Forest of labyrinth 2
「まずは地盤の道へ出て、そこから南下。ある程度進んだところで進路を変えます」
迷いの森。
僕とリース、マッコイが木の幹に腰を降ろし、地図を出している。リースの説明を聞いて、これからどのルートで進むかを話し合っていた。
そして、それを真上から眺める男性(オーヴィエル内での性別だが)が一人。
「結局は何を目指してるんだ?」
口元から覗く凶暴そうな八重歯に、金色の髪、色白な肌。恐ろしいほどに整ったその容姿からは、ややハイトーンな声。
真っ赤な目が特徴的な吸血種の、ハルだ。
迷いの森へ向かう途中、セノンでばったりと出くわしてから、一緒に迷いの森へ向かうことになった。マッコイに僕の友人だと説明したら、嫌な顔一つせずにパーティに迎えてくれた。
「そのことですが、私とユウさんで以前不思議な霧を見た場所に向かおうと考えています。──《インカネーション》。ゼファー、説明を」
「んっ」
リースの手の中から淡い光が漏れ出して、風の精霊であるゼファーがその身を顕す。
「迷いの森ってのはさ、霧なんて出ない場所なんだよ。ボクみたいな風の妖精がたくさん住んでるから、霧っていう自然現象は起こらない。水の妖精もいないしね。
だから、リースがそれを見たっていうなら魔術になるんだよ」
「成る程」
マッコイがうむうむ、と頷くと、のっしりと立ち上がる。
「つまり、その霧を発生させた者がいるということだな?」
「そういう可能性もありますね。ゼファー、ありがとう、《リ・インカネーション》。──ですが、人物じゃなくてそういった魔導具の類が発生させている霧かもしれないので、心がかりだったんです」
「魔術のことになるとリースに頼るしかないかな」
ハルとマッコイ、最後に自分自身を見てユウが言う。
四人いて魔術関連の知識を持つキャラクターが一人というのも、なんともバランスが悪い気がする。
「失礼だな。オレは吸血種だぜ? 高い魔術適正を持った種族だ」
フン、とえばってみせるハル。
確かに吸血鬼の初期Int,Wisは種族中最高だ。
「──まぁ、魔術スキルは持ってねぇけど」
「ハル、魔術使えそうなイメージないしね」
あはは、と笑いながら立ち上がる。そろそろ夜も明け、明るくなってきた。
「そろそろ、行こっか?」
「そうじゃな。朝食はまた後ほどでいいな? さすがに朝早すぎて食う気も起きんわ」
マッコイが気だるげにいう。
そう、昨日この場でキャンプを張って全員で就寝した。
そして、まだ日も昇ってないというのにハルが超スピードで目を覚まし、ユウを叩き起こして、その騒ぎを聞いたリースとマッコイの二人も起きる、という流れだった。
ハルがあらかじめ片付けておいたキャンプセットをマッコイの背負う巨大なバックパックに詰め、一同歩き出す。
迷いの森の道は木の根が道(とはいっても獣道のようなものだが)に這い出てきていて、非常に歩きづらい。
「なんだか、楽しいね」
僕がそう言うと、ハルがくくく、と笑いを漏らしながら、隣を歩く。
「アクアさんがいた時でも、三人でしたしね」
そう、今まではどんな時でも三人が最高人数だった。今日みたいに四人でパーティを組むなんて、想像すらできなかったものだ。
「アクア、というのは坊主の友人か?」
「うん、僕が記憶を無くしてこの森の向こう、フェネオネって村で途方に暮れてたときに友達になってくれた人なんだ」
なんだかちょっぴり懐かしい。今すぐにでもフレンドメッセージでアクアに連絡を取ろうかと思ってしまうが、それもなんだか躊躇われて、僕の指は空中で止まる。
「とても元気な人でしたよ。今は……確か迷いの森を越えた向こうの、そこからさらに南に行ったところの遺跡に潜っているのではないでしょうか」
そう、彼女のメインクエストは母親から受け継いだ『宝鍵』で遺跡の扉を開け、そこを攻略すること。
