第四話 前途多難
今回は短いです。
コブラツイスト。
有名なプロレス技の一つだろう。相手にコブラのように巻き
つき、締め上げる技。寝技に移行すると、グランドコブラとい
う名称になる。
そんな技を現在進行形で、健斗は受けていた。
「いたたたたっ! 先生、ギブ!」
「お前らのせいで、減給になっちゃったじゃないか!」
「な、何で俺だけ……。そ、それ以上は流石に、死……」
コブラツイストをしているのは、健斗たち六組(涼も同じク
ラスだった)担任の、前島詩織だ。
腰まで伸びている黒髪が特徴の美人だと判断できるが、鬼の
表情をしている今では逆に拍車をかけて恐ろしくなっている。
「こんな安月給じゃ、ろくなお酒が飲めないだろうが!」
「……ヒュー、ヒュー」
既に虫の息な健斗。
口から泡が出そうな勢いだ。
「ふっ、骨は拾ってやる」
隣にいる涼は、相変わらずの態度。死にかけの状態なので、
何も言い返せないが。
「どうしてくれるんだー!!」
「…………」
「ああ、こんなとこで死ぬとは情けない」
第三者からしたら、絶対に関わりたくない光景であった。
「いやー、すまなかったな」
「三途の川を渡りかけましたよ……」
比喩ではない。本当に三途の川とお花畑が、目の前に広がっ
ていたのだ。
「精進が足りないからだ」
「お前は食らってないだろ」
健斗が死にかけたところで、先生の怒りは収まった。結果、
涼はコブラツイストを受けずにすんだのだ。
やるせないとは、こういうことなのだろう。
「だけどお前も悪いんだぞ」
「だから元凶はこいつですって!」
ビシッと涼に指を向ける。
「他人のせいはいけないな」
「お前のせいだろっ!」
健斗が先生にコブラツイストを受けていたのは、涼が校長を
脅迫した後に理由があった。
あの脅し文句が決まった後、校長は青くなりながら健斗と涼
の無罪を認めた。しかし、校長としては、やり場のない怒りが
あるわけで。隣に立っていた先生の内の一人、担任の詩織に減
給を言い渡したのだ。
しばらくショックで沈黙していた詩織だったが、健斗たちと
六組に向かう途中で怒りが爆発したのだ。
「ほら、ここが私たちのクラスだ」
痛む体を引きずって、ようやく六組に着いた。先生がまだ来
ていないためか、少々ざわついている。
「私は前から入るから、お前らは後ろから入れ」
先生の指示通りに、二人とも後ろから教室に入った。
ドアの開く音で静かになる教室。音の発生した方に、一斉に
注目する生徒たち。かなり気まずい雰囲気だった。
(入りづらっ!)
空いている席を探すと、出席番号順なのか、ちょうど、真ん
中で一番後ろの席が二つ空いていた。
「ほう、お前と隣の席か」
「喜ばしいことにな」
皮肉をこめて返す。悪あがきみたいなものだ。
席に着くと、またざわめきだした。しかも、前よりうるさく
なって。
「人気者は辛いな、健斗」
「そう思うんだったら、ものすごく脳外科を俺は勧める」
あれだけ目立ったのだ。こんなに注目されるの当たり前だろ
う。健斗としては、全く嬉しくないが。
「はぁ……」
健斗は憂鬱気に、今日何度目か分からないため息をついた。
「うるさいぞ、静かにしろ」
健斗のため息に、タイミングよく詩織が前のドアから入って
きた。
先生の注意により、ようやくクラスが静かになった。だが、
未だに注目は止まない。喋りはしないが、ちらちらと視線を浴
びせてくるのだ。
(うっとうしいな)
迷惑そうに、まだ注目を止めない生徒を見ると、慌てて視線
を逸らされた。それに、空気が重くなった気がする。
「おーい、橘。そんなに怖い顔をしてどうしたんだ」
「はい?」
「健斗、眉間に皺が寄ってる」
詩織に言われたことを理解できなかったが、涼の一言で納得
した。
健斗の目付きは鋭く、普通にしていても他人を威圧する印象
があるのに、今のように不機嫌になると、さらに目付きが悪く
なるのだ。これのせいで不良と勘違いされることが、本人のコ
ンプレックスとなっている。
(またやっちまった!)
第一印象はかなり大事なのに、こんなとこで挫くわけにはい
かない。残された挽回の手はただ一つ。
「だ、大丈夫です、先生」
涼を見習って微笑を浮かべた。
「……そ、そっちの方が怖いんだが」
つもりでしかなかった。
中途半端に歪められた口。全然、笑っていない刃物のように
鋭い目。誰が見ても笑っているとは分からない。
「フハハハハ! やっぱりお前は面白い奴だな」
重い空気の中、悪友だけが馬鹿笑いしていた。
「はは、は……」
この混沌とした状況に乾いた笑いしか出てこなかった。