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Material World Online  作者: カヨイキラ
1.Orwiel
23/39

Memory 2

 ルディオの紋章が刺繍された若草色の外套。国が雇っている裁縫師のお手製らしく、相当に良い作りをしているらしい。

 これは特務騎士団専用の装備で、レベル0の装備ながらもそこそこの防御能力と、移動力修正がある。

 ユリシアがばっさりと切れ目の入った外套の修理をしている間に、僕達は給仕服を着たNPC達から採寸作業を受けていた。ここまでリアルに作られてしまうと、もう現実となんら変わりないように思えてしまう。

 この世界にメジャーなどという便利なものはなく、型紙に数字のような記号が記されたものを使っている。

 迅速な作業でNPCが採寸作業を終え、僕はインナーの上に鎧を着込んだ。大分着慣れてきたからか、装備時間がかなり早くなっている。

 給仕服を着たNPCが部屋を出て行くと、隣の部屋で採寸を受けていたリースが木製の扉を開けてこちらに入ってくる。

 「既存の材料では私の服は作れないと言われました……」

 ばさばさ、と黒い翼を動かすリース。

 くるり、と後ろを向いて、背中のほうを示す。

 白くゆったりとしたローブのような服。その背中から透けて出てくるようにして羽根が突出している。

 「私の羽、服を通り抜けてるんです。ずっと羽の特性だと思っていたのですが、通り抜けるのは材料の性質だったらしいです」

 「じゃあ外套は……」

 「無理ですね。というか、羽に何か当たるのはむずむずして嫌なんです。寝る時も横を向いていなくてはなりません」

 「へぇ」

 確かに現実では羽なんてものがない人間だ。システムに規定された感覚に戸惑うこともあるのだろう。僕だって背中に羽が生えてて感覚があったら落ち着かないと思う。

 「外套は何か別の物を作ってもらって代用したほうがいいのかな。身分証みたいなもんだと思うし、紋章付きならいいんじゃないかな」

 「──その認識は正しい」

 「!」

 突然背後から現われた純白のフルアーマー。若草色の外套が元通りになっているユリシアだった。

 顔には兜の鋭角的なバイザーだけのものに羽のような装飾がつけられた不思議な防具をつけている。ただでさえ髪で目元が見えないのに、もう髪が揺れようがどうなろうが目は見えなくなってしまっている。

 「ユウの外套は完成した。リースのものは、特例でこれになった。性能に若干の差があるから注意」

 「わぁ……」  

 ユリシアから手渡されたそれは、若草色の生地で作られた長いマフラーだった。両端にルディオの紋章が刺繍されている。

 リースは早速それを首に巻き、くるりと回ってみせる。オーヴィエルに季節があるのかはまだ分からないが、あながち季節はずれのようにも思えないので丁度いいだろう。

 「ありがとうございます!」

 僕もユリシアから手渡された外套を首留めに苦戦しながらもなんとか装備する。長さがばっちりと出来ていて、とても高級感の漂う外套だ。

 「ん。王国から二人には支度金が出てる。これで装備なり必要品なりを整えるといい」

 ユリシアから皮袋の金貨入れが手渡される。ずっしりと重く、結構な金額が入っているだろうことが窺える。

 「いいの? こんなに」

 「ユウの分は渡せなかった給金も含まれている。王国では殉職扱いになっていたけれど」

 「さらりと怖いこと言わないでよ」

 でも確かに、迷いの森に送り込んだ部隊で誰一人として帰還しなかったら殉職扱いにもなるだろう。

 「城下町や王都の店には質の高い品が多く取り扱われている。私なりに歩き易いよう地図を書いておいた。使うといい」

 羊皮紙のような、普段お目にかかれない紙にインクで書かれている地図。──柔らかい丸文字で書かれていて、ところどころに猫のようなやんわりとしたキャラクターが描かれている。確かに分かりやすくまとめて書いてある。

