先輩のはなし
「昨日保健室でぶつかったとき、赤い顔して髪も服も乱れてた。それで・・・戸村と保健室で寝たのかと思ってた。」
「は?」
一瞬頭が真っ白になった。え、てことはあの はぁはぁ ギシギシ してたのは戸村君?
で、黒沢先輩はその相手を私だと思ってたってこと?
あわてて制服も髪も寝乱れたまま、赤い顔をした私を見て勘違いしたってこと?
黒沢先輩に言われたことを思い出す。
『ああいうことは、そいう雰囲気でも、あんなところでするのはどうかと思う。』
先輩のああいうことが指すものが、戸村君と保健室で寝たってことで、凄くまともな注意をされてたわけか。
「それで、みんな普通するって言われて・・・教えられたっていうから、戸村がそう教えたのかと思ったんだ。」
「あの後戸村君から、話は聞かなかったんですか?」
「そんなことしてないとは言ってたが、実際俺が見たことを考えると納得できなかった。」
「それで私を呼んだんですね。で、さっきのやり取りで戸村君が嘘をついてると思ったんですか。」
そりゃ、あの状況でどうして保健室にいたのかを『恥ずかしくて、言えない』なんて言われたら、私もそう思う。
「ああ、変な誤解して悪かった。」
「えっと、はい、先輩が誤解してたのは分かりました。けど、なんで先輩、私の名前知ってるんですか?」
「保健室の利用者記録に名前があったの戸村とお前だけだったから、顔は分かってたし・・・」
「そうですか・・・」
つまり、戸村君は殴られ損・・・いや、でも実際誰かと寝てたわけだから、自業自得?
それより黒沢先輩が、噂と全然違うことの方がびっくり。最初はビビってたから、分かってなかったけれど。確かに手は出てたけど、凄く真面目だ。私に注意しに来た時の態度は、話の内容から恥ずかしがっていたことが今なら分かる。シャイっていうか、純情っていうか。私より乙女かもしれない。
「先輩って、真面目なんですねぇ。私なら見なかったことにしちゃうけどな。」
思わず、本音が口からこぼれた。
あせったように先輩は
「いや、あいつがこんなおさな・・・後輩に変なこと吹き込んでるのかと思って。」
「どうせちんちくりんですよ!私が少し小さくて、先輩が特別大きいんですよ!」
今間違いなく、幼いって言いかけた。
誤解が解けたことと共に、先輩が思っていたより怖くないことがわかり、思わず怒鳴るように言い返してしまった。小さいということは私の一番のコンプレックス。
先輩は驚いたように目を見開いたあと、会ってから初めて見る嬉しそうな笑顔で謝って来た。
これがきっかけで予想していなかった純情勘違い大男・・・もとい黒沢先輩に関わっていくことになる。
余談になるが、その後目覚めた戸村君により、実は先輩で黒沢先輩のクラスメートということが分かった。しかも、保健室で腹筋を鍛えていた音を、私が勘違いしたということも判明した。紛らわしいことをしていたとしても、戸村先輩には心から同情した。あのボディーブローはさぞ痛かっただろう。