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追憶

8時間14分

 深名線蕗ノ台駅。私がここに着いたのは10時01分。駅のホームに降り立つと、とても静かな場所に来たものだと実感する。

「ガラガラガラガラガラガラガラガラ・・・。」

私の後ろでガラガラ声をあげているのは深名線を走っているキハ53系500番台。ちょっと前に急行宗谷でお世話になったキハ56系からの改造車である。こんな元急行形気動車がやって来るにはふさわしくない駅で、私はこれから長い時間を過ごすのだ。

 この駅に下りたのは私一人。すぐにキハ53系のドアが閉まって、名寄方面に向かって走って行った。私がいるこのホームは18時ぐらいになると真っ暗になる。照明なんて意味がないのだ。

「ギシ・・・ギシ・・・。」

ホームに足が着地するたびにホームから鈍い音がこぼれる。こんなところにやってきてしまって、これから私はどうすればいいのだろうか・・・。こんな駅に来たがるのは私ぐらいなものだろう。キハ53系が去ってからというもの、私の耳に入ってくるのは気が風に揺られる音と鳥のさえずり、そして、私のあるくときに出る地を踏みしめる音である。

 ホームから出て、プレハブの待合室から出ると外は人家なんて一つとしてない光景が広がっていた。

「・・・。」

こんな解放された空間に誰が駅を作ろうと思ったのだろうか。後ろを見るとプレハブの待合室。そこにはタイヤの空気が完全に抜けた自転車が1台立てかけてある。前を見ると開発のされていない森が広がっている。葉の数はそれほど多くない。私の身体は通り過ぎる涼風に包まれている。

 意味もない途中下車だったかもしれない。この駅からでも行ける朱鞠内湖はここから決行離れている。当然、現代の高校生が持っているような携帯電話などという便利なものは当時持っていない。行くには歩いていくぐらいしか手段はない。もし戻ってこれないような距離であるなら、タクシーぐらい使いたいものである。しかし、タクシーなんて便利なものもここにはない。

 結局何時間か駅にいて、少しの間駅の周りを当てもなく歩いていた。駅の周りには蕗がたくさん育っている。この駅の由来にもなった蕗である。

「・・・。」

(おやじはこれでも食べて過ごしてたんだろうなぁ・・・。)

ふと太平洋戦争で戦死した父親のことが頭の中をよぎる。父親は海兵だった。私はまだ小さい一人の子供だった。そんなころだった。父親は戦争により帰らぬ人となったが、戦いの様子などは復員してきた兵士から聞くことができた。その時に蕗を食べていたそうだ・・・。今から考えれば、こんなものに栄養があるのかどうかということは不明だ。

 時間は15時を回っているころだった。

「ガタン、ガタン、ガタン、ガタン・・・。」

軽快に線路をたたく列車の音がしてきた。私が揺られてきたキハ53系だ。列車の運転士はおそらく私がこの駅にいることに気付いただろう。しかし、列車はスピードを落とすことなく通過していった。これがこの駅の実情である。秘境駅であるこの駅に用のある人は少ない。そうであれば、通過してしまえばいいのだ。私はすぐに列車に乗って帰りたいが、まだ早い。私が名寄ではなく、深川に帰りたいのだ。そちらが私の家がある方向だ。

 またすぐにさっき朱鞠内から折り返してきたキハ53系が名寄方面に向かって走って行った。今度は停車である。ドアを開けていたが、乗客が下りた気配はない。乗降0で蕗ノ台を発車していった。

「・・・。」

この列車が名寄から戻ってくるのは3時間ぐらい先の話。18時15分。あたりがすっかり暗くなってから、さっきのキハ53系が戻ってきて、私を拾ってくれた。


 時に解放された空間に身を置くのもいいかもしれない。この駅は私が発展し続ける社会の中で唯一のくつろげる空間である。その空間が95年ひっそりと無くなっていった。今ここに私が行く手段はほとんど残されていなかった。できることなら、もう一度私をあの秘境へ・・・鉄道で連れていってほしいものだ・・・。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 秘境駅の雰囲気がよく伝わってきます。 [一言] 深名線は今はないので、どんな路線だったのかわからないのですが、この小説を読むと、その場所にいるような気持ちになりました。ありがとうございます…
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