 「可愛いですね……」

 「そうだね……」

 男子校に通っている身としては、普段こういった女性らしい字を見る機会がないので少し妙な気分だ。ハルの書く字は正直汚いので例外。あれは文字ではなく記号だ。

 二人で地図を見ていると、ユリシアは部屋からいなくなっていた。

 「とりあえず、行こっか」

 「はい!」

 僕とリースは、ルディオ城を抜けて、城下町へと向かった。




  

 セノンとは対照的に、温かみのある活気というよりは、どこか気品漂う活気の街並。すれ違う人々も身なりのいいNPCや、鎧などを纏った冒険者が多く見受けられる。

 「えーっと、ここが赤い月通りで……。そこの路地を曲がるとユリシアのお勧めらしい武具店があるみたいだね。

 いい加減盾も鎧も変えたいし、剣も随分ボロくなっちゃったから新しいの選んでみようかな」

 「ユウさんの剣、最近は杭として使われてますからね」

 くすくす、と小さく笑うリース。

 確かに、思えば名も知らないこの剣を僕は杭のようにして使ってしまっている。アクアの戦い方がすっかり移ってしまったみたいで、敵に突き刺して蹴り飛ばすのが主流、みたいな。

 「理想の剣は鎖が付いていて投げやすく、蹴りやすい剣ですね」

 「それ、もう剣じゃないよね」

 二人でひとしきり笑い終えると、気がつけば赤い月通りを抜けて、狭い路地へ入り込んでいた。

 この路地を抜ければ、カカーリオという武具を扱う工房があるらしい。ユリシアの地図には「かかーりお!」という吹きだしの書かれたデフォルメ猫の絵が描かれている。

 「あ、ありましたよ! あれじゃないですか?」

 不思議な文字で店名の書かれた看板。何が書かれているのかはサッパリだが、恐らくこの世界でカカーリオを表す文字なのだろう。やや下町の雰囲気を残す鍛冶工房といったところか。

 店を窺う冒険者なども見て取れるが、そのどれもが中へ入ろうとはしない。どういうことなのだろうか。

 「入ってみましょう」

 「あ、僕も行くよっ」

 人が入らないのには何か理由があるのでは……? と思考をめぐらせたところでリースが木製の扉を開けて店内へと突入したため、思考中断して僕も中へ入ることにする。良くも悪くも、今のリースは目立ちすぎるからだ。

 扉を開けると、からんころん、と渇いた風鈴のような音が鳴った。


 「誰だ? 今日は予定もねぇハズだが……」


 木製の椅子に座りながら、羊皮紙に何かの設計図を書いている男性。燃えるような赤い短髪の髪をバンダナでまとめている。顔立ちから、年の頃は20代前半と窺える。

 職人気質とも取れるぶっきらぼうな口調に、やや渋めの声。瞳だけが少年のような探究心や好奇心といったものに染まっていて、第一印象は良い。

 「えーっと、ユリシアの紹介で……来たんですけど」

 「何だ、アイツの知り合──その外套、特務のか。アンタ、新入りか?」

 「一応僕は前から特務にいる、らしいです。色々事情があって。

 こっちは、今日から特務騎士団に入った……」

 「リースです。よろしくお願いします」

 燃えるような瞳を動かしてまじまじとリースを見る。

 「んっとに特務には変な連中しかいやがらねぇ……。次は獣人かと思ってたが、天族とはなぁ。

 その点アンタみたいなのがいたってことに俺は嬉しく思うよ。名前は?」

 「ユウです。周りからは"流星"って呼ばれてました」

 バキッ。男が手にしていた羽ペンが真っ二つに折れる。

 「"流星"……だと? 特務の13人目の団員、流星の剣技を持つ天賦の才に恵まれた新人、一度も見たことはなかったが、それがアンタみたいな細っちょろい男、か」

 男は懐からやや太めの煙草のようなものを取り出し、火打石で器用に火をつけて、吸う。

 「まぁとやかくは言わん。俺も姫様には世話になってるしよ。

 ここに来たってことは、装備が入り用なんだろ? 天族の嬢ちゃんは見た所鎧も剣も必要なさそうだが……というかなんだ、その剣」

 リースが抜き身のままぶら下げている装飾剣に目が行く。儀礼用の剣なのか、宝石や貴金属で装飾が施されたその剣は、レベルアップで取得した《オールラウンドⅡ》に、3レベルまで上がったウェポンマスタリでも装備することができなかった。

