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それでも君を君と呼ぶ

「カステラをふやかすとプリンになる。」

「...。」

「ツタンカーメン、実はトゥトゥアンクアメン。」

「...。」

「神は祈らない。」

「...。」

「一緒にヒトカラ行こう。」

「...。」

「筋トレのこと儀式っていうのやめた方がいいよ。」

「...。」

「食事のこと糧って言う女子高生。」

「...。」

「ご祝儀を各自が素数で渡そうにも合計額が素数にならなければ意味ないよね。」

「...。」

「半濁音ってどこが濁音の半分なの?」

「...。」

「世界一取引されている果物はバナナ。」

「...。」

「月曜の朝からパチンコ店に並ぶ人たちって仕事何してるんだろうね。」

「...。」

「どらやきの『ど』は弩級の弩。」

「...。」

「美少女には可愛い服と明るい未来。」

「...。」

「外食って家の外でしか出来ないから困る。」

「...。」

「お姉ちゃん実はおかまなの。」

「...。」

「悟りを開いたのに、開けたら閉めろと怒られた。」

「...。」

「名残惜しいゴリ押し。」

「...っ。」

「あ、君笑った?今、笑ったよね??」


イェール・フォーアスター。調査団現副団長補佐。確か24歳。俺の姉。とびきり面倒な性格。

とにかく、これだから嫌なのだ。ベルよ、後ろで隠れていないで助けてくれ。俺もこんなのにいちいち反応したくないのだ。


----------


「...姉さん。体調は回復しましたか?」

「ベルちゃん。見ての通りだよっ!お姉ちゃん、完全復活しちゃいました!」

「...それはよかったです。」


後ろから抱き着かれることに鬱陶しい表情もするも、拒絶するだけ無駄だと半ば諦めているベル。悲しいかな。

久しぶりの再会とはいえ、少し様子がおかしかった。俺を「君」呼び?普段は呼び捨てのはず。


「お兄ちゃん。姉さんは記憶を無くしちゃったの。私との対話である程度は回復したんだけど、お兄ちゃんのことまでは詳しく伝えられていない。」

「記憶が...?何か調査で?」

「うん、と言いたいところだけどその要因自体の調査も難航しているんだよね。接近しただけで記憶が失われる特性から、志望する人たちがかなり少ない。」


記憶を無くしたならあの鬱陶しさも治っていてほしかったが、どうしてそこだけ影響が無いのか。ベルはその茶髪をもふもふされる理不尽に苛まれながら、俺に事情を説明する。


「姉さん含む最初期のメンバーで調査を継続しているんだけど、原因となるモノが存在するのかすら未だ不明なのです。」

「そこで、お兄ちゃんにはここでしばらく姉さんの身の回りのお世話をしていて欲しい。」


それを聞いて艦内で無理やり切り上げられたこちらの事情に関する話を再度持ち出そうとするも、続くベルの言葉に遮られる。


「お兄ちゃんの事情は把握しているつもりだよ。王国には既に生存者が確認された。そこにシモン様の保護者がいるかもしれない。彼らをここへ輸送するよう連絡も送った。だから取り敢えずはここにいてほしい。何かあったとしても、危ないことはしないで。」

「近くまた、姉さんは記憶を失う。魔女の追跡任務で私もここを離れると思う。だから、お願い。」


ベルは俺と視線を合わせない。ただ、その小さな拳にほんの少しだけ力が込められる。

こいつからお願いされるなんていつ以来だろうか。


「分かった。暫くはここにいる。シモンの件も任せてすまない。」

「うん。ありがとう!それじゃ、話はそれだけ。」


潜水艦内倉庫の暗がりから、走り去るベルを二人で見守る。俺たち三人は中等教育を修了してすぐ両親を亡くした。食いぶちに困る前に運良く魔術適正の高さを認められ、こうして国営調査団の所属となった。

以後数年は家族団らんとは無縁で、俺自身特に気にしていなかったが一番年下のベルには精神的な負荷が大きかっただろう。この大陸への派遣が決まり、行動が開始されてすぐ俺が迷子になった。続いて姉は記憶喪失。ベルの抱いた孤独感は想像に堪えない。


「行っちゃったね。」

「ああ。」

「それじゃ、君のこと教えてよ。弟なんでしょ?髪の色とか似てるし。」

「まずはその君ってのをやめろ。俺の名前はケルンだ。」

「んー、いい機会だしお姉ちゃんのことも知ってもらおうかな。実は、『君』が嫌がることをするのが大好きだった気がするの。」

「ちっ。都合のいい記憶喪失だ。」

「あはは!その舌打ちもどこか懐かしいや。」


先ほどまでの緊張感はどこへやら、俺は久しく思い出さなかった昔話に頬を緩め、語りだす。


----------


数週間を経て俺とシモンはここでの暮らしに順応した。

俺は工学部の出身なので施設課に回されて、この拠点の魔力配線なりの点検に奔走している。ここ海底拠点はシアロフ共和国の首都、その残骸を再利用している。無理やり居住できる空間も、その残骸に混ざっていた結界装置で確保したようだ。

