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Material World Online  作者: カヨイキラ
1.Orwiel
12/39

Strike!

森を抜けた時、既に日は沈み、暗い闇が辺りを支配していた。

 月明かりだけを頼りに、僕とアクア、そしてリースの三人は木陰に潜んでいた。

 ぴくり、とアクアの長い耳が動く。兎の耳をそのまま頭に乗せたようなその耳は主耳と呼ばれ、人間としての耳もしっかりついていたりする。

 「こっちには来なさそう。裏側から回れば多分潜入できるから、今の内に準備しとこっ。さっきの経験値使っちゃうのもアリかも」

 「私は準備は出来てます。ユウさんはスキル取得とか済んでいますか?」

 リースが琥珀色の瞳でこちらを見る。実際に天使がいたらこんな感じであろう、という容姿に思わずどきりとする。

 「あ、うん。今さっき《フルディフェンス》っていうスキルを取ったから、遠距離攻撃は防げるようになったよ。300点も使っちゃったけどね」

 「そっか、弓とか使うヤツがいてもおかしくないしね──

 よっし、じゃあ行こっか?」

 アクアが目配せをし、僕とリースはそれに頷く。

 見つかるまでは隠密行動をするのが望ましいので、機動力の高いアクアはあえて最後列に。防御能力が若干ある僕が前衛、僕とアクアの間にリースという隊列で、僕達は「Beast Rage」の砦の裏側から潜入を開始した。

 


 どこか洞窟を思わせる作りをしているこの砦は、外から見ると大したことのない大きさに見えたが、いざ中へ入ってみるとそんなことはなかった。一つのフロアがとても広大で、響く足音が酷く不気味なものに感じられる。

 「誰もいないね……」

 アクアが呟く。

 「夜だから、とか?」

 「何にせよ、油断はしないほうがいいでしょうね。次の部屋、行きましょう」

 リースが手をかざすと、その方向が少し明るく照らされる。低級神聖魔術の《サンライト》だ。神聖魔術は信仰している神によって扱える魔術が異なるらしく、リースの信仰神である慈愛神ノイの照明魔術である《サンライト》は、夜にはあまり効果を受けられないといった照明魔術としては致命的なデメリットがあるので、神聖魔術の中では汎用性の低いものだと言う。

 ここに来るまでに簡単な自己紹介等を済ませ、リースのレベルやスキルについてめまぐるしくアクアが聞き込んでいたが、驚いたことにリースのキャラクターレベルは1とのことだった。

 僕達と比べて合計Expは高いようだったが、キャラクターレベルは上げずに数多くの神聖魔術を習得したとのことだった。


 僕は重々しい扉に手をかけると、それほど力を入れないでも扉は開いた。リースがそれを覗き込むようにして、少しずつ光を入れていく。

 「オッケー。誰もいないみたい」

 それを訊いた二人が、扉を出てこちらの部屋へと入ってくる。リースが辺り一面を照らすと、この部屋は前の部屋より狭い部屋だと言うことが分かる。しかし──

 「この先、進む場所がないようですけど……?」

 どういうわけか、扉や階段といった、次の部屋へと進むためのオブジェクトが存在しなかった。

 「あ、あれ? なんでだろ」

 アクアは床に乱雑に置かれている雑多な装備類、恐らくは盗賊団の物であろうそれを蹴飛ばしながら部屋を探索しはじめた。

 「あのぉ」

 「なにー?」

 ズバン、っと隠密行動はどこへいったのかという音を立てながらアクアは鎧を蹴飛ばし、返事をした。

 「魔法力に不安がありますけど、探索魔術も一応使えます。使うかどうかの判断はユウさんかアクアさんに任せますよ」

 「温存したほ──」

 「使って!」

 今使っている照明も、光の盾を作る魔法も、全て魔法力を使うと説明を受けているのにもかかわらず、アクアは即答した。

 「では。《トライ・デルタ》」

 しゃがみ込むようにして、ちょこん、と床に手を当てながら魔法を使う。その手を基点としていくつもの白い光の弾が床を這うようにして進んでいき、やがて部屋中を光が覆った。

