異世界探偵アンダーソン
「犯人はこの中にいる!!」
そうハッタリをブチかました俺に、その部屋の中のみんなの視線が突き刺さる。
唯一、俺の弟子を名乗る少女だけが目を爛々と輝かせてこちらを見ていた。
なぜこんなことになったのか。
原因は……いわゆる臆病な自尊心、というやつかもしれない。
◆ ◆ ◆
「ふがっ」
目を覚ますと、知らない天井だった。
天井どころか壁も本棚も机も、何一つ見覚えがない。
二日酔いでズキズキと痛む頭を抱えて起き上がる。
えーと、昨日は確か浮気調査中にターゲットに尾行がバレてぶん殴られて、フラフラになりながら帰宅して自棄酒をかっくらって、その後……
「そ、その無精髭……!」
「ん?」
「頬の傷、よれよれのシャツに、穴が空いた靴下……間違いない!」
声がして振り向くと、そこには女の子が立っていた。
半ズボンに猫耳みたいな飾りがついたハンチングとボーイッシュな服装だが、声や体付きから言って女の子で間違いない。年齢はたぶん、10代半ば。
さーっと血の気が引く。
なんで、俺の家に、どう見ても未成年の女の子が。
まずい、まずいまずい、犯罪だ、完全に犯罪の匂いしかしない。
いや待て、ここはそもそも俺の家ではなさそうだし、これにはきっと深い訳が……
混乱している間に、その女の子が俺の手を両手で握って、勢い込んで尋ねてきた。
「名探偵アンダーソン先生、ですね!?」
「はい?」
突如として飛び出した生粋の日本人たる俺には馴染みのない呼び名に、目を瞬く。
いや誰だよ、アンダーソン。
とにかく人違いだし俺は何も法に触れるような行いをしていないだろうなと確認をしようとしたところで、しかし、その動作を止めることになる。
目の前の少女が俺に向かって一冊の本を突きつけてきたからだ。
『名探偵・アンダーソンの事件簿』。
その本のタイトル、表紙、そして著者名。
それを見ると、さっきまで青ざめていた俺の顔面に一気に血が上ってくる。
「この本! ここに出てくるアンダーソン先生と瓜二つですもん!」
「わー!!!!!!!!」
咄嗟に少女の手から本をひったくった。
激務で身体を壊して雑誌記者を辞め、グレーすれすれの取材で培った技術を生かそうと探偵業を始めて早十年。
入院中にあまりに暇だったものだから、自分を主人公にした自伝を書いてみたのだ。
退院後にいろいろな伝手を通して自費出版までしたものの、まぁ普通に売れるはずもなくほとんどの在庫は自宅で眠っている。
それがこの、『名探偵・アンダーソンの事件簿』だ。
浮気調査と婚前調査が依頼の9割を占めていた俺が「名探偵」など呼ばれているはずもなく、ほぼフィクションと脚色で描かれたいわば黒歴史の塊である。特級呪物と言ってもいい。
何故この少女が、これを?
やっぱりここは俺の部屋、なのか?
「もしかしてサインしてくださるんですか!?」
「んなわけある、」
か、と言おうとしたところで、きらきらと目を輝かせる少女の背後で、何かが揺れているのに気が付いた。
ふわふわした、毛の生えた「何か」だ。
視線で辿ると、それは少女の腰のあたりに繋がっていて……まるで。
まるで、狐の尻尾のようだった。
「おまえ、それ」
「申し遅れました!」
少女がはっと気が付いたように帽子を取って、しゃっきり背筋を伸ばす。
その頭上には……三角形の、犬とか猫みたいな動物の耳が、ぴょんと元気に存在を主張している。
「わたしはココ! わたしをあなたの助手にしてください!」
「……耳?」
「はい?」
「狐?」
「はいっ!」
ココと名乗った少女が元気に返事をする。
ぴょこぴょこと揺れる耳と尻尾は、作り物には思えず……それとともに、周囲の情報がやたら鮮明に脳内に入り込んでいる。
蛍光灯でもLEDでもない、石がはめ込まれたランプのようなもの、何語か分からない言語のハードカバーの書物が並んだ本棚、プラでもスチールでもない木製の家具に、全然Y○KAPじゃなさそうな窓枠。
くらり、と脳みそが揺さぶられる。
あれ。これってもしかして……夢?
