Dari'hates 3
オーヴィエル正暦二万二千十年イジェスタの月二日。
ダリヘイツ帝国がルディオに対し正式に宣戦布告。
この情報は瞬く間にローグ大陸全土に知れ渡ることとなった。
数多くの冒険者達は両国から離れ、あるいはどちらかの国を支持し、報酬目当てに一時的に傭兵として戦ったりなど、様々な反応を見せている。
宣戦布告がなされた瞬間に、ルディオでは狼煙があがった。これは、帝国の西門に潜伏していた特務騎士団に向けたものだ。特務騎士団の団員はこれを確認することで戦争状態になったことを確認すると、速やかに帝国への侵入を果たし、各自の任務を遂行する。
「こっちだ! 急げ!」
光一が慣れた足取りで城までの道のりを案内してくれる。
町人達の姿は既になく、避難しているようだ。また、帝国の特殊騎士団は既に南門からルディオへ向けて兵を進めているので、僕達が奇襲を開始したのは西門からというわけだ。
なずなと"硝煙"は西門からかなり離れた距離にある東区へと移動中。特務騎士団団長がいるのだから、危険はないと思うが──。
こちらの行動班は僕とリース、そして"干渉"坂井光一の三人。
任務内容は、現帝国王の確保、そしてルディオ王女代理として、不可侵条約を締結すること。この王女代理というのが、今の僕だ。僕の首元には今、ルディオの正式な王族血統者であることを表す首飾りが光っている。
帝国の街並は、とても冷ややかだ。
煉瓦造りだが色合いというものは考えられておらず、一面灰色や黒で染められている。見れば構造自体もどこか戦闘を考慮された造りになっていて、城まで一直線に続く大路というものはない。これは、光一が案内してくれるから問題はないのだが、とても迷いやすい構造になっているのは確かだ。
「前にいるアレは、帝国の兵でしょうか?」
「間違いない、あの外套は特殊騎士団だな。三人……ユウ、イクシードで真ん中のヤツを狙い打て。背後取ってから剣界で決めてくれ」
「オッケー。射程に入ったらやるよ。3,2,1──《イクシード》!」
爆光をあげて一筋の流星が迸り、帝国騎士の背後を取り、巨大なスラッシュエフェクトと共に切り裂いた。20mもの距離からの白兵攻撃に、当然のことながら帝国の騎士団は斬られた後ですら反応することができていない。
「《剣界》ッ!」
ユウを中心に無数のスラッシュエフェクトが発生し、剣戟の世界を創りあげる。それらはヒットレート最大の不意打ちとして判定が成功し、ことごとく帝国騎士のHPを奪っていった。
「くっ、ルディオの狗か!?」
「《ムーンスライダー》!」
ルナブレイドの上位派生剣技、ムーンスライダー。ルナブレイドからスキル攻撃力を底上げし、軽減無視効果がついたままに三連続攻撃となった優秀なアクティヴスキルだ。
月を描くようにして上段の三連続攻撃が放たれ、咄嗟に防御スキルを展開した騎士達の作戦を切り裂くようにして防御系スキル無視のシステムメッセージが展開され、二人を戦闘不能にした。
「ひっ──」
軽薄そうな顔の帝国騎士は怯み、後退する。
「悪いな。少し眠っててくれよ?」
騎士の手を取って、光一がライトエフェクトと共に騎士を思い切りぶん投げた。
格闘系投げカテゴリスキル、《虚空投げ》。大きく空中で弧を描くように投げるその技は、否、投げカテゴリという格闘スキル自体、そもそも難易度が高すぎて彼のほかには使っているプレイヤーを見たことがない。
イクシードと剣界で大きくHPを削られていた騎士は、残るわずかなHPを投げスキルで喰らい尽くされ(投げスキルの攻撃力自体は大したことはないのだが)、戦闘不能で煉瓦路に倒れた。
「止まってる暇はないぜ? 大丈夫だ、死んじゃいねーよ」
「うん、行こう」
「……あのっ、は、その、早くないですか……」
かなり遅れたところを走っていたリースは戦闘が終了した今、ようやく追いついたところだった。
