Fall in love at first sight : きっとそれが全て
「宗三、大丈夫?」
車に乗り込む時、冴姫が俺に言った。
その表情が心配そうだったので驚いた。
「心配してくれてるのか?」
「もちろんよ。あんたにとっては青天の霹靂。驚いたなんてものじゃないでしょう?」
いや、お前の登場が一番驚いたんだが。
何にも説明しないしさー。
でも、人間は自分が知っていることはその前提で思考する傾向がある。
つまり、相手が知らないということはあまり念頭には昇らないものだ。
むしろ冴姫は、俺が自分の正体を知って混乱するのではないかとずっと考えていてくれたのだ。
だから一切の説明を周一郎兄貴に任せるつもりだったのかもしれない。
俺が兄貴のことを心底から信頼していることを知ってのことだろう。
自分は兄貴の了承している者だとだけ伝え、最も俺が混乱しない兄貴からの説明をさせたのだ。
それでも冴姫は兄貴が話している間も、ずっと心配そうに俺のことを見ていた。
「まあね。でも、どうしようもないんだろう? 俺は取り敢えず何か特別なことをしなくてもいいようだし」
「そう、あんたはそういう風に考えるのね」
「なんだよ?」
「ううん、宗三がそんなにショックを受けていないのなら良かったよ」
冴姫が薄く笑った。
「ああ、そうだなぁ。驚いたことは確かだけどな。だけど俺ってあんまり悩まないタイプなんだよね」
「そうなの?」
「子供の頃からそうだ。神楽坂家に入った時も、そんなにショックじゃなかったな」
冴姫が心配そうな表情から、少し悲し気なものに変わったように感じた。
何か、俺の心の中に震えるものがあった。
冴姫は任務のためだけで俺と一緒にいてくれるのではないと感じたからだ。
心底から俺のことを思っていてくれている。
ちょっと潤んだ瞳で俺を見ている。
冴姫を改めて美しいと感じた。
「冴姫、俺は結構いい加減に生きて来た人間なんだよ」
「そんなことない」
「いや、本当だって。俺さ、別に絶対に正しいことをしようとか考えてないんだ。ただ自分で決めてやるだけ。今はさ、冴姫みたいなカワイイ子が一緒に住むんだって、実はそんだけしか考えてない」
「宗三……」
冴姫がちょっと嬉しそうな顔をした。
車に乗り込んだ時にまた聞いた。
「あなたは神楽坂家の養子よね」
「そうだよ。そういうのは資料で知っているだろう?」
「資料は全部を語らないわ。事実は書いてあっても、それはほんの一部のこと」
「?」
冴姫が何を言っているのか意味は分からなかったが、何故か心に残った。
「そうよ。本当のあんたは誰にも知られてはいない」
「え?」
「私はもっとあなたのことを知りたいと思うわ。これから多分、長いこと一緒にいるんだしね」
「死んじゃったらそこまでだもんな」
「あんたのことは絶対に守るわ! それは決定事項だから!」
冴姫が大声で叫んだので驚いた。
「冴姫は仕事に熱心なんだな」
「そうじゃないよ。日本であたしに命令出来る人間なんかいないの。私が最強だからね。お願いされて、あたしが自分で決めるだけ。あたしが宗三を守るって決めたから、もうそれは絶対なのよ」
冴姫が強い口調でそう言うので、俺が戸惑うほどだった。
「そうか、じゃあ俺は安全なんだな」
「そうだね」
冴姫は言いながら俺にシートベルトを締めるように言った。
「あんたが愛おしいわ」
「え?」
幽かに聞こえた言葉だった。
あまりにも小さな呟きで、確かにそう言ったのかは確信出来ない程だった。
聞いたと思った俺自身が、とても信じられない言葉でもあった。
でも、問い返しても、もう冴姫はエンジンを掛けてでかいエンジン音でもう会話は出来なかった。
この話は終わりだということなのだろうか。
マンションに戻り、ダイニングでコーヒーを淹れた。
冴姫はもう普通の表情で、コーヒーを美味しそうに口に含む。
「なあ、事情は分かったけどさ。冴姫はどうやって俺を護衛すんの?」
「私も一緒に和田商事で働くよ」
「え?」
「常務の榊さんの伝手でね」
「そ、そうなのか!」
まさかそんな所にまで手が伸びていたとは。
「榊さんは私の組織の側の人間なの。宗三が和田商事に入社出来たのは、そういう裏があるのよ」
「えぇ! 俺の実力じゃないのかよ!」
「まあ、そっちは分からない。あの会社は元々大きなヤクザの組の親分さんが設立したものだしね。だから今でも縁故入社が多いのよ」
「そうなのか! じゃあ、今も裏の仕事なんかしてるのか?」
「それはないわ。その親分、和田さんね。その人が足を洗って世の中の役に立つことをしたいって始めたの。幹部社員の多くは和田社長の舎弟とか慕ってついてきた人間たち。和田社長はもう亡くなってるけど、今もその遺志を継いでいる人たちね」
「榊常務は?」
「榊さんもそう。和田社長に惚れ込んで一緒にやって来たの。でも、そういう会社だから、私たちの組織とも繋がっててね。今は榊さんがその窓口になってる」
また驚いた。
俺の人生って、どうなってんの?
