Dari'hates 2
「一体……今まで何をしていたというのですか!」
アーチーの怒声が響く。
戦争についての話題があがった翌日。深夜のうちに"干渉"の坂井光一はルディオを発ち、ダリヘイツへと向かった。彼は今日の夕方には戻ると言っていたので、特務では彼を待っている間、今後の対策を練ろうという話になっていた。
そして、集合の時間。
空席であるはずの第六位、その席には、果たして一人の少女が座っていた。
「そんなカリカリしないでよー。おやっ、えーと、キミは流星君だね? 久しぶり!」
「あ、久しぶりだね。もう随分見なかったけど……」
そう、彼女"崩天の環"ことミトンは、僕がMWOを始める以前から特務に所属していながら、僕が一度も見たことがない人物の一人だった。アーチー曰く、行方不明、と。
海を想像させる青色の髪、それと同じく青い大きな瞳。きんきんと高い声は総じて幼い雰囲気を出している。ぶかぶかの水色ローブに特務騎士団の外套。クラスは魔術師系だろうか。
「私の質問に答えなさい、ミトン」
「今まで何をしていたかってゆーと? あぁ恥ずかしいにゃぁ。乙女の秘密ってことで!」
「ふざけないでください。何の説明もなしにいきなりルディオを飛び出した訳を聞かせてほしいのです」
中々に険悪な雰囲気だった。
見ればなずなとユリシアはオーヴィエルしりとりをしているし、マッコイは深く目を閉じ瞑想中、リースは気まずそうにうつむき、"硝煙"のクリスタは、これはいつものことだが、机に頭を預けて爆睡中だ。
「えっとー」
つーんと唇を尖らせて言い訳のように、
「かっこいい人がいたからずっと遊んでた──」
「かっ……あなたという人は! 少しは特務騎士団員としての自覚を持ってください!」
「ごめんなさい。……でもでも! うん、悪いことばっかりじゃないんだよっ。今日はその人に言われて手紙を持ってきたんだけど。アーチー宛」
「手紙?」
毒気を抜かれたようにミトンから手紙を受け取るアーチー。
そこそこ高そうな封筒に、落ち着いた雰囲気の便箋。オーヴィエルでは揃えることは大変だろう。正式な手紙でありながら、どこか親密感を感じさせる手紙だった。もちろん、文面が見えないのであくまで感じだけだが。
「おいミトン。お前、ずーっと前に俺が立て替えてやった両手杖代、いい加減返せよ」
オーヴィエルしりとりが終わったのか、くるりと椅子を動かしてミトンに迫るなずな。
「なんのことかにゃぁ? 覚えてないー」
「てっ、てめぇ! 《ジャッジメント》食らいたいようじゃねーか……」
「ミトン!」
「はいっ、はいっ!」
「この手紙の内容、あなた知っていました?」
「ううん?」
アーチーだけが妙に険しい顔で。まだこの部屋にいる他のメンバーは分かっていなかった。
「確認します。あなたが長いこと一緒にいた男というのは、帝国の騎士ですね?」
「そうだよっ。ダリヘイツ特殊騎士団団長、"百手の剣"カディシュ様!」
「ばっ」
なずなが机を叩いて立ち上がる。
「帝国特殊騎士団団長だと!? おいミトンてめぇ、それは嘘じゃないだろうな!?」
「ほ、ほんとだって!」
「ほんとのほうがタチわりーんだよ!」
凄まじい速度でミトンに接近すると、両の拳でぐりぐりとミトンの頭を圧迫する。悲鳴をあげるミトンのHPゲージが数ドットだけ減少しているのが見える。
「ミトン、念の為聞きますが、その男に《メモリクリスタル》を使えと命じられたことは?」
「一度だけあるよー。ルディオの皆の顔が見たいーとか言ってたから」
《メモリクリスタル》というのは、無属性魔術カテゴリの魔術で、術者の記憶の中の人物や風景を薄いクリスタルにして物質化する魔術だ。これにより、簡易な記憶写真のようなものを作り出せる。
「もう、いいです。あなたに悪意はないんでしょう。道理で帝国にこちらの騎士団の顔が割れているわけですね。
ミトン。あなたはこれからどうするつもりですか?」
「ん? 帝国に帰るよー」
がしっ、と。
ミトンの両腕を片方ずつ、ユリシアとなずなが掴んだ。
「ちょっ、離してよぉ! 痛いって!」
「アーチー、処罰は」
「処罰はなしとしましょう。ですが、任務についてもらいます」
なんとか抜け出そうとするミトンだが、近接系高レベルのユリシアとなずなに掴まれて抜け出せるはずがない。当然のように二人共凄まじい筋力パラメータを持つ。
「あなたは騎士カディシュの元に帰る。これで間違いありませんね?」
「そだよぉ」