 「ユウさん」

 「うん?」

 「ユウさんの立っているところに、何かあるようです」

 慌てて足元を見ると、そこに光の弾が集中し、眩い光を放っていた。僕はそこを立ち退き、代わりにアクアがこちらへと一気に跳躍してくる。

 「リースちゃんナイス! これ隠し扉だよ!」

 アクアはベルトに挿した針金を一本取り出すと、ぴしり、と床に当てて

 「《トラップ解除》、開始」

 と、小さく宣言した。

 すると、アクアを覆うようにしていくつもの赤いゲージが表れた。

 アクアが針金でリズムよく床を叩いていく。そうする度に赤いゲージが減少していく。

 僕はそれをどこか緊張したように見つめながら、何かあった時に備えて剣を構えていた。

やがて、全てのゲージが赤から黒に染まると、一つずつ空中に吸い込まれるようにして消えていった。

 「よし、こんなとこでしょ」

 カツン、と一度針金で床を叩くと、その部分が陥落したようにして、消えていく。

 「凄い……。今のが《トラップ解除》?」

 「うんっ。ほんとはシーフツールがあればもっと楽なんだけどね。さ、早く行こっ」

 見ると、ぽっかりと空いた床の下には、下りの階段があった。ここから先へ進めということなのだろう。

 僕がアクアの先に歩いていこうとすると、リースがそれを止めた。

 「そろそろ、パーティを組んでおきませんか? きっとこの先戦闘もあると思いますし」

 僕とアクアは頭上に「?」の字を浮かべ、立ち止まる。

 「あ、ええと。一緒に協力して戦ったり旅したりする仲間同士でパーティっていうのを組むと、ステータスとか判定に修正が入るんです。ログアウトか脱退するまで有効なので、組んでおいて損はないと思います」

