Dari'hates 1
七月。
僕がMWOを始めて、もう早いもので三ヶ月もの現実時間が過ぎた。
純白竜との死闘、流星の記憶、あれらの出来事は僕の中ではまだとても大きな思い出となっている。
オーヴィエルでも現実でも、色々なことがあった。
なんとかオンラインゲームというものに馴染めてきたということもあって、順調にユウは強くなっていった。特務の他の団員とも随分仲が良くなったし、町の人達にも多く知り合いができた。もちろんリースとも仲良くしているし、随分長いこと姿を見ていないアクアやハルとも頻繁にフレンドメッセージを通じて連絡を取っている。
MWOも勿論オンラインゲームなのであって、運営側が用意するイベントというものもある。当然、更新作業もあり、ユーザーが退屈しないように次々と新たな要素を組み込んでくれている。ハル曰く、あれほど熱心な運営会社もないそうだ。
しかし、それでも僕は……
「あの、一体いつまで歩いてればいいんですか」
「日が頭上に昇るまで、だそうだけど?」
はっきり言ってしまうと、退屈していた。
今は特務騎士団の交代制の日課、城下町の巡回警備をしている。
特務の給料でお金には困らないオーヴィエル生活をおくっているとはいえ、割と初期の頃からそうして給金が入っていたせいか、むしろこういった規律のほうが疎ましく感じられる。お金を使う時間がない社会人と同じようなものだろうか。
僕が三ヶ月前に借り出された迷いの森探索任務、ああいった危険でも充実する任務はあれ以降全くなかった。平和なルディオの特務騎士団がやることといえば、城門の見張りや城下町を襲撃してくる魔族や盗賊団などの撃退、町の治安維持や果てには迷子の探索などなど、特務というわりにはパッとしないものばかりだった。
「コーイチさん」
「なにかな?」
ひょろっとして背の高い色白の長身男性、髪はやや長髪気味な赤毛で、ワイシャツのような仕立てのワインレッドシャツに、黒のブーツパンツ、歩きやすそうなブーツと中々小洒落た印象を受ける彼は、特務騎士団序列七位、坂井光一という。
印象からどのようなプレイスタイルのキャラクターなのかはっきりしないとかねてからずっと思っていたが、特務の誰もが「あいつはイカれてるよ」と言っていて、どうにも色んな面でつかみどころのない人物だった。
魔族種のDex-Agi-Luck型。主要スキルは汎用全般。
彼の戦闘を見た者は、必ず「意味不明だ」と口に漏らす。
僕やアクアのような一般的に言うところのシーフ型らしいが──
「コーイチさんって、エルキュリアさんと、カルラさんのことは知ってます?」
「エルとカル? あの二人かぁ。なんで?」
特務騎士団序列三位と四位、僕が特務に入った当初から遠征任務で城を空けているといって、まだ見たことのない二人だ。
光一の口ぶりだと、二人とも面識があるように聞こえる。
「まだ会ったことがないから、どんな人なのかなぁって」
「そーだねぇ。大体は二つ名通りの人物だけど、性格でいうならエルが大人しい系でカルが過激系」
「その二人の二つ名ってなんでしたっけ?」
「"魔弾"のエルと、"ドラゴンライダー"のカル。エルは典型的な火炎術師で、カルのほうは騎乗技術と近接戦闘系のあれだね、乗馬戦闘型の上位ってとこかな」
「ドラゴンライダーって言ったって、ドラゴンに乗って戦闘するわけじゃないですよね?」
まさかね、と静かに笑う僕。純白竜の背に乗って戦っているところを想像してみたけど、ギャグでしかない。恐ろしすぎる。
「うんにゃ、まさにそのとーりさ。カルの愛竜、そりゃあ成竜じゃないけど、アクオンは結構人懐っこいやつだったね。息が臭いから僕は好きじゃないんだけど」
ま、大体の竜は息が臭いんだけど。と笑ってみせる光一。
さすがに序列三位と四位なだけはある。話だけ聞いていても、常軌を逸しているといっていい。魔弾のエルキュリアは、以前アーチーが少し話題にしていたので、いくつか武勇伝を聞いている。
「やっぱり、その二人が遠征任務についたのって、強いから、ですよね?」
「あぁ、それはないよ。ユウ君とイザリオ、あと雅人のやつが迷いの森探索ミッションについた前の話になるけど、遠征任務に誰がつくかは、なずなとユリシアちゃんを抜かした八人でくじ引きしたんだ」
あれがまた傑作でねぇとくすくす笑う光一。
ユウの記憶の中の二人、イザリオと雅人はNPCであって、実際は設定を繋げるためのキャラクターだったのだが、それを実に上手く話してのける。光一は序列こそ僕より低いが、相当のRP上手なのだ。
そして、どう脳内でシュミレートしてみても、くじ引きの意図が分からない。あと、最近分かったことなのだが、特務は担当のアーチー含め全員が無駄に仲がよかったりする。
「え、なんでくじ引きなんですか?」
「そりゃあ決まってるさ。全員行きたかったからだね。ただ、アーチーがさすがに城が手薄になるから一位と二位のなずなとユリシアだけには遠征させられないってことで、他のメンバー全員がくじ引いたんだ」
