Order of Rudio 2
セノン。
ルディオ王国の城下町に一番近い村であり、街道続きになっているので旅人や商人など、数多くのプレイヤー、NPCなどが生活を営んでいる場所。
平原の恵み豊かな場所にあるためか、小さいながらも非常に活気溢れている。
日差しがとても強く、人々の熱気もあってか中々、すぐにでも疲れてしまいそうな場所に、彼女は立っていた。
「遅いですよ、ユウさん」
白く、長い髪。小柄な体型のそれに比例するかのように小さな翼が背中に生えている少女、天族種のPCであるリースだ。
「ごめん……もう結構待たせたよね?」
「構いませんよ。こちらで食事を済ませてしまいましたし」
「…………」
FLウィンドウを呼び出し、リースの名前をタッチする。
すると、目の前に半透明なウィンドウが現われ、そこに取り付けられているキーボードを叩いてリースにFLメッセージを送る。ちなみにこのウィンドウは他人からは見えないので、外観的にファンタジーの雰囲気を壊すといったこともないのだが、端から見れば危ない人間に見えるのは間違いない。
『もしかして、夕食とってないの?』
『食欲が沸かないので。こちらの世界では普通に食欲があるのでいいですね。ご飯が美味しいです』
普通にこういった会話をしてしまうとソウルが減少してしまうため、メタなことやプレイヤー当人に関する話はFLメッセージで行うようにしている。
『体壊さないようにね……』
『もう壊れてますけど、頑張ります』
思わず苦笑。見ると、リースのほうは愉快げに笑っている。
「お節介さんですね、ユウさんは──まぁ私のことなんていいんです。
そういえば、ハルさんはどうしたんですか?」
「ハルなら、先に行っててくれってさ。用事があったみたい」
「そうですか。ではそのまま王都に向いましょうか?」
大陸のぼやけた輪郭と、白い小さな点だけが記された地図。ここからさらに街道を進んだところに、比較的大きな点がある場所がある。恐らくはそこがルディオだろう。この地図はPC達が足を踏み入れた地点しか記録されていかないのだ。
「そうだね。北のほうから町を出て街道沿いに進めばいいんだっけ」
「はい。買い物なら王都や城下町でしたほうがいいでしょうし、進みましょう。休憩を挟んだからか、幸い日が昇ってますしね」
夜の旅は本能的な恐怖を煽る。視覚が不十分になるだけでも、リアルに作りこまれているAWMMOだから非常に怖くて、恐ろしい。日常生活では中々味わえない真の闇がすぐ隣にあるというのは、すぐには慣れることができないものらしい。
「お金もあるから楽しみだね」
「本当です。実は下界でのお買い物は初めてになるので、とても楽しみです……!」
両手で小さく握りこぶしを作るリース。その仕草がとても子供らしくてくすりと笑ってしまう。天界でも買い物とかってあるんだ? などと訊こうとしたものの、そこで僕の頭の片隅に何か冷たい筋のような物が走る感覚が走った。
大きな鞄を背負った商人、NPCの村娘、槍をひきずっている冒険者。数多くの人が通り過ぎていく中、僕の感覚は急速に、僕とリースが歩いているその後ろをぴたりと付けてきている一人のPCに集中していった。
「……リース、普通に会話してるように僕の話を聞いて。なるべく大きな声を出さずに」
よくあるスパイ映画の1シーンのような台詞を喋ってしまう。こんなところで役に立つとは思わなかったけど。
「は、はい」
リースも僕の緊張感を感じ取ったのか、どこかぎこちない歩幅になりながらも話を聞く体勢を取る。
「僕の勘違いじゃなければ、誰かに後をつけられてる。──あ、振り返らないで。分かる限りだと一人だけど、プレイ……冒険者みたいだ」
《スカウト&レンジャースキル》で追加される能力値である『感覚値』がそうさせるのか、僕には第六感のような形であやふやながらもこういった事に気がつける能力がついていた。
「……《インカネーション》」
リースが器用に歩きながら数秒の詠唱を終え、ゼファーを顕現させる。
「ゼファー、ばれないように私達を追跡してる冒険者の特徴を教えて」
「うん、見てくるよー」
ゼファーは体が小さいのを生かして、人ごみに紛れながら偵察にいったようだ。追跡者と僕らの距離は大体10~15mくらいだと思われる。追跡者が僕達を敵視していて、何らかのアクションを起すなら間違いなく、村を出て人が少なくなってからだろう。街道に入ったところで一気に逃げてしまうべきというのが、今の僕の作戦だ。
しばらく、普通の速度で歩いていると、ゼファーが戻ってくる。
「間違いなくつけられてるよ! 見たことのない紋章がついた黒マントに、大っきくて長い杖。魔術師みたいだけど、ちょっとまっとうな人種じゃないと思う」
「なるほど……ありがとうゼファー」
リースがそう言って後ろを振り返った。
人ごみに隠れて少しだけならば気づかれないだろうと、踏んでいたのだろう。
はたして、人ごみは綺麗に割れていた。
その先には、爛々とした目つきで魔術師風の男がこちらを睨みつけていた。
黒いマントは脱ぎ捨てられ、やや細身の黒いローブ姿となっている。胸のところには大きく三つの剣の紋章が刻まれているが、マントの紋章とはことなっている。
辺りにいた人達は皆、恐ろしい物を見るかのような目つきで遠ざかり、じりじりと逃げるようにして距離を取っていた。結果、僕達と男だけが民衆から隔離されるようなスペースが完成した。
「帝国の魔術師がなんでここに……」といった言葉が民衆から聞こえてくる。リースも僕も、相手の男のことは分からないが。
男は杖を地面につき、僕達──正確には僕へと、話しかけてきた。
「貴様が"流星"だな」
低く、威圧感を感じさせる声。
僕の敵であることははっきりと分かるけど、相手が言っていることがさっぱり分からない。何かのゲーム用語なのかとも一瞬考えたものの、隣にいるリースも何を言っているか分からないといった風にこちらを見ているので、そういうわけではなさそうだ。
「人違いじゃない?」
「とぼけても無駄だ。特務の連中の顔は全員割れている!