「大丈夫ですか!? アンダーソン先生! アンダーソン先生!!」
「大丈夫、大丈夫だから連呼しないで」
倒れそうになった頭を抱えてストップをかけた。本名をもじってつけた黒歴史ネームを大きな声で呼ぶのをやめてほしい。
「ここは、異世界」
「はい」
「魔法がある」
「はい」
「獣人もいる」
「はい」
「そんで、俺をお前が召喚した、と」
「はいっ!」
ココと名乗った少女が元気に頷いた。
そんな馬鹿な、と思うが、状況証拠から言ってそれ以外には考えられない。いや、一番ありそうなのは夢オチだが。
話によると少女は召喚魔法を使って、それによって俺が呼び出されたそうだ。彼女が持っていた本は、いつだったかこの世界に紛れ込んで、大ベストセラーになっている伝記だという。
何で売れてるんだよ、俺の自伝(虚偽)が、異世界で。
異世界、俄かには信じがたい話だが……
足元を見ると、何やら魔法陣のようなものが書かれたでかいB紙のようなものが広げてあって、その上に俺が乗っかっている形だ。近くには何やらキラキラした宝石の破片のようなものも落ちていて、いかにも異世界ファンタジー、って感じだ。
「知り合いの魔術師の方に召喚石に似た魔石をもらったので、何人も召喚を試したんですけど……ようやくアンダーソン先生に会えて、安心しました!」
「他にどんな奴が来たの?」
「何だか、急に奥さんの話を始める方とか、肘掛け椅子に座った優しそうなおばあちゃんとか、ヘンテコな帽子を被ったぼさぼさ頭のおじさんとか……よく知らなかったので帰ってもらいました!」
ココの言葉に、あちゃーと額を押さえる。
何で返しちゃうんだよ。
絶対そいつらの方が当たりの名探偵だよ。特徴だけで誰かわかるもん、それ。
「そんなことより先生! 助けてください、事件なんです!」
「いやー、俺はちょっと、そういうのは」
「お姉ちゃんの恋人が倒れているところが見つかったんです! 幸い命に別状はなかったんですけど……殴られて怪我をして、意識もなくて」
しょんぼりと項垂れるココ。
ガチの暴行事件だ。
探偵が刑事事件に携わるなんてミステリ小説かドラマの中だけだ。浮気調査だったら多少力には慣れたかもしれないが、これは探偵の出る幕じゃない。
「悪いけどそういうのは、警察に」
「警察はダメなんです」
ココがぎゅっと、俺の本を抱きしめる。
耳と尻尾もしょんぼりと垂れてしまっているし、伏せられたその大きな瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。。
「お姉ちゃんが容疑者として連れていかれちゃって……でもお姉ちゃんがそんなことするはずがないんです! だから、だから先生」
ココが顔を上げる。眉をキッと上げて、強い意志の滲んだ瞳で俺を見上げてきた。
その表情に、やれやれという気分になって頭を掻く。
こういう家族ものとか人情もの、弱いんだよなぁ。たぶん探偵業で崩壊してる家族を見過ぎたせいで。
「お姉ちゃんの無罪を晴らしてください!! 名探偵アンダーソンの辞書に不可能はない! ですよね!?」
そんなナポレオンみたいなこと書いたっけか、と思いながら、俺は観念してため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「……ここが現場?」
「はい」
ココに案内されて、現場だというホテルの一室にやってきた。被害者が取っていた部屋だ。
今まで遠距離恋愛だったのを、ココの姉に会うために久しぶりにこの街を訪れたのだという。
長期間の滞在予定ではなかったので、被害者がここに泊まっていることを知っている人間がそもそも少ないという話だ。
部屋の中には、特に荒らされた様子はない。警察が書いたのだろう、床に倒れた人型をかたどるような線が引かれていた。
