ことのきっかけは、図書室から
私こと、西城冬歌の幼馴染を簡単に説明すれば、漫画のようなキャラクターである。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。明るく誰にでも優しい、所謂――理想の王子様キャラ。だがその実、人の悪い顔で悪役さながらに笑い、実力行使を行う優しさが欠片しかない人間。なのに世間からは爽やかな好青年で見られているのだから、ドでかい猫かぶりは最早詐欺でしかない――それが私の幼馴染。
さて、そんな幼馴染だが猫を被っているおかげか、私には理解できないカリスマ性故か、中学の時から生徒会長を務めている。それも一年の後半から。
おかしいだろう、普通。
上級生だって文句を言うはずなのに、何故か喜んで生徒会長の座を明け渡していた。これは何か裏があると勘繰るのが普通なのに、何かしらの補正でも働いているのか誰も疑問に思わない。むしろ、当然の如く受け入れていた。
受け入れ出来なかった生徒もいたが、彼は全校集会で異議を唱えて以降、姿を見ていない。彼と同じクラスである先輩に聞いたと所、体調不良で休んでいるらしい。
・・・十中八九、幼馴染が何かしたんだと思う。主に、精神にトラウマを植え付ける何かしらを。あいつならやりかねない。
だって、嫌いな相手にも刃向かう敵にも容赦がないし。
――名前も知らない上級生よ。
安らかに眠れ。
まぁ、その生徒も三年に上がったら漸く、学校へ来るようになったそうだ。偶然、姿を見かけた時は記憶にある、全校集会で見た時よりも若干、身体が細くなっていたような気がするが・・・。あまり気にかけないでおこう。そっとしておくのも、優しさだろう。
と私は思ったのに、彼の友人はそうでもなかったようで。
からかいまじりに当時のことを聞き、土気色の顔で身体を小刻みに震わせ、脂汗を大量に流して「すいません、ごめんなさい、申し訳ありません」と謝罪のオンパレードを口にする彼に、触れてはいけないことだと悟ったらしい。
必死になって、彼を落ち着かせていた。
そんなかんなで、一部からは恐れられ、多勢から尊敬と憧れを集める私の幼馴染――――柏木祀に関して、私が言いたいことは一つ。
女の嫉妬が面倒だから、幼馴染の縁を切ってもいいか?
――――と、言うことだ。
いや、切実な問題、柏木と幼馴染だとまともに女友達が作れない。
近づいてくるのは大半、柏木との接点が欲しく、あわよくばアイツと恋人になろうと言う欲深い願望を持った、恋する乙女だ。
これの対処がもう、面倒くさい。
保育園の頃から、やたら異性にモテていたから殊更に、面倒くさい。
いや、でも・・・。うん、保育園の頃はまだマシだった。まだ一緒に遊んでくれるし、恥ずかしさが勝ってか、アイツについて根掘り葉掘り聞いてくる輩がいなかったから。
だけど小学校に上がったら、一変。
下手に仲良くなると、柏木のことを何でもかんでも聞いてきて、本当に鬱陶しい。それでいて答えないと変に勘繰り、「親友だと思ったに」って言葉と共に酷い人間扱い。
どっちが酷い人間だ。
おかげで女友達は、柏木の本性を知る三人しかいない。
保育園から、高校にかけて三人だ。
男友達の方が多い状況に、泣きたくなってくる。それが余計に、「男好き」なんて言う、不名誉な印象を与えるし。
ああもう、面倒くさい。
小学校から中学まで女子からハブられ、虐められ、都合の良いように使われてきた。中学に上がったら虐めの質もグレードアップして、イラっときた。
我慢したよ。反抗したら、さらに面倒なことになりそうだったからね。
けど・・・さ。流石に友人にまで手を出すのは駄目でしょう。無関係な人間を巻き込むのは、どうかと思うよ? 私と友達だから、って理由は却下だ。