 男は装飾剣をリースの手から奪い取ると、それを睨みつけるように見つめた。

 「レベル12の片手剣か。まさか嬢ちゃんの装備じゃないだろうな?」

 「私は剣を扱えないので、売り払う予定です」

 「んー、まぁ作りこそ最悪だが材質はかなりいいな。分解用に俺が買おう。……2万でどうだ?」

 「もうちょっと」

 といいつつ、指を三つたてるリース。それは値段にして1,5倍なのでちょっととは言えない気もする。というか、妙に逞しいな、リース。

 「それはさすがに出せねぇ。2万と5000でどうだ」

 「売ります」

 目を爛々と光らせてAWMMO内で初取引を行う天使の図。平常時ならいいんだろうけど、真っ赤な瞳でそれをやられると非常に怖い。

 「ほらよ」

 皮袋に詰まった金貨をリースに渡す。ユリシアに聞いた話だと、商売人のPCは《勘定眼》というスキルを取得するらしい。視界に入ったゴールドを一瞬で束ごとに金額を表示するという効果で、商売をして過ごすには必須のスキルだそうだ。

 「それで"流星"。アンタはどんな装備が要るんだ?」

 「まずは、この剣を見てほしいです。なんか、凄い刃こぼれとか、歪んできちゃったりしてて」

 「……ナズメタル、ブレード? 未確認の材質だな。

 すげぇ耐久力だが、もう九割方ボロが出ちまってる。修理するのは簡単だが、いっぺん溶かしちまって他の材料も使って作り直したほうが性能はよくなりそうだぜ? っと、もう少し詳しく話すからフレンド送るぜ」

 リオ という名前がフレンドリストに追加され、すぐにメッセージが届く。武器の相談にもなると、メタな発言も避けられないのだろう。

 『純血種だよな? オールラウンドとウェポンマスタリはいくつまで持ってるんだ?』

 『オールラウンドはⅡまでで、ウェポンマスタリは剣が3です』

 『となると5Lvまでか。性能としてはどんなのがいいんだ?』

 『できれば、ですけど。頑丈で打撃と刺突の攻撃力が高い武器がいいです』

 『……槍にするって発想はねぇのか?』

 『……ないです』

 苦笑いを浮かべながら工房の不思議な材質の窓から空を見上げるリオ。

 「やっぱ特務は変人揃いだ。分かってたことだからいいんだが。

 それで、"流星"。この剣の材料を使えばアンタが望んだ性能の剣を作れるが、この剣はなくなっちまう。

 こっちで出来る限りいい材質で作ると、耐久力と打撃、刺突メインだと切れない武器になっちまう。

 作成する武器の選択はアンタに任せるぜ」

 「愛着がないわけじゃないけど、やっぱり新しい武器にしたいです。僕の剣を材料に使ってくれて構いません」

 「あいよ。じゃあ次のオーダーを聞いとこうか。

 見たところ、相当ちゃっちい盾と鎧じゃねえか。そっちも変えておいたほうがいいだろ」

 「盾は金属で、鎧はもっと格好いいのにしたいと思ってたところです……」

 切実な本音だ。

 『次、アーマメントマスタリと小型盾のウェポンマスタリレベルを教えやがれ』

 『両方1です』

 『上げろ? 残り経験点全て使って上げろ?』

 メッセージでのやり取りなのでリースには聞こえていない。集まった金貨を小さい手で必死に数えている。自分の世界に入ってるようなので、しばらくは放っておいても大丈夫そうだ。