それを見るだけで、被害者はかなり身体が大きかったらしいことが分かる。さっきココに写真を見せてもらったが、なんて言うかこう、すごかった。
異世界ファンタジーって感じだ。
「事件当時、この部屋には内側から鍵がかかっていました。鍵は部屋の中で倒れていた被害者が持っているものだけです。マスターキーはホテルの管理人室で管理されていて、管理人にはアリバイがあります」
「つまり……」
「はい」
俺が言うまでもないという様子で、ココが頷いた。
窓に近づくが、窓にも鍵が掛かっている。しかもかなり小さく、人が出入りできるような大きさではない。
――つまり、この部屋は、密室。
密室での暴行事件。
不可能犯罪、ということか。
窓枠をなぞる俺を見ながら、ココが神妙そうな声を出す。
「アンダーソン先生もお気付き、ですよね。この部屋の窓も、壁も……何故か防犯魔法の魔法陣が全て破壊されているんです」
「ん?」
「ホテルの人もいつからこの状態だったか分からないそうなんですが……防犯魔法が掛かっていなければ、窓からも壁からも、魔法で簡単に出入りできてしまいます」
「んん??」
「つまりこの部屋には、少し魔法の心得がある人間は誰でも出入り自由だったんです!!」
「前提条件が特殊すぎる!!!!!!」
早々に匙を投げ出した。
現代日本の知識で何かしらアドバイスできるかと思って来てみたのに、これは無理だ。
不可能犯罪的なアレではなくて、じゃあ何か?
容疑者が多すぎて困ってる、ってことか?
それで一番動機がありそうなココの姉に疑いの眼差しが向いたと、そういうことなのか?
…………待てよ?
「容疑者って、お前の姉さん以外に誰がいたんだ?」
「ホテルのお客さん、ですね。その中でも被害者と関わりのあった人は2人いて……今回被害者と会うためにやってきた、わたしたちの叔母のモモおばさんと、お姉ちゃんの学費を支援してくれた魔術師のレイモンド様……それと、ホテルの管理人さんと、ホテルに被害者が歩く音がうるさいってクレームを入れていた1階のお客さんも、お姉ちゃんと一緒に話を聞かれてました」
なるほど。
これは――もしかすると、もしかするのか?
「ココ。警察と関係者を集めてくれ」
「犯人が分かった、かもしれない」
◆ ◆ ◆
「突然呼び出して、どういうつもりかな。僕はルルさんやココさんとは面識はあるけれど……被害者とは会ったこともない。これ以上話せることはないと思うよ」
「あたしだってそうよ! ドシドシ歩いてうるさかったからフロントに文句は言ったけど、顔も見たことない相手だわ!」
「ほ、ホテルとしても、このような事件には迷惑をしていて……十分に協力はさせていただきますから、どうかここで騒ぐのは……!」
「犯人はこの中にいる!!」
突然声を上げた俺に、部屋中の視線が集まる。
いや、人生で一回言ってみたかっただけ、なんだけど。
ココがとんでもなくキラキラした目でこっちを見ていたが、正直キツい。羞恥心が勝っている。これが尊大な羞恥心か。
「……かも、しれない」
「かもって何よ」
ぽつりと付け足した俺の言葉を、気の強そうな女が咎める。さっきクレームを入れたと言っていた女だ。
「探偵だか何だか知らないけど……犯人はその獣人の女でしょ!? 無駄なことに付き合わせないで!」
「どうせ痴情のもつれってやつだろう。男の意識が戻ればどのみちお縄なんだ、さっさと白状した方が罪が軽くなると思うがね」
気の強そうな女と、でっぷり太った警官が言う。
若い警官に拘束された狐耳の女性――おそらくこれがココの姉さんだろう――が、顔を上げて、涙を浮かべて悲痛な叫びを上げる。
「違うわ! 私はそんなことしてない!!」
「ルルちゃん、落ち着いて」
