胸に手を当てて
な、なんじゃこりゃー!?
自分の胸を押さえ、息を整える。
心臓が全力疾走したかのように激しく脈打つ。
いや、実際全力疾走したんだけど。
こんな体の異常なんて、初めてで何が何だか!
ずるずると閉じたばかりの扉にもたれ、その場に座りこむ。
先輩は私にとって、お兄ちゃんみたいな人。
そう納得して眠りについたのが昨日。
そして、今朝靴を履き替え校内に入ってすぐに黒沢先輩とあった。
「す、鈴木・・・」
先輩が話しかけてきているのは分かっていたが、さっと視線をそらして横を走り抜けてしまった。
昨日の今日だし、きっと優しい先輩のことだから心配で声をかけてくれたんだと思う。
でも、私はそれどころじゃなくて。
というより、昨日の今日だからこそ無理だった。
先輩を見た瞬間から異変は起きていた。
先輩の姿が目に入ったときから、なんだか息苦しくなってきて、徐々に近づいていくにしたがってそれはひどくなっていく。
それでも私は頑張った。
うん、頑張った。
挨拶しようと少しずつ近くなる先輩の大きな掌が視界に入ってまず第一波。
それでも、どうにか目を見て挨拶しようと視線を上げていくと、胸元が視界に入って第二波。
そして、先輩の声が聞こえたら、もう限界を迎えてしまった。
昨日の公園での記憶と、先輩に抱き寄せられていることに対しての理性と戦った私の何か、それらの波が次々と凄い勢いで押し寄せてきた。
フラッシュバックとか言うやつかもしれない。
とにかく、なんだかよく分からないが息がうまくできなくて、胸も苦しくて足もがくがくしてくる。
無理!
無理無理無理!!
視線をそらして先輩の横を走り抜け、トイレに駆け込んだというわけだ。
私、先輩を・・・
先輩を、先輩のことを・・・
無視してしまった!!!
自分がされて、泣くぐらい先輩に嫌だと訴えた行為を、自分自身が先輩にしてしまった!
自分のしてしまったことに落ち込みながらも、いい加減教室に行かないと遅刻者扱いされてしまうと、トイレから出た。
いつもより遅く教室に着くと、私に気が付いた田中が心配そうな表情で話しかけてきた。
「体調悪いのか?」
「いや、大丈夫・・・たぶん」
自分でもはっきり断言できない。
先輩になぜあんな反応をしてしまったのか、良く分からないし。
ふと、強い視線を感じて顔を上げると、いつか見た目で田中が私を見ていた。
その目を見て、公園でのことをまた思い出す。
そういえば、先輩と目があったとき田中のこの目を思い出したんだ。
二人とも、全然似てないのに・・・
でも、田中のことを思い出したらなんだか、先輩の膝の上に座ったままはまずいと思ったんだよね。
田中の気持ちを考えたら、すぐさま先輩から離れるべきだと思った。
そんな偶然無いだろうけど、万が一田中に見られたりしたら、誤解して傷つくだろうし。
しばらく私の様子を見ていた田中は、チャイムが鳴ったこともあり何か言いたげにしてはいたが、そのまま自分の席へ戻ってしまった。
先輩の目が、あの真剣な田中の目と重なって・・・
・・・
・・・・・・
だからかっ!!
だから、先輩にへんな反応を私は示したのかもしれない!
きっとそうだ。
原因はお前か!!
思わず、田中の後頭部を睨んでしまった。