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雪の惑星(ほし)にて

作者: 空川 億里
掲載日:2026/02/18

 ワームホールを抜けると、そこは雪の惑星だった。キサロ星。この星系の第9番惑星だ。


 キサロ星がめぐる2つの恒星からは、大変遠い距離にある。私の乗った旅客船は、ほとんど客がいなかった。


 キサロが人気の観光地だった頃は地球も含めて銀河系のあちこちから、温泉やウィンタースポーツ目当てに大勢観光客が来たが、例の件以来すっかり今は減っている。


 私は自分の席で中島美嘉という21世紀に活躍した歌手が歌った『雪の華』という歌を聴いていた。


 頭部に埋めこんだナノチップから内耳に直接音楽が流れてくるのだ。


 22世紀の最近の曲も好きだが、前世紀のクラシック音楽も、味わい深い。そもそも最近の流行りの曲は、皆ヴァミュだ。


 ヴァーチャル・ミュージックの略である。音楽を聴くだけではなくナノチップを通じて映像、香り、肌触りをVRで一緒に体感するものだ。


 やがて私の乗りこんだスターシップは、キサロ星の軌道上で停止した。そしてここからマイクロ・ワープで客は地上に降り立つのだ。


 宇宙船内のマイクロ・ワープ室に入った私を含めた乗客は、全部で4人しかいなかった。


 全員が同時に転送され、瞬時に地上のマイクロ・ワープ室に実体化する。キサロ星の重力は1.5Gだ。


 地球の1Gに慣れた身には、見えない重荷を突然背負わされたようなショックを感じた。


 やがてマイクロ・ワープ室のある転送ステーションでもろもろの手続きを終えたのだ。


 手続きの対応をしたのは、ペンギンの姿に似たキサロ星人である。


「これで全ての手続きは完了しました」


 担当者はキサロ語で話したが、私の首にかかったネックレス型の翻訳機が日本語に訳して脳内に送りこんできた。


「ありがとう」


 礼を述べると、私は彼に銀河系共通通貨のギャラクシーでチップを渡す。それがこの惑星の習慣である。


 キサロ人は、一見ペンギンの翼に見える両手の先に左右3本ずつの指がついている。その手で、私の渡したポリマー製の紙幣をつかんだ。


 紙幣には銀河共同体設立の母である地球同盟執政官の顔のホログラムが浮かんでいる。


 電子決済でチップを渡すのも可能だが、キサロではあまり喜ばれない。


 この星独自の通貨もあるが、貨幣価値が低いため、やはり喜ばれなかった。転送ステーションで雪国の格好をレンタルして身につける。


 外に出ると寒いというより『凍れる』と表現した方が良さそうな、氷点下の世界に放り込まれる。


 気温は零下20℃である。空に浮かぶ大小2つの太陽が、わびしい光を放っていた。


 キサロでは、こんな極寒が年間を通じて存在している。キサロが回る2つの太陽からの距離は42億キロ。


 これでも今いる場所は、キサロの赤道上にあるのだ。


 私は予約した旅館に向かう。雪がちらついていたが、地球より重力が大きいので、地面に落下する速度も速い。


 早送りの画像を観ているようだった。凍結した池の上を、白い毛皮に包まれた野生のスケート・ドッグが滑走している。


 スケート・ドッグは地球の犬と似たような姿で、通常は同じように歩くのだが、氷上を移動する際は足の内部に折り込まれたスケート靴の刃のような爪を出す。


 そしてスケート靴で滑るように移動するのだ。


 遠くには、ブラックホール発電所も見えた。


 これは人工的に作られたマイクロ・ブラックホールのエネルギーを使って発電し、生成された電気はワープで地球へ送られて使用されるシステムだ。


 煉瓦造りの旅館に着くとキサロ人の年配の女性が迎えてくれた。館内は、戸外が嘘のように暖かかい。


「よくお越しくださいました」


 量子テレポート通信で宿泊費は払ったが、やはりポリマー製のギャラクシー紙幣でチップを払う。


