Order of Rudio 3
流れる景色。
ゆるやかな街道の道を、僕はひたすらに走り続けていた。
木々が、空が、僕を通り過ぎて後ろへと流れてゆく。
体力も敏捷性も現実の僕より遥かに高いユウ。自転車で全力疾走するくらいのスピードで、息を切らさずにかなりの距離を走っている。
背後から『殺意』が迫ってきているように感じて、僕はまだ走る速度を上げる。結局、僕一人だと何も出来ないんだ。
途中で何度か、僕に敵意を向ける野生動物には出くわしたが、それは敵意であって殺意ではなかった。僕が走っている限り、ここらにいる野生動物程度ではついてくることはできない。
ぽつり
走る僕の額に、何か冷たいものが当たる。
「雨……」
ぽつり、ぽつりと、次第に雨量は増していく。
革製の鎧は雨を少しだけ弾くが、インナーが徐々に雨を吸い、重くなっていく。現実なら服が濡れた状態で走るのはかなり辛いことだが、今の僕にはこの程度は足枷にもならなかった。
この速さ、この体力。常人を凌駕する感知能力に、いくつかの剣技。これだけの能力を持ってなお、僕は恐れている。人はどれだけ強くなっても、弱いままなのかもしれない。
今、殺意を恐れているのは──ユウか、裕也か。
そんなのは決まっている。もちろん僕だ。
でも、そう演じていることでユウも同時に臆病者になってしまう。RPGである限り、僕の演技力の限界が、ユウの限界でもあるということ。この世界に住む冒険者であるはずのユウが、矮小な一般人に過ぎない僕程度を限界とする、矛盾。
気がついたら、立ち止まっていた。
生来の考えすぎる癖が前面に出ていた。頭の中を文字、思考が駆け巡って、RPGについての本質を見出していく。
僕を狙ってきたPC、あれは何らかのクエストで僕を討伐対象にしていたのだろう。きっと、記憶を失くす前のユウ。
なら、きっとどこまで逃げても狙われるだろう。
僕がいますべきことは、早く記憶を取り戻すか、刺客を倒してしまうか。
ルディオ城下町のすぐ前、もうそんなところまで足を進めていた。
先ほどの雨は夕立だったらしく、すぐに止んだが、僕の装備はずぶ濡れだった。リアルな不快感を伴うが、今はそんなことは気にしない。
王国の付近でうろついていれば、王国派遣の"騎士"らしいユウならば絶対に見つかるだろう。
その目論見はしかし、もっと違う場所で果たされた。
城下町と平原を隔てる城壁、木の柵が上がっていて門となっている場所から、馬に乗り、走る女性の姿が。
綺麗な栗色の肩までかかるシルキーウェーブの髪。しかし、前髪が長く垂れ下がっていて、目を深く隠している。時折風が髪を掻き分ける時に見える容姿で女性だとようやくわかる程度だ。
鋭くとがった長い耳が印象的で、どこか異国の雰囲気を漂わせている。
全身を真っ白い金属の鎧に包んでいて、外套と鎧の間には大人の男一人分の身長くらいはありそうな巨大な剣が掛けられている。
僕はその姿が遠くから走ってくるのを無感動に見つめていたが、その存在にどこか普通の冒険者と違うことを感じて、凝視した。
<System:ルディオ特務騎士団副団長"雪原"のユリシアと遭遇しました。あなたが所属する騎士団の上司です。
なんとかしてコンタクトを取ることができれば、あなたの記憶を取り戻すことへの手立てとなるでしょう>
随分と久々に見たシステムメッセージ。
どうにかしてコンタクトを取ることができれば、というが、かなり簡単なことのように思える。
何せ、相手もシステムメッセージで僕の顔と出自を知っているだろうから。
MWOではこういったRPアシストのためのシステムメッセージが頻繁に発生するのだという。あの魔術師にしても、僕の出自や顔を知っていたのだろう。
僕は歩みを止め、空を眺めているような自然さでそこに突っ立っている。
馬が蹄鉄を鳴らしながら街道へと降り立ったとき、騎手が手綱を引き、馬に急停止をかけた。
「……止まって」
馬はブルルルンと大きく鳴くと走りの勢いを一気に殺す。
女性──というより少女といったほうが上手く当てはまる騎士は馬から飛び降りると、相当な重量を感じさせる音で着地する。
体躯は小柄。身長もアクアとリースの中間くらいで、僕の胸くらいまでしかない。
背中から伸びる巨大な剣が、斜めに掛けているにもかかわらず、地面に着こうとしている。
「"流星"……。よく帰還した」
少女にしては無機質で、どこか固くて低い声。
僕は応じるようにしてRPする。
「"流星"?」
「……何か問題でも」
「前の村でも言われたんだけど、それが何のことだか分からないんだよね。
僕は、気がついたら迷いの森の向こう、ただ広い平原にいた」
少女は一瞬だけ表情を変えると(とはいっても微妙な変化だ)僕を観察するように見つめてきた。
