Another World 3
目を開けると、そこは辺り一面の草原だった。
日は高く上り、照り付けてくる日差しが僕を日の色に染め上げている。とても静かな場所。僕の呼吸だけが聞こえるような、そんな心地よい静寂。
気がついたら、そんな場所に僕は立っていた。
そしてしばらく立ち尽くしていると、目の前にメッセージウィンドウが現れた。半透明のウィンドウに、文字が書かれている。
『ようこそオーヴィエルへ。歓迎します、ユウさん。
ここはログナー大陸の南、ケラスス山の麓です。ここから東に歩き進めると小さな山村があります。
あなたはログナー大陸の未踏派地、迷いの森の攻略班でしたが迷いの森で攻略班は遭難。攻略班を派遣したルディオ王国には攻略班は全滅したと通達されていますが、あなたは今こうして生きています。
しかし、あなたの攻略班としての記憶はありません。何らかのショックか魔術的要因によるものかも分かりません。何にせよ、あなたは記憶を取り戻すことを考えてください。
あなたの装備は攻略班として使っていたものです。』
メッセージを読み終える。
物語の予感を感じ、一行読み進める度に興奮の度合いが上がってくる。この僕が、王国に派遣された攻略班! それも攻略失敗したものの、記憶を失くして今こうして生きているだなんて、なんだか凄くかっこいい。
自分の姿をもう一度見てみると、先ほどまでの簡素な服ではなく、革の鎧を着ていて、左手には手に固定するタイプの小さな盾、腰には小さな剣が収められた鞘が提げられている。
メッセージウィンドウの「×」マークを押し、ウィンドウを消す。
そして一度深呼吸を──
「きゃあああああああああ!? 誰か! 誰か助けてくださいぃ~!」
ばたばたと静寂を切り裂いて草原を駆ける少女の姿。紫の独特な色の髪をツインテールにしている。涼しげな白のワンピースがばさばさと風になびいている。
現実ではありえないほどに整った容姿を、全力で走った苦痛で歪めていた。
少女の後ろから少女を追うようにして熊と狼を合わせたような戦闘的なフォルムをした黒毛の動物が走ってきた。
「え、えっ!? 大丈夫!?」
「あっ! 冒険者さんですか!? お願いします助けてください!」
そういうと、少女は僕の後ろに身を隠すようにして逃げてきた。さすがに無下にするわけにもいかず、仕方なく熊狼(命名)に向いて、剣を構えた。
「うわ短っ」
右手だけですっぽりと収まる柄に、20cm程の刀身。耐久性も切れ味も何もかもが粗悪そうな剣。僕はこんなので迷いの森とやらを攻略しようとしてたのかと思うと泣きたくなってくる。
剣の残念さに愚痴りたい気持ちを抑えながら、凄まじい速度で突撃してくる熊狼の動きを集中して見る。確かに早いが、熊と狼の中間くらいの体格だから大きさ的にもスピード的にも止められないことはない。
「君、下がってて」
こくん、と小さく頷くと少女はじりじりと距離を空けていく。僕は手に持った剣を握り締め、飛び掛ってきた熊狼の攻撃を左手の盾で受け止めた。
ガァン! とフラッシュエフェクトが発生し、僕は熊狼に押しやられるようにして若干後退する。爪で斬り付けてきたようだ。僕の視界の左端にある緑色のバーが右端から赤い色に変わっていく。そしてバーの下にある数字『16/16』が『14/16』に減少した。どうやら、盾で攻撃を防いだとしても吸収できなかった分の衝撃はダメージとして入るみたいだ。
僕はそれを確認すると攻撃の反動で態勢を立て直しきれていない熊狼に向かって跳躍する。軽く距離を詰めるつもりで跳んだのだが、予想外の跳躍速度で熊狼との距離を詰めることができた。この運動能力は、永野裕也のものではなく、ユウのものだ。
そして降下の勢いを乗せ、剣を突き出す。
しかし、熊狼は大きく体をひねり、僕の剣をかわした。
「そんな動きアリなのっ!?」
「ガァウ!」
そして熊狼は右手を突き出し、完全に無防備になった僕の脇腹に深い一撃を与えた。
「っ!」
HPバーがぐいっ、と一気に減少し、HPが4まで減少し、緑色だったバーが黄色へと変わった。
「くそっ!」
痛みを堪えて左足を大きく突き出し、熊狼を引き離す。そこに躊躇なく剣を投げると、それは熊狼の腹に突き刺さった。
怒り狂ったように暴れる熊狼の腹に突き刺さったナイフに跳躍して蹴りを入れる。
「どうだっ!」
「ガッ」
熊狼は再び蹴りの威力で吹き飛び、何度か足掻くように暴れて、そのまま消滅した。
熊狼が消滅した瞬間、僕の視界の左端に薄い文字で<GET Exp+150>という文字が現れた。モンスターを倒せば経験値が手に入るのがRPGのルールだそうだ。例外もあるみたいだけど。
熊が消滅したから地面に落ちた剣を拾う。不思議なことに血はついてない。そのまま鞘にしまって、少女のほうに向き直る。
「ええと、大丈夫?」
少女は驚いたようにこちらを見て、言う。
「わ、私は大丈夫です。ありがとうございました……!