僕……プレイヤーの気持ちとしてはもちろん同行して手伝いをしたかったが、キャラクターのユウとしてはそんなの許されないことだった。友達であるのは確かだけど、それよりも記憶を探すほうが肝心だった。それが、RPっていうものだと僕は学んだ。
「へぇ、いいなぁ。オレも森の向こう側に行ってみたいもんだぜ」
「ハルさんは特務ではありませんし、私達と分かれた後に行ってみては?」
「んー。それもアリだけど、いいや。やっぱコイツが心配だしな?」
うりうり、と僕より身長の高いハルが僕を押さえつけるようにして頭を撫で付ける。
「はっはっは! 坊主、人気者じゃなぁ!」
「ははは……」
『ん?』
不意に、ハルとゼファーが不審そうな声をあげる。
「どうしました?」
「シッ。静かにしてくれ」
途端、僕の感覚ががさり、という音に反応した。
「足音がするよ。──遠いけど、隠れる気はなさそうな音だね」
「よ、よく聞こえますね。ゼファー、発動待機詠唱を行うので手伝ってください」
リースが杖を構え、風の精霊魔術の行使を準備する。
魔術はあらかじめ術式に発動待機とコマンドを入れておくと、詠唱が完了しても任意のタイミングまで発動を遅らせることができる。これを、発動待機詠唱と呼ぶ。
「近い! 人間、もしくは二足歩行の足音だよ!」
「黒き羽と……ハル殿は後ろに!」
マッコイと僕が前衛に。ハルはただたんに体格を見て柔らかそうだと判断したのだろう。まぁ、軽装備ということもあるし、マッコイの指示は的確といえる。
茂みから継続的にがさがさ! という音が聞こえてきて、いつ飛び出してくるか、全員で構える。
そして、茂みの中から複数人の、原住民のような色とりどりの布を身にまとい、白く不思議な彫刻が施された仮面を装備した人間が飛び出してきた。
「しまっ……シャーマンか!」
「奇ッ怪な! ワシの戦斧の錆びとなるがよい!」
マッコイがぶぅん、と大きく戦斧を薙ぐ。──が、それをまるで気にもしていない様子でシャーマンはそれを回避し、機敏な動きでマッコイの後ろを取る。
「まかせろオッサン! いくぜ、《龍風演舞》!」
ハルの右脚を緑色のライトエフェクトが覆い、目にも留まらぬ速度でマッコイの背後を取ったシャーマンに炸裂する。
それを見た他のシャーマンが木製の杖を掲げ、魔術で火の弾を放ってきた。
「《ウィンドバリア》」
リースの杖の中に留まっていた風の力が解放され、風力のバリアが展開され、不思議な方向へと火球を吹き飛ばした。バリアに当たる直前に火球が凄まじい轟音をあげていたが、リースが苦そうな表情をしていたのを見る限り、火属性攻撃魔術に対して風の防御魔術は相性が悪そうだ。それでも上手くいったので、ラッキーといえる。
僕も鞘から剣を抜き放ってシャーマンに踊りかかろうとするが、頭の中で何か警告音のようなものが響き渡り、踏みとどまる。
「皆! ええと、そこの茂みに隠れるよ! こいつら、僕達に敵意なんて持っちゃいない!」
「シャーマンがこんな低級の魔術、使うはずがありません。きっと牽制のために撃ったのでしょう。仕掛けたのも、こちらからですしね。私は下がります」
リースが僕に指示されたとおりに茂みに飛び込む。
「ちっ、しゃあねーな!」
ハルも手近なシャーマンを蹴り飛ばしてから、下がる。
「坊主! ワシは最後でいい!」
「ありがとう、マッコイさん!」
シャーマンをマッコイに引き寄せてもらって、僕もその隙に退却する。
マッコイは僕が避難できたのを確認すると、大きく矛斧を振り回し、シャーマン達を牽制しながらこちらへと下がってきた。
シャーマン達はというと、それを確認するやいなや、僕達のことはまるで興味にないとでも言わんばかりに、来た道とは反対方向へと走り去っていった。
「どういう事だ? ユウ」
「ごめん、後で説明するから今は静かに」
そう、確かに聞こえた。
シャーマン達の足音とは比べ物にならない存在感。
きっと、シャーマン達はその存在から逃げていたのだ。
「な、なんですかこの音……」
リースが怯えたように杖にしがみつく。