「ルルさんがそんなことをするはずがないだろう! ルルさん、安心してください、僕が必ずあなたの無実を証明して差し上げますから!!」
「レイモンド様……!」
「まぁまぁ、詳しい話は署でたぁーっぷり聞いてやるよ。アンタ美人だしなぁ」
「ひっ……」
そのやり取りを黙って見ていた俺は、隣で唇を噛んでいるココを見下ろした。
そして、小声でそっと問いかける。
「この中で一番魔法の扱いがうまいのは?」
「それは、レイモンド様ですよ! なんたって一級魔術師ですから! 慈善事業にも力を入れてて、獣人の子にも教育支援を」
「じゃあアンタだ、犯人。お巡りさんコイツです」
その場に沈黙が満ちた。
びしっと大仰に指さすでもなく、ただそう告げた俺に視線が集まり……それが、レイモンドなる男に向けられていく。
「……………………は?」
レイモンドが、ひくりと頬を引きつらせた。
「考えてもみろよ。もしこの部屋の魔法陣が破壊されてなかったら、被害者を襲えたのは誰になる?」
「え? そりゃ、この中ではレイモンド様ぐらいでしょう。外から防犯魔法を解除するのは魔術師だって相当難しいんですから」
俺の問いかけに、若い警察官があっけらかんと答えた。
「じゃあ、この部屋が誰でも出入り自由になったから、容疑者がこれだけ増えた訳だ」
「何が言いたい?」
「防犯魔法がなくなって、得をしたのは誰かって話をしてるんだ。だって部屋の中に入ってから魔法陣を破壊したって、何の意味もないだろ?」
レイモンドの問いかけに、俺は当たり前だとでも言うように淡々と答える。
浮気調査と身辺調査で鍛えた勘が十中八九こいつだと告げているが、証拠はない。先ほどの「犯人はこの中にいる!!」だってハッタリだ。
何か尻尾を掴むための、材料がほしい。
それにはできるだけコイツに、疑いの目が向くように仕向けることだ。
人間は焦ると隙が出て、ことを仕損じやすくなる。こいつをいかに焦らせてぼろを出させるか。
それこそが、俺の仕事だ。
ハッタリだと勘づかれないように、堂々と、そして飄々とした風に言葉を続ける。
「防犯魔法がないおかげで、アンタは疑いの目が向けられにくくなった。そうだろ?」
「そ、そんなもの詭弁だ! 防犯魔法がなかったからこそ、他の人間が部屋に入るチャンスが出来た! それであの女は殴られたんだ!」
「え、」
「あの『女』?」
掴んだ。
その言葉尻を聞き逃さない。
俺以外にも疑問に思ったのだろう。クレーマー女性は驚いた顔をしていた。
ドシドシうるさいって言ってたもんな。そこに来て、獣人女性の恋人。
そりゃあ――部屋にいるのは「男」だと思うだろうな。
「おかしなことを言うんだな。ルルさんは女性だ。その恋人がなぜ、女性だと?」
「それは、」
太った警官が手に持っていた調査資料から、被害者の写真を抜き出す。
それをレイモンドの目の前でヒラヒラと振ってみせた。
「相手は竜人族だぞ? 俺には見ただけじゃ男か女かさっぱり――」
「そ、そんなもの、声を聞けば分かるに決まって――」
「面識ないって言ってたよな? 被害者の声をいつ聞いたんだ?」
レイモンドが黙った。
太った警官が、ぬっと俺の隣に並んで、レイモンドを見下ろす。
「当ててやろうか? アンタが被害者を襲った時だよ」
レイモンドの顔が青白くなっていく。
「魔術師レイモンド。署までご同行願えますね?」
警官の言葉に、レイモンドはがっくりと膝をついた。
◆ ◆ ◆
「レイモンド様のお部屋に、お姉ちゃんの写真がたくさん貼ってあったらしいです。それに盗聴魔法の形跡や、今回の魔法陣の壊し方を調べていたこともわかって……本人も犯行を認めたって」
「本当に、ありがとうございました!」
「いやいや、まぐれですって、マグレ」
捜査結果を伝えるココと、頭を下げるお姉さん――ルルさんに応じる。
本当にマグレだしはったりだ。