「後で説明する。今は人手が足りない。来て」
少女は飛ぶようにして馬にまたがると、凄まじい腕力で僕を引き寄せると、少女の後ろに乗るようにして馬に跨せられる。
「なっ、何!?」
「前の村と言った。セノンから来たのか?」
少女は馬を走らせながら、僕に質問した。
風を切る速度はやっぱりユウが走る程度の速度ではない。相当な震動がある。
「うん……って、うわ!」
荷台で固定されてない荷物のように、震動で宙へと浮いてしまう。
「危ないから掴まって。乗馬は専門外だから」
「う、うん」
恐る恐る、少女の腹部あたりに手を回す。
ひたすらに固く冷たい、金属の感触がなんともいえない気分にさせてくれた。
「先刻、セノンで帝国の刺客が現われたと報告を受けた。"流星"──ユウは目撃したか?」
「目撃、っていうか、もっと心当たりがあるっていうか。
その刺客に襲われたの、僕なんだ」
「特務の新人狩り……状況は把握できた。対策として聞いておきたい。どうやって脱出した?」
「僕の仲間に助けてもらったんだ。相手は魔術師だったんだけど、その魔術を黒い羽で壊して。
周りの人は皆彼女のことを堕天使だなんて言ってたけど、悪い子じゃないんだ!」
「堕天使……。地上では忌避されている。
私も好感は持てない、でも部下を助けられた恩義は感じる。
セノンにいては迫害を受ける。発見次第、ルディオで保護するようにする」
どうやらこの少女は本当に僕の上司らしい。どれほどの力量の持ち主かは分からないが、システムメッセージが本当なら、副団長という立ち位置、僕なんかとは比べ物にならないほどの力を持っているんだろう。
「うん、お願いするよ。えっと」
「ユリシア。"雪原"のユリシア」
「前の僕はなんて呼んでたんだろ?」
「女神様」
あまりにも抑揚のない声で言うので、冗談なのか本気なのか分からない。
「えーっと、女神様?」
「冗談。記憶を失くす以前、ユウと私は呼び合う機会なんてなかった。好きに呼べばいい」
「じゃあ、ユリシア」
「ん」
上司に対する呼び方じゃないのは分かったけど、外見や話ぶりからもあまり目上に感じられないのだから仕方がない。
『ユリシア と関係を作成できます。関係名:上司 許可しますか?』
システムメッセージに許可すると、僕のフレンドウィンドウにユリシアという文字が追加される。
「じきに着く。報告では帝国の刺客は三人。闇属性魔術の使い手と、有名な剣士が二人。
一人、力量が低いほう、魔術師を任せてもいい?」
「うん、大丈夫」
一度深く考えて、落ち着いたからには大丈夫だ。
僕は、いや、ユウはもう負けない。
村のほうへ目をやると、どこか騒がしいのが見て取れる。
村はパニックに陥っているようだった。
僕は片手で剣を引き抜いて、いつでも戦える準備を整える。
「止まれ!」
声量はないものの、馬に静止をかけるユリシア。
勢いにまかせて跳躍し、二人で馬から飛び降りた。
「ここで待ってて」
真っ白い金属のグローブで馬をなでると、ユリシアは背中から巨大な剣を引き抜いた。
「ルディオ特務騎士団だ。民間人はすみやかに避難すること。
冒険者は我々の邪魔をした場合、王国を敵に回すものと思え」
小さく、低い声だったが、十分に民衆には伝わったようだった。
ユリシアの持つ剣には不思議な文様がいくつも刻まれ、その巨大さも相まって、凄まじい存在感を持っていた。
「ユウ、敵がどこにいるか分かるか。私は鈍いから分からない」
きっと感覚値のことを言っているのだろう。僕は感覚を研ぎ澄ませ、敵の位置を確かめる。
「三人とも、そこの路地を曲がった先にいると思う」
「広場……。分かった、行こう」
ユリシアは重量のありそうな装備で難なく走っていく。僕のほうが若干早く走れるが、横に並んで走る。
人ごみは既に避難を開始したからかなくなっていて、騒ぎもあまり聞こえなくなっている。
セノンの広場にはものの十秒ほどで辿りついた。
そこには、傷だらけで地面に膝を着いているリースと、それを囲むようにして立っている帝国の刺客達。
僕は全身の血が沸きあがるような怒りを覚えて、抑えていた速度を一気に解放して走り出した。
「リースから離れろっ!」
喉が裂けそうな勢いで叫ぶ。
刺客達も気づいたようで、リースには背を向けて、こちらを見る。
「やはり戻ってきたか。それに"雪原"まで連れてきてくれるなんて都合がいい」
魔術師の前には刀のような武器を持った二人の剣士が。
「ルディオの騎士よ、この娘の命が惜しいなら武器を捨てることだな」
リースの視線を追う。間違いなく僕を見ている。
その瞳は既に琥珀色の瞳に戻っていて、羽も白い。
リースには何か、策があると感じた。