「そういうことですか。ええっと、コーイチさん」
「ん?」
「僕も遠征任務、やりたいんですけど──」
おやおや、と光一は楽しげに微笑んだ。
◇
「お静かにしてください……はぁ」
アーチーが困った風に眉間を押さえる。その仕草もどこか洗練されていて、やはり王女の風格漂う。
ここはルディオ城の食堂、特務騎士団が夕食を囲むテーブル。食堂内にはほかにもいくつものテーブルが設えられており、アシュレイや王族は他の大テーブルについている。
いわゆる上座にアーチー、そして序列順になずな、ユリシア、僕(三位,四位遠征中につき)、行方不明らしい序列八位を飛ばして光一、マッコイ、"硝煙"のクリスタ、そしてリースと席についている。
食卓は実はなずなとユリシアの手製なので、宮廷料理とは異なる。中々家庭的なメニューが並んでいるので、少しだけこの世界からは浮いている場所でもある。
ただでさえ会話絶えない特務のテーブルは、今日はいつもより賑わっていた。そう──第二回遠征任務の話で。
「"流星"、私を困らせたいのですか……」
「ユウは記憶を得てから一度もルディオから出たことがないから当然。迷いの森ばかりに行っているのだし」
ユリシアがフォローを入れてくれる。それは暗に、僕がキャラクターメイキングをしてから迷いの森とルディオ間、そしてルディオしか見たことがないのだから仕方がない、と言ってくれているのだろう。
「私も実は同感です。私は天使ですから、世界のあちこちを見て回る義務があります」
リースは今、背中からは大きな黒い羽が生えている。これはイービルスキルの反動ではなく、CL10以上の堕天使が取得する種族スキル、《欺きの影》の効果だ。イービルスキルによる痛覚を完全にカットしてくれる代わりに、夜の間は常に堕天使としての姿になってしまうパッシヴスキルだ。
「確かに、正直なところ2,3人遠征に出したところで全く問題はありません。が、遠征任務をただの旅行と皆さん勘違いしているわけではありませんよね?」
と、アーチーが確認するように告げる。
そう、もちろん遠征には意味がある。
ルディオ城の大広間の中央にある巨大な地図、ルディオ周辺以外ほとんど白紙だが、まるで人の歩いた跡のように細い線が遠くまで続いている。これは、僕の持つ魔法の地図と同じ物を巨大化したものらしい。
この世界では、地図というものはとても重要なアイテムだ。なにせ、まだ完成していないのだから。
ルディオに所属する者の持つ魔法の地図が新たな地に踏み入るたびに、この親となっている巨大魔法地図も更新されていく。そうして、ルディオ国が把握する地が増えていくのだ。
遠征任務についている二人は、魔法の地図を渡され、大陸各地を練り歩いてこの地図を埋めているのだ。
ちなみに、僕が散々歩き回った迷いの森も子供の落書きのような感じに地図が埋まっている。全部練り歩くなんて土台、無理な話だから仕方ない。
「今遠征任務についている"魔弾"と"ドラゴンライダー"は適任だと私は思っています。増員も決して悪いことではありませんが、私としてはやはり手元の使える人材が離れるのは痛いことなのです」
「そーだな。帝国もなんかいやーな雰囲気してたしな」
さらっ、と言ってのける光一。ちなみに、帝国というのはルディオから北西に位置する、ダリヘイツ帝国のことだ。強大な軍事力を誇り、数々の精鋭騎士を輩出してきている帝国は、史実の上でおよそ2000年前にルディオと全面戦争をしている、いわば敵国家だった。
「光一。あなたまさかとは思いますが、帝国へ行ったのですか……?」
「あー、うん。ごめん」
シチューの綺麗にカットされた赤いニンジン(正確にはニンジンのようなもの)をフォークで突き刺し、口に運びながら軽く謝る。
「相変わらず危ない橋渡ってんなー光一」
ぱくぱくと料理を片付けていくなずな。和風美人のアバターが豪快に物食う様は、ある意味圧巻だ。その隣では甲斐甲斐しくユリシアが口元を拭ってやったりしている。あの二人の仲の良さはちょっと異常だと特務ではもっぱらの評判だ。
「まあ、いいです。何も言わなかったのに偵察の任についてくれたと考えれば、国としては助かります。それで、光一。遠征のことより私としてはそちらの話のほうが気になるのですが?」
「俺が見た限りだと、帝国が大量の武器を鉄の国から仕入れてたってとこさ。あとは、なんつーかすげえ人数の兵士だった」
「戦争……にしても動機が薄いですね」
「有り得ない話ではない」
ユリシアがフォークを置く。
ちなみに彼女、食事中でもフルアーマーに身を包んでいる。
「帝国は前王が死に、その息子が即位した。もし現王が手柄を立てたいと思うのなら──」
ユリシアの出身は誰もがルディオだと思いがちだが、彼女の出身は帝国付近のエルフの集落だ。魔族種は風の噂で世間の情報を集める。
「戦争で支配領土を増やせば、確かに歴史に残る快挙じゃろうなぁ」
マッコイが窮屈そうに椅子に座りながら顎をさすった。戦闘狂に見られがちな体格だが、彼自身はかなりの平和家で、戦争という単語を聞いてかとてもきつい表情をしている。
