Forest of labyrinth 1
オーヴィエル時間の翌日、朝。
若草色の長い外套、しっかりとしたジャケットメイル、リースが見繕ってくれた耐久の高そうなブーツパンツに、悪路をものともしなさそうな革製のロングブーツ。
腰のベルトには全長にして90cmほどになる剣が鞘にしまわれた状態で掛けられている。
背にはずっしりとしたバックパック。中には保存食、水筒、ロープに火打ち、キャンプセットに毛布などなど、旅に必要なあれこれが詰められている。
「不備はないはず、です」
僕の後ろから声が聞こえる。
楽器の音色のように澄んだその声は、ルディオ特務騎士団序列第十二位、"黒き羽"リースのものだ。
リースは筋力の問題と背中から生えた黒々とした羽のせいで荷物は持たせられないので、両手で杖を持っている。
「やっと本格的に冒険って感じだね」
「そうですね……楽しみです」
僕のバックパックの中身を整理していたリースは最後にきゅっと強く紐でバックパックの口を閉じると、煉瓦作りの城壁にもたれかかる。
「そろそろ時間ですね」
「まぁ多少遅れても問題ないと思うよ」
そう、僕達の出発の時間は決まっていた。
しかし、もう一人の同行者が来ないので今は城壁前で待機していたのだった。
"砂漠の花"マッコイ。アーチーの話によると随分暑苦しい人物と聞いているが、百聞は一見にしかず、僕は聞いた話よりは自分の目を信じるタイプだ。
「ユウさん」
リースがくいくいっと僕のジャケットをひっぱり、身を引き寄せる。
「な、何?」
僕は少しだけドキッとしてリースのほうを見てしまうが、リースの視線はもう少し遠いところを見ていた。
「あれはなんでしょう?」
リースの目線を追う。
城門から続く大通り、人々の中を何かを叫びながら、いや、泣け叫ぶようにして走る二人組みの男が、こちらへ走ってくる様子。
「ひいぃっ!? だっ、誰か助けてくれ!?」
情けない声で回りに助けを求めるも、NPC,PC問わず誰もが無視している。
そして、その二人組が近くなるにつれ、その背後に彼らを追うようにして走る男の姿が見えた。
「うあっ」
リースが嫌そうな顔をして視線を逸らす。
その男、出で立ちが少々常軌を逸していた。
逞しい体つきに、高い背丈。筋肉で膨れ上がった丸太のような両手両足。その両腕には髑髏の刺青が入っており、その存在感を増大させている。
彫りの深い顔立ち、つるりと剃られている頭。現実世界でのプロレスラーを連想させる。
そして、彼の両手には3mはあろうかという矛斧が握られている。
これだけならまだ、何かをしでかした二人組を成敗するマッチョメンに見えないこともないが、それだけではなかった。
上半身裸、下半身はジャージのようなゆったりとしたズボン。そして、腰にはなんと若草色のマントを巻きつけていた。
「あ、ああ……」
ここまでくれば誰でも気づくだろう。
間違いなく彼は、"砂漠の花"なのだ。
確かに暑苦しい。リースはもうそっぽを向いてしまっている。
こればかりはアーチーの評価が正当すぎたと言うしかないだろう。しかし僕は、何も外見だけで人を決め付けるような真似はしない。そもそもキャラメイクできるゲームなのだし。
僕は外套を翻して城門近くに仁王立ちすると、逃げ惑う二人組を静止させるように鞘に入れたまま剣をベルトから抜き放った。
「止まれ! 特務騎士団だ!」
クセになりそうな気持ちよさだった……じゃない、僕はなんとか逃げる二人を止めることに成功した。どうして逃げているのかは分からなかったが、特務に追われているのだからロクなことはしていないだろう。
「え、ちょ、マジかよ!」
狼狽する二人組。そして、背後から追っていた"砂漠の花"も僕を見るなり驚いたように声をあげた。
「"流星"! 協力感謝する! そこな不埒者共を成敗せねばならんかったのだ!」
かぁっはっは! と予想通りにも力強い声で笑うと、観念せいと言わんばかりに諦めたように力なく立っている二人に歩み寄る"砂漠の花"。
「ま、待ってください。僕はまだそこの二人が何をしたのか聞いてませんよ」
「──おぉ、そうだったな。ここな不埒者はな、殿下を誘拐しようとしたのだ」
これにはさすがにリースも反応し、城壁の影からこちらを窺ってきていた。
「殿下、ってアーチーか。よくもまぁ……」
しげしげと地面に座っている二人組を見る。冒険者や戦士のようには見えず、戦闘の嗜みがありそうな装備はしていない。正直な話アーチーのほうが圧倒的に強そうだった。
「いいや、アーチーではないのだ」
「うん?」