 「どうやればいいんだろ?」

 「パーティを作成──私の手に二人とも、パーティに加入って言いながら手を当ててください」

 「パーティに加入! うわ、リースちゃん手ちっちゃい!」

 「パーティに加入。これでいいのかな?」

 僕がリースの手に手を当てると、視界の左端にシステムメッセージが表示される。<パーティに加入しました>。

 「これでパーティが組めました。この状態だと取得経験値とドロップアイテムが割り振られますけど、それでいいですよね?」

 「うん、いいんじゃないかな」

 ぴょん、と一度跳ねて、階段まで落ちるようにして降りていくアクア。

 「じゃ、行こっか」

 「待ってアクア、僕が先頭に……」

 急いで階段を降りる。リースの《サンライト》が前を照らす。

 簡素な石造りの階段のようで、ブーツ越しにその質感が伝わってくる。辺りは少しじめっとしていて、あまり過ごしやすいとはいえない。

 「見て、でっかい扉」

 隊列の一番後ろに戻ったアクアが、僕達の目の前にあるとても大きな扉を指差して言った。

 「これには、鍵かかってないみたいだね。トラップとか注意したほうがいいのかな?」

 「見た感じ大丈夫そう。ユウ、開けてみて」

 金属の輪状の取っ手を握り、力を込めて扉を開ける。さすがに大きさに比例した重量があり、リースあたりはどう頑張っても開けられそうにない。

 僕は扉の先をリースのサンライトの小さな明かりで見る。

 とても暗く、先までは見通せない。見えるところはせいぜい2,30mといったところだが、それでも全て見通せているわけではなさそうだ。

 「何もなさそうだよ。でも、結構な広さがある」

 「とりあえず、入ってみよっか」

 リース、アクアと続けて部屋に入る。巨大な扉はギィ、と嫌な音を立てて閉まる。

 それと、同時に──


 ガチャン。


 錠の落ちる音が、部屋に響いた。

 「な、何!?」

 アクアが扉を調べる。そうした後に、数度扉を叩いてみるが、反応はない。どうやら、外側から鍵を掛けられたようだ。

 そして、奥のほうからいくつもの火が灯るのが見えた。

 「あれは……?」

 「松明のようですね。ここに住んでいる盗賊達でしょう。数がこちらより多いので、一気に攻めたほうがいいかもしれません」

 火の数は4つ。しかし、火の数=人数とは限らない。間違いなく戦闘になるだろう、そんな場の緊張感に満たされながら、僕は剣を抜いて構えた。

 「ラウンドについて、説明しておきます。聞いてください。

 MWOの戦闘は、ラウンドという単位時間で管理されています。

 1ラウンドは60秒で、戦闘開始からカウントされます。

 スキルの効果時間には1ラウンド、というものも多いので、ラウンドが終了した直後を狙うと効果的です。

 戦闘時には視界の左端にラウンドの秒数が表示されますので、余裕があったら確認しつつ戦ってください」

 どこか戦闘慣れしているようにも聞こえるリースの言葉。美しい楽器のような声で、淡々と戦闘についての解説を行ってくれている。

 「私の《ブレスウェポン》も、1ラウンドの間武器の攻撃力を上げる魔法です。戦闘が始ったら二人に掛けますから、ラウンドを意識して戦ってください」

 「分かった。それじゃあ、行くよっ?」

 「うん」

 火はもう10m程の距離まで近づいていて、敵が明らかにこちらに敵意を持っているのが分かる。

 「てめーらぁ、どこから入って来やがった!」

 「どこでも、いいでしょっ!」

 タンッ、とアクアが床を大きく蹴り出し、同時に跳躍。そのタイミングで、僕の視界の左端、メッセージが流される位置に<戦闘開始>という文字、そして<R1:01sec>という文字。これがリースの言っていたラウンドという単位なのだろう。

