Angel Wing 3
「《プロテクション》!」
白く染まった僕の視界。無限にも感じる一瞬を経て。
僕の目の前には、一人の女の子が立っていた。
アクアではない。腰まで伸ばされた真っ白な髪が印象的で、背中からは髪に溶けてしまいそうな、対になっている翼──と形容するにはあまりにも小さな羽根が生えている。
アクアもこの女の子の登場に驚いているようで、体勢を立て直しながらこちらを見ている。
「早く、立ってください! 私自身に戦闘力はありませんからっ」
女の子は片方の手で光の盾を形成し、巨大な熊の爪を止めている。もう片方の手で僕の手を掴み、立ち上がらせる。その額にはうっすらと汗が浮かび、盾の形成が容易ではないことを分からせる。
僕は状況の確認は後にすることにして、素早く立ち上がり、左手に装着している小盾で熊の腕を殴りつけ、盾役の位置を交代する。
「《ディヴァイン・キャンセラ》」
僕の後ろに下がった羽根のある女の子はそう宣言する。
すると、辺りを覆っていた霧がそれこそ蜘蛛の子を散らすかのように、掻き消えた。
僕は剣を熊の喉元に叩きつけるようにして切りつけた。しかし、荒いロープのような毛に阻まれ、上手くダメージを与えることができていない。
「うわっ!?」
熊は小盾で応戦していた僕を信じられないほどの腕力で投げ飛ばす。
ごろごろと地面を転がる。上手く着地できなかったからか、少しだけどダメージを受けてしまっている。
熊がこちらに突進をしかけてくるが、それをアクアと、羽根のある女の子が止めた。
羽根のある女の子は片手に創り出した光の盾で熊の右手を止めながら、こちらに振り向く。
「《ブレスウェポン》。剣士さん、任せました」
魔法の類を使ったのか、立ち上がった僕の握っている剣は薄い光の膜のような物で覆われていた。
「ユウ、早くやって!」
「わ、分かってるって!」
慌てて走り出し、剣を突き出すような姿勢で熊に突撃する。
型もなにもない、不恰好な突き。しかし、それは見事に熊の喉元へと吸い込まれていった。
どっ
と鈍い音がしたかと思うと、熊がゆっくりと動き出す。
「やり損ねたっ!?」
「いいえ、大丈夫です」
熊はそのままの動きで、滑るようにして地面へと倒れていった。
視界の左上端には、<GET Exp+430>の文字。
アクアもどうやら表示を見たようで、安心しきった顔で地面に座り込んだ。
「はぁ~! 死ぬかと思った……」
「僕もそう思った……。ええと」
助けに入ってくれた、状況的にも容姿的にも天使のような女の子のほうへ振り返る。彼女はにこにことこちらを見つめていた。
「あっ、すみません。突然お邪魔しちゃったみたいで。
私は、天……族種のリースと言います。
天使試験で、下界へ落ちたところに、あなた達がいたものですから。これもきっと大天使様からの試練に違いないと思いまして……」
悪いことをしたわけでもないのに、どこかばつの悪そうな表情をしている、リースと名乗った少女。
アクアはさっそく友達認定モードに入っていて、話しかけている。
僕はというと、いくつか気になった単語があったので聞いてみたいけど、この世界の人間として訊いていいものか、悩む。もし常識だったらどうしよう、とかそんな小さいことを考えてしまうんだ。
それでも、訊いてみることにした。もしそれが常識だったとしても、記憶喪失だからといえばなんとかなる気もするし。
「ええと、リースさん? まずは助けてくれてありがとう。僕達、まだまだ冒険初心者だから危なっかしいんだよね。
それでー、その。知らないことも多くて。
天族種とか、天使試験? とか」
するとリースは、少しだけ不思議そうな表情を浮かべたが、すぐににこにことした顔で語りだした。
「天族種、そうですね。下界では確かにあまり見られない種族なのかもしれません。
私達天族種は、このように背中に羽を持つ種族で、普段はこの空の上、天界と呼ばれる世界に住んでいます。
そして、下界に下りてくる天族種は下界でいう成人の儀、私達で言うところの天使試験を受けている、見習い天使です。私も、見習いです。
ある程度の年齢に達した天使は、上位存在から下界へと降ろされ、『何か』を成すという試験を受けます。その試験の間、私達天使は天界にいた時の記憶などを失います。
つまり、今の私は全く記憶がないわけで。身一つで下界に落ちてきたわけで。ええと、そのですね。
身寄りが……ないんです」
後半になってくるにつれ、もじもじと搾り出すように喋るリース。なんだか境遇が僕とかぶっている。
「そうなんだ。僕も、実は記憶がないんだ。純血種だけど。
僕もアクアも、身寄りはないし。よかったら、一緒に行かない? そうしてくれると、凄い助かる」
「リースちゃんすっごい強かったし、もしよかったら、ね!」
するとリースは笑顔の度合いを強め、眩しいくらいの笑顔で、それを承諾した。本当にころころと、良いほうに表情が変わる子だ。
「はい、喜んで。見たところお二人は魔法使いのようではなさそうですし、私でも役に立てそうですね。
私も低位の神聖魔術しか使えませんが、なるべく早く上達しますので……」
「まっ、そんな難しく考えなくていいんじゃない?」
アクアがたたたっ、と踊るように森を駆けていく。僕とリースはそれに遅れて着いていく。移動力に差があるのをあまりアクアは自覚していないのだ。
「あの、それで、私達はどこへ向かっているんですか?」
「盗賊のアジトみたいだよ」
「えっ」
僕も少し歩くペースを速め、木と木の間を跳ぶようにして、振り返って言う。
「行こう、きっと楽しいから!」
夏休み期間中、授業というものがありません。
授業中に書いていたこの作品、事実上休止状態となっていましたゴメンナサイ。
そんなわけで、お久しぶりです。
これからは前までのペースで書いていこうと思いますので、今しばらく、お付き合いいただけると幸いです。
・Skill information
《プロテクション》 shieldmagic/シールドマスタリ:物理
射程:自身
コスト:0.3/1sec.
体の任意の部位に直径(SL×20)cmの光の盾を形成する。
光の盾の防御力は(SL×25)となる。
《ディヴァイン・キャンセラ》 Horymagic/マジックマスタリ:神聖魔術
射程:1km 詠唱:12sec.
コスト:5MP
魔術や自然現象によって発生した闇、影、霧など、視界を遮る現象を全て消滅させる。
使用、取得には慈愛神ノイへの信仰が必要。
《ブレスウェポン》 Horymagic/マジックマスタリ:神聖魔術
射程:20m 詠唱:2sec.
コスト:4MP
射程内の武器一つを対象とする。
対象の攻撃力を+(SL×12)点。1ラウンド持続。
使用、取得には慈愛神ノイへの信仰が必要。