禁じられた・・・
私の足元には痴漢が倒れている。
そして、いつの間に現れたのか、なぜか黒沢先輩がそばに立って痴漢を見ていた。
「す、鈴木・・・大丈夫か?」
「大丈夫なように見えますか?」
「・・・」
私は幼いころ兄と父に、
「手加減の知らないお前なら、男を殺しえるからこれだけはするな」
と言われていたことがある。
相手が、死んだ方がましだと思わせる痛みらしい。
幼いころはそう言ったことをするのに恥じらいは無かったが、さすがにこの年になってはなるべく避けたっかた。何より、兄と父から硬く禁じられていた。
そう、私は痴漢の股間を渾身の力で真下から蹴りあげてやった。
痴漢は腰を痙攣させ、倒れ込んだ。
そして、状況は冒頭へ戻る。
先輩は無意識にか、青い顔をして股間に両手を置き、若干前かがみになっている。
「先輩、なんでこんなところに居るんです?」
それまで、倒れ込んだ痴漢を見ていた目をこちらに向け、ぼそぼそと話し始めた。
「お前が、痴漢を殴るつもりだってきいて・・・へたしたら逆に危ないだろ?やっぱ、力じゃ女の子は男にかなわないし。」
「え?」
そこで、電車が駅に着いた。
先輩が痴漢を運び、駅員に引き渡しす。
丁度その時、痴漢が朦朧としていた意識がはっきりしてきたようなので、釘をさしておくことにした。
話すときは目を合わせて、が基本。痴漢の顔をのぞき込み一言。
「今度こんなことしたら、死ぬまで握りつぶす」
何を、とは言わない。でも、今さっき痛みを味わったばかりなのだから、分かるでしょ。
効果は上々。痴漢は元々悪かった顔色をより一層悪くさせ、何度も謝ってきた。
その横で、先輩と駅員までが顔を青くさせていることには気づかなかったが。
なんだか疲れて駅のベンチで二人して座る。
さっきの話を思い返し、聞いてみる。
「先輩、心配してくれてたんですか?」
「女の子なんだから、心配するにきまってるだろ。」
凄く嬉しくて、なんだか泣きそうかも。
「先輩・・・」
なんでだろ、先輩の顔がカッコよく見える。相変わらずの、強面だけど。
先輩の顔をまじまじと見つめていると、先輩と目があった。
しばらくお互い視線を外さず見つめあう。
次の瞬間、私は先輩に抱き込まれていた。
え?え?抱きしめられてる?
と思っている間に、
「わっ 悪い!!」
そういって、急に蒼い顔をして私から離れた。
その後は、今度こそ本当に働かない頭で先輩の後ろ姿を見送った。