で、――――ちょぉぉぉぉぉっと、平和的に話し合ったら、あちら様も解ってくれたようで、それ以降、私にも友人にも手を出されることはなかった。
相変わらず、ハブられるけど。
高校は中学の時の話し合いが効いたのか、虐めはないし必要最低限に私に関わってこない。他校の中学から来た女子も、消極的でしか接してこないのは泣けるけど。
まぁ、そんなこんながありましてね。
今更遅いって思うかもしれないけど、縁を切りたいんだ。
これ以上、幼馴染を続けていたらその内、勘違いした柏木に恋する乙女から刺されそうだし、柏木の恋人(予定)に殺されそうだから。
冗談抜きで、マジで。
「―――――――と言う訳で、幼馴染を止めて赤の他人になろう」
「馬鹿だ、お前」
冷たく断言された。
放課後の図書室。
夕暮れが差し込むその部屋で、私は図書委員の仕事をしながら柏木に告げたのだが、案の定、柏木は心底馬鹿にした顔をし、鼻で笑って言った。
予想していたけど、現実でされるとイラつく。
「幼馴染止めました。はい、縁が切れた――なんて、簡単に出来る訳ないだろう。一度繋がった縁は、腐っても切れないんだよ。馬鹿か・・・いや、馬鹿だ」
「言い直さないでよね」
柏木は司書室にあるソファに座り、テーブルに頬杖をつきながら、可哀想なモノを見る眼で私を見ながら、淡々と言葉を告げた。
誰もいない図書室だからか、柏木はネクタイを緩めてワイシャツも第三ボタンまで開けている。完全に、猫を捨てて本性を出している姿だ。だらしない。仕事で疲れた父親か、お前は。
これを柏木に傾慕する女子に見せたい。
そして幻滅しろ。
いや、もしかしたら「カッコいい」やら「ワイルド」なんて言うのかもしれない。恋する乙女の思考回路は予測不能だと、数多の恋愛ゲームをクリアーした友人が言っていた。それを考えると・・・私にメリットがない。
くそう、これが主人公補正と言うやつなのかっ。ダンっと床を蹴りつけた。足が痛い。
「で、何で今更、そんなことを思った訳? 長い付き合いなのに、随分と突然だな」
からかい口調のそれに、私は息を吐きだした。カウンター席から立ち上がり、返却カゴを持って歩きだす。カゴに入っている本を本棚に戻しつつ、呆れた眼を柏木に向けた。
不思議なことに、柏木が私の後を追ってきている。いや、質問の答えが知りたいからか。昔から、知りたいことはすぐに解を求める人間だったしね。そのおかげかテストは、何の冗談か常に満点だし。
嫌味だ、この野郎。――と新聞部の友人が歯ぎしりしながら言っていた。
その後、彼は1カ月ほど入院したが。
「長い付き合いだから、縁を切りたいの。もう、女の争いに巻き込まれるのはごめんだよ」
「俺の幼馴染として生まれ持った運命だ、諦めろ」
妙に良い笑顔でそう語る柏木に、本を投げたくなった。
だけど私は図書委員。
しかも図書委員長が大切な本を投げてどうする。ここはぐっと堪えてはい、深呼吸。
落ち着くんだ私。柏木のこれは、通常だ。
いちいち、怒っていたらきりがないだろう。
「ああ――――でも、そうだな」
柏木がふと、何かを企んだような声で呟いた。
どうしてか、嫌な予感が胸に渦巻く。ついでに、背筋も寒くなってきた。あ、冷や汗が流れて・・・。これは、絶対、私にとって1mもよくないことだ!
長い付き合いで解る。
「逃げるなよ」
この場から逃げようとする私を見透かしたように、いつの間にか柏木が私の顔、すれすれに手を置いた。ならば反対の方向に逃げようとすれば、そこにも手を置かれる。逃げ道を封鎖された。
と言うか、これは俗に言う――――壁ドン?
