Order of Rudio 1
「……何してるの」
「戻ってくるまでこうしてよっかなって」
AWDDに座って、現実世界に戻ってきた僕の膝の上には、本物のハルが座っていた。
黒い髪のポニーテール、快活そうな笑顔。あの眉目秀麗の拳士とは似ても似つかないその姿。
僕達はあの後セノンに到着してから、九時に再集合するということにしてログアウトしたのだった。
「いやー、疲れたねほんと! いい運動したよー」
うーん、と大きく伸びをしながら僕から飛び降りるハル。
僕もAWDDから降りる。
「実際に運動したのは僕達じゃないけどね」
「まぁねー。しっかしユウ、びっくりしちゃったよ。
なんであんなにそっくりなPC作るかな」
くくくく、と漏れ出すように不思議な笑いをこぼすハル。
「僕としては気に入ってるんだけどね」
「ま、アバターなんて人それぞれだしいいとは思うけどっ。
私もあの天使ちゃんも自分好みにアバター作ってるからユウちょっと浮いてたっていうか?」
くすくすと笑うハル。確かにファンタジーの世界に日本人が紛れ込んだみたいな空気ではあったけど。
「でも、ハルみたいに性別も変える人って多いのかな?」
「んー、意外と少ないみたいだよ。作ってみる人は多いみたいだけど、ほとんどの人が声でもう諦めるって。自分が喋ってるのに異性の声がするって、結構しんどいらしいね」
私は案外平気だけどねー、と笑ってみせるハル。確かに、僕が喋って女性の声がしたらと思うとゾッとしないものがある。
「そういえば、経験値使った? かなーりレベル上げられると思うんだけど」
「あ、うん。使ったよ。レベルが6まで上がって、色々スキル取れた。レベル上がるとかなりステータス上がるんだね」
「レベルアップ時の計算がかなり派手なゲームだからね。レベルが二桁入ったあたりから1レベルっていう差が大きくなるんじゃないかな。
ま、私もまだまだ育てないと。ユウには抜かされたくないし──っと、そうだ。ユウは王国についたらどうするの?
歩いてればもうすぐにでも着きそうな距離だよ」
王国。『ユウ』を迷いの森探索班として送り出した国、ルディオのことだ。セノンからは歩いてあちらの世界で二時間もかからないという。
「とりあえずは色々見て回ろうかなって。記憶を失くす前のユウを知ってる人もいるかもだしさ」
「そういうイベントは定番だねー。よいしょ」
ハルはAWDDの近くに投げ出していた学校用の鞄を手元に寄せると、中から震える携帯を取り出して、開いた。
「その着信音、変えないんだね」
「お気に入りだからねー……ぬーん」
妙な擬態語を口にしながらうんうんと唸るハル。表情が前面に出やすいというか、考えも悩みも隠さないのがいい所でもあり、短所ともいえる。
「どうかしたの?」
僕はそんなハルには、決まってこう聞いている。無視すると怒り出すからだ。
「私が遊んでたオンゲ、『レプセトリ』っていうRPGなんだけど、そこの超有名ギルドが今日全員引退する引退式ってのやるみたいでさー」
「へぇ……」
僕はまだRPGというものについてよく分かっていない。MWOを少しかじっただけで、初心者といって差し支えないだろう。
引退式と聞いても、どうにもイメージがまとまらない。
「それで、引退した後に全員でMWOに来るっていう話だから私にも回ってきたんだよね、このネタ。
あいつら皆低脳DQNだからRP重視のMWOには来てほしくないんだよねー。ただちっぽけな自尊心だけ大切にしてるから余計タチ悪いんだよね」
「ごめん僕には難しすぎる話なんだけど」
「うん、ちょっと説明する時間ないからまた! 私、家戻るね!」
ハルはパタンっ! と大きな音を立てて携帯を閉じて胸のポケットにしまいこむ。
「ごめんけど二人でセノンから進んじゃっていいよ! INするの遅くなりそうだから!」
急いで鞄を持つと、狭い部屋を駆けるようにして出て行った。
「……相変わらずだなぁ」
僕は棚から落ちていた参考書の類を元の位置に戻してから、リビングへと向かった。
「先食べてるよー」
ふりふりと箸を持ちながら手を振ってくるポニーテールの生き物。
食卓には三人。母さんがやけに嬉しそうに食器を出している。
父さんは我関せずといった風に黙々と食事を採っているが、
「あ、醤油取ってー」
無言でハルに醤油を渡す。
今日の夕食は鮭の塩焼きに永野家特製豆腐とわかめのサラダ、味噌汁に漬物。父さんだけはこれに納豆が追加される。永野家では父さん以外納豆は食べない。
「裕也さんの分も出してありますからね~」
「あ、うん……ってそうじゃなくて。なんでハルまだいるのさ」
ずず、と味噌汁をすすりながら、
「お腹空いちゃったんだもんー」
「……そんなことだろうとは思ったけどね」
僕も早く夕食を採って、MWOに戻ることにする。
「ねぇハル、そんなにサラダ取らないでよ。僕の分ないじゃない」
「美味しいんだからいいじゃん!」
「それ返答としておかしいからね!」
「あらあら」
いつもは静かな永野家の食卓も、ハルがいるだけでとても賑やかだった。
・System information
各種計算について
MWOでは内部的に数多くの計算がされている。これは従来のスタンドアローンRPG、MMORPGなどと同様であるが、MWOが特殊なのは別のところにある。
MWOにおける各種計算式は、全て公式HPにおいて公開されているということだ。これにより、ヘヴィユーザーが各種計算式を把握した上でプレイすることが可能となっている。
また、大原則として計算によって発生したHP,MP以外の端数は切り捨てとされている。
◇各種ステータスの算出
HP=Vit+10+LVUP成長値
MP=Min+10+LVUP成長値
所持可能重量=Str+CL
基本移動力=Agi+CL
跳躍力=移動力÷50
基本命中力=Dex+CL
魔術基本命中力=Wis+CL
基本攻撃力(一般武器装備時)=Str+Dex
攻撃力=基本攻撃力+武器攻撃力
基本攻撃力(遠隔武器装備時)=Dex×2
魔術基本攻撃力=Int+Wis
魔術攻撃力=魔術基本攻撃力+武器による魔術攻撃修正
基本防御力=Vit+Min
魔術基本防御力=Min÷2
クリティカル抵抗=Luck÷2
※これらの値からスキルによる修正が追加される。
◇レベルアップ時の計算
全基本ステータスに+(CL-1)
HPとMPに+(CL-1)×4
好きな能力値三つに+(CL-1)