Next Quest 2
オーヴィエルの朝。
僕がログインした時間は、そんな時間だった。
フレンドリストを確認してみると、リースとアクアは既にログインしている。
盗賊団、BeastRageの砦から森を越えて西へと戻ればフェネオネだけど、僕達は地図を見る限り、山に囲まれているこの平原地帯を抜けて、他の地域へと移動することにしたのだった。
ここから峠道を越え、山道をさらに東へ進むと迷いの森の入り口へと辿り着く。迷いの森を北向きに踏破すれば、地図が白く表示されている「踏破済み地点」である他の場所へとぶつかる。おそらく、僕を派遣した国、ルディオ王国に。
僕が地図を見ていると、不意に声がかかる。
「こんにちは、ユウさん」
白い羽根を背中で揺らしながら、こちらを覗き込むようにして挨拶をするリース。白く、長い髪が陽光を反射し、目に眩しい。
「やあ。待たせたかな」
「いいえ、今さっき入ったばかりですので」
リースは両手で持った装飾剣(盗賊団の砦から拝借した戦利品だ)を杖代わりにして、立っている。酷く重そうだが、手放す気はないらしい。リースは剣のマスタリを持っていないはずなので、装備レベルが1以上の武器の修正は受けられないが、次の町に着いたら売ってしまう魂胆なのだろう。
「さて、これから迷いの森を目指すわけですね。準備はいいですか?」
「あっ、ちょっと待って」
僕は頭の中でステータス、と唱え、ステータスウィンドウを呼び出す。
そして経験値、合計経験値と書かれたタブの隣、「LVUP」というボタンに触れる。すると、警告メッセージとして『2000経験点を消費します。よろしいですか?』という文にOK。
控えめなファンファーレが鳴り、ユウのキャラクターレベルが2になった。
「おめでとうございます」
ぱちぱちと、小さな手で小さめに拍手をするリース。
レベルアップを行ったら、レベルアップ作業というウィンドウが現われ、キャラクターを作成した時と同じようなステータスウィンドウが開かれた。『好きなステータスを三つまで選び、+を押してください』。
「Strと、Agi……あとはLuckでいいかな」
すると、その三つのステータスが上昇し、続けて、それを含む全てのステータスが上昇した。
「あとはスキルっと」
僕はスキルウィンドウを呼び出し、取得すると決めていたスキルを順々に取得していく。
《バッシュ》を2レベルに上昇させ、新たに《トレーニング:Str》を取得。
こうしたところで、僕の経験値は「4200/4280」となった。
「オッケー、終わったよ。大分強くなったと思う」
「頼りがいがありますね」
くすり、と笑うリース。そういえば、リースもレベルを上げたのだろうか?
「リースは、経験点使ったの?」
「いいえ、私はユウさん達とパーティを組んで入手した経験点では2000点までいかなかったので、今回は溜めることにしました。今までは経験点が入ったらすぐに魔法を取得していたのですけどね」
「そっか。見てみたけど、魔法って経験値高いもんね」
「魔法使いが大器晩成なのはRPG全般に言えることですからね。
では、ユウさん。パーティを作成」
すっ、と手をだすリース。
「パーティに参加」
僕はその手に自分の手を重ねる。これで、僕とリースはログアウトするまで同じパーティにいるということになる。
「行きましょう。日が暮れる前に峠は越えたいところです。理想としては峠を越えたところで朝を待って、次の日に一気に迷いの森を攻略、ですね」
リースは方角だけ示すと、僕を前に進める。暗に守れと言っているのだろう。
しばらく歩いた頃だろうか。緩やかな傾斜が辛くなってきて、二人分のバックパックがやや重く感じるようになってきた時。
「ユウさん、荷物をすぐに置いてください」
リースが身をかがめ、装飾剣を盾にするようにして言った。
「え、うん」
僕はバックパックを丁寧に置く。そうした時に、頭上で何かが跳んでくるのを感じた。
「ユウさん、しゃがんでください!」
僕も何か危ない気配を感じ取り、慌ててしゃがむ。と、同時に剣を抜いた。
そして、そのタイミングからやや遅れて、人の大きさほどもある巨大な鳥が、僕が立っていた位置目掛けて飛来してきた。視界の端には、<R1:01>という表示が。どうやら、僕に襲い掛かってきた鳥はモンスターのようだった。
鳥は高度3mほどのところで滞空している。こちらを睨みつけるようにし、脚で空を蹴っている。
