引っ越し / Damn togeter
突然やって来た冴姫だったが、取り敢えずは状況がはっきりするまで追い出すことは考えないようにした。
一つは兄貴「周一郎」の名前が出たことだ。
兄貴のことは全面的に信頼しているし、兄貴が特別な仕事をしていることも知っているので、何らかの事情があるのかもしれない。
冴姫の口から兄貴の名前が出たことで、事態を一時静観することにした。
もう一つは冴姫に対する好感だ。
可愛らしいことはもちろんだが、それ以上に何と言うか信頼できる人間だと感じていた。
全く根拠は無いのだが。
だけど俺は子供の頃から直感的にその人間を判断することが出来る。
最後に、最初に見せた冴姫の暴力だ。
あんなでかいナイフを持っていること自体が尋常では無い。
しかも、それを巧みに使って問答無用でドアチェーンを両断したのだ。
暴力に対する躊躇が全くない。
普通はドア越しに開けるようにとか声を掛けるものだろう!
ひ弱な俺などは逆らうことすら危険だ。
だから一先ずは様子を見ることにしたのだ。
今、下手に逆らって冴姫の暴力を受けたくはない。
後で兄貴に聞けばちゃんと分かるだろう。
兄貴が俺に危険なことをするはずがない。
「ねえ、このままここに住むって言ってたけどさ。俺、独り暮らしだからさ……」
冴姫は俺の話など聞かずに、コーヒーを飲み終わると日当たりの良い方の一部屋を自分の部屋にすると宣言して、そこにあった俺の荷物をダイニングに勝手に移動し始めた。
「おい、何すんだよ!」
俺の部屋は2DK+Nで、一つは寝室、もう一つは服とか本などを置く用途で使っていた。
納戸はあてのない物置で、今はほとんど荷物は無い。
冴姫はその衣裳部屋にしていた場所からどんどんダイニングに運んで行く。
俺が見とれるほどの手際よさとスピードだった。
部屋の中には重い衣装タンスもあったのだが、冴姫は軽々と運んでいるように見えて驚いた。
細身の冴姫なのに、全く疲れは見えない。
だから俺は止めようとしたのだが、諦めた。
最初のデカナイフを使うのと同時に、冴姫自身がとんでもなく力が強いのが分かったからだ。
しかも動きが美しい。
綺麗な冴姫が軽々と荷物を運ぶ姿がなんか色っぽい。
それと非常に丁寧に運んでもくれる。
「結構片付いててたすかるー!」
「……」
洋服の入ったままタンスが運ばれ、衣装ケースに収まった季節物がガンガン移動される。
そして本棚が本を抜かれずに運ばれたので驚いた。
100キロじゃ効かんぞ、あれは。
冴姫は息一つ乱してはいない。
同時にダイニングの空きスペースがたちまち埋まっていく。
流石に見とれていた俺も、その段になってやっと大変なことになったと驚いた。
この荷物をどうすんのー!
「おい、ちょっとやめてくれ!」
「邪魔するなし」
冴姫は俺を無視して荷物の移動を続ける。
俺が再び文句を言っているとチャイムが鳴った。
今日は誰も来る予定は無い。
冴姫も予定に無かったが。
冴姫が俺を押しのけてインターホンに出た。
「あー、来た!」
「なんだ?」
「ベッドとかだよ! 面倒だから全部「O家具」で揃えちゃった」
「お前! 何勝手に!」
実を言えば冴姫がこのまま本当に俺の部屋にいるとして、今夜どうやって寝るのかを想像していた。
最初の晩に予備の布団もなく(実はあるが無いと言うつもりだった)、仕方なく一緒に寝るというシチュエーション!
儚くも崩れ去ってしまった……
冴姫がオートロックを開けて、部屋まで来た業者が挨拶してからエレベーターや通路にどんどん手際よく養生し、ガンガン家具を運んで家具の梱包を解き、組み立てていく。
ダブルベッド、タンス、書棚、デスク、鏡台……
そのうちに引っ越し業者が来て、段ボールを運んで来た。
冴姫の洋服などだろうか。
あの中に冴姫の下着なども入っているのだろうかぁ!
そんな場合じゃないのにぃ!
「宗三、この荷物も運んでもらいなよ」
「うん……」
俺は業者に頼んで、ダイニングに出された荷物を俺の部屋に運んでもらった。
重たいタンスや本棚があったので非常に助かった。
一部は納戸へ入れてもらう。
納戸はほとんど使っていなかったので助かった。
いや、何が助かっただぁ!
業者が俺の頼みに嫌な顔一つしなかったのは、冴姫がその分の料金も支払っていたか。
非常に段取り良く、ものの3時間で冴姫の引っ越しが終わった。
そのタイミングで蕎麦屋が来た。
なんて手際の良さだ。
天ざる2人前が届けられ、冴姫が現金で支払った。
エルメスのドゴンの、ポロサスだ。
札だけを店員に渡し、お釣りは受け取らなかった。
ちょっと見ただけだが、万札だったような……
店員がニコニコ顔で何度も頭を下げながら帰って行った。
冴姫の財布は異常に膨らんでいた。
ギャルの使う財布じゃない。
そして財布はどこに置かれることもなく、いつの間にか見えなくなった。
二人でダイニングのテーブルで食べる。
「あのさ」
「なーに?」
「ほんとにここに住むの?」
冴姫が箸を止め、アホを見るような呆れた目で俺を見た。
「あんたさー。ここまで終わってから、それ聞く系?」
「ま、まあ」
確かにその通りだ。
本当はもっと必死で抵抗するべきだったのだろう。
だが、最初に冴姫のナイフ捌きを見ていた。
でかいナイフの一閃で頑丈な金属のチェーンをあっさりと両断した。
俺にどう逆らえと?
それに、この非日常の展開の中で、冴姫との同居というものに興奮していた自分もいた。
何しろ冴姫は魅力的だ。
「あの、どれくらいの間?」
やっと聞いた。
「わかんね。まあ、一生かもね」
「なんだってぇ!」
ほとんど無抵抗のまま、冴姫との共同生活(同棲ではない)が始まった。
意外と嬉しいんですけどぉーーーー!