 僕はスキルウィンドウを開いて、今までずっと放置していたウェポンマスタリ:小型盾とアーマメントマスタリ:軽鎧のレベルを上げていく。

 とりあえず両方レベル3まで上げても、まだまだ経験点が余っている。

 一気に上げてしまうついでに、途中でレベルを追い越された剣のマスタリも上げていく。

 『小型盾が5、軽鎧が6、ついでに剣が5になりました』

 『おお、上等だ。じゃあまずは鎧だな。ユリシアみてーにゴツいのは重鎧の分類だから無理だが、軽鎧なら俺らの世界でいうジャケットみてーな洒落たやつも作れるぜ。今アンタが着てるみたいなファンタジーな感じのも勿論作れるが』

 『お洒落なほうで』

 『だろうよ。盾はどうする?』

 『丸型、あんまり好きになれないのでこう、少し長い三角形型ってできますか?』

 『カイト系か、勿論作れるぜ。任せときな』

 リオは今までの注文を全て紙に書き記していたようで、ふう、と一息つくと椅子から降りた。

 「じゃあ明日までには仕上げておくから、好きな時に取りに来い。

 代金は特務のほうから半額が支払われることになってるから、8000Gだ」

 8000G、金貨八十枚。

 革袋からざらざらと取り出して、リオに手渡す。

 「毎度。あと剣は置いていってもらうが、何かと不安だろう。そこらから一本持ってけ。次に来るときまで貸してやるからよ」

 くい、と顎で示した先には、傘立てのような場所に何本もの剣が刺さっている場所だった。

 その中の一本、ナズメタルブレードと長さの似てる剣の鞘を掴んで、腰のベルトに引っ掛けた。

 「それじゃあ、借りていきます。ありがとうございました!」

 

 

 


 カカーリオを出た僕達が次に向かったのは、街のはずれのある小さな家屋のような商店だった。外から見る分には極普通の外観をしているのだが、内装は酷く不気味で、静かな威圧を放っている。

 ぎぃぎぃと鳴く椅子に深く腰をかけ、黒いフェザーハットをかぶった妙齢の女性──耳が長いので魔族種のようだ──にリースが声を掛ける。

 「あの、ここが魔術用品店ですか?」

 「あぁぁ……そうだけど何か? もしかしてそうは見えない? アタシが魔女に、見えない……?」

 「みっ、見えます見えます」

 女性はしわがれた声で嘆くように話す。MWOではPC作成の際にボイスもかなり膨大な数の中から選ぶことができ、更にそこからランダム要素が加わるのでまず同一の声を持つキャラクターはいない。特徴的な『魔女』の声も、恐らく彼女が望んでエディットした声なのだろう。

 「それで可愛らしい天使のお嬢ちゃんはこんな所に何の用だい? 天使の涙は貴重な素材……フフ」

 「魔法の武器を見せてもらいたくて来ました……」

 おどおどと受け答えをするリース。話によると対人は苦手らしい。

 というかこの魔女もわざと怖がらせるような振る舞いをしているようにしか見えず、表情にはどこか悪戯さを感じさせるものがある。

 「生憎とうちはオーダーメイドしか受け付けていないよ。既製品は置いちゃいないんだ。何なら今からでも作ってみせるけど、どんな媒介具がいいんだい?」

 媒介具、とは魔術を行使する補助道具のようなものである。

 ウェポンマスタリの分類では魔法武器というカテゴリに入っていて、魔術の助けとなる素材を装備できるような形にしたものがそれに含まれる。例としては宝石を埋め込んだ杖、魔法の力を帯びたアクセサリ、などである。

