第六話 学園生活のスタート
一日オーバーで申し訳ないです。
健斗たちの起こした騒動というのは、入学式に出ていた一年
生なら誰もが目にしていたわけで。同じクラスだけではなく、
他のクラスからも注目を浴びるのは至極当然なわけで。
「うぜえ……」
ある意味、人気絶頂期だった。
「いいじゃないか。めでたく有名人の仲間入りだぞ」
「アホか」
不名誉なことで有名になっても仕方がない。気分はさながら
見せ物小屋に入れられた珍獣だ。
「いいんじゃない? 面白かったし」
「ですよ! 痺れましたし!」
葵とさっき出会ったばかりの雨音知佳が、
そんなことを言ってきた。
知佳は葵と中学校からの友達で、健斗たちと同じクラス(も
ちろん健斗は知らなかった)の生徒だ。たれ目気味で、ウェー
ブのかかった髪は大人しい印象を与える。
知佳が連れられてきたときは、例に漏れず大人しそうな人だ
なと思っていた健斗だが、見事に期待を裏切られた。
健斗たちと自己紹介の時、
「入学式のあれに感動しました! 英語に訳すとグレート!
私の中に電撃が走りました!」
と叫びながら手を振り回すぐらい、元気な娘だった。という
か変な娘。
葵曰く、重度の天然で行動パターンを読むのは無理、とのこ
と。健斗は激しく納得した。
そんなことがあって、四人は昼食を取りに出口へ向かって
いる。それと同時に奇異の視線に晒され続けているのだ。
「というか、雨音は何でそんなに感動したんだ?」
あんなことを面白がることはあれど、感動するというのは疑
問に思わざるをえない。
「だって誰もが迂濶なことができない入学式で、橘君と早坂君
は見事にやってくれたじゃないですか」
瞳を輝かせながら熱く語ってくる知佳。まるで、ヒーローに
憧れる小学生のようだった。
「フハハハハ! 雨音はあれの尊さを理解できたようだな」
「当たり前ですよー」
アホが一人増えた。
「葵、どうにかし」
「無理」
葵に助けを求める途中で拒否される健斗だった。
「ちょっと待ったああっ!」
ちょうど校門を出たあたりで、そんな叫び声が響いた。四人
は何事だと声のした方を振り向いた。
そこには、こちらに真っ直ぐ走ってくる一人の男子生徒。顔
は真剣そのもので、息を切らせながらもペースを落とさない。
「誰だ?」
「同じクラスじゃない。橋本君だったかな」
その様子から、今日初めて知ったといったところだろう。面
識がない男子生徒の呼び止める理由は、見当もつかない。
「はあ、はあ」
男子生徒は健斗たちに追いつくと膝に手を乗せ、呼吸を整え
始める。春といっても今日は少し暑いぐらいだ。額には汗を滲
ませていた。
「何か用か?」
タイミングを見計らって、男子生徒に尋ねた。それに反応し
て、勢いよく顔を上げる。大事なことなのか、さっきと変わら
ない真剣な表情。
「俺を……俺を弟子にしてくれ!」
「……は?」
きっと間違えんだろう。大事な用事がそんなわけない。うん、
そうだ。
自分に必死に言い聞かせ、もう一度尋ねることにした。
「悪い、何て言ったんだ?」
「弟子にしてくれ!」
「…………」
こいつもアホだ。
健斗の男子生徒に対する認識が擦り込まれた。
「さあ、飯を食いにいくか!」
ただでさえ、涼に期待の新人(?)である知佳がいるのだ。
これ以上、気苦労を背負いたくない。よって健斗の頭は無視を
選択した。
「話を聞いてくれ!」
そのまま立ち去ろうとする健斗の腰に抱きついた。
「ええいっ、暑苦しい!」
「頼む~」
「話だけでも聞いてあげたら?」
思わぬところで伏兵が現れた。葵が男子生徒の味方をしたの
だ。
「今はこいつらで手一杯だ」
もちろん涼と知佳のことだ。
「ふっ、俺よりバカなお前に言われるなんてな」
「ですよねー。バカにそんなこと言われるのは心外ですよ」
「…………」