「あら、悪いですね。お客さん」


 女性の顔が、ほころんだ。


「例の件で最近は、すっかりお客さんが減っちゃいましてね。こうやっていらっしゃるのは本当にありがたいんですよ」


「でも、反対運動の人達は来てるでしょう?」


「確かに来ましたけど、もう帰られましたよ」


「そうでしたか」


「反対される方達の気持ちもわかりますけど、この星には発電所の他に、ろくな産業がないですからね。息子や娘も地球に移住してしまって、ここにはろくに帰りませんし」


 女性の話す通り、大勢の若いキサロ人達が、今は地球に移住していた。彼女の発言通りここにある産業は、限られている。


 地球上で農村から都市部へ人口が流出したように、キサロの人口も激減していた。


 少子化も進んでおり、生まれてくる子供の数も減っている。


 地球人と違い母数が少ないので、やがてキサロ人は絶滅するとも言われていた。


 女性から部屋の鍵のカードを受け取ると、私は自分の部屋に向かう。


 カードを部屋のドア脇にあるカードリーダーに接触させ、中に入った。持ってきたバッグに入れた浴衣を取り出して、それに着替える。


 22世紀の今日、日本人でも浴衣を着る者は減ってしまった。が、私は浴衣が好きなので、持参して旅先で着るのである。


 温泉に向かった。温泉には、海パンで入る。昔の日本では裸で入ったそうだが、今は水着で入るのが一般的だ。


 今の日本は温泉の混浴も禁止になり、電車の車両も男女別になっている。人間の運転手や車掌は乗っておらず自動運転で運行していた。


 電車の混雑も緩和されている。少子化が進んで、日本の人口は5000万まで減ってしまったのも理由の1つだ。


 湯につかると、生まれ変わった気持ちになった。露天風呂からも、ブラックホール発電所が見える。


 それまで再エネと核融合が主流だった発電方法に22世紀になってから、新たにブラックホール発電が加わった。


 当初からこの方法には、懸念が多数寄せられていたのだ。反応炉内のマイクロ・ブラックホールが制御できなくなる可能性があったから。


 そのせいか地球のように人口の多い惑星には建設されず、キサロのような地球人があまり住まず、先住民の数も少ない星に設置された。


 地球に発電所を造り、その場で使えば良いはずなのに、わざわざ電気をワープでキサロから送っているのだ。


 そして地球時間で半年前、ある惑星の発電所内のマイクロ・ブラックホールが突然過剰反応を起こし、制御不能になってしまう。


 小さかったブラックホールのエネルギーは極大化し、惑星そのものを住人ごと飲みこんでしまったのだ。


 この手の発電所は性質上点検のためマイクロ・ブラックホールのエネルギー運動を完全には止められない。


 キサロを含めブラックホール発電所のある星からは大量の住人が、新天地に逃げ出した。


 地球を含め電力をもらっていた惑星は、再エネや核融合など従来のやり方に切り替えたのだ。


 私はこのキサロに2泊3日逗留した。50歳で会社を定年退職した私は、あの件以来ブラックホール発電所を設置した惑星を順ぐりに旅しており、キサロは最後の星である。


 帰りは再び転送ステーションからマイクロ・ワープで、軌道上の宇宙船に移動した。


 スターシップは、ワームホールに向かって推進を開始する。前の座席の背面に設置されたホロテレビのチャンネルをニュースにあわせた。


 音声は指向性スピーカーで流れてくるのでヘッドホンは不要である。しばらくすると緊急ニュースが入った。


 キサロ星のブラックホール発電所の反応炉内のマイクロ・ブラックホールが暴走を始めたそうだ。


 ホロモニターに浮かんだキサロは目の前で一瞬にしてバラバラに砕け散る。この現実を、すぐには受け止められなかった。

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