「では、騎士カディシュの元までうちの特務騎士団員を連れて行きなさい。不意打ちで戦闘不能まで追い込んで捕獲するなり、最悪殺してしまっても構いません」
「あの、アーチー。いいかな」
おずおずと手をあげる僕。
全員の視線が集まる中、さっきからずっと気になっていたことを口に出す。なんだかんだ言って仲の良さそうなミトンとアーチー、なずな、ユリシアの輪にはちょっと入りづらい。
「さっきの手紙の内容が、気になるんだけど」
「帝国特殊騎士団団長からの手紙、ですね。内容としては、私達が恐れていたことが書かれていた、というしかありません。
帝国が翌日、正式にルディオに宣戦布告をする、と。目的は領土の拡大」
思わず思考が停止する。よく考えれば妙な話なのだ。どうして、プレイヤーが戦争を起そうなどと思うのだろうか。
「ユウさん。キャラクターがオーヴィエルのどこに配置されるかも、キャラクターメイキング時の質問によって大きく左右されます。
傾向として、ルディオには比較的穏やかな性格の人物が多くいますね? では、帝国はどうでしょう? 過激派、ネットゲームにおけるウォーシミュレーションやFPS、バーチャルハンティングなどのゲームを愛したり、マナーの悪かったりするプレイヤーが多く集まる国があったとしても……不思議ではないんです」
勿論これは私個人の考えですが、と最後に付け加えた。
今も窓の外では、人の行きかう活気ある街並が見える。これを好き好んで壊して、侵略しようだなんて、どうしてそんなことが考えられるのだろうか? ゲームだから、戦争だっていいとでも言うのだろうか。そんな軽い考えで戦争を行おうとするプレイヤーがいるとするならば……僕は静かに、胸に湧き上がる気持ちを押さえ込んだ。
きっと、これは怒りなのだろう。
「アーチー」
「なんですか"流星"。私は今ミトンと──」
「そのことなんだけど、ミトンの案内で騎士団長を捕らえる任務、僕が行く」
再び、視線が集まる。
「ユウ。お前が戦争を許せないだろうってのは、なんとなく分かる。けどな、場所は敵国、しかも相手は特殊騎士団長。正直に言うぞ。足手まといだ」
なずながかつてないほどの剣幕で僕を睨む。そこには強さを感じさせる瞳があった。まるで、全てを切り裂く刃のように鋭いその意思。
「なずな。今の台詞だと、まるであなたが行くように聞こえましたが?」
「適任だろ? 相手の力が未知数だ。もしかすると俺より格上かもしれねぇ。俺が行くしかないだろ? ──それに、そんな強いヤツと戦ってみたかったからな」
「いざ戦争になったらルディオは誰が守るのですか!」
ばしん! と強く机を叩くアーチー。これだけクセのある連中をまとめるのは、大変だろう。
「大丈夫。私が守る。なずなは敵国へ行かせて」
「ユリシア……」
彼女の傍に立てかけてあった彼女の愛剣、雪原が呼応するかのように輝く。確かに彼女の防御力はこの三ヶ月でさらに成長を遂げた。もはや、城砦と呼ぶに相応しい鉄壁の防御力。
「これ、お主らは少し落ち着くべきだと思うがの。最終的な決断はアーチーに任せるべきではないか?」
マッコイが瞑想を続けたままに、静かにそう言った。
「──それもそうだな。悪いな、マッコイ」
なずなが引き下がり、席につく。ユリシアもそれにならうが、ミトンを犬のようにひきずって席へとついた。
「コホン。まずは話をまとめましょう。明日には帝国からの宣戦布告がくるとみて間違いないでしょう」
一つ一つ、整理していく。
「ミトン、その騎士団団長の現在地は?」
「ダリヘイツ城下町の東区にあるちょっとシックな黒煉瓦のお家だよ! 私も実は入るの、今日がはじめてになるんだよぉ」
えへへぇとにやにや笑いながら嬉しそうに言うミトン。これはRPなのかと思うほどに間抜けな発言だ。本当に正直なだけで、実際帝国にもルディオにも敵意はないのだろう。
「リース、《契束》でその子、縛ってあげて」
「分かりました」
ちょっとこちらへ、とミトンをずるずる引きずって廊下まで出て行くリース。
「さて、騎士団長の居場所は分かりました。できれば捕獲して、抑止力としたいところですね。人質にするのがベストですし」
「殺す殺さないにしても、絶対に相手しなくちゃなんねぇからな」
「ええ。それで私達の目的ですが、戦争を早急に終わらせることです。その方法は──」
「現王を殺す間際まで追い詰める。それで条約を結ぶ。これが一番簡単だと思う」
さらりと言ってのけるユリシア。確かに言葉で言うだけなら簡単だが、そもそも現王まですんなり通してくれるはずもない。しかし、この案には僕も賛成だ。
