Beast Rage 4
真上に上った太陽が僕達を照らしている。少し暑く感じる風はリアルそのもので、僕はここが作られた世界だということをつい忘れてしまう。
こうして、この世界のリアルさを再確認する度に、僕が永野裕也という一人の人間じゃなく、ユウという一人の冒険者であるという感覚が芽生えてくる。
僕の隣で真剣な面持ちで商品を物色している青い髪の女の子。現実ではありえないくらいに整った容姿。こんな子が僕の隣にいるということも現実ではありえない。この世界は、本当に面白い。
思わず笑みがこぼれる。
「むっ。何笑ってるの!」
「ああ、いやごめん! 続けていいよ」
「ユウが《鑑識眼》取ってないから私がこうして見てあげてるっていうのに……」
「ごめん……やっぱり取ろうかな。経験値ならいくらかあるし」
「当分は私と組むんだからそれだと経験値勿体ないでしょ! それならレベル上げるために取っておいて」
「う、うん。そうだね」
僕は何も考えずにキャラクター作成の時に戦闘スキルの中からスキルを選んで取得した。他にもMWOには汎用、魔術、生産というカテゴリのスキルもあるのにだ。その中でも、今アクアが使用している《鑑識眼》というスキルは、使用することによって、焦点を合わせたアイテムの詳細をメッセージウィンドウで見ることができるというスキルだ。ただし、使用している間は少しずつMPを消費していく上に、自分のレベルより高いレベルのアイテムは詳細どころかアイテム名すら見ることができないようだ。
あの後、ドムから貰ったお金で少しでもいい装備を揃えようと、村の武器屋に足を運んだのだった。
《鑑識眼》で僕の装備を見たらしいアクアは、一瞬呆然として、まずは僕の装備を整えようと提案してきたんだ。
「この村には製鉄技術がないのかな? 石器みたいな武器しか置いてないね……でもユウの剣よりマシな性能……」
ブツブツといることいらないことを呟くアクア。店主のゴツい男が不機嫌そうな顔で睨んでいるが、アクアは気にしていない。
「あ、これなんかいいんじゃない? 『オブシディアンソード』だって! ユウのその『ナマクラブレード』より一回りも二回りもいい性能!」
「は、恥ずかしいから僕の剣のこと言わないでよ……。
でもそれ、不思議な剣だね? 何の石だろ」
「黒曜石でできた剣、って書いてある。攻撃力が8/1/6」
「見た目通り打撃が弱いみたいだね」
僕には見えないが、アクアが言うには、武器には三種類の攻撃力が設定されていて、それぞれ斬撃、打撃、刺突、と分かれているらしい。攻撃の方法によって、使用する攻撃力が変わるみたいだ。ちなみに僕の剣の攻撃力は1/3/1だった。
「でも耐久力が少し低いね。あと修理不可属性もついてるし……」
そして、武器に限らず全ての装備可能アイテムに共通したステータスがある。それが、耐久力だ。
アイテムは使用していくことで耐久力が減少していく。つまり、アイテムのHPだ。耐久力が0になってしまうと、修理しないとそのアイテムは使えなくなる。そして中には修理不可という属性がついているアイテムがあり、そういったアイテムは必然的に耐久力が0になった時点で使えなくなるのだ。
「あれっ」
一本の剣を鞘から抜いて、驚いた顔をするアクア。
銀色の刀身が、鞘から顔を出している。
「アクア、それ金属?」
「そうみたい。あれっ、鑑識できない! レベルが2以上の武器みたい……」
「この店だと一番良さそうな剣だね。ちょっとアクアそれ貸して」
「はいっ」
アクアに手渡された剣を握り、ステータスウィンドウを開く。もしこの剣がレベル2の剣だったら、僕のステータスは武器攻撃力の上昇分が含まれることになる。MWOでは、装備可能な武器はイコールでウェポンマスタリのレベル以下の武器ということになる。僕のウェポンマスタリ:剣はレベル1だけど、純血種のスキル《オールラウンド》の効果でウェポンマスタリがレベル2と同じ効果を持っているため、レベル2までの剣なら装備できるのだ。
そして僕のステータスウィンドウには、攻撃力が跳ね上がった数値が表示されていた。装備可能条件を満たしていない武器の場合、装備したとしてもステータスの変動はない。つまり、この剣はレベル2だということだ。
「凄いよアクア! この剣、逆算して攻撃力が12/5/9もある!」
「えっ、凄い! おじさん、この剣いくら?」
少し得意そうな顔になっていた武器屋の親父が、口を開く。
「1200Gだ」
「うわっ、いくらなんでも高いよ!」
「あのなぁ。その剣は山を越えた先にある町から仕入れたモンなんだぜ? 安値で売れるはずがねぇだろ」
「うーん……」
僕達が持っているゴールドはドムから貰った1000Gと、盗賊を倒した時に手に入れた180Gだけ。あわせても1200Gには届かない。
「諦めようよ、アクア。僕は当分この剣でいいよ」
ぽんっ、と自分の腰に提げられたナマクラブレードを叩く。
「あっ」
アクアは何か思いついたような顔で、僕のベルトに付けられたナマクラブレードを凄まじい速度で外すと、それを武器屋の親父に見せる。
「これ、いくらで買い取る?」
「ちょ、ちょっとアクア!」
「見せてみな」
親父はナマクラブレードを受け取ると、それを鞘から抜いて品定めするように見つめる。
「ごみのような代物だが、それでも金属器だ。この村にとっては喉から手が出るほど欲しいことは確か。そうだな……50Gでどうだ?」
「もうちょい!」
「50以上は上げられん。どうする?」
「むぅ、じゃあそれで」
「分かった」
親父は腰の金貨袋から銅貨を五枚出し、アクアに手渡した。
僕のナマクラブレードは銅貨五枚に早変わりしてしまった!