 「立ち回りに影響がないもので。魔法効果としてはマナ自動回復速度と治癒力アップもしくは神聖魔法強化が欲しいです」

 「ああ、堕天使はRPしなくていいのかい。こっちとしても助かるね。

 マスタリとStrは?」

 「マスタリは3レベルでStrは18です。両手杖がいいのですが、やっぱり重くなってしまいますよね?」

 ちなみに現時点での僕のStrは112。僕とリースのレベルは1しか変わらないので、魔法使いの中でもリースは筋力値が低いほうと言える。

 「宝石を使うと重くて持てないだろうねぇ。生憎と互換性のある材料はうちにゃあ置いていないが、一つだけ用意する方法があるよ」

 「嫌です」

 リースはそれこそ台詞の合間に挟むようにして拒絶の意を示した。端で会話を聞いているだけの僕は何がだろうと首を傾げるが、

 「魔法使いにとっちゃぁ最後の生命線だ。すこぉーし我慢するだけで良質な武器が作れるんだ。どうだい? それに材料費もかからないときた」

 「それでも嫌ですっ」

 じりじりと後ろ、つまるところは僕のほうへと後退してくるリース。魔女もそれに伴い、少しずつ距離をつめる。

 「そこの騎士の坊や、捕まえてやんなさい」

 「は、はいっ?」

 訳も分からず、リースの肩をがっしと掴む。予想以上に華奢だったこともあってか、硝子のような脆さを感じさせる。

 「やっ、ユウさん離してください! じょ、女性PCに男性PCが触るとハラスメント通報できるんですよ!」

 「でもリースはしないよね?」

 「しませんけど──ってやっ、やめてください!」

 見ると黒いローブを纏った魔女がリースの脇腹のあたりをくすぐっている。Str補正もあってか、リースは僕を振りほどけずにじたばたしている。

 しかし何をしているんだろう。

 「あの、何してるんですか?」

 「ん、見てわからないのかい? 堕天使の涙を取るために笑かしてやってるのさ」

 「ひぁ、あっ、やめてくださ──っ」

 呼吸も苦しそうによがる。最近ロクな目に遭ってないんじゃないだろうか。

 「おっと」

 頬をつーっと流れた涙を綺麗な色の瓶で拾うようにして受け止める魔女。僕はもういいかと思い、リースの肩を離すと、リースは崩れるようにして床に座り込んだ。

 赤い目からだらだらと涙を流しながらこちらをキッと睨みつけてくる。怖いけど怒っているというよりも責めているような目。

 「ユウさん、馬鹿……」

 「ご、ごめん」

 よしよしと背中を撫でてやる。その間にも魔女は涙が床に落ちまいと瓶を動かしている。非常にシュールな光景だ。

 「よしよし。これだけあれば十分だねぇ」

 瓶にキュッと蓋を閉めて、満足そうに頷く魔女。

 「ちゃんと作ってくださいよ……」

 恨みがましそうな目で魔女を睨むリース。

 「分かってるさ。ついでにいうならもし材料が余ったら買い取らせてほしいくらいさね」

 「それは別に構いません。武器作成にはどれくらいかかるのです?」

 「魔法武器は暑っ苦しい鍛冶工房で作るわけじゃない。今からでも作れるし、すぐに完成する。今作ってもいいんだね?」

 「ええ、お願いします」

 「離れるといい」

 リースは立ち上がって僕と魔女の傍を離れる。

 魔女はそれを確認すると《アポート》と呟いて様々な瓶やよく分からない金属、石、植物の根のようなものを手元に引き寄せた。

 「《魔法武器作成》──『堕天使の杖』」

 魔女の周りにいくつものゲージが現れる。アクアがトラップ解除をした時のように、ゲージが減少していく。

 瓶から取り出したリースの涙が空中でその質量を増し、氷のように固まって一本の棒のような形になる。それをベースとして様々な材料が形を変え、集まるようにして空中をうごめく。

 「悪いね……《アポート》」

 魔女がそう唱えると、隣で「ぶちっ」という嫌な音が聞こえた。

 「いっ!?」

 リースが肩を跳ね上がらせて飛び上がる。同時に凄まじい速度でリースの黒い羽根が魔女の手元に吸い寄せられるようにして飛んでいった。

 「なっ、なな、何するんですか!」

 「うっかり材料を忘れてたのさ。時間がないから、ねぇ」

 言いつつも魔女は減少していくゲージに舌打ちし、リースの黒い羽に手から魔力のようなものを当てて加工していく。手の中で枚数を増やしていく黒い羽。小さな翼ほどに集まり、その形ができたところで空中の未完成の杖の先端部に取り付ける。

