「・・・」
頑張れ悠乃。
井上先輩は君を手にする気満々だ。死ぬ気で逃げろ。
「さて、水浸しの床は私が掃除するから西城さん、貴女は彼女を追いかけなさい」
「え、いいんですか?」
廊下の水溜りを一瞥してから、先輩を見た。笑顔で頷かれた。
「いいのよ。だってこれ偶々、美術部の部活で使う水を汲みに行った帰りに、貴方達の声が聞こえてね。声からして好みだし、どうしても接点が欲しくてワザとやったんだもの。だから、自分でやったことは、自分で片をつけないとね」
何と言うか、都合のいい偶然だ。そして好みとは悠乃のことだろうか? 憐れ、悠乃。水を被る前から狙われていたのか。・・・ご愁傷様。心の中で合掌する。
私はそれ以上何かを言うこともなく、頭を下げて足早にその場から立ち去った。これ以上、井上先輩に関わると何か駄目だ。色々と失いそうで怖い。
「―――――――!?」
角を左へ曲がってすぐに、誰かに腕を掴まれた。
突然のことで息が止まった。先程のことがあって、反射的に腕を掴む人物を殴ろうと腕を振りあげ・・・なんだ、夏目か。
「脅かしたのは悪かった。だから殴らないでくれ、すまん」
「次、やったら殴るからね」
「気をつける。――それにしても、災難だったな」
私の頭を撫でる夏目の双眸に、憐憫の色が見える。
「レズ疑惑のある井上先輩に狙われてた上に、友人がその得物に定められた瞬間を目撃するなんてなー」
「レズ・・・?」
「西城は知らなくていい言葉。知っても碌なことにならないから、気にしない方がいい」
「はぁ・・・?」
真剣な顔でそう告げる夏目に、頷くしかない。
「後で調べるのもなし。いいな、絶対だぞ」
念を押されたら、逆に気になるんだけど・・・・・・。
でもなんか、怖いもの見たさでやったら後悔する気がする。それに、夏目がこんなに真剣なんだ。素直に聞いておこう。――――誰かに聞くのはありかな?
「いひゃい・・・」
「な、西城。頼むから本当、知ろうとするな。誰かに聞くのもなし!」
何故解った。
「顔に出てるんだよ、顔に」
本気でポーカーフェイスになりたい。
「まったく・・・」
ぐにぐにと人のほっぺを引っ張っていた夏目は、溜息と共に手を放した。うう、痛い。
今日、二回目の行為に頬の筋肉が伸びたような気がする。いや、錯覚だと解っているけど。ほっぺを撫でながら、私は夏目を見上げた。
「それで、私に何か用事でもあるの?」
「おっと、忘れるところだった」
演技かかった動作で指を鳴らす夏目が、次の言葉を口にした。
「あらあら、西城さんと夏目くんじゃない。廊下の真ん中で話していたら、通行人の邪魔になりますよ」
――その前に、おっとりとした声がした。
振り返れば老年特有の落ち着きと、溢れんばかりの包容力に優れたぽっちゃり・・・ごほん、ふくよかな体型をした国語教師の田所先生がいた。言われて私は、確かに迷惑だなと頷いて壁に寄る。夏目も同じ行動をした。
「はい、よくできました」
小学生に言うような褒め方は、この先生の特徴だから仕方がないと諦めている。
息を吐き出し、私は田所先生が両腕に持つ綺麗にラッピングされたマドレーヌを見つけた。料理部顧問の田所先生が作ったのだろうか? だとしたら――――間違いなく美味しい。
見た眼で人を判断してはいけないが、その通りに料理が上手な田所先生の腕前はプロ並みだ。何せ、食堂のメニューを考え、試作を悉く人気商品にした人物なのだから。
(和洋中、何でも作れるうえに美味しいんだよね。・・・ロコモコ、特に美味しかった)
限定メニューなのが惜しいくらいに、美味だった。
思い出したらお腹が空いてきた。
「良い子には、ご褒美をあげないといけませんね。はい、マドレーヌをどうぞ」
「ありがとうございます」
素早くマドレーヌを受け取った夏目の瞳は、それはもう煌めいていた。
酢昆布以外のおやつはいらないと公言していたのは、どこの誰だっけ? 呆れた眼で夏目を見るも、素知らぬ顔で袋を開けている。意地汚い。
「それじゃあ、あまり暗くならないうちに帰りなさいね」
子供に言い聞かせるような台詞を告げ、田所先生は歩いて行った。
「・・・・・・・・・で」
私は夏目を見上げ、首を傾げた。
「用事は何なの?」
リスのようにマドレーヌを齧る夏目が、きょとんと瞬いた。あーあ、完全に私を呼びとめた理由を忘れているよ。呆れて、肩を竦めた。
「驚かせるために私の腕を掴んだ――なんて、言わないよね?」
「ん? ・・・・・・・・・・・・言わない! 言わないから!」
自分の目的を思い出したのか、夏目が大げさなほど首を横に振った。
「あっとな、柏木から西城に伝言を預かったんだよ。あいつ、『5時には終わらせるから、待ってて』ってさ。この前といい俺、お前らのメッセンジャーじゃないんだけど。何? 二人してスマホを携帯してないの? 電池切れ? ちなみに柏木は家に忘れたって」
「へー、そうなんだ。珍しいこともあるんだね。明日は雨かな」
「素っ気ないほど棒読みで言うなよ、しかも無表情で」
「それはごめん」
「まったくそう思ってないだろう」
うん、その通り。
素直に頷けば、夏目が肩を落とした。じとりと恨みがましい眼を向けられるが、私は柳に風で受け流す。――簡潔に言えば、話題を柏木に変えた。
「そう言えば夏目。柏木がサッカー部の助っ人に行ったって知ってる?」
「・・・・・・・・・まぁ、サッカー部の友人に聞いたからな。知ってるよ」
あからさまな話題転換に、夏目が諦めたように息をついた。
ふるりと頭を振り、眼を閉じたかと思えば次の瞬間には笑みを浮かべ、不敵に私を見下ろした。切り替えが早いね、夏目。
「ちなみに西城。――――その柏木が今、執行部会にいるって言ったらどう思う?」
「とうとう人間止めたのか、柏木」
分身の術を覚えた。――なんて言われても、柏木ならありえそうで否定できない。
「流石にまだ人間だから」
その否定の仕方もどうかと思う。
や、私も変なこと言ったのが悪かった。ごめん。
真面目にふざけた台詞を言って悪かった。でもね、サッカー部の対抗試合はまだ続いてるんだよ? それなのに助っ人は執行部会にいる?