MWO内での体力というのは、Vitに依存される。レベルの上昇と共に基本ステータスであるVitも必ず上がるのだが、それでもVitを振り分けで全く振っていないリースにこれだけ飛ばすPTに付いて行かせるのはやや酷というものだった。そもそも、光一もユウもAgi型なのだ。走行の基本速度が違う。
「しゃーない。ユウ、ほれ」
リースの手を取って、投げスキルエフェクトを使用しないでユウに向かって小柄なリースを投げる。彼が投げスキルを愛用する理由は、なんでもリアルで武道をやっているからだという。そういうこともあってか、彼はよくスキルを発動させずに人を投げる。
「ひっ!?」
「わっ、いきなり何するんだよ!」
「悪ぃ悪ぃ。でもそうやって持ってれば所持物扱いだ。重量制限越えてなけりゃ走りに影響はねーぜ」
そう言ってさっさと走っていく光一。
「はぁ……」
「しょ、所持物、ですか……」
僕の両手の中でリースがぽそりと呟く。
よくよく見てみれば、これはいわゆるお姫様抱っこという持ち方だ。
「え?」
「なっ、なんでもありません! 早く行かないとついていけなくなりますよ!」
「あ、うん。そうだね」
「《エアダッシュ》」
リースが移動補助の魔術をかけ、僕の周りを風のエフェクトが覆う。長いことお世話になっている、風の精霊魔術だ。
「あれが帝国の城──」
「大したモンだよな? ほんとに戦争用に造られたみてーだろ」
分厚い城壁。さらにその周りは掘になっていて、城と城下町を繋ぐのは一本の橋のみ。しかも、その橋は吊り上げ式になっていて、兵が出撃した後だからか、すでに吊り上っていて渡ることができない。
「うん、凄いとは思うけど──コーイチさん、これどうやって城まで行けばいいんだろ?」
掘の前に立ってみて、距離を確かめる。掘から城壁までの距離は10m近くある。とても跳躍で届く距離ではない。
「射撃であの吊橋の留め金を壊して渡る、っきゃねーだろ」
「射撃も何も、僕達じゃ遠距離攻撃手段がないよね」
それもそうだ、と光一は舌打ちをすると、背後を振り返る。そこには二人の帝国特殊騎士団の騎士がこちらへ走ってきていた。さきほど戦闘不能に追い込んだ騎士ではないのは明らかなので、新たな追っ手だろう。MWOでは生死判定に成功したとしても戦闘不能になったキャラクターは一定の時間[気絶]状態という行動不能ペナルティを負うからだ。
「二人共、私の合図で真上にジャンプしてください」
「え?」
「いいから、私の言うとおりに! いっせーのっ」
言われた通りに地面から垂直に跳躍するユウと光一。跳躍力の差はないようで、二人共同じような高度だった。
「《サイクロン》っ!」
突如、リースの持つ堕天使の杖が風属性のフラッシュエフェクトを発生させ、ユウと光一の体を遠く、それこそ城壁を跳び越して城門に辿り着くくらいの距離を、吹き飛ばした。
風属性の精霊魔術で、ハリケーンの上位魔術だ。
「ちょっ、リース!?」
「ユウ! ちゃんと着地しろよ!?」
気がつけばもう地面がすぐ傍で、咄嗟に空中で体勢を立て直してみるものの、強烈な勢いで背中から地面に叩きつけられてしまう。
「痛っ」
「過激だねぇ……ってオイ! 自分だけそれかよ!」
城壁を、いや、城壁すれすれの上空をまるで歩くかのようにしてふわふわと移動してくるリース。堕天使であるがゆえに飛行はできない彼女だが、風の精霊魔術が制限時間内での空中移動を実現させる。
「サイクロンでは自分を飛ばすことはできませんので」
ふふ、と小さく笑って見せると、まだ倒れたままのユウの手を取る。
「ごめんなさい、あれ以外に手がないと思ったので……」
「いや、いいよ。僕もなんかああなると思ってたし」
リースの小さな手を握って立ち上がる。
腰から、いつかの純白竜との戦いで手に入れ、それ以降愛用している霧幻剣ルァエティを抜き放つ。ナズメタルロングソードはレベルを上げていないので、手加減用。ここからは、手を抜けるレベルではないだろう。
霧でできたかのような純白の刃が静かに鼓動する。
「よし、行こう!」
吊橋が仇となって、これ以上の追っ手はこない。