それにしても凄いです! モネトは凄い戦士さんでも負けちゃうくらい強いのに!
とっても強いんですね、冒険者さん! よかったら、お名前を教えてもらえませんか?」
機械的な響きを感じさせない、暖かい声。しかし僕の目には映っている。彼女の頭の上に表示されている文字、NPC イーゼという文字が。
ノンプレイヤーキャラクター。プレイヤーが操作しているキャラクターではない、システム上に存在するプログラム。
それにしては会話がやけに流暢だと思ったが、何しろゲームなんてものを生まれてこの方したことがなかったので、これが普通なのだと言われればそうなんですか、と頷くしかない。
「僕は、ユウ。今のはたまたま勝てただけだよ。記憶もなにも失くしちゃってて、戦い方とかもよく分からないんだ」
「記憶を……?」
少女は心配げにこちらを見つめる。
紫色の真っ直ぐな視線。
「うん。自分が何者なのかも分からないし、これからどうすればいいのかも分からない……」
「そ、それなら私の村に来ませんか!? 助けてくれたお礼もしたいし、外から人がくることなんて珍しいからきっと皆喜んでくれます!」
ずずいっ、と詰め寄ってきて、僕の手を強く握る少女。
そのまま強引に数歩歩き、振り向く。長い髪がふわりと風に揺れ、これが現実の女の子でないと分かっててもドキっとしてしまう。
「私はイーゼっていいます。ユウさん、来てくれますよね?」
「う、うん」
手を引かれるままに、僕は平原を歩く。
現実離れした状況に流されるのも、心の底から楽しいと思っている僕がいた。
・Skill information
スキルについて。
MWOには数多くのスキルが存在する。
大分類としては戦闘、魔術、生産、汎用の四つが挙げられる。
PCはこれらのスキルを経験点と相談しつつ取得し、自らを高めていくこととなる。
このスキルにも、MWO内で共通のルールがいくつか存在するので、ここに注記するものとする。
・スキルの取得
スキルを取得するには、あらかじめそのスキルの取得条件を満たしている必要がある。初歩スキル以外はこの条件を満たしていなければ、そのスキルを見ることすらできない。
基本的にはスキルの取得条件を満たすことでスキルウィンドウにそのスキルが表示されるようになる。
・スキルレベル
スキルには、一部のスキルを除いて必ずレベルが存在する。
スキルのレベルが高ければ高いほど、そのスキルを使いこなし、より大きな効果を期待できる熟練度になっているということになる。
スキルレベルを上げるには、レベルを上げる際の条件を満たしている必要がある。例えばバッシュLv2の場合はバッシュLv1が条件となるように、ほとんどのスキルが前レベルのスキル取得を条件とする。必然的に、取得済みのスキルレベルを上げる場合に必要となるのは、経験点だけとなる場合が多いのでそう難しく考えないほうがいいだろう。
・魔術スキル
魔術スキルの取得は他のスキルよりも複雑なものとなる。
まず取得条件に全てマジックマスタリ:○○が必要となり、該当する種別の魔術しか取得することができない。
また、マジックマスタリのレベルと同じレベルの魔術しか取得することができないという点に注意すること。
つまり魔術のレベルを上げていくということは、平行してマジックマスタリのレベルを上げる必要があるということだ。
魔術の中には、マジックマスタリを上げる過程で例えばLv5の状態から初めて取得することができるものも存在する。
・スキルステータス
全てのスキルにはスキル効果のほかに「射程」「対象」「範囲」「効果時間」「コスト」「詠唱」といったいずれか、もしくは全てのステータスが存在する。
これらはスキルの情報を示すものだ。
また、さらにスキル名の隣には「スキルタイミング」が表示されている。このスキルタイミングは、スキルの種別を表すものであり、同時にスキルの使用タイミングを表したものである。
◇Activeskill
スキル名を発声、もしくは脳内で唱えることで発動するスキル。
効果時間が一瞬、または一連の動作で終了するものが殆どである。
◇Quickskill
発声することでのみ発動するスキル。
ラウンド終了まで効果が持続する自身強化系のスキルが多い。
◇Passiveskill
常に効果を受けているスキル。
スキルの発動条件を満たしていない時には効果を受けることができない。
◇magic
魔術全般を指す。
詠唱時間や属性、様々な要素が関わるために、スキル内容に注意する必要がある。