 アクアが宝鍵を構え、跳躍の勢いを乗せた突きを放つ直前、

 「《ブレスウェポン》」

 リースの援護魔法がアクアの宝鍵に光のオーラを纏わせる。

 とすっ、と短剣が盗賊の胸元に刺さる。

 そして、視界には<GET Exp+110>の文字。どうやら、一撃で倒せたようだ。

 「あと五人いるよ!」

 「分かった」

 僕も剣を構えて飛び出し、アクアをカバーできる位置まで走る。なるべくお互いが1対1で戦えるような立ち位置を意識しながら、盗賊の短剣をいなす。

 「おおっ? なんだ、あの兎族(メルア)の子じゃねぇか。敵討ちってか? 無駄だぁな」

 がっはっは、と豪快に笑い飛ばす盗賊。そうか、こいつらは……

 「っ! この……!」

 「《バッシュ》!」

 僕がそう唱えると、銀色の剣にオレンジ色の光が集まる。

 そのままの状態で盗賊に対して剣を振るい──短剣で防がれるが、それすらも圧し折り、盗賊の首を深く切り裂いた。

 「があっ!」

 盗賊のライフを一撃で削りきり、また同じように経験値が入る。

 残る盗賊は四人。僕とアクアの前に四人、同じような姿勢で短剣を構えている。

 「なんだてめぇ! 傭兵か!?」

 「ただの、冒険者だよ」

 「ふざけやがって! やっちまえ!」 

 盗賊達が僕を目掛けて飛びかかってくる。僕は一緒に防ごうと近寄ってきたアクアを手で制すと、頭の中で《バッシュ》と唱える。

 しゃがみ込むようにして盗賊達の攻撃をかわすと、立ち上がる勢いを乗せて、オレンジ色の光を纏った剣を振り回すように、回転しながら攻撃を放つ。

 バッシュの効果が一体だったら、とも思ったが、どうやら一太刀までが効果範囲内らしい。より多くの敵を一回に攻撃したほうがコストは安く済むということだ。

 盗賊達は一瞬にして地面へと倒れこみ、やがて、消滅していく。

 「凄い! ユウかっこいいよ今の!」

 「たまたまだよ」

 はは、と照れたように笑い、剣を鞘に収める。

 「お疲れ様です」

 リースは盗賊達が持っていた松明を両手で持っていた。長い持ち手の先に火を灯すタイプのようで、リースが持つとその身長の低さが目立つ。アクアより更に低い身長みたいだ。

 「サンライトも魔法力を使いますので、これで温存しようと思います。この部屋には他に何もありませんでした」

 僕達が戦闘をしている中、リースは部屋を見通していたらしい。抜かりがないと言うか、僕やアクアとは違う何かを感じた。

 僕達は部屋の先、盗賊達が現われたほうに進み、今度は小さな扉を発見した。僕達の世界で普通に見られるようなサイズの扉だ。

 僕が扉に手をかけた時、リースがそれを制した。

 「待ってください。私達は、裏側から入ったのですよね?

 もしかすると、早い段階でその、ボス部屋のような場所に到着するかもしれません。注意して行きましょう」

 「うん、分かったよ」

 僕は扉を少しだけ開けて、その先を見る。 

 後ろの二人が若干緊張しているのが分かる。しかし、扉の狭い隙間からではよく見ることができない。

 扉をもう少し開けようとしたところで、

 「入れ。歓迎するぞ」

 と、しわがれた男性の声が、響いた。

 びくり、と肩を震わせ、僕は後ろの二人に意見を求めるようにして視線を泳がせた。

 「罠、ということもなさそうですね。入りましょう」

 「……あいつだ」

 「あいつ?」

 僕が聞き返したとき、アクアは既に扉を開けて部屋の中へ入っていた。

 僕とリースも慌てて部屋に飛び込むようにして入ると、一人の男とアクアが対峙するようにして立っていた。

 部屋はところどころに戦利品と思しき刀剣類、宝石や財宝の類が転がっていた。男もどこか気品の漂う風貌、外装をしている。

 「ほう、仲間を連れてきたか。仇でも取りに来たのか? 折角逃がしてやったものを」

 「私は絶対に負けない。ぶっ飛ばしてやるから」

 「ふふ、お前の足元に転がってるそいつのようになりたくなければ、早く逃げたほうがいいと思うがね」

 バッ、とアクアは飛び退るようにして下がる。

 そこには、もう生気の感じられない一人の兎族の女性の死体があった。

 リースは小さく悲鳴をあげて口を押さえる。その女性は、どこかアクアに似通っていた。恐らく、アクアの母親だろう。

 「さて、いいものを見せてやろう」

 男はくいっ、と左手をあげて空中に何かを描く。

 「《デッドクリエイション》!」

 「召還術の死霊魔術……! そんな魔術を使って、何も思わないのですか!」

 リースが珍しく強い口調で男を責めたてる。

 「私にだって感じるところはあるさ。『面白い』とね」

 その台詞を聞いた途端、アクアが宝鍵を握り、男に向かって跳躍した。

 が、その次の瞬間。

 「っ!?」

 アクアの脚は、アクアの母親につかまれていた。

 「ユウさん、嫌だとは思いますが、あの死体と戦ってください。きっとアクアさんでは攻撃できないと思いますから」

 「そんな!? だって、あれは……!」

 「あれは、アクアさんの母親だった物、です。お願いします、早く倒さなければただの悪霊になってしまいますから……」

 ぎりっ、と唇を噛んで、剣を引き抜く。

 「アクア、下がって!」 

 なんとか母親を引き離したアクアは、バックステップで大きく距離を取った。

 「ユウ!?」

 剣を構えている僕が、何をしようとしているのか分かったのだろう。僕の銀色の剣はオレンジ色の光を帯び、アクアしか見ていないアクアの母親だった存在に、僕の攻撃を防ぐ術はない。

 「やめ──」

 「ごめん、なさいっ!」

 ばさぁ、と白い翼がはためき、

 オレンジ色のフラッシュエフェクトが閃いた。

 


