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Horizon -夢現-

作者: 東雲 夢希

「いらっしゃいませ。あ、新浪あらなみさんじゃないですか!いつも、ありがとうございます」馴染みのバーのウェイターの村瀬むらせが、屈託のない笑みを美奈みなに向ける。

「村瀬くんこそ、毎日大変ね。まだ、学生なのに… 勉強はどうかしら?」美奈がかようバーでバイトをしている最年少の村瀬は、ふとしたことでこの店の店長に手先の器用さを買われて雇われている。もちろん、アルコールが認められる年まで、もうしばらくある。しかし、店でのリピーターの大方は彼であると言っても過言ではない。なにより、客の気分を見極め、それに応じたフレーバーのカクテルや、酒を提供できるほどの知識量や思いやりが男女問わずに人気がある。

さらに、彼の気遣いだけでなく、容姿もいっそう彼の美しさを際立てている。学生にしては、高めの長身の体にスラリと伸びた手足には無駄な肉がついていない。しかし、程よく、絶妙なバランスで筋肉が付いている。ウェイターの制服から覗く腕は白い。その、細く白い腕は、カラフルなカクテルや、琥珀色の液体によく映える。さらには、短く整った髪に、すこし茶色がかった目が印象的である。普段の少し大人びた目は、一度微笑むと、両頬のえくぼとともに、子供っぽい印象を与える。そんな笑顔の虜になる客も多い。

美奈も、彼に魅了された一人である。彼女は大学を卒業したばかりで、現在大学院へ通っている。端正な顔立ちに静謐な雰囲気、力強い眼、さらには美しい肉体、赤く整った唇は多くの男性を魅了した。同時に多くの男性をはねのけた。

「そうですね。最近は昼ごろに講義に行くのですが…ぼちぼちって感じです」そう言って、頭を書きながら上目遣いに美奈のことを見る村瀬は彼女の心をくすぐった。

「大変ね。夜はバイトして、昼からは学校へ行って…そんなんじゃ、体調崩しちゃうよ」美奈はいつにも増して高鳴る鼓動を感じながらもそれをさとられないようにしていた。それを聞きつつ苦笑しながら彼女を席に案内した。

「本日は、どうなさいますか?良ければ、僕が勝手に選ばせていただきますが…」そう言って村瀬は美奈の表情をまじまじと覗った。彼はいつもそうだ、客を席に案内するとその静かな瞳で客の様子を見つめる。その姿は時折、獲物を見定めた肉食獣のようにも見える。普段の姿とは正反対の姿を垣間見せるもの、彼をとりこにさせる理由の一つだろう。

美奈は、しばらく顔を伏せた後、眺めのため息を付き、意味ありげに瞳を村瀬に向けた。その姿を見て、彼は黙って一礼し、カウンターへと行った。


村瀬は、ウイスキーを45ml、正確に計測しシェイカーに入れた。続けてオレンジジュースと強めのジンジャエールを同じく正確な数値を量り取りシェイカーに加える。そして、微量のシロップでアクセントをつける。村瀬は慣れた手つきでシェイカーを振り始める。シェイカー上下の微妙な重さの変化で、液体が均一に混ざったのを確認し、それをグラスに注いでゆく。オレンジ色の不透明な液体が透明なグラスを満たしてゆく。仕上げに剥いたオレンジの皮を添えた。カウンターの隅にあったメモを一枚破り、走り書きをした。


出来上がったカクテルを美奈に持って行くと、先ほど見せた眼差しが嘘のように、美奈から活気があふれていた。それを意に介さずに、村瀬は彼女のテーブルにカクテルとメモ用紙をおいた。美奈が声をかける隙もなく、村瀬は他の接客に回った。彼の筆跡で記されたメモ用紙には時間とある言葉が、一言綴られていた。

美奈は、村瀬の様子を目で追いながら、グラスに注がれたオレンジ色の不透明な液体を仰いでいた。




しばらくすると、視界がぼやけてきた。美奈は日頃の疲れであると、無理やり自らを納得させて、飲み干したグラスを見つめていた。満たされた二杯目のグラスが運ばれてきた。琥珀色をしたその液体は、不思議と心安らぐ色合いだった。ともに渡された二枚目のメモ用紙に書かれた言葉が美奈の脳内にアルコールとともに染みこんでくる。


徐々に視界がぼやける…


意識が朦朧とする…


脳が強制的に休眠状態へと入る。


美奈の体がゆっくりとテーブルに崩れ落ちる。



空になった二杯目のグラスが倒れた…



美奈が最後に見たのは、2枚のメモ用紙に走り書きされた言葉だった




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





目を覚ますと、見慣れない木製の天井があった。

痛む頭を持ち上げると、自分が見知らぬ部屋にいるのに気づいた。

薄れていた意識が、だんだんと頭の靄を払っていく。



ここは…、一体…




美奈は、ハッとして自分の身体を触った。下着の有無を確認して、少しばかり安堵する。次に、自分のカバンがベットの脇においてあるのを見つけて、ケータイを取り出した。時刻は午前8時を少しばかり、過ぎた頃だ。落ち着いて部屋の中を見回してみる。1Kの部屋で、ベットの対面に開けっ放しの仕切りを挟んで玄関があり、その横にキッチンと冷蔵庫が置かれている。部屋の中心にはこたつ机。壁際には外国の本や、何に使うかわからないような調度品が並べられていた。全体的にさっぱりとした雰囲気の部屋だ。

美奈は痛む頭を再度抑えた。昨晩の記憶がはっきりとしない…

窓から差し込んでくる日差しが眩しく、彼女はまた布団に潜り込んだ。

しばらくして、玄関が開いて部屋の主が戻ってくるのがわかった。恐る恐る布団から顔を出すと、そこには顔馴染みの村瀬の姿があった。彼は、美奈を見ると少し驚いた様子を見せてすぐに笑顔を作ってみせた。

「昨晩、美奈さんが酔いつぶれてしまうもので…店に残しておくわけには行かないので、誠に勝手ながら僕の家まで運ばせていただきました。あ、もちろんやましいことなんてしてませんよ」村瀬は最後の方を少しいたずらっぽく笑いながら言った。彼の説明を聞いて、合点が行った美奈は安堵を覚えた。日頃、信頼している彼なら妙な気を起こすことはないと確信したからである。

美奈に説明を終えた後、村瀬はキッチンで何か料理を始めた。しばらくするとバターの香ばしい香りが漂ってきた。その端正な後ろ姿を美奈は酔の冷めない頭でじっと眺めていた。そして、何を思い至ったのか忍び足で彼の背後まで歩いて行った。そして、ふいに、彼に抱きついた。

抱きつかれた瞬間、彼は一瞬身体を固めたが、すぐに自然体になった。しばらく、彼女をそのままにしておく。秒針が5周した頃、村瀬は軽やかに自分の身体の方向だけを変えて、美奈と向き合う形になった。そして、優しく微笑みベットのはしに座るように促した。

美奈は憔悴しきったような顔を村瀬にむけた。その顔を彼が見つめ返す。美奈がおもむろにカーテンに手をかけた。


そして、なんの前触れもなく、美奈が彼の膝に面と面を向かう形で跨った。そして、彼の身体を撫で始める。最初はなんの反応も示さなかった村瀬だが、次第に彼女のペースに身を任せることにした…


まだ、編集します。

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