くぎづけ(黒沢視点)
すとんと、戸村の言葉が落ちてきた。
そっか、俺、好きかもじゃなくて、好きなんだ。
そう納得した途端、顔に血が上る。
今まで鈴木にしてきたことが、走馬灯のように頭の中を巡る。
抱きしめたりしちゃったよな。しかも、間接キ、キスもしちゃったよな。
あの胃が重くなるような感情は・・・あれは、やはりまぎれもない嫉妬だったのだ。浩輔が鈴木に触れているのが、不愉快でたまらなかったわけだ。
いろんな出来事が思い出されるとともに、その時には分からなかったモヤモヤした感情や、温かい気持ちの意味が分かった。
分かったのは良いが、とんでもない羞恥も同時に襲ってきた。
叫びだしたいのを我慢して胸元の制服をつかむ。
「ぅう」
「なぁ、黒沢。自覚したのは良いことだと思うんだけどさ・・・顔、やばいくらい怖いよ」
若干引き気味な戸村に指摘されても、それどころでは無い俺には耳に入っていなかった。
気がつけば自宅で夕飯を食べていた。
俺は自室のベットの上に横たわりながら考えてみた。
いつから好きだったのだろうか?
俺とぶつかって転んだ、鈴木が思い浮かんだ。
自然と顔がゆるんでくる。
彼女と初めて会ったときから、俺はあいつに惹かれてたのか・・・?
初めて会ったとき、鈴木は・・・
彼女の足からのぞく白が頭の中をちらちらよぎる。
その次には食堂で、俺の差し出すスプーンをくわえたときの柔らかそうな唇。
階段で受け止める直前に見た、下着の水色の生地と白い太もも。
そして、抱きしめたときの柔らかさと、いい匂い・・・
それらを思い出してしまい、・・・そうなってくると男の生理現象というやつがつきもので、結局自分の恋路にまで頭が回らなかった。
翌朝、戸村と教室で会うころには、昨日自分が鈴木に怖がられたということに、やっと思考が辿り着き途方に暮れていた。
自分の気持ちをちゃんと自覚したとたん失恋の危機だ。
「なぁ?黒沢、お前今自分がどんな顔してるかわかってる?」
そんな時に、戸村にあきれたように声をかけられた。
「恋に悩む男の顔」
「・・・」
俺が答えるとなぜか戸村の顔が引きつった。
「俺にはどう見ても、そうは思えないくらい怖いけど」
「・・・鈴木にも、怯えられるくらいか?」
「黒沢・・・お前・・・」
いつも明るい戸村が黙り込んでしまった。
見ると戸村は目に涙をためて、震えていた。
「戸村・・・」
俺のことなのに、そんなに思ってくれるなんて・・・友人に慰められ、お前良い奴だなと言葉を続けようとしたときだった。
「ぶはっあははははは!もう無理!!」
そう言って、ひーひー言いながら俺が殴るまでしばらく笑い続けた。
「人が真剣になやんでるってのに」
「いや、だって、絶対鈴木さん黒沢のこと、怖がってないって・・・まだ悩んでたのか?」
まだ、笑いが収まらないのを我慢するように、顔をひくひくさせながら話す。
「昨日は・・・怯えた目をしてた」
それでも、自分が昨日見た鈴木の目は間違いない。
そう言い募ると田中はまたあの顔でにやりと笑った。
「怖がってないって、会ってみれば分かるから」
俺の肩をぽんぽんと叩くと鼻歌を歌いながら、行ってしまった。
そう言われても、またあの目を向けられたらそれこそ失恋が確定してしまう。すぐには行動に移せず、昼休みになり一人ベンチに座りパンをかじっているときだった。
「お待たせ黒沢。そこ、ちょっとつめてくれよ」
戸村の声に振り返ると、そこには鈴木の姿があった。
心の準備も何もなかった俺は、何の反応も出来ず固まっていた。
鈴木から声をかけられ、何とか返事を返す。
今日の彼女から怯えは一切感じられい。それが信じられず、じっと観察してしまう。
戸村が何か言っていたが、俺は今彼女を見ることで忙しい。不意にベンチの端に押しやられ、その隣に鈴木が座った。
俺の隣にだ。
俺のこと、怖くなのか・・・?本当に?
それでも、何の怯えもなく座ったのは事実で、嬉しさが俺の内側から徐々にあふれ出してくる。
そうなってくると、今度は彼女をまじまじと見てしまう。
あの柔らかそうな唇に、お弁当のごはんを運んでいる。
俺はあの唇と間接とはいえキ、キスしたんだよな?
片足を時折プラプラと揺らすのが癖なのか、彼女の白い足がベンチから見え隠れする。
白い足・・・白い太もも・・・白い・・・。
今日も、白なのか?それとも、この間のひもで水色の・・・
そこまで考えているときだった。
「先輩、私はおかずじゃありません。そんな風に見るのやめてください」
心臓が止まるかと思った。一気に顔から血の気が引いていく。
バレた。バレた・・・。
な、なんでバレたんだ・・・!?
もうどうしていいのかパニックに陥っていると
「とにかく、早く食べちゃってください。」
鈴木がいつもと変わらぬ様子で俺を見上げて言った。
バレたことも信じられなかったが、彼女のその様子も信じられない気持で問いかける。
「あ、ああ・・・その、許してくれるのか?」
彼女はため息をひとつつき、あきれたような表情で俺を見た。
「許すも何も、どうせ止めたってしちゃうんですよね?」
俺は何も答えられず、彼女を見つめる。
「もういいですよ、好きなようにしてください」
彼女はそう言って、最後は少しほほを赤らめてみせた。
好きなようにしてください・・・好きなようにしてください・・・好きなように・・・
次に俺が気がついたのは、昼休みの終わりを知らせる予鈴の音を聞いた時だった。