表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

海上より

港湾城塞都市デクファは軍港として開発されたが、その後の軍縮で民間港となる。

周囲を囲む堅牢な要塞や整備された街並みはそのまま残されていた。

そして、目無しによる被害の一切を受けていない。

なぜか?


分厚い門が固く閉ざされているから?

月区から遠く離れているから?


これらは副次的な要因に過ぎない。決定的な要因はまた別にある。


----------


「おかしい。静かすぎる。」

ネアは要塞の上に登ってまずそう呟いた。確かに、あまりに閑散としている。海産物が店頭に並んだままの場所も見られ、所々悪臭が漂うが全体的に見ると全く荒れていない。

まるで人が一瞬で消え失せたような空間が広がっていた。


「ようこそデクファへ。お二人さん?って赤ちゃんもいるの。どっちが母親?」

突然隣から声が掛けられる。女性の声だ。ネアが右手に剣を構える。彼女は自分の冗談に笑いを堪えられないのかにやにやしながら俺たちを見据える。


「あはは、驚かせたらごめんね。あ、お仲間さんも下にいるんだ。見た感じ逃げてきたんでしょ?そうなら着いてきて~。」

俺の肩越しにシモンが泣きそうなのが分かったのか、慌てて取り繕う。

そしてそう言い残して要塞から飛び降りる彼女は海の方へすたすたと歩みだす。何か仲間に合図を出したのか、固く閉ざされていた門が重い音をたてて持ち上がる。皆が内側に入ったことを確認したのかすぐにまた閉じた。

取り敢えず敵意が無いことをネアと共に認めたので、後を追う。


「あんた、一体何者なんだ?この国に魔術師は多くない。そんな杖見たことが無い。」

「そりゃそうだよ。この大陸の魔術師じゃないもん。」

「ケルンと同じ南の大陸から?」

「ま、そんなとこ。でも警戒しないで。災害救助の一環だから。」

青い髪に黄色の瞳。恐らくオーメット地域の出身だろう。俺の知る彼らの共通語訛りとも一致する。


「私はこの町を守りながら避難の手伝いをしているの。」

纏うローブと杖の意匠からかなり高位の魔術師であることが窺えた。少なくとも俺のような位階の者が身に着けることは許されないほどの。

彼女は三叉路で立ち止まる。向こうには一隻の大きな帆船が停泊していた。久しく見ない木造船だ。この大陸のものだろうか。

するとその船を指差して後ろに続いていた俺たち全体に向けて言った。


「あの船ならすぐにでも出せるけど、どうする?」

ネアは立ち止まる。彼にはまだ為すべきことがある。公女を殺し、かつての公国を取り戻す必要があった。だが、片腕を無くして月光騎士団を相手取るなんて真似は出来るわけがない。


「すまん、皆。俺は月区へ戻る。お前たちは先にこの国を離れてほしい。俺たちも後から追うから。」

決意を固めた眼で彼は言った。半ば予想できた台詞であったが、残念で他ならない。

今生の別れなのだろう。全員がそれを聞いて反対する。


「ネア。俺にお前を止める権利は無い。でも、絶対に死ぬぞ。」

「仇なんだ...これ以上逃げるわけにはいかない」

「楽になりたいだけだろ?」

「...」

これ以上語る気はないのか、黙りやがった。分かっていたが、腹が立つ。


「まあまあお二人さん?いい宿屋も全室空いてるし、今日は休みなよ。続きは明日、ね?」

名前も知らない彼女の仲裁で、その日は解散した。全員がふかふかの寝具に喜んだ。


次の日の朝、ネアは立ち去っていた。あまりに思った通りな彼の行動に全員が苦笑いしている。

シモンは相変わらず朗らかに笑っている。


「それじゃ、出発~。気を付けてね~。」

彼女は埠頭から船上の俺たちに向けて手を振って見送った。結局自分が何者なのか殆ど告げなかった。不思議な人物だ。船が港から少し離れて、更に彼女は言葉を投げかけた。少し聞こえづらいが。


「海の上はこっちより危険だから気を付けてね~。って聞こえてないか。あはは。」

聞こえているぞ。なんなんだこの女。

全員が表情を固め、心配の色が強くなる。後戻りもできない状況に各々が覚悟を固める。

その後押しをするように帆船は力強く海上を西へ進んだ。


----------


海の上は最悪だ。変な魔獣が襲ってくるし、常に高波に船が揺られる。

ほぼ全員が甲板で吐いていた。だがそんな状況でも夜になるとある程度寝静まる。

一人吐き気に襲われた俺は誰もいない甲板の隅で夕飯を魚の餌に変えていた。


気持ち悪さが落ち着くまで月明かり眩しい海を眺めている。

ふと気になって背嚢の中のラジオを弄ってみた。最も陸から離れた海の上で電波が拾えるわけがないが。


予想は外れて、どうしてかラジオから人の声が聞こえた。


「あー、あー、テスト。テスト。おっほん。今日も始まりました。新大陸調査ラジオ~。変わらず、私ベル・フォーアスターがお送りいたします。」


同じく難破していたはずの妹が番組の司会をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