ユリシアも何か言いたげだったが、僕とリースの視線のやりとりを見ていたのか、
「堕天使を殺してくれるのなら私達も嬉しい。
早くやるといい。その瞬間には私の剣があなた達の首を刎ねているけれど」
「な、この天使はそっちの味方じゃねーのか!」
刀をリースの首へと向けていた剣士がユリシアの毅然とした態度に動揺する。僕の上司は、確かに頼れる人物だった。
純粋な音の集まりの羅列、それが何の音だか把握した時には、帝国の刺客達には遅すぎた。
精霊魔術の詠唱、4秒。
「《ハリケーン》」
リースを中心として暴風が吹き荒れて、刺客達を僅か1m程だが、強制的に吹き飛ばした。
その隙で十分。
リースは一気にこちらへと下がり、僕はリースと魔術師の間に立つように。ユリシアは剣士二人と対峙するようにして立ち、剣を構えた。
「《バシネス》。ユウさん、なんで……」
リースは自分の傷を癒すと、僕に問いかけた。
「仲間だから」
「私と一緒にいると、迫害されるかもしれませんよ」
「構わないよ。差別がなくなるまでは一緒に耐えよう」
僕は剣を構えて、臨戦の姿勢を取る。
リースは嬉しそうに笑って、言う。
「では、この戦いに勝たないといけませんね」
「うん」
視界の端で、戦闘開始の文字と共にラウンド時間が表示される。
「行くよ、リース。《リベレイション》!」
「風の加護を《エアダッシュ》」
僕の体を赤い光と、緑の光が包む。
「次は殺してやる……《コンセントレイション》」
魔術師の男もクイックスキルを発動させ、青い光を放つ。
「ベルトアルン帝国騎士団、"疾風"のリューガ。噂に聞く"雪原"との戦いの機会を与えたお上に、感謝する」
「ベルトアルン帝国騎士団"迅雷"のソーガ。いざ、参る」
黒いマントに身を包んだ騎士は二人同時に《ブシドウスピリット》というクイックスキルを発動させる。
「ルディオ特務騎士団副団長"雪原"のユリシア。行く。
《バシネイション》!」
剣士達は一斉に飛び出し、戦闘が幕開けた。
・Skill information
《ハリケーン》 Spiritmagic/マジックマスタリ:精霊魔術[風]
詠唱:4sec.
対象:射程内全キャラクター、移動可能オブジェクト 射程:(SL)m
対象を(SL)m吹き飛ばす暴風を、あなたを中心として展開する。
1ラウンド1回。
《リベレイション》 Quickskill/戦闘
コスト:(SL×3)HP 対象:自身
このラウンド中、あなたの装備している全ての武器の攻撃力を+(SL×20)%する。
《リベレイション》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
取得にはウェポンマスタリ:剣が(SL)以上必要。
《コンセイトレイション》 Quickskill/魔術
コスト(SL×6)MP 対象:自身
このラウンド中、あなたの魔術基本攻撃力を+(SL×SL)×25する。
この効果を受けているとき、あなたのマナ自動回復速度は+(SL×100)%される。
《コンセイトレイション》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
《ブシドウスピリット》 Quickskill/戦闘
コスト:3soul
このラウンド中、あなたの命中力を+(SL×25)%する。
《ブシドウスピリット》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
取得にはウェポンマスタリ:刀が(SL)以上必要。
《バシネイション》 Quickskill/戦闘
コスト:(SL×3)HP
このラウンド中、あなたの防御、魔術防御を+(SL×10)%し、仰け反り、ダウン時間を減少する。
《バシネイション》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
取得には何らかのアーマメントマスタリが(SL)以上必要。
《バシネイションⅡ》
コスト:(SL×10)HP
このラウンド中、あなたの基本防御、基本魔術防御を+(SL×100)%し、仰け反り、ダウン時間を大幅に減少する。
《バシネイションⅡ》はエンチャントスキルであり、1ラウンドに1回しか使用することができない。
取得にはバシネイション10以上必要。バシネイションⅡを取得した場合、バシネイションは使用することができなくなる。
※スキルの発動について、補足
ユリシアの《バシネイションⅡ》のように、取得すると前提スキルが使用できなくなるスキルの場合、発動の際に「バシネイションⅡ」と言う必要はなく、「バシネイション」と宣言することで《バシネイションⅡ》が発動する。