Driving miss.Dead
会社の方は徐々に慣れて行き、2週間の研修期間が終わると俺は榊常務が言っていた通りに第一貿易部に配属となった。
新人としては異例のことだそうで、第一貿易部の皆さんが期待していると言って下さった。
第一線の厳しい部署だが、皆さん親切でいろいろと教えて下さる。
第一貿易部長の美濃坂部長は恰幅の良い温厚な方だった。
但し、仕事に関しては非常に厳しい人なのだと他の部員の方々から聞いた。
一応、榊常務からは本当の実力で配属されたのだと言われ、俺も嬉しかった。
そして美濃坂部長や部員の先輩方はもちろん俺のことは何も知らない。
「研修での神楽坂君の成績が優秀だったからだ」
「本当ですか!」
「前にも言ったが、君のことは期待しているからね」
「はい、頑張ります!」
美濃坂部長は榊常務と同じく和田商事の草創期からのメンバーで、和田社長との直接の繋がりで会社設立にも関わった方だ。
ということは、以前は極道だったのかもしれない。
だからといって別に暴力的なものは一切無いが、礼儀作法や上下関係は厳しいと感ずる。
それに和田商事では上からの命令は絶対だ。
今だと体育会系という感じにみんな思うのだろうか。
和田商事はそういう組織的な力でもって、大手商事会社と張り合ってここまで成長して来たのだ。
新宿に21階建ての本社ビルを構え、全国に5カ所、海外に8カ所の支店を持つ大企業だ。
しかし株式上場はしておらず、完全に内部資金のみで経営している。
そういう滅茶滅茶「硬い」会社なのだった。
第一貿易部は欧米との取引が多いが、全世界規模で展開している。
主に日本の高精度の機械や部品を輸出し、アメリカからは小麦や牛肉などの食料品を、ヨーロッパからは農産物や酒類を輸入することが中心だ。
そして他の地域からはレアメタルやレアアースなどの工業資源も輸入している。
更に、現在は日本の南方で発見されたレアアースの採掘事業にも参画している。
今後の世界はレアメタルとレアアース、そして食料品の確保が重要になると周一郎兄貴や榊常務からも聞いている。
和田商事はその意向で動いてもいるのだろう。
《トリポッド》との関連が深いためだと思う。
俺も配属されてから知ったのだが、和田商事は大手商社に引けを取らない取引量だ。
上場していないので話題になることは少ないが、一定以上の経済人であれば誰でも知っている会社だそうだ。
和田商事ってスゴイ会社だったんだぁー。
中堅って思ってたんだけど、一流だった。
だから俺が覚えるべきことは幾らでもあった。
貿易に関わる書類作成や手順に関するあれこれは、本当に複雑だ。
昼休みも返上して、急いで何かを詰め込むとすぐにデスクへ戻って勉強して行った。
終業は夕方の5時だが、そこで帰る人はいない。
俺も残って少しでも早く仕事を憶えることに専念した。
冴姫は文句も言わずに俺が終わるまで待っていてくれた。
移動は主に地下鉄だが、時々アストンマーチン・ヴォタンテも使っている。
俺と冴姫は本社の中で特別な駐車場を使わせてもらっていた。
一応榊常務の社用車ということになっている。
ちょっと周囲の目を気にしながらだが、冴姫は毎回ご機嫌で操縦する。
金曜日の夜はそのままドライブに行くこともあった。
いや、晴れていれば必ず行った。
横浜の中華街や馬車道通り、沼津や焼津まで足を延ばすこともある。
美味しいものを食べに行くのだ。
冴姫がそういう場所や店を知っていた。
4月の下旬、横浜の中華街で食事をし、しばらく湾岸を走っていると後ろからパッシングされた。
後方に迫って来たのは、改造したRX-8とインプレッサだと冴姫がすぐに説明してくれた。
RX-8が横に並ぼうと追い上げてきた。
俺も見たが、幅広のタイヤが横にはみ出してシャコタンにし、エアスポイラーなども装着したゴリゴリの改造車だった。
大きな排気音を響かせながら迫って来る。
冴姫は何の回避行動もしないで近寄らせていたので、俺は心配した。
そしてRX-8が丁度真横に並んだ瞬間、冴姫がサイドウィンドウを開けて左手を横に伸ばした。
見たことも無いでかい拳銃が握られていたぁ!
ドッゴォォォーーン
鼓膜が震える発射音がし、RX-8のサイドウィンドウに大穴が空き後方へ流れて行く。
俺が後ろを振り向くと、RX-8がスピンしてインプレッサがそれへ突っ込んだ。
「おい!」
こいつ、何してんのぉぉぉーーー!
冴姫は答えずに、すぐ先のサービスエリアへヴォタンテを入れた。
駐車スペースに停めて電話を掛け始める。
冴姫が油断なく周囲を見張っているのを感じた。
先に駐車場に停まっていた車を一瞥し、今は新たに入って来る車両を電話しながら監視している。
あの巨大な拳銃はいつのまにか消えていた。
「位置は分かってるね、そう、今事故ったRX-8とインプレッサ。至急調べて。それと処理もよろ!」
「おい、どうすんだ?」
「一応交通事故だよ?」
「一応って! お前、拳銃で撃っただろう!」
「そんな証拠はないよ」
「あっちのドラレコに映ってるって!」
「そんなの出てこないよ」
「!」
絶対に不味い!
警察が調べれば車体の銃痕はすぐに分かるし、ドライブレコーダーの映像でも確認される可能性は高い。
「宗ちゃん、私を誰だと思ってる?」
「冴姫」
頭を軽く引っぱたかれた。
冴姫は手が早い。
「あのね! 私は海外の物凄い化け物連中と遣り合えるの! あんなチンピラなんか幾ら潰しても問題無いの!」
「いや、警察が……」
「法律は一般の人間のもの! 私は当然除外されてるの!」
「え?」
そう言えば思い出した。
前に新宿のデパートの地下でも冴姫は三人に重傷を負わせて何の取調べも無かった。
ところであいつら、生きてるよな?
「私がやったことは警察全部に上からの指示が回る。だから何の問題も無い」
「……」
いや、しかし今回のは拳銃も使ったし、多分結構な事故だったよ?
でも俺は黙ってた。
冴姫の言う通りだと分かったのだ。
冴姫は俺の護衛を最優先で考えていてくれている。
そして敵は恐ろしい能力を持った連中なのだ。
甘い考えで構えていたら間に合わない。
暴力沙汰には疎い俺だって、そういうことは想像出来る。
電話を終えた冴姫はエンジンを吹かした。
「今日はもう帰ろっか」
「うん」
救急車のサイレンが聞こえた。
それがどんどん遠ざかって行ったが、いつまでも俺の耳に届いていた。