――――どんな超人だよ、それ。
あ・・・超人的存在だったか、柏木は。
「いやー、俺もまさか、試合開始15分で2桁の得点をとるとは思わなかった。アシスタントもしてたけど、ほぼ、柏木がゴール決めてたっけ」
「・・・やっぱり、人間止めたんだよ」
もう、そうとしか思えない偉業だ。プロから勧誘が来てもおかしくないレベルだよ、その行動! 15分で2桁の得点って、早々にとれるモノだっけ?
・・・・・・・・・・・・、頭が痛くなってきた。
「相手校が憐れになったが、正直言ってイケメン揃いだったからざまあみろだ」
「矛盾してない?」
「してない」
良い笑顔で即答か。
「んで、前半終わる前に、柏木は戦略をサッカー部に伝えて執行部会に行った。そのおかげか、サッカー部は今も圧勝中。相手校の心は折れまくりだ。はっはー、いい気味」
あくどい顔で毒づく夏目に、何とも言えない。
「鷲ヶ丘を舐めたのが運のつき。いくら設立したての部活とは言え、格下と思ったのが敗因だ」
「むしろ柏木が敵だったことが勝敗を決したんじゃないの?」
悪人さながらに笑う夏目に、私は首を傾げた。
「柏木は別格だ。むしろ超人的すぎるヒーローだ。おかげで相手校の応援団の女子まで柏木依に惚れた。・・・とうとう、他校にまでファンクラブが出来るのか。恐ろしい男だ、柏木は」
「ちらちらと私を見て言うの、やめてくれない? 私にはかんけないことでしょうーが」
「幼馴染としてとばっちりが来る前に、柏木と付き合っちまえよ。護ってくれるぜ?」
「縁を切りたいから、嫌」
あと、護ってもらわなくても自分で何とかできるよ。護身術の心得もちょっとあるし、何より防犯グッズを買ったしね。
「最近の護身用って凄いよね。催涙スプレーとか、手錠とかいろいろあったけど暦おススメで、小型のスタンガンを買ってみたんだ。煽り文句は『ツキノワグマも一殺』だって」
「何その物騒な煽り! 怖いって、何でそんなのが売ってあんだよ!」
「ちなみに暦が改造して、何でか判らないけどGPS機能がついたんだ」
「手先が器用にも程があると言うよりも、何で改造できるんだよ東雲は!」
全力で叫んだ夏目は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
疲れたのかな? ぶつぶつと何事かを呟く姿は正直、不気味だから距離を置きたい。いや、すぐに離れよう。
通りかかった後輩とクラスメイトが、不審者を見る眼で夏目と私を見ている。ちょっと、コソコソと話さないでくれない? あからさまに私が何かした、みたいな視線を向けないで。冤罪だ!
「本当に西城、とっとと諦めて柏木の女になれ!」
「大声でそんなことを言われないといけないのさ」
周囲にいた人間の視線が、一気に私に集まったじゃないか。
どうしてくれる。
「悪いけど。私は柏木を異性として好きにはならないよ」
「なれない、じゃなくてならないんだろ? 可能性はゼロじゃないなら、なれ!」
「断る!」
命令口調なのが苛立つ。
「私の好みは柏木じゃない!」
「じゃあ、西城の好みの男ってなんだよ」
「頼りがいのある少し年上の男」
さらりと答えれば、何故か周囲のギャラリーが先輩達の名をあげていく。
何で――明智先輩は頼りがいがあるぞ? いやいやヘタレだから駄目でしょ。それより武藤先輩だよ。あの人、熱血すぎて鬱陶しいぞ。いいえ、志村先輩ですよ。二股どころか八股してる男だぞ!? 美崎先輩もいいですよ? 優柔不断で頼りないわよ。
皆さん、好き勝手に言うね。
と言うか、その上がった名前の先輩を私は知らないんだけど。期待のこもった眼を向けられても、私にどうしろというの? 付き合えと?
「・・・・・・・・・柏木にしとけ。大事にしてもらえるから」
「嫌だよ」
名も知らぬ先輩と付き合うのも、柏木と付き合うのもごめんこうむる。
「私は私が好きになった人と付き合うから、放っておいて!」
私は夏目に背を向けて、その場から逃げ去った。