柏木に恋する女子だったら、狂喜乱舞する状況だな。
そして恋愛ゲーム好きの友人が見たら、黄色い声で騒ぎそうだ。写真も撮りそうだ。
冷や汗を背中に大量に流しながら、私は微笑を浮かべる柏木に怯える。現状もあれだが、柏木が何を口にするのか恐ろしくて聞きたくない。
顔を青ざめさせた私に、柏木が顔を近づけてきた。すかさず、顎を狙ってアッパーを繰り出した。
「近づかないでよ!」
「そう、邪険にするなよ。提案を言うだけだって」
アッパーを易々と避けた柏木が、チェシャ猫のように笑った。
幼馴染としての勘が告げる。私にとって、最悪なことを言われるとっ。
「言わなくていい」
「そんなに俺と幼馴染の縁を切りたいなら」
この野郎。無視しやがった!
「俺の恋人になれば問題ない」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
えっと・・・・・・・・・・・・、空耳かな? 空耳だね!
「俺と付き合おう、冬歌」
「断る!」
違った上に、願望を壊された!!
即答で拒否した私に、柏木はほんの一瞬だけど顔をしかめて、けど何もなかったように煌びやかな笑みを浮かべた。くっ、イケメンスマイルが眩しい。
「じゃあ、諦めて」
「それも嫌っ」
「我儘だな」
溜息を吐きたいのは私の方なのに、柏木が呆れたように息をついた。そんな姿ですら絵になるんだから、美形って本当、得だよね。
畜生、羨ましいな! ――とは、バスケ部の友人が妬んでいた過去がある。
当然彼も、一週間ほど悪夢に魘されていたそうだ。
「大体、なんで恋人なのよ! 私は、縁を、切りたいって言っているのに!!」
「幼馴染の縁を切りたいんだろう? なら、恋人って言う縁に代えればいい」
「なんでそうなるのよ!」
ふざけんな、この野郎。
「私は、柏木祀と言う人間との縁を切りたいの! 恋人には絶対に、ならないっ!」
「それは困るな」
なんて、妙に色気ある笑みで私を上から覗きこむ柏木に悪寒がはしった。その瞬間、沸騰していた怒りの熱も冷め、やけに柏木の顔が近いことに気づいた。
ついでに言えば、柏木の方足が私の両足の間に入り込んでいる。
何この状況。
はてしなく嫌な予感しかしない。
「あの、柏木」
「俺は冬歌が好きなんだよ」
熱の籠った眼差しが、私を射抜いた。
「餓鬼の頃からずっと、お前だけしか見てない。俺はな、冬歌」
動転して言葉を失った私を無視し、柏木が右耳に唇を近づけた。
ひぃ、息が耳にっ。
「お前の全てが欲しいんだよ。心も、身体も全てが・・・な」
耳を噛むなぁぁぁぁぁぁぁっ。
ゾクゾクとした、寒気とは違うモノが背筋をかけた。足の力が抜けて、立っているのが辛い。いや、それ以前に恥ずかしい。
間違いなく、私の顔はタコも吃驚な程に赤くなっているだろう。
だって、これ・・・冗談抜きで気まずい。恥ずかしい。
「愛してる。冬歌だけしか、俺は愛せない」
聞いたことがないほどに、蕩けるような声なのに台詞が怖い。そして重い。
溜まらず眼を瞑れば、冷たい指先が私の首元を撫でた。慌てて瞳を開けて確認すれば、進行方向を塞いでいた柏木の両腕はなく、右手は私の首筋を撫で、左手は腰首をさすっている。
え、何この状況下!?
「か、柏木?!」
「なぁ、冬歌。お前にとって、俺はただの幼馴染でしかないのか? 男としては、見てくれないのか?」
待って。
待ってください。
首筋を撫でていた右手が、何故だか制服のリボンを外そうとしている。セーラー服だから脱がせるのは面倒だと・・・って、そう言うことじゃない!
「柏木っ」
「下の名前で俺を呼べよ、冬歌」
動揺しつつ柏木の不埒な手を押さえはずなのに、逆に掴まれた。それだけではなく、掴まれた左手を持ち上げて柏木は何を思ったのか、指先に唇を落とした。
「なぁ、冬歌」
この瞬間、私は限界突破した。
辛うじて叫ぶことを耐え、私は柏木を火事場の馬鹿力で突き飛ばし、鞄を持たないまま図書室から逃げ出した。
背後で聞こえた棚が崩れる音とか、司書の悲鳴なんて一切聞こえない。何も聞こえません!