健斗は地味にショックを受けた。涼ならともかく、会って間
もない知佳にもバカと言われたからだ。しかも、純粋無垢な笑
顔で。
「ゴメン、健斗。あの子に悪気はないの」
「いや、いいんだ。どうせ俺は大した頭じゃないし」
健斗は無性に泣きたくなった。
「俺を無視しないでくれっ!」
男子生徒が何か叫んでいるが、耳に届くはずもない。健斗は
絶賛落ち込み中だった。
「まだ未来があるじゃないか」
「そうですよ。バカだけど」
「…………」
「ち、知佳っ!」
健斗は止めを刺された。既に精神的なライフは無い。
「ちょっ、まだ無視!?」
男子生徒の言葉もむなしく、現状は改善されることはなかっ
た。
「で、どういうことなんだ?」
弟子入り志願してきた男子生徒、橋本康介(こ
うすけ)を含めた五人は、駅前にあるファーストフード店に来て
いた。
結局、事態を収容したのは葵で、そのときに康介も昼食に誘
ったのだ。健斗は嫌々だったが、理由を聞くだけならと了承し
たのである。
「やっと聞いてくれやした!」
「いいから早く言え」
「それでは……」
背筋を伸ばし、一つ咳をした。
「俺は今までの学生としての生活が物足りなかったんだ。そん
でこの学園に期待して入ったわけだ」
一番伝えたいことなのか口調を強める。
「んで入学式のときに分かったのさ。これが俺の追い求めるも
のだ! ってな」
誇らしげに語られても、健斗にはどうしようもなかった。そ
もそもの原因は悪友なのだ。志願されても困る。
「でもな、やっぱり……」
「弟子にはできない」
断ろうとする健斗より先に、涼が言葉を吐き出した。
「そ、そんな……」
康介は見て分かるように落胆している。
涼の言いたくことを理解した健斗は、黙っておくことにした。
「お前は俺たちと同じ志を持っている。つまり俺たちは同志と
いうわけだ」
「?」
「簡単に言ったら、俺も涼も友達になることは拒否しないって
ことさ。同志っていうのは余計だけどな」
康介は落胆したから様子から一瞬で変わると、笑顔で手を差
し出してきた。
「ああ、ヨロシクな!」
二人はそれに応じて、がっちりと握手した。
「ふふっ」
「どうしたの、葵ちゃん」
傍目から健斗たちの様子を眺めていた葵は、どことなく嬉し
そうにしていた。
「んー、何となくかな?」
「変な葵ちゃん」
「アンタに言われたくないわよ」
知佳の額を軽く小突く。
「これからが楽しみってことかな」
葵もまた、康介のように笑った。
昼食を食べた後は、五人でしばらく親睦を深めて解散となっ
た。健斗と涼の二人以外は帰り道が違うので、その場で別れる
ことになった。
別れた後、健斗と涼は他愛もない会話をしながら帰っていたが、
健斗が唐突に質問をしてきた。
「あの学園って少し変じゃないか? 少しどころか、かなり」
「そうか? なかなか楽しいところじゃないか」
健斗は確信していた。質問したのは、再確認のためだ。
武器を持った生徒や、自ら襲ってくる校長など、おかしいと
ころが多々あるのだ。これに疑問を持たないはずがない。
「涼、質問を変える。あの学園の普通と違うところは?」
「治外法権なとこ」
「そうか」
なるほど、と頷いた。
そういうことなら納得である。
また雑談を再開していたら、もうアパートの前に着いた。
「じゃあな」
「ああ」
涼と別れて家の中に入った。まず、健斗は冷蔵庫の中からお茶を取り出し、それを飲んだ。
そして、ほっと一息つく。
「晩飯は何にしようかな」
落ち着いたところで、今日の献立を考えていた。
「……ふう」
今度は深呼吸をする健斗。
「治外法権ってどういうことだあ!!」
全然落ち着けてない健斗は、玄関を蹴り飛ばし、すごい勢いで隣室に駆け込んでいった。
強引な感じですが、プロローグ部分は終わりです。
学園については、これからの話で色々と分かります。
では