ひとまずの安心を得て、僕達は敵国であるダリヘイツの城内へと歩を進めた。
「どういう構造してんだよここはっ!」
光一が隠密行動らしからぬ大声を出した。
無理もない、城内はとても入り組んでいて、ともすれば帝国の人間ですら迷うのではないだろうかと思ってしまうほどに、複雑なつくりをしていた。
そして、不気味なことに人影一つないのだ。最初こそ警戒したものの、次第にそれすら馬鹿らしくなってきて、今では猛スピードで城内を走り回っている。
やはり黒々しい煉瓦造りの廊下。絨毯などはひかれておらず、まるで騎士達だけが使う要塞のような造りだ。ところどころに武器類が立てかけられている。それを見る度リースが物欲しそうな顔をするものだからキリがない。
長い、長い廊下を走る。
「僕はこっちを行く。二人は、そっちを」
壁に突き当たり、廊下は二つに流れていく。Y字を描くようにする不思議な構造。しかし、ここは敵地の真っ只中、本当ならば戦力を割きたくはない。
「お互い、自分の身くらいは守れるさ。そうだろ? リースちゃん、ユウは任せたよ」
「任されました」
僕の腕の中で、強く頷くリース。あれ、僕が守られる側なのか。
「それじゃあ、健闘を祈るっ」
「そっちもっ」
僕達は二手に分かれ、廊下を疾走した。確かに広大な城内だが、それでも走っていればやがて──
エアダッシュのエフェクトで風を切り裂きながら、全速力で走る。どれくらい走っただろうか、リースが口を開く。
「絨毯──絨毯が敷かれていますね。赤い、随分上質なやつです。恐らくはそろそろ」
と、口を閉ざす。僕達の目の前には、とてつもなく巨大な木製の扉があった。
「これって、もしかしなくても」
「帝王の間、でしょうか」
「だよね」
リースを降ろし、剣を抜く。そして、リースの援護魔法を受けたところで恐る恐る扉を、開いた。
キャラクターの筋力アシストもあってか、外見とは裏腹にあっさりと扉は開く。ぎぎぎ、と年代を感じさせる音と共に、やがて部屋の中が見えるようになる。
そこは、一本の長い、赤い絨毯が敷かれていて。その先にはとても豪奢な椅子。さらに奥へ行くと、華麗なステンドグラスに、立派な髭を生やした紳士の肖像画。
「ここが──」
「そう、ここがダリヘイツ帝国の中心、剣の間。力あるものしか入ることが許されないここは、普段は我らが帝王、"星屑王"がおられる場所」
玉座、と呼ぶに相応しい豪奢で巨大な椅子の後ろから、姿を現すは帝国騎士団の外套を纏う──青髪の少女。
「そんな、なんで……!」
「あ、勘違いしないで。ちょっとそれっぽくやってみただけだから」
ごめんごめん、と軽い調子で笑う彼女。
どうして、彼女がここに──
「アクア……?」
「うん、久しぶり! "星屑王"なら今まさにルディオにいるんじゃないかなー。王様が前線に立たないなんてのは、この帝国じゃあ恥ずべきことなんだそうだよ」
黒い外套を脱ぎ捨てる。そこには、ずっと昔に見たままの彼女がいた。青い上質そうなリボンで晒し布のように巻かれた胸部。白いレザーパンツ。頭から伸びる兎の耳。
「えっと、帝国の味方じゃ、ない?」
「うん、全然。空き巣みたいなもんだと思ってくれればいいよっ。それより私としては、ユウとリースちゃんがルディオの騎士になってたほうがびっくりかな? しばらく見ないうちに変わっちゃうもんだねぇ」
さぁ、と手を出すアクア。
「折角再開したわけだし、『パーティを作成』っ。色々歩き回ってたから、ある程度の情報は頭に入ってるよ。あとは、レンジャーとして成長しました! 役に、立てると思うよっ」
「「『パーティに参加』」」
三人、手を重ねる。これでシステム上、正式に僕達がパーティとして認識された。もう、随分昔のことのように思える、始まりのパーティ。
「アクア、急いでルディオに戻りたい。道を!」
「そんなに急いでるなら、こっちしかないかなぁ?」
うふふーと何やら楽しげににやにやと笑うアクア。彼女は背中から一本の長弓を抜き、腰の矢筒から矢を抜き、構える。
