秘蔵っ子
「先輩遅くなりましたが、昨日は何も言わず帰ってしまい済みませんでした」
空になったお弁当を包み終え、そう戸村先輩に謝るとあのさわやかな笑顔がこちらを見た。
「気にしてないから、大丈夫。おかげで楽しかったし・・・もうそろそろ、護身術も教えれること無いしね。これからは、放課後はデートでもするといいよ」
なんだかよく分からないが、怒られる事無くすんで良かった。
「色々、教えていただいてありがとうございました。・・・それで、お話ってそのことですか?」
そう、そもそも話があると戸村先輩にここへ連れてこられた。どうやら、昨日すっぽかしたことについてでは無いようなので、もう護身術のレッスンが無いってことをはなしたかったのか?
「ああ、えっと・・・」
戸村先輩は、ちらりと黒沢先輩を見て言い淀む。つられて見た視線の先にいる黒沢先輩は、耳をほんのりピンクに染めどこかぼんやりとパンをほおばっていた。
「話はあったんだけど・・・まぁ、もう必要ないって言うか、なんていうか・・・また、今度ゆっくり出来る時でいいかな?」
「はぁ・・・別にかまいませんけど」
要領をえない返答にとくに突っ込んで聞く気も起きず、そのままうなずいた。
「それじゃ、教室へかえります」
そう言って、そそくさと二人から離れ昼休みを終えた。
これ以上学校中の注目の的になるのはごめんだ。
幸い戸村先輩が同席していたおかげか、黒沢先輩とお昼を食べたことについてはあれこれあまり聞かれることもなく、無事放課後を迎えた。
そう、放課後を迎えるまでは無事だった。
「あの、そろそろお暇したいんですが」
怒りをどうにか抑え、相手に帰りたい旨を伝える。
「まぁ、そう言うなって。前ヒロんちで食べたケーキもあるし、この間みたいに抱きしめたりしねーから」
「当たり前です!」
そう、私は先輩の友達・・・佐々木浩輔と一緒に居る。
しかも、彼の家のリビングに。
浩輔という名前は何度か会っている間に耳にして知ってはいたが、ほぼ初対面の相手に下の名前で呼ぶのもどうかと思っていたが、ついにフルネームを知ることになった。別に知りたかった訳ではないが。
無事に放課後を迎えたが、下校時昨日と同じようにこいつ、佐々木が待ち伏せしていたのだ。
私も佐々木だけなら相手にせず帰った。
しかし、私にはとてもかなわない相手も一緒だったのだ。
ガチャリとリビングの扉が開いた。
「お兄ちゃん。鈴木さんを困らしちゃだめだよ?」
そう言って、お茶とケーキをトレーに乗せて入ってきたのが、佐々木浩輔の妹香恋ちゃんだ。
これがまた、本当に兄妹?とききたくなるほど似ていない。香恋ちゃんはびっくりするくらいかわいかった。まさに美少女。
「こんにちは、はじめまして!佐々木香恋といいます。いきなりすみません、ヒロ兄と仲が良いってお兄ちゃんから聞いて会ってみたくって!」
「お、お兄ちゃん?」
「はい、ね?お兄ちゃん!」
そう言って彼女はとなりに立っている男に向かってにっこり笑って見せたのだ。
それはそれはお花が飛んでるんじゃないかと、錯覚するほどかわいらしい笑顔で私を道端でつかまえ、お話がしたいと自宅に招かれてしまった。
こんな美少女からのお願いを私は無下に出来なかった。
いや、一応断ろうと努力はしたが、途端にうるみだした瞳を見たら気がついた時には返事をしていた。
「か、香恋ちゃんとお話したいなぁ!私!!」
こうして、私は佐々木家のリビングでニコニコと嬉しそうに笑う香恋ちゃんと、こうなることが狙いだったであろう佐々木と放課後を過すこととなった。