「もちろん宗三の本当の正体は榊さんも知らないわ。でもあなたが組織の重要人物であることは知ってる」
「その組織って何なんだ?」
「それはまだ教えられない。でも榊さんが認識しているのは日本の裏側で真の支配をしているということ」
「闇の組織か!」
冴姫が笑った。
「まあ、誰も知らないけどね。でも本当に日本を守って支えている組織なのよ。表に出ないのは外からの攻撃を受けないためと、対抗手段を取らせないため。同じような組織は海外でもあるわ」
「なるほどー」
社会というのは奥深いらしい。
「冴姫は会社でどんな仕事をするんだ?」
「一応榊さんの秘書かな。入社式には顔を出せなかったけど、まあ、来週は紹介されるでしょうね」
それは多分、さっき兄貴が言っていた俺が《特異点》であることが確定していなかったからなのだろう。
でも冴姫の受け入れの準備はしていたということか。
「そうなのかよ!」
「私と宗三は婚約者ってなってるから」
「なんだとぉー! あれは本当のことなのかぁー!」
思考がまたぶっ飛んだ。
今日は何度目だ?
でも、これが一番衝撃が大きかった。
「だって、一緒に住んでるんだもの。そういう偽装は必要でしょ?」
「聞いてないよ!」
「あんたの場合、全部そうじゃん」
「そうだったぁー!」
冴姫が笑った。
「そのうちに結婚ってなると思うよ」
「偽装でかよ!」
「だって、ずっと一緒にいるんだからしょうがないじゃない」
「俺の真っ当な人生は!」
「今日の話聞いて、そんなのあると思う?」
「欲しいよぉー!」
冴姫が爆笑した。
ショックを受けた俺に、早く夕飯を作れと言う。
そういえば、もう夕方の5時過ぎだ。
冴姫は夕飯は早い時間に食べたいのだと言う。
「平日はしょうがないけどね。でも休日は5時に作って」
「なんで冴姫が決めんだよ!」
「お願い」
「……うん」
冴姫に頼まれると断りたくない。
最初に冴姫を見てから、もう俺はそうなのだ。
こんなことが俺の身に起こるとは思わなかった。
一目惚れなんて。
婚約者と聞いて、明らかに喜ぶ俺がいた。
偽装らしいが。
でも今日、突然現われた美しい冴姫を見て心臓に大きなショックを受けた。
そして冴姫が大きなナイフを振るってドアチェーンを両断したあの光が俺の心に突き刺さった。
狂暴な美しさ。
それが冴姫だった。
婚約や結婚が偽装であっても嬉しかった。
冴姫と一緒にいられるのなら、もうそれでいい。
冴姫が一緒に暮らすと言って、飛び上がりたい程喜ぶ自分を抑えるのに苦労した。
こんなに美人で俺のことを守ってくれると言う冴姫を、好きにならない方がおかしい。
ギャルっぽい所も俺の好みだぁ!




