小話3‐2(黒沢視点)
自分の心臓の音が、耳元でしているかのように、錯覚するほど聞こえてくる。
差し出したオムライスを、鈴木はなかなか食べない。
ちらりとこちらに視線をむけられ、彼女が戸惑っているのが伝わってきた。
そうか、そうだよな。
まだ、ちょっと遠いよな。
そう思い、さらにスプーンを差し出す。
「せ、先輩?」
さらに困惑した鈴木の声が聞こえてきた。
「食ったこと・・・ないんだろ?」
鈴木の様子で、遠いわけじゃないのか?と思いながら、腕をすこし戻す。
そこで俺はようやく自分の行動の意味に気づいた。
しまった。
頭の中で、そればっかりがこだましている。
俺は、鈴木に対してなんて大胆なことを・・・!!
そりゃ鈴木も困惑するはずだ。
俺がオムライスを食ったスプーンで、鈴木がオムライスを食べるということは・・・
それはつまり、間接キ、キスになるわけで。
その事実に、俺は差し出したオムライスをどうしていいのか分からなくなった。
混乱して、俺より困っているであろう鈴木にすがるように視線を向けてしまった。
しばらく鈴木はそんな俺を見ていたが、スッと体がこちらに寄った。
やはり彼女からスプーンは少し遠かったようだ。
俺のスプーンをつかむ手の上に、鈴木のしっとりとした手が重なり、彼女はそれを自分の方へ引き寄せると、ぱくりとオムライスを食べた。
そのとき俺は顔中に笑顔が広がるのが分かった。
単純にうれしかったのもあった。
そして、なんでもないかのようにオムライスを食べた鈴木がとてもかっこよかったのだ。
オムライスを食べた一連の仕種もかっこよかったが、その後の大したことじゃないと示すかのように、黙々とスペシャルランチを食べる鈴木。
そんな彼女は、女にしておくのがもったいないくらい、かっこよかった。
俺が女で、鈴木が男なら間違いなく惚れている。
そんな尊敬のまなざしを向けながら、俺は鈴木とのお昼休みを過ごした。