 僕の剣が深々とアクアの母親の胸に突き刺さっている。

 その光景は、しかしアクアには見えていない。

 リースが羽根を広げ、アクアを包み込むようにして視界を覆っていたからだ。

 しかし、僕達の視界には無慈悲な表示がある。

 <GET Exp+400>。

 「何でっ!」

 「仕方が無いことです。あれはアクアさんのお母様ではありません。召還術で作られた、形無き魂。

 憎むべきはユウさんではありません、誰だか、分かりますね?」

 リースは強く、アクアを抱きしめている。

 僕は灰となったアクアの母親を見ることもなく、剣を構えて男と対峙していた。

 「娘に殺させるつもりだったんだが、な。小僧、お前は私の敵か?」

 「お前はアクアの敵だ。僕は、アクアの仲間だから」 

 「いい心がけだが、敵の力を見極めることができなければ、死ぬぞ」

 男は腰にかけていた長剣を引き抜いて、構える。

 「いくぞ!」

 新しくラウンドが始り、男が振るった剣をなんとか避ける。

 しかしほぼタイムロスなしで次の一撃が振り下ろされる。僕はそれを小盾で弾くが、衝撃で壁まで吹き飛ばされ、HPが13点まで減少する。

 立ち上がり、体勢を整える。彼我の距離は5m。

 妙な話だけど、一度剣を交えると、相手の強さが手に取るように分かる。僕はただの学生にすぎないけど、ユウは本物の剣士なんだ。

 強く、銀色の光を放つ剣を握り締め、飄々とした態度を崩さない男にその切っ先を向ける。

 僕一人では、間違いなく勝てない。かといって、アクアに戦わせるのも、今の状態だと酷なことのようにも思える。

 「リース、援護頼むよ!」

 「は、はい!」

 リースは素早くブレスウェポンの魔法を発動し、僕の剣に祝福を与える。

 「そろそろ魔法力が不安ですが……」

 「大丈夫、ありがとう!」

 とんっ、と床を強く踏みしめて、一気に距離を縮めながら剣を振り下ろす。

 「甘いッ!」

 男はそれを紙一重で回避し、長剣でカウンターを行う。

 「うわっ!?」

 腹から真っ二つになるところで、リースが翼を広げ、それを防ぐ。見ると、羽根が白い光を帯びている。《プロテクション》の魔法がかけられているのだろう。

 その機を僕は逃さずに、男の剣を弾き飛ばした。

 「何っ!?」

 「まだまだぁっ!」

 くるり、と体を反転させて、勢いを殺さないままに剣を振りぬく。

 男は腕でそれを防ぐが、祝福がかけられた剣は男の腕を綺麗に切断した。

 鮮血が飛び散り、僕とリースは盛大に返り血を浴びる。

 「ユウさん、下がって!」

 リースが慌てたように叫ぶが、遅い。

 「────《シンガル》!」

 男が異国語のような不思議な発音の言葉を唱え、何かの魔法を使った。

 すると、男の血が形ある物となって、僕達を縛り付けた。

 「これは……?」 

 「影魔術で作られた血のロープです。そこの男、盗賊ではなく、魔法剣士でしたか……!」

 「今更分かっても遅いだろうよ。さぁて、この腕の礼をしなくちゃなぁ?」

 男は下半分がなくなっている左手をぶらぶらと揺らし、右手に長剣を構えてゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 「そこの天使は売りモンになりそうだが……男、お前はいらんな」

