馬路恭介
「田代が殺されました。棟居は重傷で大火傷です。命は助かるようですが」
「……」
「田代は頭が吹っ飛んでました。同乗してた女がでかい外車から拳銃で撃たれたと言ってます」
「その女を連れて来い」
「はい!」
「関東旧車會」。
元々関東有数の暴走族のOBたちが立ち上げた組織が母体となっている。
昔は社会からはみ出た連中はヤクザになっていったが、巨大な勢力を持った彼らは独自に組織を拡大し、幾たびか暴力団との抗争を繰り返しながら、確固とした地盤を築いて行った。
今では「半グレ」集団と呼ばれるが、「関東旧車會」はそんなものとは一線を画す一大非合法勢力となっていた。
警察の追及をかわすために「旧車會」という車の愛好家たちの集まりとしていたが、暴走族を更に苛烈に進化させた暴力組織だった。
新暴対法で弱体化したヤクザはもう関りすら避け、実質関東最大の組織的暴力集団となっている。
構成員は2000人を超え、準構成員やフロントの合法の協力者を含めれば1万人を超える一大組織だ。
東京を中心とした関東の裏社会を仕切っていると言っても良い。
表向きは暴力団ではないため、警察も対応に手をこまねいている。
「総長、連れて来ました」
総長馬路恭介は「関東旧車會」に君臨する男だ。
その右腕とされる波佐間義時は頭の切れる男だった。
事前に馬路が欲することを全て用意し、今も田代の助手席にいた女をもう連れて来ていた。
女が部屋に入れられ、馬路の前で床に座らされる。
女は右腕と右肋骨を骨折し、見えている右の顔半分は火傷で爛れていた。
高速でぶつかった衝撃と、その後の車体の炎上でのものだった。
重傷だ。
右腕は石膏で固められ、胴体もコルセットが当てがわれている。
本来は病院のベッドにいなければならない状態だ。
「おい、総長に何が起きたか話せ」
女が脅えた目で馬路を見上げ、涙を流した。
「話せ」
波佐間が女の髪を掴んで容赦なく床に頭を打ち付けた。
女の右の顔から膿んだ体液が滲み出す。
治療を半ばで拉致されて来たのだろう。
処置を怠り不衛生な場所に閉じ込められていたせいで、火傷の傷は酷く膿んでいた。
「あの、タッチャンがいつもの大黒で遊んでから、湾岸を流してたんです!」
女が必死に話し始めた。
改造車は首都高の大黒パーキングエリアに集まることが多い。
「よくやるんです! イキった車は追い込んで事故らせるか金を巻き上げて!」
「それで返り討ちか」
「そうです! あの女、いきなり拳銃を撃って来て、タッチャンの頭ぶっ飛ばして!」
「本当にチャカだったのか?」
波佐間が聞き返した。
日本で拳銃を平然と撃つ奴はいない。
まして煽り運転に頭に来たとはいえ、それだけのことで何の躊躇も無くだ。
相手はシャブか何かをやっていたのかと波佐間は考えた。
拳銃を持っている人間は反社会勢力に決まっている。
ドラッグでぶっ飛んでいてもおかしくない。
ためらいもなく拳銃を撃つ奴などいない。
しかも運転者は女だったという。
「どんな女だった?」
「派手な金髪です! 長いポニーテールでした!」
「顔は?」
「一瞬なんでよくは見てませんが、ケバイけど綺麗な面でしたぁ!」
「車は何に乗っていた?」
女が言い淀んだ。
「あの、あたしあんまし詳しくなくって。でかい外車でした。赤い車で……あ、字隣に男を乗せてました!」
「男の特徴は?」
「すいません、見てません!」
「ナンバーは!」
「すいません! 覚えてません!」
女はまた波佐間に床に打ち付けられた。
悲鳴を上げ、泣いて謝った。
「すいません! すいません!」
「静かにしろ」
「!」
髪を掴んだまま顔を上げられ、女は即座に黙った。
膿と涙と鼻水で顔が汚れている。
馬路が言った。
「おい、金髪の女はどんな顔で撃った?」
「……あの、平然と……一瞬だけこっちを見て、バンって」
「そうか。波佐間、女を連れて行け」
「はい」
「金髪を見つけるまで生かしておけ」
「はい」
波佐間が女の髪を掴んで立たせる。
女が必死に叫んだ。
「あの! 顔の治療を! このままじゃあたしの顔、エライことになりますから!」
波佐間が女の火傷を負った右の顔を殴る。
容赦の無い力で、女の顔から血が漏れ出す。
波佐間が男たちを呼び、女を部屋から出した。
右の拳に付いた血を舐め取り、ハンカチで拭った。
「波佐間、必ず見つけ出せ」
「はい」
「ドラレコの画像はどうだ」
「田代のRXー8は燃えてしまいました。棟居のインプレッサはサツが押収してます」
「なんとかしろ」
「はい、必ず」
警察の中にも協力者はいる。
そいつらを使って映像を手に入れようと波佐間は考えていた。
「波佐間、武器を用意しろ。強力なものが必要になるだろう」
「はい、問答無用でチャカを撃って来る奴ですからね。シャブでもやってたんでしょうか」
「いや、そうじゃないだろう。ハンドルを握りながら一発で田代の頭を割ったんだ。随分と慣れている」
「なるほど」
「しかも一発だ。それで人間の頭が消えるということは、相当でかい銃で弾丸も特殊だ」
「はい……」
波佐間は馬路の底知れなさを感じた。
自分も頭の切れには自信があるが、馬路のこの底知れない知性に常に感じ入っていた。
悪魔的な知性だ。
多分、勉強などでは馬路よりも優秀な人間もいるに違いない。
しかし、悪事に関しては馬路は天才だった。
だから長年「関東旧車會」の頂点に座り、組織を拡大して来れたのだ。
本当の頭の良さとは何なのかと、いつも馬路を見ていて波佐間は思う。
それが発想の展開と飛躍なのだと気付き、自分は絶対にこの人に敵わないと思った。
可能性を無限に、そして一瞬で全て考え尽くし、そこから誰も到達出来ない思考に至るのだ。
「ロシア人からの横流しの最新の武器があります。グレネードや重機関銃も。全て用意します」
「マローダーが必要だ」
「準備します」
「都内を見張らせろ。首都高は常に回れ」
「はい」
相手が車好きの人間と馬路が睨んでいることが漸く波佐間には分かった。
だからいずれ首都高で見つけられるに違いない。
そのための人員を配置しろと馬路が言っているのだ。
馬路が笑っていた。
「面白い奴だ。久し振りに興奮するぜ」
「はい。しかし何者なんでしょうね」
尋常な奴ではない。
どこかの特殊部隊か。
日本には諜報機関が多く押し寄せている。
しかしこんなに目立つことをするだろうか。
「警察はどうしている?」
「帳場(捜査本部)は立っていないようです」
「銃で殺されたのにか?」
「そうですね。目立つ車のようですしNシステムですぐに捕まりそうなものですが」
「大使館員かもしれん」
「なるほど。しかし無茶をしますね」
「そこだ。どうにもこうにも、そこが面白そうだ」
「はい……」
波佐間は馬路が楽しみ出したことを感じた。
時々そういうことがある。
それは全て、激しい血の雨が降る時だ。
今回はマローダーまで出すように言って来た。
あれは「関東旧車會」の切り札とも言える車両だ。
きっと馬路はそれをどう使うのかを考え始めたのだろう。
凶悪な笑みを浮かべた馬路に一礼し、波佐間は手配を始めに部屋を出た。