航空機が飛ぶときのような音が響き渡る。茂みから覗いてみると、そこにはとても大きな影が一つあるだけ。
「なんじゃぁ、ありゃぁ……」
マッコイが呆然としたように呟く。
そこには、見るからに巨大な存在が、浮遊していた。
真っ白い鱗に覆われた甲殻、白銀色の角、純白の雄雄しい翼。大きさの割には洗練されたシルエットのそれからは細長く鋭い尻尾が伸びていた。
「成竜……バカな、竜族は高山地帯にしかいないハズじゃないのか?」
ハルが珍しく怯えたようにそう言った。
「ワシもあれは、さすがに見たことがない」
「ゼファー、あれは迷いの森に元から棲息している種ですか?」
「いや、ボクも見たことないよ。でも、有り得ないことじゃないかも。地盤の道から西へずっと進んでいくと、霊峰に行ける。
霊峰なら年齢の高い竜種達が棲んでてもおかしくないから、そこから降りてきたのかな……」
オーヴィエルでの竜種は、年齢で力が決まる。
年とともにその知識と体格を強めていき、純粋に存在としての質を高めていく。
世界最強とも謳われる竜種、とても人間が太刀打ちできるような存在ではないのだ。
「あの竜、空を歩いてるみたいに見えるけど、リースにはどう見える?」
「……私にも、そのように見えます」
果たして茂みの上空を浮遊しているその竜は、空中をまるで地面のように歩いているように見える。
「サイズから見て成竜サイズだ、そんな能力を得られる種なんてあるのか?」
竜種にも人間と同じようにいくつもの種があり、そして、格というものがある。
格はサイズ、つまりは年齢で決まる。
生まれてから百年に満たない竜は幼竜、五百年以上生きた竜は成竜、千年以上の竜は龍、二千年以上の竜が上龍、五千年以上の竜が古龍、一万年以上の竜が古代龍、十万年以上の竜が至上古龍、百万年以上の竜が永劫龍、オーヴィエル創世の時に生まれた竜を、創世龍と分類される。
もっとも、ここで紹介した例も一例であり、竜をとりまく様々な環境に応じて呼び方が変わる場合もある。
そして、竜の種別により、その竜それぞれの特性は大きくことなる。
火を吐く竜や、大気を操る竜、などなど。
しかし、竜種の知識をある程度知っている僕以外のメンバーでも、目の前の竜の種別を知ってはいなかった。
「魔龍、かもしれないですね」
リースが小さく呟いた。
「確かに、有名どこじゃない特性持ちの龍となるとそうかもしれねぇな。成竜で特性を得られるなんて聞いたこともねぇ」
「魔竜、って?」
「魔術に身を染めた竜のことです。本来、竜種は魔術を神々から禁止された種族なのですが、その人間を凌駕する知力を用いて魔術を覚え、行使するようになった竜のことをそう呼びます」
「へぇ……。じゃああの竜の空中歩行は魔術?」
「…………」
「リース?」
リースは険しい顔をしながら、空中に指を走らせていた。他人からは見えないが、ウィンドウを操作しているのだろう。
「《シャットアウト》──」
「新しい魔術?」
「はい、小さい範囲ですが外部への気配漏洩を防ぐ風の精霊魔術です。竜種の知覚能力でも絶対に看破はされないと思いますが、2レベルの取得がやっとだったので、効果時間は二分です。
クールタイムがかなり長い魔術ですので、効果が切れたらまずいです」
「本当に、大丈夫なのか? そろそろオレ達のとこまで来るぜ」
「随分ゆっくりした動きですから、早く通過してくれることを祈るしかありません。それと、対抗魔術の類を使用していたら一瞬でバレますね」
「ゾッとしない話じゃな。もしバレたりしたらマズいかもしれん。魔竜は人間に対してあまり友好的でないと聞くしのう」
「ねぇ、リース……」
「何でしょう?」
「何か今、あの竜と目が合ったような──」
一同、僕を見る。
そして続けて、竜を見る。
「おかしいですね、絶対に、見えない、ハズなのですが……?」
リースがさっと青ざめて、ぎこちない動きでじりじりと後ろへと下がる。
「おい、見ろ。これはなんだ?」