 ゆっくりと長剣を持ち上げて、そして、振り下ろす。

 ロープは深く縛ってあり、とても避けられそうになかった。

 「ユウ」の冒険も、ここでお終いかぁ、と少し残念に思いながら、アクアのほうを見た。

 さきほどまで座り込むようにしていた彼女の姿が、今はなかった。

 そして視線を戻すと──



 「な、んッだと!?」

 男の胸には、深々と突き刺さっている一本の優美な装飾が施された短剣、宝鍵が。

 青いリボンが翻り、とても鮮やかとはいえない蹴りが宝鍵ごと男を吹き飛ばした。

 片腕を失っている男は無様に床に叩きつけられ、突き刺した宝鍵を蹴ったのか、とても助からないレベルで短剣が胸へと刺さっていた。

 「仇、取ったよ。お母さん」

 男は消滅し、からん、と金属音を立てて宝鍵が床へと落ちた。

 <GET Exp+600>というメッセージと同時に、

 『スタートクエスト2/5をクリアしました。

 派生クエストをクリアしたため、ボーナスExp500点を追加します』

 という文字が表示されていた。

 「アクア……その、ゴメン」

 母親のことを、アクアがただのNPCとして扱っていないことを、僕はよく分かっている。それが普通なのかもしれないし、アクアが特別なのかもしれないが。

 「ううん。ユウがいなかったらどうにもならなかった。

 ──ありがと」

 にっ、といつもの笑いを浮かべ、短剣を鞘に収めるアクア。その表情から、完全にいつものペースに戻っていることが分かる。

 僕は少しホッとして、同じように剣を鞘に収めた。

 「これは、いい物ですね……。あぅ、重……」

 松明を持ちながら早速部屋を漁っているリース。これではどちらが盗賊か分からない。僕はそんな姿を見て思わず噴出す。

 「リースを見てると、天使が凄く人間らしく思えてくるよ」

 くすくすと笑い続ける。

 「天使も、天族種という人間なのですから、そんな事を言われても困ります!

 それにこれは、その……戦利品というやつです」

 宝石で飾られた巨大な剣を両手で重そうに持ちながら言うリース。

 「あっ、ねぇねぇ二人共! これパンとか入ってるよ!

 携帯食ってやつかな? あんまりおいしそうじゃないけど、ちょっとお腹すいちゃったし丁度いいかも」

 アクアが本皮のバックパックを引きずって歩いてくる。中には水筒や携帯食、テントセットや簡易調理道具、毛布など様々な冒険に役に立ちそうな物が入っている。

 「わ、アクアそれ凄いよ! それは持っていこう──その」

 ちらりとリースを見ると、リースはくすりと笑って返してくれた。

 

 「戦利品、ってやつだから」

  

 僕達はここが盗賊のアジトであることも忘れ、大きな声で笑いあいながら、しばらく他愛もないことを話していたのだった。

・Skill information



《フルディフェンス》 Quickskill/戦闘

 コスト:3HP 

 射程:(SL×10)m

 対象:(射程)m内に存在する攻撃判定を有する矢弾、魔術

 対象を全て自分への攻撃判定として引き寄せる。

 《フルディフェンス》を使用したラウンド中、自身の【防御力】を+(SL×25)%する。この効果はエンチャント効果であり、他のエンチャントスキルの効果と重複せず、このスキルのエンチャント効果の優先順位は最も低いこととする。

 《フルディフェンス》は1ラウンドに1回しか使用することができない。



《サンライト》 Horymagic/マジックマスタリ:神聖魔術

 射程:5m  詠唱:3sec.

 コスト:0.05/1sec.

射程距離内で遠隔操作が可能な光の球状の光源装置を作り出す。

 この魔術によって作られた光源装置は夜間、光度が落ちる。

 使用、取得には慈愛神ノイへの信仰が必要。



《トライ・デルタ》 Horymagic/マジックマスタリ:神聖魔術

 射程:(SL×20)m  詠唱:6sec.

 コスト:5MP

射程内に存在するトラップを見つけ出す光の網を放つ魔術。

 発見できるトラップは(SL)レベルまでに限られる。

 使用、取得には慈愛神ノイへの信仰が必要。



《デッドクリエイション》 Summonmagic/マジックマスタリ:召還魔術

 射程:至近

 詠唱:5sec.

 コスト:8MP

 死後一週間未満の死体を対象とする。

 対象を生前のレベル-3のエネミーとして仮初の生命を与える。



《シンガル》 Shademagic/マジックマスタリ:影魔術

 射程:10m

 詠唱:6sec.

 コスト:8MP

射程内の任意のキャラクター全員を対象とする。

 対象をStr=(SL×15)点を持つ影のロープで縛り付ける。対象のStrがロープのStrを越えている場合、即座に解除される。

 効果時間は(SL×15)秒。

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