 透き通った硝子のような細くて長い杖、その先端には黒い翼が広がっている。魔女は最後に、その翼の中心に結晶状に加工したリースの涙を取り付けた。

 そこでゲージは真っ赤に染まり、時間制限が来たことを告げる。

 時間にして一分ほどだろうか。かなり慣れていることを窺わせる速度で武器を完成させた。

 「これで完成さ。我ながらいい物を作ったと思うよ」

 美術品のような美しさを持つ杖をリースに手渡す。

 リースはそれを受け取ると、2,3度握り締めてその扱い心地を試す。

 「『マナ自動回復速度+30%』,『神聖魔術強化+3』,『治癒力強化+13%』,『シールドマジック強化+1』……これは、凄いですね。

 いくらくらい払えばいいのでしょう?」

 《鑑識眼》で装備の性能を確かめるリース。ウィンドウに並んだその武器のあまりの能力に興奮した様子で眺めている。

 「涙と羽以外の材料費と加工費で45000G、といいたいところだけど、堕天使の涙が少し余った。これを譲ってくれるならタダでいいけど、どうするかい?」

 「譲ります! 譲ります!」

 リースを泣かせれば45000G。僕の頭の中に現われたこの台詞の酷さに自己嫌悪に陥る。

「はいよ。それじゃあまた来るといいよ」 

 「はい、ありがとうございました」

 

 僕達は魔女の魔術具店を出ると、ほっと一息つくようにして深呼吸をした。あまりにも街並とかけ離れている内装のせいで疲れていたようだ。

 「リース、気になったんだけど『堕天使の涙』って凄いの?」

 リースの手にしている硝子のような両手杖を見ながら言う。

 「そうですね。魔術の媒介具として利用するならダイアモンドを含めたどの既存の発見されている宝石よりも上質な材料です。

 天使はおろか堕天使なんて今オーヴィエルに私以外いるのか疑問ですしね。希少度に限っていうなら下手をすれば世界一のアイテムですよ」

 確かに、街を歩くプレイヤーのほとんどは純血種や魔族種、獣人族だ。僕もようやく人種の見分けくらいはつくようになってきた。

 「天族種は確かに見ないね。あとは海人種と神人種も見たことがないような気がする。その2種族はどんな人達なんだろ?」

 「どちらも住む世界が違うからオーヴィエルではあまり見ないのでしょう。海人種は海底世界に住んでいる種族で、いわゆる人魚といった人達ですね。陸上での活動はかなり厳しいのではないでしょうか。

 神人種は、私達天族種と同じく、天界に住まう人種です。神人種のスタートクエストは特殊な上に、オーヴィエルへと降りるのには天族種より厳しい制限──CL(キャラクターレベル)20以上が必要になります」 

 「20……」

 今の僕のCLは7。ここまでで使った経験点はスキルもあわせて154480点。CL20になるまでにはどれほどの経験点が必要なのだろうか……。

 「いつか会えますよ、きっと」

 「ん、そうだね」

 僕とリースはゆっくりと観光気分でルディオ城下町の中を歩いていく。

 次の種族との邂逅は、思ったより近いことを知らずに──






・Skill information


《アポート》Attributemagic/マジックマスタリ:属性魔術[無]

 詠唱:0.5sec.

 射程:(SL)m コスト:10MP,10HP

 射程内の(SL÷5)kgまでの移動可能オブジェクト、アイテム一つを対象とする。

 対象をあなたの手元に引き寄せる。



《魔法武器作成》生産/makingskill

 コスト:30+(作成武器Lv×8)MP

 (SL+4)Lvまでの魔法武器を作成する。 

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