「じゃあおじさん、これちょうだい! 1200Gでしょ!」
「毎度」
親父はアクアから1200Gを受け取ると、他の商品とは比べ物にならないほどしっかりとした作りの剣をアクアに手渡した。
「はいっ、これ」
「あ、ありがと」
僕はそのずっしりと重い剣を受け取り、軽くなった腰のベルトに鞘ごと固定する。ナマクラブレードより遥かに重く、刀身も長くなっている。革と木で作られた本格的な鞘に、グリップも革で柄がしっかりとしている。柄を入れた全体的な長さが大体60cmくらいだ。
満足顔のアクアの後ろについていく形で、僕達は武器屋を出た。
また満点の太陽の下を歩く。
村は活気に溢れていて、とても暖かい雰囲気だ。
「それじゃ、いこっか!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。準備どかどうするのさ」
「準備?」
「うん。そこそこ距離はあるんでしょ? ほら、食料とか、水とか。僕もアクアもバッグすら持ってないしさ」
しまった、と言いたげな顔でアクアはぴたりと足を止めた。
アクアは急いで金貨袋の中身を確認する。
「銅貨が三枚!」
「30Gで何か買えるかな……」
「水筒だけでも買っておけば平気でしょ!」
「そんな遠足みたいな感じでいいの!?」
「平気だって!」
アクアと僕は、村の暖かさとは正反対の財布の寒さを感じつつ、雑貨屋へ向かったのだった。
ホームメイドな雰囲気の雑貨屋。店主は若い女性で、とても優しそうだった。だけど口が裂けても恵んでくださいだなんて言えない。僕にだって人としてのプライドはある。
「ねぇねぇ、何か恵んで!」
「うっ、うわぁ! 何言ってるのアクア!」
「うふふ、いらっしゃい若い人。これぐらいなら恵んであげるわよ」
くすくすと優しい笑みを浮かべながら、アクアに一枚の紙切れを渡す女性。
「やった! 割引券貰ったよユウ!」
「よ、よかったね」
滅茶苦茶商売上手な女性だった!
アクアは楽しげに商品棚を物色する。
「これいくらー?」
木製の少し大きめな水筒をカウンターに持っていくアクア。
「65Gよ~」
「うわ高っ!」
僕は何かを確信してアクアの両肩を掴んで、店から早々に退出した。
また来てね~と手を振る店主さんに見送られながら、扉を開けて外へ。
「アクア、僕分かったんだ」
「なになに?」
「1g=30yenの式が僕の頭の中で構成されたんだよ!」
「えっ、何それ」
「あんまりメタなこと言いたくないんだけど……この世界の1ゴールドは僕達の世界での30円くらいに相当するんじゃないかって」
「うーん? さっきの水筒は65Gだから30×65で1950……消費税が乗ると考えたら2000円以上。
この村なら確かにそうかも? 結構その式はいいセンいってるんじゃないかなー」
「この剣にしたって、今の計算だと36000円。僕達の世界でこんなしっかりした剣ならもっとしてもおかしくないけど、でも大体それくらいだと思うんだ」
「うんうん」
関心した風に頷くアクア。
そして僕自身も恐れていた一言。
「つまりさ、アクア。僕達は今900円しか持ってないんだよ」
「900円、900円……。ええと、何買おっか」
「食料を買うにしても、そもそもバッグとかリュックの類がないからね……。本当にどうしようか」
しんみりとした空気になる。どこの世界でもお金は重要なものらしい。
「あ、じゃあ買いたいものがあるんだ! 絶対必要になるから!」
「ん、じゃあそれ見に行こう」
「うん!」
アクアは僕の手を引っ張って、再び雑貨屋の扉を開けたのだった。
「えっ?」
からん、と綺麗な鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい若い人。忘れ物でもしたのかしら?」
うふふ、と笑う店主。
「おねーさん、シーフツールない!?」
カウンターの木製の机をだんっ、と叩くアクア。店主は小さく首を傾げて、
「シーフツール?」
「うっ」
綺麗な目で「なぁにそれ」と語る店主。アクアはひるんだように続ける。
「じゃ、じゃあ針金でいいや……。30Gで、買えるだけ」
「変な物欲しがるのね」
くすくす、と笑うと、店主はカウンターの奥の戸棚を漁り、戻ってくる。
「こんなのしかないけど、欲しいならあげるわよ~」
四本の針金をカウンターに置く店主。そこそこ太さのある、頑丈そうな針金だ。
「わぁっ、いいの? ありがとう!」
針金を手に取り、ベルトに一本ずつ挿していくアクア。
「またいらしてね~」
「うん!」
商売上手な人だった!