僕は鳥との距離を剣を構えつつ少しずつ縮めていき、こちらが跳躍すれば届く距離になったところで、一気に攻めに入る。
バッシュを発動し、飛びかかる。
が、鳥はそれを待っていたかのように羽ばたいて、高く飛び上がった。そしてそのまま滑空の姿勢を取ると、今度はリースに襲い掛かる。
「リース! 危ない!」
「《プロテクション》」
羽根が白い光を纏い、鳥の滑空攻撃を防ぐ。鳥は羽根と見えない光の盾に阻まれる形で無様にも止まり、動くに動けない状況となる。
走りながら剣を振りかぶり、光の盾に止められた鳥に背後から切りかかった。
手ごたえを感じたが、どうやら一撃では倒せなかったようで、鳥は猫の悲鳴のような声をあげながら全身の羽根を総毛立たせた。
「もう一回!」
両手で剣を握り、フルスイング。鳥の胴体を薙ぐ形でジャストミートし、鳥のHPが一気に0になる。
<GET Exp+125>。リースが地面に落ちた鳥の羽を拾い上げ、それを感慨深げに見つめながらバックパックに詰めた。
「今の鳥もモンスターなんだ」
「そのようですね。動物種のモンスターは総じて体力が高い傾向にあるので注意しなくてはならないでしょう。知能は低いので、カウンターなどは有効だと思います」
淡々とモンスターの弱点を並べて、地面に刺さったままの装飾剣を引き抜いて、歩き始めた。僕もバックパックを背負い、一つを手に持ってリースのやや前を歩く。
緑の多い森のような場所を歩きながら、その景色を楽しむ。野生動物の鳴き声なんかも聞こえたりして、田舎で散歩をしているような気分だ。
あと一時間も歩けば山道を抜け、迷いの森の入り口付近に出られるそうだけど、リースは不機嫌だった。なんでも、他のゲームは移動にこんな時間をかけないらしい。この世界は広いのが魅力であり、広すぎるのが欠点だ、とゲーマーは思うらしい。
不機嫌なまま歩かれてもなんだかよくないと思った。僕がおんぶして歩こうかなとか一瞬考えたけど、さすがに怒られそうだったのでその案は頭の中に封印。代わりに、せっかく時間があるから色んなことを訊いておくことにした。
「そういえばリースって物知りだよね。天使は皆そうなのかな?」
振り向きながらリースに問う。
「MWOについての知識という意味では種族は関係ないと思います。
ですが、天族種に限っては確かに物知りなのかもしれません。天族種は天界を出るのにCLを10まで上げなくてはなりませんから。それに、下界に落ちたときにCLが1、合計経験点が1000点になるので初心者のように見える天使でもかなり長いプレイ時間を持っているのは間違いありませんね」
「リースは、いつくらいからMWOをやってるの?」
「私は二ヶ月ほど前ですね。サービス開始から四日後です」
「それじゃあやっぱり先輩さんなんだ。僕なんか遊んでもらってていいのかな」
ずりずりと装飾剣を引きずる天使はくすりと笑うと、僕の台詞を遮るように言った。
「私は力ない一人の天使ですから。誰かを頼らないわけにはいかないんですよ。
できるだけ同じくらいの力を持った人だと望ましいというのが、本音です」
分かるような、分からないような。RPG経験がない僕には少し難しい話だ。
「話は変わりますが、ユウさん。私と色々話す前にMWOの重要なシステムについて話しておきましょう。
なるべく相槌を打たないようにして聞いてください」
「う、うん」
「……私達、PCがステータス、と唱えて出現するステータスウィンドウ、その中に基本ステータスやHP,MP、経験値などを除いた、特別な値が存在します。『ソウル』と表記されているはずですが、確認できますか?」
僕はステータスウィンドウを呼び出して、ソウルという文字を探す。合計経験点のすぐ右隣に、その表記はあった。僕の場合は『ソウル:302』。
「このソウルがどういった値かを説明するのは少し難しいですが……。
ソウルとは、いわゆるヒーローポイントという値です。一部のRPGにて見られる数値で、例えばモンスターにも基本ステータスやHPなどはありますね? ですが、モンスターには存在しない、PCだけが持っている特別なステータス。それがソウルです。
このソウルという値が高ければ高いほど、HPが0になってしまい、生死判定を行う際に有利になるといわれています。また、このソウルが一定値でなければ使用、取得できないスキルや、ソウルの数値自体がスキル効果に影響を与えるスキルなども存在します」