「そうか、お主は記憶喪失だったか。こやつらが誘拐しようとしたのはアーチーの妹にあたる方、ルーティアチリィ様だ」
妹なんて初耳だ。しかし姉に似て強そうな女性なのを想像して、やっぱり誘拐なんてされないんじゃないかと思ってしまう。
「ルーティアチリィ様はアーチーとはその、なんだ、正反対の性格をしておる。少々お転婆ではあるが、度々城を抜け出す以外は物静かな方よ」
「あー……なんとなく話は読めました」
つまりは城を抜け出したルーティアチリィ殿下を誰か分からずにデートか何かに誘ったのではないだろうか。僕はとりあえずこう推測することにして、二人組の兄貴分と思えるほうに聞いてみる。
「あの、もしかしてその人が誰だか分からなかった、とか?」
「そっ、そうだよ! そりゃあ服はかなり上等だし可愛いし、でもまさか王族だなんて思わないだろ!? 俺もコイツも陛下の顔なんて見たことがなかったんだよ!」
「──だ、そうですよ?」
「ふぅむ」
"砂漠の花"はハルバードを降ろしてむんむんと三秒ほど悩む素振りをみせたが、にかりと笑って破顔すると、二人組にずかずかと近づいて、ばしばしとその背中を叩いた。
「主らの言っていることに嘘はなさそうじゃな! 主らに非がないとは言えんが、運が悪かっただけとも言えよう。いい勉強になったと思って別の娘っ子とでも遊んでくるがいい」
「あ、ああ。すいませんっした」
二人組は揃って頭を下げると凄まじい勢いで逃げていった。
「さて」
"砂漠の花"はゆっくりとこちらに歩み寄る。
「遅れてすまなんだな、"流星"、それに"黒き羽"。"流星"は久しぶりじゃな」
声量が非常に大きく、語りかけてくるようなゆったりさでも大した迫力がある。
「久しぶり、と言いたいところだけど、覚えてないからもう一度自己紹介でいいかな……? 失礼だとは思うけど」
「構わん構わん! 何度か世話になった、何度でも自己紹介くらいするといい!」
ぐわっはっは! と痛快に笑う"砂漠の花"。
「僕はユウ、特務騎士団のユウ」
「ワシは"砂漠の花"マッコイ。マッコイと呼んでくれい──ところで坊主、"黒き羽"はなんであんなところにいるんじゃ」
以前の僕は坊主と呼ばれていた設定だったのか。以前の関係、つまり僕とマッコイが実際にこうして会う以前の話、それはお互いの発言で形作られていくものだ。それがRPというものであり、繰り返していくことで設定が深まり、よりキャラクターの完成度が上がっていく。
ユリシアやアーチー、そしてハル。『ユウ』を以前から知っているという設定のキャラクターとの間にあったことは、お互いが話すことでシステムがその設定を拾っていくのだという。
それはともかく、リースのほうを見る。
リースはしぶしぶとこちらに歩み寄ってくる。
「ええと、"黒き羽"、リースです。よろしくおねがいします……」
おどおどと答えるリースの手を掴み、
「おう! よろしくたのむわ!」
ただでさえ低い身長がより一層縮こまって見える。まぁ、筋肉の塊に手を掴まれるのは確かに怖いかもしれない。
「それじゃあ、行こうか、二人とも」
「はいっ」
「おうさ!」
目的地が悪路になるので、馬もなしでの旅になる。オーヴィエル時間でそこそこの時間がかかるだろう。
二人に時間のこともあるからと、迷いの森に入る前に一度解散にする旨を告げ、僕達はルディオを旅立った。
ちなみに、オーヴィエルでの体感時間は現実の五倍だという。
どういう原理か分からないが、脳への信号として送っているものなので、それらの時間をいじることは容易いらしい。しかし、やはり長時間のログインは肉体的な負担がかかるので、基本的にAWDD環境下では一日に9時間を越えるログインがあると警告メッセージが表れるのだそうだ。
順調に進めば、迷いの森に着くころには現実では8~9時。少し遅いかもしれないが夕食を食べたりして、もう一度集まろうということになった。
少々奇妙なメンバーを加えて、僕の旅はまだ続く──否、これから始まる。
解説:メタゲーム構造について
「役職を持つPCがログインをしない場合」について
ご質問をいただいたので、返答として設定の追加、解説を公開します。
ここでは、RPGのメタゲーム構造について解説します。
Material World Onlineを読み進める上で非常に重要な要素となりますので、ご一読お願いします。
また、TRPGやPBW、一部スタンドアロンRPGやMMORPGなどでメタゲーム構造について知識を持っている方も、メタゲームの解説をした上でMWOでの処理等を説明しますので、一読くださると幸いです。
1.メタゲームとは?