ハルが辺りを見るように促す。
リースが展開した薄い風の膜の効果外の空間、そこを覆うようにして、真っ白い霧が立ち込めていた。
「この霧! リース、《ディヴァイン・キャンセラ》は?」
「駄目です、《シャットアウト》も解除されます」
「しかし、これは完全にバレているのではないか?」
「リース。相性が悪いよ!」
ゼファーが慌てたようにまくしたてる。
「この霧、絶対にあの竜の仕業だ! 風を展開してると、逆に霧がなくなった場所だけ浮き彫りになるよ!」
「ゼファー」
じっ、とゼファーを手にとって見つめるリース。
「な、何?」
「なんであなた、水の精霊じゃなかったんですか? さっきのシャーマンの時といい……」
ぶふっ、とハルが盛大に噴出した。
ゲーマー根性丸出しのRPすら放り投げたその発言に、共感できるところがあったのだろう。
「ボクが風の精霊じゃなかったらセノンで帝国に狙われた時にリース死んでるからね! そりゃぁ、今はあの時よりピンチかもだけどさ」
「とっ、とりあえずさ」
バックパックを担ぎなおして言う。
「どうする? もう、今すぐにでも飛んできそうだよ! まともにやりあっても、勝ち目なさそうだし」
「なら、決まってる。逃げるしかねー」
ハルがシャツの端を揺らして立ち上がると、それに続くようにして皆立ち上がる。リースは《シャットアウト》を解除した。
「向こうまで走れば、エルフの集落まで行けるよ! 早く行って、匿ってもらおう!」
「ありがとう、ゼファー。土地に詳しいのは助かります」
竜の視線をひしひしと背後から感じながら、全力で悪路を駆け抜ける。途中で蔦や細かい草に引っかかるが、それでも強烈なプレッシャーに襲われて、足を止めることができない。
マッコイが一番後ろに位置を取り、その前を僕、先頭からリース、ハルという順に並んで走る。
「はっ、は」
緊張からか、呼吸が苦しい。
先頭を走るリースはAGIも低いので着いていくのは楽だけど、精神的に苦しいこの状況では緩やかな速度での走行が逆に辛い。僕の後ろにいるマッコイはどれほどの精神的圧迫を受けているのだろうか。
「エヤァァアアアアアウ!」
背後から、空気を刺し貫くような巨大な咆哮が轟いた。
巨大な鳥のようなその声は、生理的な恐怖感を催させるような声だった。
「うお、っと。大丈夫か? 天使ちゃん──ぁ?」
ハルが立ち止まったリースにぶつかり、足を止める。そしてリースを心配してか声をかけたハルのその言葉も、止められた。
果たしてリースの目の前には、巨大な純白の竜が佇んでいた。
「え、え……嘘」
杖を取り落とし、呆然と立ち尽くすリース。
「リース、離れて!」
竜はただ静かにそこに佇むのみ。
どうして背後から迫ってきていた竜が、目の前にいるのか。
僕とマッコイが慌てて駆け寄る。
竜はそれを見て目を細め、口から白い吐息を吐く。
ハルは危険を察知してか、バックステップで大きく距離を取る。
『魔術が詰まった娘……いただいていくぞ』
大地を揺るがすような声が響く。
そして、次の瞬間には──
「リース!」
伸ばした手は、空を掴んだ。
見ると、純白の竜とリースは、霧となって消えていた。
辺りの霧は嘘のように晴れ、ただ静けさだけが残った。
・Skill information
《シャットアウト》Spiritmagic/精霊魔術[風]
詠唱:3sec.
あなたを中心とする直径1mの空間を対象にする。
対象となった空間を覆う風の膜を(SL)分間の間展開する。
風の膜に覆われている間、対象の空間内から外部へと気配や音が漏れることはなくなり、外部から視認することができなくなる。
この魔術は使用した直後からオーヴィエル時間30分の間、発動することができなくなる。
《龍風演舞》 Active
コスト:(SL+6)MP
対象:自身(付与型)
次に行う格闘、蹴り攻撃の攻撃速度を+(SL×15)%。
命中判定の達成値に+(SL×20)。