相槌を打たないように聞く。中々難しい。
「ソウルはキャラクター作成時に250点が自動的に配布されます。
以降、ゲームプレイ中のRPによって加算、減算されていきます。簡単に言ってしまえば、よいRPを行えばより多くのソウルが手に入り、逆に悪いRPを行うとソウルが大きく減少します。
ユウさんのように『ユウ』というキャラクターを演じていれば、ソウルは段々と上がっていくでしょう。
逆に私のように、メタなことを喋りすぎたり、キャラクターではなく『私』が前面に出すぎるとソウルは減少していきます」
「えーと。大体は、分かったんだけど」
RPという言葉は僕も知っている。叔父さんから聞いたからだ。
キャラクターを演じること、それをするゲームがRPGだと聞いた。僕やアクアはキャラクターを演じて遊んでいたが、確かにリースはプレイヤーそのものがオーヴィエルにいるような、そんな違和感を持ったプレイングだ。このソウルという値を下げることにメリットを感じなかったけれど、リースはどう考えているんだろう。
「基本的にこのMWOではRPは推奨、逆に『中身』が話すことはタブーとされている珍しいRPGです。基本的にプレイヤーがキャラクターとして以外で発言するのは、FLメッセージなど、世界に公開されない発言ですね」
「リースは」
分かってます。という風に、
「私は、とある理由があってRPをしていません。さてそれは何故でしょう?」
「覚えたい魔法の条件が低いソウル、とか……?」
残念です。と、小さく指で×を作る。
「惜しいですね。私、天族種の種族スキルに、発動ソウル:0以下のスキルがあるので。
そのスキルのために私はソウルを落としてます。
メタな発言や、場違いなRPをしたりすることもあると思いますが、私や、私のような天族種を見たら優しい目でスルーしてくださると助かります……」
なんだか重い話になってしまった。
僕としてはそれもリースっていう個ならいいのじゃないかな、と思っていた。
「うん、逆に色々教えてもらえて助かるし、そんなに気にしないでいいんじゃないかな」
「すみません……」
しゅん、と羽根を縮こめるリース。もしかしたらRP関連で対人トラブルでもあったのかもしれないなとか、考えていた。
「いいって」
気がつくと少しだけ日が傾いていた。あと二十分ほども歩けば今日のノルマは達成するのだろうか。山道は静かで、何の危険も感じられなかった。
風景も含め、少し静かな雰囲気になってしまったので、このまま歩くのは辛そうだ。僕はちょっとだけ考えて、
「僕の記憶、見つかるかな」
リースはほんのちょっとだけ悩んでから、こう答えた。
「クエストを進めていれば、見つかるでしょう」
僕達は互いに、どちらともなく笑い出した。
段々と薄暗くなってくる山道に、軽快な笑い声だけが響いていた。
・System information
◇判定について
MWOでは、数値が影響する全ての動作、スキルに判定が発生する。
判定とは、状況ごとに設定された数値を元に算出される「最終値」に加減算されることになる数値ともいえる。
例として、攻撃力50の剣士が防御力30のモンスターに攻撃したとする。
この時、単純に計算すれば防御側のモンスターが20点のダメージを受けるという考え方もできるが、MWOではそういった計算はされない。
この時、攻撃側は内部的に『ダメージロール』という攻撃判定を行っている。ダメージロールの計算は、まずヒットレートから計算される。最高のタイミング、最高の部位、最高の力加減でヒットした場合を100%、その逆を0%とし、攻撃力の割合から計算する。つまり、100%のヒットレートだった場合はこの時、攻撃力が30ということになる。
(※この時、攻撃力が(命中力×1.5)を越えることはない)
ここから更にクリティカル判定という、ダメージの触れ幅を決定する判定に移る。《ランダマイズアップ》スキルを取得していないキャラクターの場合、この触れ幅は(2~12)、つまり六面体ダイスを二つ振ったときの値になる。(これを2D6という)
ここまでで、ダメージロールの達成値は(30+2D6)となる。
そこから防御側のディフェンスレート、クリティカル抵抗との対抗計算を行い、残った値が最終的なダメージとなるのだ。