Next Quest 1
「それじゃあ、またね! 絶対だから!」
青い髪が跳ねるように舞う。アクアはくるり、と一回転してみせ、最後に大きく笑って、凄まじい速度で駆け出して行った。
ぶんぶん、と大きく振っている手がやがて小さくなっていき、僕達の視界から消えていく。
あの後、僕とアクア、そしてリースの三人は砦を脱出し、近くの森で一晩話しあった(とはいっても、オーヴィエルの中での一晩だ)。
僕はなくなった記憶を探す旅。完全にアテはない。
アクアは、ひとまず『宝鍵』を必要とする遺跡の秘密を暴きたいという。
リースは、『試験』の内容自体が非常に曖昧なものなので、目的という目的もない。
こんな三人が出した結論としては──
アクアはけじめをつけに遺跡へ。
僕とリースは、形のないものを探しに、迷いの森を越えることに。
世界地図はアクアが僕に渡してくれたので、旅するに困ることはなさそうだ。
旅に必要なあれこれが詰まったバックパックは、三人分しっかりと砦から拝借してきた。リースが羽根が邪魔で背負いたくないと言うので、僕は一人分を背中に、もう一人分を片手で持つということになった。
僕とアクア、リースは再会を固く誓い、終わりのない旅路を進むのだった。
──と、いうのが先日の話。
リースからFLメッセージで「明日はお休みなので昼くらいからログインしています。できればそのくらいの時間で」と約束して、ログアウトしたのが夜中の10時過ぎだった。
リビングへ慌てて戻ると、冷めた夕食にラップがかけてあった。これは親に申し訳ないことをしたかな、と反省しつつ、冷め切った食事を一人で採った。
結局その後遥夏と夜中までMWOのことで電話していたら、朝日が昇ってしまった。
今日は予備校もない。リースとの約束の時間まで、僕は泥のように眠りこけた。
……………………
………………
…………
……
「あっ、経験値!」
僕はふと頭の片隅にある合計経験値:4280という数字を思い出し、ベッドから跳ね起きた。
「えーと」
時刻はそろそろ11時になろうかという時間。丁度いい、少し早いけど昼食を採って、MWOにログインすることにしよう。
寝巻き姿からさっさと私服に着替え、あれこれと取得するスキルを考えていた。
「まずはレベルを上げて……バッシュを2レベルに上げて……」
ぶつぶつと呟きながら階段を降りていると、洗濯籠を持った母親と出くわした。
「今日は随分とお寝坊さんなのね、裕也さん」
茶色く脱色したウェーブがかった髪。どこか若く見える風貌で、とても穏やかな顔つきをしている、性格もそのまんま穏やかでとても静かな母親。名前をツッコムことなかれ、裕子という。
「おはよう、母さん」
「ご飯はどうしようかしら。朝ごはんも用意してあるし、お昼もこれから作るけど……」
「あ、朝食のほう食べるよ。お昼のほうは作っておいてもらえると嬉しいかな。お腹空いたら適当な時間に食べるから」
「それじゃあ用意しとくわね」
よいしょっ、と洗濯籠を降ろし、ぱたぱたと台所に駆けていく裕子。スリッパの足音が非常に印象的だ。
「トレーニングっていうスキルもいいな。Str上げないと。バックパック重いし──おはよう、父さん」
「おはよう」
新聞を読みながらソファに座っていた父さん。そういえば普段こんな時間に父さんを家で見たことはあまりない。何故かというと普段、僕のほうが外出しているからだ。
日曜の午前中というと、決まって遥夏と杉代という繁華街まで遊びに連れて行かれるからだ。けど、今日に限ってそれはないだろうと僕は踏んでいる。遥夏は朝に弱い。今日は2,3時、下手をすれば4時頃まで眠っていることだろう。
僕は長年我が家で使われている椅子に腰降ろすと、テーブルの上でラップをかけられていた朝食に手を伸ばす。昨日今日と冷えた食事を採っただけなのに、とても長い間ちゃんとした時間に食事を採っていないような気分になる。AWMMOの危険さをごく日常的な部分で噛み締めながら、どうしようもなくハマってしまっている自分を、止めることができなかった。
「いただきます」
永野家の朝食は和食と決まっている。
とても甘い玉子焼きに(父さんはこれをいつも苦い顔で食べる)味噌汁、漬物にご飯と、ありがちなメニュー。ちなみにこの玉子焼きは、僕が幼少の頃に好きだった味付けで、母がそれっきりそれしか作らなくなったものだが、今となっては僕と父さん、両方が苦い顔をして食べる味付けとなっている。母親は気に入ってるらしいので、二人共口は出さないのだが。
「そういえば小学校の頃はコーヒーシュガー入れてたっけな……」
妙な甘さの玉子焼きを食べた運動会のことを思い出して苦笑。
「裕也」
くすくす笑いながら朝食のような昼食を採っていた僕を父さんが呼んだ。あ、これは叱られるな、と謝る準備をしていたら、
「あれだ、その、アナザーワールドなんとやらは、楽しかったのか?」
一瞬、何のことを言っているのか分からなくなり、父が新聞紙で顔を隠しながらいうもんだから、何が言いたいのか分かってしまった。
「うん、凄く楽しかった。ありがとう、父さん」
「……そうか。それならよかった」
また新聞を読み始める。もう何度も同じ場所を読んでいるようにも見えるが。
頑固で、お堅い父さんが僕に初めて許してくれたゲーム。楽しくないなんて言ったら嘘だし、それが原因で落ちぶれたりなんてしたら顔立てができない。オーヴィエルで冒険者として生きていく覚悟は決めたが、同時に学生としての本分を忘れないように生きるという目標も、固く持ったのだった。
僕は手早く朝食を食べ終わると、食器をまとめて台所まで持っていく。そこではにこにことしながら母さんがパスタを茹でていた。
「お父さんね、裕也さんにお勉強ばかりさせて、大切な青春の時間を奪ってしまったのかもしれない~なんて、悩んでたのよ?
お父さんも不器用な人だから、裕也さんはあのげぇむ? 思いっきり楽しんであげるといいわ。きっと喜ぶから」
「うん、凄く楽しいよ。今日も、ゲームでできた友達と遊ぶんだ」
「それはいい事ね~。あ、お友達さんに挨拶とかしなくて大丈夫かしら……」
素で言っているのが母さんのいい所ともいえる。