年賀状お届けします、自転車で。
「なろうラジオ大賞7」応募作品です。
エッセイです。
学生時代の話。
部活もやりたいがバイトもしたい私は、専ら短期バイトばかりしていた。
その短期バイトは自分で見つけるわけではなく、ほとんどが友達に誘われたものばかりだった。
人間、強く〇〇したい!と望めば、自ずと近づいてくるものだとその時は思っていたが、今は友達に恵まれていたんだと思う。
年末年始は神社の巫女さんのアルバイトと郵便局の仕分けのアルバイトを掛け持ちしていた。
私の頭の中では仕分けは年末の仕事で巫女さんは年始の仕事と考えていたが甘かった。
後で苦労することに。
年末年始はダブルワークでもともとない予定が更に消えた。
まず郵便局では思わぬ誤算があった。
仕分けの仕事は足りていると言われ、運動部で体力がありそうという基準で配達に回ることになった。
配達ルートは元旦までに覚えるようにと1枚の地図が渡される。
そして、1週間ほど配達ルートを時々配達員と回って確かめて覚えていく。
「一応、女の子だから人が多い商店街回ってもらった方が安心かな」と言われて、その時は「はい!」と答えたが、元旦当日は商店街は女の子にはキツイと言ってあげたいくらい過酷だった。
大晦日から元旦は寝ずに巫女さんの仕事をして、そのまま配達の仕事へ。
当時、住んでいたところは滅多に雪が降らない。
しかし、元旦当日は雪がたくさん降った。
普段降らない雪に自転車を転ばせながら私は配達をした。
商店街の年賀状はヤバイ。
紙は集まるとこんなに重くなるものなのか、私の想像を超える年賀状の束に苦戦した。
厚さ20㎝くらいの年賀状の束をポストに入れていく。
厚くて入らない時はピンポンを押して直接渡して行った。
眠い、年賀状重い、雪で滑るを繰り返した。
無事、年賀状を届け終わりホッとした。
誰かが誰かのために書いたものが届くことにすごく安心した。
それがただの大量印刷された年賀状でも、届けることができた達成感に満ちていた。
そして泥のように眠った。
後にも先にもこれ以上に泥のように眠ったことはない。
寝ないで働くのは体に良くないと学んだから。
アルバイトで貯めたお金で買ったMDのウォークマン。
MDには好きな音楽を詰め込んで、それだけを持って私はどこまでも突き進んで行った。
若いとはそれだけで充分な財産だったなと思う。
学生時代のバイト。
寿司屋さんのレジ、コンビニのレジ、おせち詰め、神社の巫女さん、郵便局の配達…
いろいろやったな。懐かしい。
部活、バイト、勉強、遊び、詰め込みすぎてたな。




