だめ
「ずっと、好きだったんだ・・・」
そう言って田中はほほを染めると、柔らかくほほ笑んだ。
「これからは、そばに居て良いんだよな?なぁ、俺のこと・・・好き?」
手と手がむすばれる。
「ああ、好きだ」
そう言ってお互いの気持ちを確認しあい、抱きしめあっているのは田中と黒沢先輩だった。
二人は、横に私がいるのをそっちのけで見つめあっている。
徐々にふたりの間が狭まり、唇が触れあうまであともう少し・・・
「だ、だめーーーっ!!」
ぜぇはぁと自分の息と時計のカチコチと時間を刻む音だけが部屋のなかで響いていた。
悪夢だ。
なんという、悪夢。
夢の中まで、あの二人に振り回されるなんて。
ため息をつき時計を見ると、少し早いが起きるには問題ない時間だったので、登校することにした。
変な夢を見てしまった。
だいたい、田中がいきなりあんなことを私に言うから、あんな夢を見てしまったんだ。
きっとそうだ、うん。
先輩も先輩で、良く分からない行動ばかりするし、夢にまで出てきちゃうし・・・はぁ。
いつもより早めに家を出て、人目を避けるように教室へ入る。
クラスメートは私の「付き合っていない」「そんな関係じゃない」という一点張りに、深くは聞いてこなくなった。
まぁ、黒沢先輩と接触があればまた質問攻めになることは予想できるが。
教室にはまだ時間が早いため、ちらほらとしかクラスメートもいない。そんな中で、田中が教室に入ってきた。
田中は私に気づくと、こちらへ近づいてくる。
「おはよう、今日早いな」
その表情は、夢で見たようにほんのりとほほ笑んでいる。
思わず、あんな夢を見たことが後ろめたくなりそれとなく視線を外す。
「おはよ、いつもより早く起きちゃったから」
そんな挨拶を交わすと、お互いとくに話すこともなので、黙ってしまう。
先輩との誤解が解けてから、田中は私に優しく親しげに接してくれるが、今までのことを思うと戸惑いの方が大きい。何より、クラスメートといえどとくに会話するような仲ではなかったので、今みたいに会話しようにも話題に困るのだ。
クラスメートの視線もあるためか、田中は話すことをあきらめたようで自分の席へついた。
それからも、ときどき田中の視線を感じつつ一日を過ごした。
やっとお昼休みになり、友人たちと久しぶりに外で食べようか、なんて相談しているときだった。
「鈴木ぃ、先輩きてるぞ」
にやにやとそばに座っていたクラスメートに告げられ、まさかこんな噂も収まっていないうちに黒沢先輩が来たのかと驚いて出入り口を見たら、そこにいたのは戸村先輩だった。