あの場でレイモンドと対峙して、完全に「ストーカー」の顔をしていたのを見て確信しただけだ。無事に捕まって自供まで取れたのは警察の手柄であって、俺の手柄じゃない。
こちらはどちらかというと、暴行事件を解決したというより――ストーカー被害の調査をしたという感覚だ。
ただ――まぁ、数少ない俺の自伝の読者に、いいとこ見せられたっていうなら、そう悪くはなかったと思っている。
これで名探偵アンダーソンも、晴れてお役御免というわけだ。成仏してほしい。家に戻ったら在庫をちゃんとお焚き上げしてもらおう。
「それじゃ、一件落着ってことで、俺のこと帰してくれる?」
「え?」
「え??」
ココにそう頼んだところ、ココはきょとんとした顔で俺を見上げた。
思わず俺まで「え??」が出てしまった。
ココは気まずそうに視線を俺から反らすと、人差し指と人差し指をつんつんと突き合わせながら、もごもごボソボソと告げる。
「じ、実は……召喚石、アンダーソン先生の召喚に使ったのが最後の一個で」
「は?」
「もとはお姉ちゃんがレイモンド様から卒業祝いにもらったアクセサリで、そもそも試作品の人工魔石で……本物の召喚石はその……1000万ゴルドくらいするので」
「レイモンド、って」
警察にドナドナされていったストーカー男の顔が思い浮かぶ。
あいつ、あいつだったのか……俺をこの世界に呼んだ石の制作者は……!!
ていうか、試作品って。もしかしてそれで、物語の名探偵ばっか呼び出されてたのか?
俺はたまたま――実物が現存していたために、こんなことに?
わなわなと震える指を抑えつつ、問いかける。
「いっせんまん、って、どのくらい?」
「わ、私のお給料三年分くらい、でしょうか」
ルルさんが震える声で答えた。
ああ、そう。
そうかぁ。
一千万円くらい、かぁ。
呆然とする俺に、ルルさんが慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 必ずお金を貯めてお返しします!」
「お姉ちゃん、心配ないよ! アンダーソン先生なら大丈夫!」
「え?」
ルルさんの謝罪を遮ったのは、こともあろうにココだった。
お前、今一番謝んないといけないのお前じゃない!!??
だいじょばない、全然だいじょばないんだけど!!??
文句を言おうにも言いたいことがありすぎて言葉に詰まってしまった俺を前に、ココがえっへんと得意げに胸を張る。
「今回みたいに依頼をずばーっと解決すれば依頼料と成功報酬でガッポガッポ! だもん!」
「ちょっと、ココ!」
「義を見てせざるは勇無きなり! 名探偵アンダーソンの言葉です! わたしも助手として! そう! 名探偵の助手としてお手伝いしますから! 帰りたいならこれが一番早いですよ! 先生!!」
「ああもう、すみません、アンダーソン先生! もう、ココったら! 反省しなさい!!」
俺が怒るまでもなく、姉に怒られるココ。
その姿を見て、何だか力が抜けて行った。
まぁ、誰か帰りを待ってくれる人がいるわけでもなし、急いで戻る必要もないのか。
……向こうの世界で俺が死体になってない限りは。さすがに床の染みにはなりたくないが、……それだと今帰ったとしても手遅れなのか。
まさか本当にルルさんだけに働かせるわけにもいかない。俺にも幾許かの良心というものはある。
ココがしたことなんだから、本人にも手伝わせるのが教育上も正解だろう。
探偵業でその日暮らし。結局元の世界でもこっちの世界でも、たいして変わらない暮らしになりそうだ。
それなら――どうせなら、俺を名探偵と信じてくれるやつがいるところで、働いてみるのもいいかもしれない。
そう自分の中で折り合いをつけて、ルルさんにゲンコツを食らっているココに向かって声を掛けた。
「…………猫探しの依頼とか、ある?」




