第九話 食堂にて
「まだ頭がズキズキする……」
あのまま気絶してから、目覚めたのは昼休み前になってから
だ。さらに、気絶したままの状態、つまりは床に寝転んだまま
で放置されていた。
「自業自得でしょ」
「そうなんだけどさ」
葵が正論を言ってくるが、納得はできない。
「それより今日も弁当?」
「いや、作る暇がなかった」
寝坊したため、そんな時間がないことは当然のことだった。
「じゃあ、アタシと知佳も食堂に行くんだけど、どう?」
「そうだな。ここの食堂には行ったことないから、行ってみる
か」
ここの学園の食堂は複数あり、どの食堂も料理がおいしいと
評判なのだ。
「そんで涼はどこにいんだ?」
涼は教室にいない。
健斗が起きたときから、既に席は空だった。
「朝に『俺にはやることがある』って言って消えたまんまね」
「また良からぬことを……」
おそらく、また情報収集とかしているのだろう。しょうがな
いので、涼のことは意識からフェードアウトした。
「じゃあ行くか、三人で」
「そうね、三人で。知佳、行くわよ」
知佳を呼び寄せて、三人で向かう。未だに、活きのいい魚の
ように痙攣している康介は無視だった。
よく分からないが、暗黙のルールみたいなものだろう。他の
クラスメイトも空気として扱っているから。健斗は、自分もあ
んな扱いだったことを思うとぞっとした。
(同情ぐらいはしてやるぜ)
たっぷりと憐れみのこもった眼差しで、教室を後にした。
「本当に食堂か?」
到着して開口一番がそれだった。
「流石に驚くよね。アタシも初めて来たときはそうだったから」
「普通の飲食店と変わらないですからね」
知佳の言うように、まさに喫茶店という雰囲気だった。まず
テーブルとソファーがある。四人席やカウンター席まで
ちゃんと設置してある。
しかも、ウエイトレスまで存在しているのだ。内装だけ見れ
ば、到底、学園内とは思うまい。
「お客様は三名でございますか?」
「はい」
「ではこちらにどうぞ」
ウエイトレスの案内で、三人は空いている席に腰を下ろした。
「へえ、ウエイトレスって生徒がやってんだな」
ウエイトレスは、制服にエプロンとカチューシャを着けた格
好だった。それが妙に似合っているから不思議だ。
「校内バイトらしいわよ。他にも色々とあるんだって」
「今さらだけど、この学園って変わってるよな」
「橘君も十分に変人ですよ」
「……」
さらりと吐かれた毒に傷ついた。
健斗は数日、知佳との関わりを持って気づいたことあった。
知佳は間違いなく天然だった。さらりと毒を吐くけど、本人に
悪気はないのだ。
純粋無垢な笑顔で言われた日には、立ち直れないだろう。ま
さに『可愛い娘には毒がある』だった。
「確かに健斗は変人よねぇ」
葵も便乗してきた。確実に面白がってでのことだった。だが、
健斗もやられ放題というわけではない。
「葵も人のこと言えないよなぁ。あっ、そうだ。雨音は聞きた
くないか? 葵のエピソードを」
「ぜひ! 葵ちゃんって真面目ぶってますけど、お茶目なとこ
ろがありますからね。私もエピソードを話しましょう」
「ちょ、ちょっと勝手に何言ってるのよ! 知佳もよ!」
思い当たることがあるのか、激しく動揺した。それを二人し
てニヤニヤしながら見つめる。
(ふっ、なかなか葵のイジリ方を分かっているじゃないか)
(ふっ、橘君もね)
アイコンタクトで会話をする。そこまで二人の意志は同調し
ていた。
「さてとウサギ小屋の話でも……」
否。健斗の方が少しだけ調子に乗っていた。
「け~ん~と~!」
健斗は忘れていた。葵は怒ると口より先に手が出ることを。
葵の髪が噴火前の火山のように震えている。そこでやっと気
づいた。盛大に地雷を降んだことを。
「な、なーんてな。そんなこと、ベラベラ喋るわけ――」
「問答無用!」
対面に座っていたはずなのに、瞬時に移動し健斗にヘッドロ
ックをかけた。まさしく人知を超えたスピードだった。
「ぐぉ……アイアンクローの後は、マジ、キツイって……」
「堕ちなさい」
死刑宣告。
それは一切の慈悲もなかった。
(あ、雨音! 助けてくれ!)
知佳にアイコンタクトで助けを請う。
(橘君の苦悶の表情もいいですね)
そこには悪魔がいた。純粋無垢に笑顔を振り撒く悪魔が。
(なるほど。死ねということか)
もう達観していた。どうせ助からないのなら、葵の胸の感触
でも楽しもう。
(あれ? 葵って……)
無い。いや、薄い。それが率直な意見だった。
せっかくなので、健斗はアドバイスすることにした。
「葵……」
「何よ」
「牛乳はしっかり飲むべきだ」
ゴキッ。
締め付けに捻りが加わったことにより、健斗の意識は刈り取
られた。
しかし、そのことに健斗は一辺の悔いも残っていなかった。
あんまし食堂に関することじゃないですね(笑)
前回、今回のような日常的な話はまだ続きます。