《特異点》
兄貴の話は続いた。
「そこから、我々は独自の理論体系で《特異点》を見出したんだ。その《特異点》を破壊することで、一定規模の経済・政治・軍事力などを連鎖的に壊滅することが出来る」
「……」
全然分かりません。
だから、今度は黙っといた。
それに何にせよ俺がチャラけられるような話ではなかった。
「そして《特異点》は国の運命を左右するものまであることが分かった。日本国の場合、それがお前なんだ、宗三」
「えーと、あのー、俺ってごく普通の人間だよ?」
「確かにお前は普通だが、そういうことは関係無い」
兄貴があっさり認めた。
あー、ちょっとなんかあるのかって期待したのになー。
「とにかく、お前は日本で最高度の重要人物となった。我々は全力でお前を守る必要がある。そういうことだ」
「我々って、自衛隊ってこと?」
「そうじゃない。自衛隊を含めて、日本国の全てだ。特に現代社会は人類史上で最大の危機に面している。今のこの世界は様々な破滅を内包している」
急に話が変わった。
「有限である資源の利用、それに伴うエネルギー問題と環境汚染、いずれ直面する工業の停滞と食糧問題。幾つもの人類の破滅の要因がある。今後は各国で資源確保と食糧確保のための戦争が起きる可能性が高い」
「えーと」
話が大きすぎるぜ!
俺はついこないだまで学生だったんだ!
「20世紀の間はまだ資源には余裕があった。工業も一部の資源を費やすばかりだったしな」
「はぁ」
「しかし21世紀になって、AIが急速に発展したことを筆頭に、様々な資源が急速に消費されていくようになった。そういう時代を正しく予見していた国は少ない」
「へぇ」
話に全然ついていけない。
生成AIは俺も時々使っているが。
まー、そんな話じゃないだろう。
兄貴が俺が全然理解していないことを察して言った。
「AIは大電力を消費する。知っているか?」
「なんとなーく」
「それにレアメタルをバカ喰いする。もう既にその争奪戦が始まっているのだ」
「ほうほう」
兄貴が説明を諦め、闇絵さんが口を押えて笑いを堪えていた。
「冷戦時代、米ソを中心に核兵器の開発競争があった」
「あ、それは知ってる!」
「最初はアメリカが開発し、独占するつもりがそうはならなかった。日本への原爆投下で凄まじい威力を確認したことで、アメリカの占有は世界的に許されなかった。そしてソ連や各国のスパイが必死で暗躍し、幾つかの先進国が核開発に着手し、次々と核実験を成功させた。当時は第三次世界大戦は核戦争によって人類の終焉を招くとも言われた」
「そうだよね!」
大体知ってるよ!
「でも、現在のような地球資源の枯渇が見える時代が来ることは、ほとんどの国で想像もしていなかった。気付いていたのは、アメリカ、今のロシア、中国、イギリス、フランス、ドイツ、そして日本だ。どこも、優秀な予言者がいて、その予言者の言葉を信ずる者が国の中心にいた所だ」
「日本もそうだったの?」
「ああ。百家の巫女の言葉は、常に日本の政治の中枢において重要視されてきた。それで日本も準備をすることが出来た」
百家は古来より日本最古の大社を運営する宮司の一族だ。
そのくらいは俺も知っていた。
「準備?」
「次の時代を生き抜くための、奪える、奪われない力を備えるということだ」
「でも日本は核兵器を持ってないよね?」
それとも持ってるのか?
「核兵器など、さしたるものではない」
「エェ!」
「昔は有用な決戦兵器ではあったが、一つの兵器がいつまでも君臨し続けることは歴史的に無い。必ず対抗手段が生まれ、前時代のものとなる」
「え、じゃあ核ミサイルはもう防げるってこと?」
「まあな。少なくとも、先ほど挙げた六か国では、もう通用しない。それらの国はもっと強力で異様な戦力を持っているからな」
「異様な?」
「日本では冴姫たちだ。8人の《能力者》がいる。他の国はまだ不明なことも多いが、アメリカはバイオニック・ソルジャー(強化戦士)であり、ロシアはサイキック(超能力者)のようだ。ドイツはサイボーグ技術を開発し、イギリスはドルイドの精霊魔術らしいが詳細は不明だ。中国とフランスは全く分からん。他の国もな」
「……」
「ヴィトゲンシュタインは「Wovon man nicht sprechen kann, daruber muss man schweigen.(語りえぬことについては、沈黙せねばならない)」と言ったがな。我々はそこで終わるわけには行かなかった」
「……」
兄貴の言うことが少し理解出来て来た。
どうやら世界は、俺の知らないところでとんでもない戦争の準備を進めているらしい。
最悪の兵器である核兵器すら時代遅れとなるような超軍事力だ。
「冴姫はどんな力があるんだ? 《殲滅者》ってなんなんだよ?」
「お前には少し話しておこう。日本が開発を目指したのはまず核を上回る超兵器だったのだが、その過程である絶対的な技術を手にすることが出来た」
先ほどまで鬼冷静だった兄貴が、若干身を乗り出した。
「これは本当に極秘事項だ。絶対にここから出て口にしてはならない」
兄貴が真剣な顔でそう言った。
隣の冴姫を見ると、無表情のまま前を見ていた。
今度は冴姫の話だ。