それを熟練された動きで、照準する。──見事なステンドグラスに向けて。
「《ブルズアイ》!」
ギリッ、と弦が強く引かれ、そして矢が放たれる。それは寸分違わぬ軌道でステンドグラスの中央を打ち抜いた。
ステンドグラスは中央から亀裂が入り、粉々に粉砕された。アクアの放った弓からワイヤーが伸びていて、矢が貫通した外へと繋がっているようだ。
「さ、行こ行こ!」
「相変わらず過激ですね……。アクアさんだけなら跳んでいける距離だったのでは?」
「んーん、景気づけに! あ、リースちゃんワイヤー上るの辛いかな? 私がおんぶしてあげよっか」
「いっ、いいです! これくらい……上れ、そうに、ないので。ユウさんに背負ってもらいます」
「えっ、僕!?」
にやにやとそれを眺めるアクアは、どこまでも楽しげで。さっさとワイヤーを上ってしまっていた。
「仲良くやってるみたいで安心したよ」
「そっちも、変わってないみたいで安心……よっ、リース、しっかり掴まってて」
とんだ回り道をしてしまった。光一には、僕が必死にワイヤーを登っている最中にリースがメッセージを送っていた。こうした状況に反するメッセージでは段階的に『メッセージ不可』『ソウルメッセージ』というどちらかのペナルティが発生する。この場合、そこまで離れた距離でもないので、メッセージを送るのはソウルを支払えば送ることができる。リースはそもそもソウル値がマイナスなので、光一に情報を伝えてもらっている。
「送りました。光一さんは別ルートでルディオに戻るそうです」
「分かった、ありがとう」
この遠回りも、決して無駄じゃなかったかな、などと思いつつ。
僕はこの先にもう一つの出会いがあることなど、知る由もなかった。
・Skill information
《ムーンスライダー》 Activeskill/戦闘
コスト:40+(SL×9)MP
対象:複数体(動作型) 射程:武器
対象に月を描くような軌道での片手剣による上段三連続攻撃を行う。
この時、あらゆる防御スキルを無効化してダメージロールを行い、その達成値に+(25+SL×20)。
取得にはルナブレイド10レベル以上が必要。
《虚空投げ》 Activeskill/戦闘
コスト:(SL+2)MP
対象:単体(動作型) 射程:至近
対象が行う近接攻撃に対して投げの動作を取る。この時、あなたのヒットレートが対象の攻撃ヒットレートを上回っていた場合、対象を大きく空中で弧を描くようにして投げる。
この時発生するダメージは対象の防御力、あなたの攻撃力、ヒットレート全てを無視して(SL×25)点のHPダメージとなる。
取得にはDex:200,Luck:150,sen:12以上が必要。
《サイクロン》 Spiritmagic/マジックマスタリ:精霊魔術[風]
コスト:(SL×40)MP 詠唱:6sec.
対象:射程内全キャラクター、移動可能オブジェクト 射程:(SL×2)m
対象を(10+SL×2)m吹き飛ばす暴風を、あなたを中心として展開する。
ハリケーンと合わせて1ラウンド1回。
取得にはハリケーン10レベル以上が必要。
《エアウォーカー》 Spiritmagic/マジックマスタリ:精霊魔術[風]
コスト:12MP/sec.
対象:自身
あなたは《インカネーション》の効果中に限り、自分の意志で自由空中歩行を行うことができる。この際、走ることはできない。
この魔術は、使用終了から(使用した時間)だけのクールタイムが課せられる。
取得にはマジックマスタリ:精霊魔術が10レベル以上必要。
《ブルズアイ》 Activeskill/戦闘
コスト:60MP
対象:自身(付与型)
あなたが次に行う弓による射撃攻撃のダメージロール計算時、対象の防御を0として計算する。また、このスキルは他の弓を使用するアクティヴスキルと組み合わせて使用することができる。
《ウェポンマスタリ:弓》10レベル以上が必要。