「人死にが一番少なくなるのは、多分ユリシアの言ったやり方だと思う」
「では、その方向で考えましょう。まずは人員の配置ですね。
なずなは……相手の特殊騎士団長との戦闘を。恐らく、相手も単独ではないでしょうから、対応の手数も考えて"硝煙"と行動してもらいます」
「分かった、任せろ」
「ユリシアとマッコイはルディオの城門の防衛に当たってください。ユリシアは敵が攻めやすい北門を、マッコイは南門をお願いします」
「ん」
「了解じゃ」
ここまでは、特務の団員の特性をフルに活用する配置だ。問題は、残った僕とリースにある。
「参りましたね……。やはりおいそれと遠征などに団員を出すべきではありませんでした」
てっきり配置場所を宣告されるのかと思ったら、本当に困ったような表情で、アーチーは僕をじっと見据えた。
「"流星"。あなたはリースと光一と共に行動してもらいます。
任務の内容は……現帝国王の確保と、ルディオ王女代理として、不可侵条約を結んでくること、です」
思ったより話は大きくなっていて──
「なずな、任務の内容は変更です。あなたは早急に団長を確保、戦闘不能にし、残る帝国の特殊騎士団員を出来る限り殲滅してください。あなたと"硝煙"の腕を見込んで、出来る限り死亡者を出さないように。できますね?」
徐々に広がり行く物語のスケールはとても大きくて、
「俺を誰だと思ってるんだよ。"神剣"の意味を、帝国に思い知らせてくるぜ」
どうしてか、一人一人が主人公で。
僕を取り巻く一連のシナリオは、止まることを知らないみたいだ。
絶対的危機のこんな状況でも、ユウは帝国に対する怒りと、裕也は展開に対する高揚感を抑えることが出来なかった。
そしてもう一度回り始める。
僕の新しい冒険が──
・Skill information
《テスタメント》 Activeskill/神人種
※キャラクターメイキング時に自動取得
準備時間:10sec.
射程:視界 対象:複数体
対象の受けている魔術効果を全て打ち消す。
ただし、この時打ち消す魔術は(CL+2)以下のレベルでなければならない。
《ヴァニシング》 Activeskill/神人種
※CL3以上で自動取得
射程:視界
対象:射程内全キャラクター,全移動可能オブジェクト
対象を(CL×20)m吹き飛ばす。
オーヴィエル時間で1日に1回まで使用することができる。
《ソーサリーモード》 Quickskill/神人種
※CL10以上で自動取得
対象:自身
このラウンド中、あなたが行う魔術は詠唱時間を0として扱う。
《ソーサリーモード》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
《ジャッジメント》 Activeskill/神人種
※CL10以上で自動取得。
射程:(CL)m
対象:単体
対象に魔術攻撃力(CL×100)の雷属性魔術ダメージを与える雷を落とす。
オーヴィエル時間で1日に1回まで使用することができる。
《アナザーフェイス》 Quickskill/神人種
※CL15以上で自動取得
対象:自身
ラウンド中、あなたの基本攻撃力と基本魔術攻撃力を入れ替える。
《アナザーフェイス》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
《マイレギュレーション》 Passiveskill/神人種
※CL20以上で自動取得
あなたが行う生死判定の達成値に+(CL×CL)。
《マイナーゴッド》 Passiveskill/神人種
※CL25以上で自動取得
あなたのsenを+10。
また、あなたの持つ全てのマジックマスタリと名の付くスキルのレベルを+1として扱う。
《神器》 Passiveskill/神人種
※CL30以上で自動取得
あなたは素材攻撃力修正+(300)の武器一つを取得する。この装備は他人が装備することはできず、また、売却や破棄もできない。
神器はあなたの望む形状を取り、その特性を変える。また、あなたのレベルが上昇すると共に神器のレベルも上昇する。
神器Lv30(なずな使用データ:刀) 334/333/334
《メモリクリスタル》 attributemagic/マジックマスタリ:属性魔術[無]
コスト:25MP 詠唱:10sec.
対象:自身
あなたが一度見た人物や風景、オブジェクトを板状の結晶に写し絵として作成する。作成した写し絵結晶はMPを追加で10点払うことで複製することができる。
マジックマスタリ:属性魔術[無]が5レベル以上必要。