「ええっと、その、リース」
「何となく分かってますよ。──皆さんのソウルを案じた上で質問させてください。分かる方のみ答えてくだされば、助かります。
Yesならフォークで机を二回、Noならフォークで机を一回叩いてください」
リースは堕天使であることから、ソウルがマイナスになればなるほど望ましいという。僕は悪いと思いつつも、こうしてソウルが減少するような質問をしたい時にはリースを頼ってしまっている。
「まず、現王というのはPCでしょうか?」
とんとん、と二度ユリシアが机を叩く。Yesのようだ。やはり、現王となったPCにあわせてシナリオが動いているのだろう。
「では次に、このMWOで戦争などというのは可能なのですか?」
とんとん、と二度、アーチーが机を叩いた。全員の視線が、彼女に集まる。
アーチーは何かを言いたそうに、しかしメタ発言によるソウル減少は痛手となるので、話せずにいる。彼女は空中でウィンドウを操作し、リースに説明をして、全員に話すのをリースに託した。RPというのは、こういったプレイヤー同士の話し合いには邪魔になってしまう。
「では、代弁します。MWOでの戦争は、国の王族で一番権力のあるPCがその実権を握っています。ルディオなら、アーチーさんです。そういったPCはスタートクエストでそのことについて説明を受けます。
戦争というのは、実権を持ったキャラクターが戦争開始と対象国を宣言した際に発生します。帝国の実権者がルディオに向け戦争開始と宣言すれば、アーチーはシステムメッセージとしてその宣言を知ることができます。
そのプロセスが完了したら、両国は戦争状態になります。
戦争状態と平常時の差は、国の破壊不可能オブジェクトが破壊可能オブジェクトに変更されることです。たとえば、普段は破壊ができない家屋や施設などに攻撃が可能になります。
そして、どちらかの実権者が降参を宣言するか、あるいは死亡した場合に戦争は終了します。敗北国は資産の80%を勝利国に引き渡す必要があり、また、勝利国が望むならその国は勝利国の領土におかれます」
ふうっ、と息をついて、
「以上がMWOにおける戦争です。未だオーヴィエルで実例はありません」
「ありがとう、リース。──今のを聞いたら分かると思いますが、戦争は絶対に、避けねばなりません」
今日ばかりは、食卓の雰囲気が重くなる。
「一般兵の数はあっちが上。特殊騎士団の人数と練度はさすがに見てこれなかった。でも、戦争になったら勝ち目は薄いよ」
一般兵というのは、NPCの兵士のことだ。ゲーム内の通貨で雇い、国力を強化させるために存在するNPC。そのレベルはやはりつぎ込んだゴールドに左右される。また、特殊騎士団というのはルディオでいうところの特務騎士団なので、PCの騎士団を指す言葉だ。
実際に帝国を見てきたという光一が告げるのだから、間違いはないのだろう。事実、帝国の兵は凄まじい力を持つと定評がある。
「参りましたね。皆さん、何か策があれば話してみてください」
「どこかの国と同盟を組むにしても、東の山脈を隔てた向こうの水の都しか近隣国はないぜ。距離はあると言っても、帝国とは平原で一本繋がりだ」
なずなも神妙な顔で考え込んでいる。
「戦争があると決まったわけじゃない。今日は解散にしたほうがいい」
なずなの悩みを吹き飛ばすかのように、ユリシアが控えめにそう言った。
「それも、そうですね。とりあえずは相手の出方を窺いましょう。──光一、危険は承知ですが、再び偵察に赴いていただけますか?」
「お任せあれ、さ。ちょっとした旅行気分で行ってくる」
やや不穏な会話で幕を閉じた今日の食卓は、こうして解散となった。
その翌日、悪い知らせが入るとは誰も知らずに……。
・Skill information
《欺きの影》 Passiveskill/堕天使
※CL10以上で自動取得
対象:自身
あなたが感じるイービルスキルによる痛覚を100%カットする。
あなたの羽は夜の間、常に黒く染まり、瞳も深紅になる。
《エタニティ》 Passiveskill/堕天使
※CL15以上で自動取得
対象:自身
あなたの生死判定時のソウル計算では、負数を全て整数として扱う。
また、生死判定時に限りあなたのランダマイザーにさらに+100D2する。
《マルチアクション》 Passiveskill/純血種
※CL5以上で自動取得
あなたが使用するスキルのコストを-(CL-4 最低1)。
HP,MP,Soul全てのコストに適用可能。
《ワールド》 Passiveskill/純血種
※CL10以上で自動取得
あなたが受けるHPダメージを-(CL÷10 最大50)%軽減する。
この効果はあなたが何らかのHPダメージを受けた時、(CL×2 最大50)%の確立で発動する。
《オールラウンドⅢ》 Passiveskill/純血種
※CL15以上で自動取得
あなたが取得している《オールラウンドⅢ》以外のオールラウンドと名の付くスキル全ての効果を+1する。