Beast Rage 2
『ようこそ、ユウ。オーヴィエルへようこそ』
機械の音声ということを感じさせない柔らかさでシステム音声が再生され、僕は再びオーヴィエルの地へと降り立った。
目を開けると、そこはフェネオネの宿屋。僕、ユウが最後にいた場所だ。
外は暗くなっている。
「ここにも夜はあるんだ……。凄いや」
窓の外から見える幻想的な夜の村の風景に感動する。僅かな月光と、不思議な光を放つ虫達だけが夜の景色を彩っている。
僕はベッドから飛び降りると、いてもたってもいられなくなって宿屋を飛び出した。
村は寝静まっていて、今が真夜中だということが分かる。僕がこの世界に降り立った時間がたまたま夜だったのか、これがイベントなのかは僕には分からないが、今この世界は夜だということだけで、僕には十分な刺激だった。
僕はまるで現実のように、喉が渇いていた。
水を求め、村の川まで足を運ぶ。
薄暗い村の路地を進む。アスファルトではない、むき出しの地面を。
いくつかの路地を越えた先に、その川はあった。
蛍のように光を放つ虫が飛び交っている。
僕はその光を映す川に宝物のように手を入れて、水をすくって飲んでみた。
「──おいしい」
とてもこれがゲームの中とは思えない。そう、第二世界というのは伊達ではなかったんだ。
しばらくそうして川の水を飲んでいると、上流から何か小さい棒のような物が流れてきた。
不思議な模様が描かれた棒に見えるそれは、拾い上げてよくよく見てみると小さな剣の鞘だった。小さいとは言っても、短剣ほどのサイズだ。
僕はそれを持ち、上流へと歩いた。
村の入り口である森とは反対側、山のほうへ。
このフェネオネの村は山に囲まれている。入り口も森があるので、外敵の侵入には強そうだ。
雑草の生い茂った道をしばらく歩いていると、がさっ、と草を掻き分ける音がした。
僕は咄嗟に腰にかけてある剣に手をかけ、様子を窺った。こんな暗い時にもしモネトみたいなモンスターがでたら僕に勝てるのだろうか?
がさがさと音は続き、次第にこちらに迫ってくる。大分距離があったのが、今では数mほどの距離しかないように思える。
早鳴る鼓動を抑えながら、剣を抜いて構えた。
「誰! 出てきてよ!」
震えた声で叫ぶ。
「え……」
すると、草の中から顔が一つ。ひょっこりと出てきた。
「うわっ!?」
青い髪に、青い瞳。頭には兎のそれとよく似た耳。しかも人間と同じ位置にもしっかりと耳がある。どっちが本物なのだろう。
暗くてよく見えないが、とても涼しげというか寒そうな格好をしている。包帯のようなものを胸に巻き、短パンをはいている。女の子だとは思うが、あんまりにもその、スレンダーというか、まな板に包帯を巻いたような……。
そして、名前は表示されていない。PCなんだろう。
「よかった、人がいたぁ……! ほんっとに悪いんだけど、助けて!」
「え、え?」
戸惑う僕にさらに押し込むように、
「私、今盗賊団に追われてるの。掴まったら殺されちゃう!」
「あ、あの。僕はそんなに強くないんだよ──って、今盗賊団って言った!?」
「う、うん。そうなんだよ」
昨日、村長のドムが言っていたことを思い出す。
盗賊団にバレないようにここで過ごしている、と。もしこの女の子が偶然ここに逃げ込んだとして、それを追って盗賊団が来たらどうなるだろうか。女の子が逃げられたとしても、村はタダでは済まないだろう。
「分かった。全員やっつけよう。この村は盗賊団に見つかっちゃいけないんだ。
僕はその、凄く弱いんだけど、だから、よかったら君と一緒に戦いたい」
「…………わぁっ!」
女の子はその場でぴょんと跳ね上がると、一人で空中ハイタッチという器用なことをやってのけた。
「えっ、何!」
「いや、凄い嬉しくて! 私はアクア。よろしくね!」
「僕はユウ。よろしく、アクア」
会話をしている間にも、遠くから草木を掻き分ける音がする。足音などから察するに、3,4人はいるんじゃないかな……。
「そろそろ来るね」
僕がそんな分かりきったことを言った時、目の前にメッセージウィンドウが現れた。
『スキルは使いこなしていますか?