新人でありながら最も素質のある剣士"流星"、貴様には他の連中より先に死んでもらう!」
男は言いながらも杖を構え、魔術の詠唱を始める。僕はあまりの展開の速さに思考が追いつかず、行動が取れない。
「喰らえ、《ヴォーテックス》!」
「間に合ってっ、《ウィンドバリア》!」
超高密度の闇が槍の形を取り、凄まじい速度で僕に迫るが、それをリースが風のバリアを展開して威力を減衰させる。
しかし、
「っ!?」
僕の腹部を抉るようにして通り抜けた闇の槍は僕のHPゲージを七割方奪い去っていた。
「ユウさん、早く逃げてください! レベルはあちらのほうが上です!」
そう言っている間にも、男の詠唱は止まらない。大きな杖の周りに黒い煙のようなものが集まっていき、魔術が完成していく。
「流星の剣はどうしたァッ! 騎士が臆したまま死ぬかっ!」
吼えるような叫び。同じPCとして、同じようなRPはできないだろう。あまりの迫力の違いに怯んでしまい、相手の顔から目を逸らせずにじりじりと後退するのみ。
「《バシネス》! ──《エアダッシュ》」
僕のHPゲージが八割近くまで回復し、さらに移動力増強の魔術。逃げるための手助けまでしてもらっているのに、僕はまだ逃げ出すことができていなかった。
「これで終わりにしてやる。勇なき騎士揃いだと、国には伝えておこう」
男が杖を振りかざす。
リースが何かを叫んでいるが、聞こえない。
僕は、怖くなってしまったんだ。戦うことに、ではない。
殺意を向けられることに。
「《ダークハウル》!」
男の目の前の黒い魔法陣が弾け、暗黒の弾が打ち出される。
僕の目の前は真っ黒い何かに覆われていて、民衆が怪物を見るような目でどこかを見ている。
しかし、暗黒の弾は僕に向かって飛んでくることはなく、黒い羽のようなものに包まれてその姿を消していく。
黒い羽の渦。そう形容するしかない光景。
「あなたの羽根では、飛べない……《フェザードロップ》」
少女が、小さな手をぎゅっと握る。
魔術師が創り出した魔術は黒い羽に握りつぶされるようにして消滅し、男はあっけに取られたように口をぽかん、とだらしなくあけている。
「ユウさん、早く王都へ。私とはもう行動しないほうがいいでしょう」
黒い、大きな翼の少女が悲しそうな声色で告げる。
瞳は血のような赤色に染まり、辺りには漆黒のそれと等しい色の羽が散っている。
黒い翼の少女──リースは右側の路地へと入り、逃げるようにして走っていく。去り際にリースが僕の背中を押した方角は、北。街道へと続く道。
魔術師は未だに僕に向けて純粋な殺意と共に杖を向けている。しかし、魔術が発動することはない。
僕はその目を見ることが怖くなって、ついには背を向けて、走り出した。
「なんなんだよっ!」
イラつきを周りへと投げながら、地面を強く蹴るようにして走る。
黒い翼に、赤い瞳。網膜に焼きついた凄絶な美しさのアバターが鼓動が鳴るたびにフラッシュバックする。
状況が飲み込めない。
"流星"、帝国、特務、そして……
「堕天使だ」
怯えた人々の声。
走り去るリースに石を投げる子供の姿。
無知であることを、はじめて辛いことだと知った。
・Skill information
《ヴォーテックス》 Darkmagic/マジックマスタリEx:属性魔術[闇]
詠唱:4sec.
射程:20m 対象:単体
コスト:(12×SL)MP
対象に(SL×24)×SL点を魔術基本攻撃力に追加した攻撃力で闇属性魔術攻撃を行う。
《ダークハウル》 Darkmagic/マジックマスタリEx:属性魔術[闇]
詠唱:9sec.
射程:(SL×10)m 対象:単体
コスト:(40×SL)MP
対象に(SL)回の魔術攻撃判定を発生させる闇の弾丸を放つ。
1ラウンド1回。
《フェザードロップ》 Activeskilll/種族(天族種・堕天)
※堕天使がCL1以上で強制的に取得
発動ソウル:0以下
あなたは1ラウンドに1度、視界内で発動した魔術を無効化することができる。ただし、この時無効化する魔術は(CL+5)未満のレベルの魔術でなければならない。
この効果で魔術を無効化することに成功した場合、魔術を発動した対象に[詠唱不能]を与える。
《フェザードロップ》の効果で魔術を無効化したラウンド中、あなたの翼は黒くなり、瞳は赤く染まる。