挙動不審
わ、忘れてた!
昨日疲れのあまり、放課後の先輩との約束をすっぽかして帰ってしまった。
「やぁ、鈴木さん」
そう言って、にっこり笑った戸村先輩を気まずい思いで見た。
「こんにちは、戸村先輩」
「ここじゃなんだし、話したいから一緒にお昼食べない?」
笑顔で話す先輩を見て、断る訳ないよね?という声が聞こえたような気がした。
「ええ、はい、ぜひ」
友人たちへ声をかけ、お弁当を持って先輩の後をついていった。
「あそこにしようか」
そう言って、先輩が指差した方向を見る。
先輩は庭の隅にあるベンチへずんずんと進んでいく。
しかし、遠目でもすでに誰か座っているのが見える。
先輩も気づいていない訳では無いはずなのに、歩みは止めないので不思議に思いながらついていく。
しかし、徐々にベンチに近づいていくと座っている人物が誰か分かってきた。
後ろ姿ではあるがあの大きいシルエット、そして周りにだれもいない様子から言って間違いないだろう。
あれは絶対、黒沢先輩だ。
ちらりと戸村先輩を見上げると、何を考えているのか分からないが今にも鼻歌を歌いそうな様子で、ニコニコしている。
うぅ、今黒沢先輩とお昼を一緒に食べようものなら、噂が収まるどころか余計ひどくなる。
出来ることなら避けたい。
「せ、先輩、あのあそこに居るのって黒沢先輩ですよね?」
「すごいねぇ、鈴木さんは後姿だけで黒沢って分かっちゃうんだね」
「え?いえ、周りにだれもいませんし・・・」
「ああ、なるほど。残念」
残念?なんだろ、先輩から嫌なオーラを感じるんですが。
そんな会話を交わしている間も歩いている訳で、気がつけばベンチは目の前になっていた。
「お待たせ黒沢。そこ、ちょっとつめてくれよ」
黒沢先輩は振り返り、私を見た瞬間手に持っていたパンを落とした。
「あ」
「あ」
戸村先輩と私の声がかぶる。
それでも、黒沢先輩は手からパンが落ちたことにも気付かずこちらを見ている。
「・・・こんにちは」
「あ・・・ああ」
そんなに見られたら、穴あいちゃうんですけど。
「ぶふっ、黒沢鈴木さん見すぎ。パン落ちてるし」
そう言って黒沢先輩の落としたパンを拾うと、まだぼんやり私を見ている先輩をギュウギュウと押しやり、ベンチにスペースを作った。
「さ、どうぞ」
そう戸村先輩に勧められたのは、黒沢先輩の隣。
「はぁ、どうも。」
出来れば遠慮したかったが、そうもいっていられない。お昼休みが無くなってしまう。
とりあえず座り、お弁当を広げる。その間も頭上から黒沢先輩の視線を感じる。
しばらく我慢して食べていたが、私にも限界というものがある。
「先輩、私はおかずじゃありません。そんな風に見るのやめてください」
私を眺めてもお腹は膨らまないでしょ。パンを食べてよパンを。
ぼとっ、とまた先輩が新たに開けたパンが足元に落ちた。
見上げると、先輩が顔を真っ赤にし次の瞬間真っ青になり
「な、なんでバレた・・・」
そうつぶやいた。
あれだけ見ていたら、視線ぐらい感じるでしょ普通。気付かれていないと思っていたことにびっくりする。
「とにかく、早く食べちゃってください。」
「あ、ああ・・・その、許してくれるのか?」
思わずため息が出た。
「許すも何も、どうせ止めたってしちゃうんですよね?」
「・・・」
「もういいですよ、好きなようにしてください」
この人の行動についていちいち理由を考えると、疲れるので深く考えないことにした。
そうは言っても見られることは恥ずかしいので、思わず赤くなる。
ふと反対側を見ると、戸村先輩が赤い顔をしてこちらを見ていた。
「鈴木さん、俺今のセリフなんだかグッときた」
顔が引きつるのが分かった。
変な先輩二人にはさまれて、お昼を過ごすのはこれっきりにしてほしい。
そう思いながらお弁当をつつくことに集中した。