スタンドアロンRPGのように、キャラクターが決められた台詞や人格を持ち、台本通りに行動し、自由行動にのみプレイヤーが干渉し、世界へ影響を与えていく。これは、通常のゲームプレイですね。
しかし、MMORPGやTRPG,PBWを始めとした、自分自身しか持たないキャラクターを、プレイヤーが操ることによって成立するゲーム、これら全般はメタゲーム構造によって成り立っているといえます。
さて、前述した通常のゲームプレイと、メタゲームプレイ、これのどこに差があるのかと言いますと、
「プレイヤーキャラクターが知らない、プレイヤーの知識などで進めていく」ところです。
例えば、ハルがユウに現実世界で「ゴーレムには物理攻撃は効かないよ」と伝えてたとしましょう。
もし、MWOでユウがゴーレムに出会ったとします。MWOのユウはゴーレムに物理攻撃が効かないことは知りませんが、現実世界のプレイヤーである裕也はそのことを知っています。そうした時に、有効な手段がないとして戦闘から逃げ出す、といったプレイングをメタゲームプレイといいます。
(勿論これは一例にすぎません。ほかには攻略本などを見てアイテムドロップ率を調べて効率のいい敵を倒し続ける、などもあります)
2.メタゲーム構造とRP,MWOでの処理
以上のことも踏まえて、MWOも例に漏れず、メタゲーム構造を積極的に取り入れているゲームであることが分かります。MWOにはRPアシストがありますので、メタゲーム構造とRP関連では多彩な処理が存在することとします。
MWOではTRPGやPBWのように、話しや行動でPCの設定が固まっていくことがあります。これを利用した処理として、「役職を持つPCがログインしない場合」の処理を例として紹介します。
アーティアチリィが現実時間一週間、プレイヤーの都合でログインできなかったこととします。
国ではもし隠し切れなかったら騒ぎになりますね。
しかし、翌週にログインした時に残されるのは、「現実世界一週間分の時間に相当するオーヴィエル時間、姿が見られなかったという事実」になります。
いきなり王城に姿を現したアーティアチリィに、兵士達ないし特務騎士団のPCは聞くでしょう。きっと、「どこで何をしていたのですか」と。
そこで答えることによって、アーティアチリィのその空白の時間の設定が埋まるというわけです。
「城を抜け出して国境視察に」とでも、「極秘の作戦があってな。すまなかった」とでも答えることはできるわけです。
または、空白の時間の中で別のPCが「殿下なら今は~~をしておられる」といったように、フォローRPをすることも可能です。
そのようにRPアシストを生かすことにより、現実と仮想現実の間に生じる矛盾点を解消していけることにこそ、RPシステムの真髄はあると言えるでしょう。
長々と失礼しました。
表現力に欠ける自分の分では、説明に難しいメタゲーム構造を書いてみたものの、イマイチ分からなかった方もいらっしゃると思います。そういった方は是非ネット上のメタゲーム構造の考察等を見ていただければ、と思います。
もし他のシステムや内容の矛盾、質問などがあれば出来る限りで解説させていただきますので、ご一報くださればと思います。