僕はまた、満足顔のアクアに手を引かれて店を飛び出した。
陽は若干傾いて、少しばかり涼しくなってきた。
結局残りの30Gは貯めておくことになり、僕達は日が暮れる前に村を出ることにした。
「ねぇ、さっきの針金、何に使うの?」
「これ? そうだねぇ、私が何のスキルを取ったか、ユウは分かる?」
ベルトに挿された四本の針金を指し、じっとこっちを見つめる。
「えっ? ええと、なんだろう。ウェポンマスタリと、生産、とか?」
「ブー。私はウェポンマスタリすらないよー。私の宝鍵はレベル0の武器だからマスタリなくても装備できるの!
それはそれとして、私のスキルは全部汎用カテゴリのスキルなんだ。だから戦闘は他の人に任せる形になっちゃうね」
そういえば、アクアが着ている服は僕のような鎧でもなく、短剣も見た目だけはいたって普通の代物だ。何か特徴があるわけでもなく、戦闘ができるようにはとても見えない。
「なんていうスキルを取ったの?」
「《シーフスキル》に《スカウト&レンジャースキル》っていうマスタリに、あとは《鑑識眼》と《トラップ探知》《トラップ解除》だね」
どれもが僕の想像とかけ離れたスキルであり、とても魅力的な響きを持つスキル郡だった。
「あれ、じゃあアクアはその……盗賊? なの?」
「むっ。盗賊と一緒にしないでよ! 私は探検家としての訓練を受けてただけなんだから!」
「ご、ごめん。でも凄いなぁ、そういうの」
僕が関心した風に言うと、アクアはまんざらでもない顔で、
「まぁ、冒険を戦闘だけだと思ってる戦士さんとは違うからねっ」
「それって僕のこと? 僕は──」
つい、知っていることを口に出しそうになる。いけない、僕は記憶を失くしているんだった。
「僕は?」
「いや、やっぱりなんでもない。今何か思い出しかけたんだよ」
「そういえばユウは記憶喪失だったっけ。大変だね……。昔は兵士さんだったりね」
あはは、と笑いながら、村の道を抜ける。
やがて、昨日アクアと出会った川の道に出る。そのまま道を進み、段々と斜面になってきた獣道へと足を踏み入れる。
「ここから長そうだね」
「うん。半日くらい走ったとこだったからね。頑張っていこ!」
二人で森の道を歩く。
僕達の冒険は、ここから始ったのかもしれない。
・Skill information
《鑑識眼》 Activeskill/汎用
射程:視界
コスト:0.1/1sec.
使用中、(SL)レベルまでのアイテムの名称、能力、解説を参照することができる。
《オールラウンド》 Passiveskill/種族(純血種)
※メイキング時に強制取得
取得している《ウェポンマスタリ》《アーマメントマスタリ》と名のつくスキル全てのSLを+1して扱う。
《シーフスキル》 Passiveskill/汎用
Agi,Dexを+(SL×8)。
《トラップ探知》《トラップ解除》の判定に+(SL×10)。
《スカウト&レンジャースキル》 Passiveskill/汎用
Agi,Dex,Luckを+(SL×6)。
Senを+SL。
《トラップ探知》 Passiveskill/汎用
視界内にある(SL)レベルまでのトラップを看破する。
《トラップ解除》 Activeskill/汎用
射程:至近
コスト:4MP
(Dex+SL×8+修正値)で対象のトラップを解除する。