戦闘時に使用することのできるスキルはクイック、ユーズ(戦闘)またはユーズ(制限無し)のスキルです。
頭の中でスキル名を唱えることでスキルは使用することができます。
試しに《バッシュ》を使用してみましょう』
「来るよ、ユウ」
「う、うん」
頭の中でバッシュ、と唱える。
すると、構えた貧相な剣がオレンジ色の光に光り輝いた。
「わ、凄い……!」
アクアが感動したように声をあげる。僕も正直感動していた。
再び剣を構え、アクアの前に立ちはだかるようにポジションを取ったところで、三人の柄の悪そうな男が現れた。彼らはぼろい衣服を身に纏い、手にはまるで獣のように鋭い爪が生えている。
「さぁ、鍵を渡して貰おうか小娘ェ」
げひひ、と下品な笑みを浮かべる盗賊団員。アクアは彼らを睨み、その手に持った短剣を強く握り締めた。
「あんた達なんかに渡さないんだから!」
僕はアクアと共に、盗賊団員に突進した。
地面を蹴り出し、一気に跳躍した──僕の前を凄まじいスピードで跳躍し、盗賊団員に先制で蹴りをかましたアクアが視界に入った。一体何が……。
アクアは蹴りの反動で空中に高く跳び、それこそ3~4mくらいの高さまで跳躍し、僕の後ろに戻ってきた。
僕は跳躍の勢いを殺しきれずに盗賊団員に突っ込む形となる。盗賊団員がニヤリと笑うが、これはまだ想定内だ。僕は左手の盾を突き出し、盗賊団員の爪を弾く。今回はダメージにならない。そのままの勢いでバッシュの効果が乗った剣を叩き込んだ。
オレンジ色のフラッシュエフェクトが斬撃の軌跡に現れ、派手な光と音と共に盗賊団員を吹き飛ばした。
「おおっ! かっこいいよユウ!」
盗賊団員は吹き飛ばされた衝撃で木に叩きつけられ、消滅した。残る二人は未だに戦意を失っていないようで、こちらに爪を向けながら飛び込んできた。
「アクアッ!」
振り返ると、そこにアクアはいなかった。遥か上空に跳躍して逃げていた。
「えっ、えぇ~!?」
結果的に僕が二人を捌かなくてはいけなくなる。
片方の爪を盾で受け止め、もう片方を剣でなんとかしのぐ。しかし、爪が長いせいで剣で受け止めたほうの爪がじりじりと腕を切り裂いていく。僕のHPゲージがじわじわと減少していくのが見える。
二人を受け止めている間に、アクアは落下してきていた。
にっ、と月明かりに映える笑顔を浮かべ、短剣を振り下ろしながら落下。僕に爪を突き立てていた盗賊の首筋に深々と突き刺した。
「ぐおぅっ」
空中からの不意打ちに対応しきれずに、盗賊はその場に倒れ臥し、消滅。
僕の盾に爪を突き立てていた盗賊は仲間が二人もやられた事実に驚き、逃走を図ろうとした。
しかし、
「アクア、先回り!」
「おっけー!」
すたんっ、とアクアが跳躍し、盗賊の真正面に立ちふさがるようにして着地した。
僕はバッシュを発動し、剣を構えて特攻。
「この村の場所がバレちゃまずいから、ごめん!」
袈裟に斬りつけ、クリーンヒット。一撃で盗賊は消滅した。
「ふう」
剣を鞘にしまう。
視界の端には<GET Exp+450 / 90G>という表示が。
「いやったー!」
ぴょんっ、と超人的な跳躍力で跳ぶと、アクアは一人ハイタッチをしていた。
僕にとってのはじめての協力戦闘、途中で心が躍っていた。ユウが僕になった感覚というか、僕がユウになったみたいな錯角がどうしようもなく心地よかった。
「ねぇ、アクア。どうしてあんなに高くジャンプできるの?」
「ん、私は獣人種の兎族だからね。種族スキルで跳躍力が滅茶苦茶上がってるんだよ」
「へぇ……。種族スキルっていうと?」
「ほら、キャラクター作成の時に表示されてたと思うけど……。ユウは純血種だよね?」
「うん」
「なら、ユウはオールラウンドっていうスキルを持ってると思うんだ。確か、ウェポンマスタリ系のスキルレベルを+1、だったかな。武器の扱いに優れている種族ってことらしいよ」
ふふっ、と知識自慢をする子供のようにない胸を反らして得意げなアクア。
「なるほど、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、あんまりメタなこと言うのはやめよっか! 興醒めしちゃうしねー」
「あはは、確かにそうかも」
笑いあう僕達を、とっても眩しい朝日が照らしだした。
オーヴィエルの朝日は、感動するくらいに、綺麗だった。
・Skill information
《バッシュ》 Activeskill/戦闘
射程:武器(付与型)
コスト:3MP
次に行う白兵武器攻撃のダメージを+(使用している武器の打撃攻撃力)。
1ラウンドに(SL+1)回まで。
《メルア》 Passiveskill/種族(獣人種・兎)
※メイキング時に強制取得
【跳躍力】を+(CL×5)。
あなたが受ける落下による物理ダメージを-(CL×3)。