しかし出力が弱いのか、あちこちで雨漏りが絶えない。垂れた海水が配線に接触すると腐食の進行が加速する。結界装置含む施設全体の整備が俺たちの仕事だ。

あちこち駆け回る必要があるので体力は使うが、休みもきちんと頂けている。


明日は久々の非番だ。せっかくなのでずっと気になっていた用事を片付けたい。

ラジオが壊れてしまったのだ。一部の半田が割れて受信しても音が出ない。世話になった先輩に譲ってもらった宝物だ。捨てるなんてことはするわけがない。


「こんにちはー。すみません、ラジオの修理をお願いしたいのですが。」

「...はーい?」


技術課の開けっ放しの扉を軽く叩いて中にいる誰かに声をかけると、少し間を置いて奥の方から返事があった。にしても道具が散乱している。うちの綺麗好きな課長が見れば絶叫するぞ。

オレンジ色の作業服に白の軍手。黄緑の短髪が印象的な女性が床に散らばる工具を器用に飛び越えて現れた。


「何か御用ですか?」

「お忙しいところすみません、このラジオが壊れてしまって。」

「ああ、修理ですね。ちょぉっと借りますね。はーい、はい、ああー...この半田が。」

「急ぎではないので、お手すきの時にでもお願いできたら。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。5分ほど頂ければ作業は終わると思いますが、掛けて待ちますか?」

「本当ですか!それでは、お邪魔します。」


とはいえどこに座る場所があるのか、呆然としていると女性は道具の山をかき分け木製の小椅子を発掘し、軽くほこりを払って俺に差し出した。どうして位置を把握しているのかは分からないが、頼りになる技術者が身近にいると安心できる。

あれはベルたちの部隊が身に着けていた装備に似ている。あの道具はどうやって使うのだろうか。気になるものが多くそわそわしていると、扉の前を通った者が足を止めた。


「ちょっとーケルン?シモンちゃんが探してたよ?」

「まだ喋らないじゃん。」

「ボディランゲージだよ。ほら。」


背負うシモンを俺に「ん。」と差し出すが、シモンが浮かべるのはどこか納得のいかない表情。イェールの面倒臭さは相手の年齢に依らず伝わるようだ。

シモンを受け取り、膝の上に置く。奥で作業する彼女を静かに眺めている。

体感で言えば5分より短く作業を終え、彼女は戻ってきた。


「直りましたよ~。コイル周辺も断線してました。一応、直ったかどうか確認お願いします。」

「仕事お早いですね。助かります。」


細かな傷はそのままだが全体的に明るくなって戻ってきた。職人だ。

電源のスイッチを入れると問題なく音が聞こえるように直っていた。よかった。ありがとうございました、とお礼を言おうと彼女を見ると表情がどこか固くなっている。視線の先にはこのラジオがある。どうかしたのか。


「すみません、ケルンさん、と言いましたか?」

「は、はい。」

「そのラジオ、少し借ります。」


ひったくるわけでもなく、そっとラジオを俺の手から回収する。何か不具合でもあったのだろうか。


「暗号化...ラントフート式...鍵は...」

「ちょっとちょっと、ケルン。あの子どうしたの?」

「いや、俺は何もしてないからな。」

「知ってるよ。え、シモンちゃん?」


椅子の上に置いていたシモンが気付けば彼女の足元にいる。彼女はそれに目もくれず、紙の上でペンを走らせている。

仕事の邪魔をしてはいけないので回収しようにも、散らかった部屋の奥過ぎて辿り着けない。どうやってあそこまで移動できたんだ。というかハイハイ出来たのか。

シモンは彼女の足元で発する言葉に耳を傾けている。

もう5分しただろうか、シモンとラジオを抱えて彼女は戻って来る。表情は固いままだ。シモンを差し出されるので受け取る。おいでおいで。


「すみません、今さっき聞こえた音ですが魔族の暗号通信です。」

「魔族の!?」

「ええ、内容に関しては鍵の特定に時間がかかり最後の方しか記録出来ませんでしたが。」

「内容はどんな?」

「魔族語が拙いので単語ごとですが、『戦争』『血』『敗北』『失敗』『避難』などが多く見られました。」


かなり物騒な内容だ。北で何が起こっているんだ?


----------


「調査が明日に決まった!?」

「うん。」


急な話に驚きを隠せない。ラジオを直してもらった帰り、イェールが声を掛けられその旨を伝えられる。明日遊びに行くみたいな軽い雰囲気で記憶失いに行くこいつらはどこかおかしいのではないか。見ろシモンの顔を。ぴくりとも変えていないが、多分どこか心配している眼だ。


「因みに、忘れるのはどの程度なんだ?」

「言語機能以外全て。」

「...トイレは?」

「ベルちゃんに手伝ってもらった。」

「今度俺やるの?それ。」

「うん。」

「え、弟やめようかな。」


ベルは任務でこの拠点を既に発っている。2カ月で戻ると言っていたが、あの表情は「最短で」を飲み込んでいたに違いない。しかし、ベルとの約束もこんな形で反故にすることになるとは。だが後悔はない。


「冗談だよ。ベルちゃんとケルンのこととかまた教えてよ。」

「...。」


そう言い残してイェールは立ち去った。

ああいうの冗談でも良くないと思うんだ。うん。


----------


「ケルンさん。ケルンさん。私です。リリーです。」


夜、俺の部屋に一人来客があった。扉を開ければ、そこには昼間の技術課の女性。リリーというのは初めて聞いたが。

眠い目をこすりながら話を聞く。


「昼に傍受した魔族の通信ですが、かなりきな臭い事情になっていますよ。来月の予定だった海淵調査が突然明日になりました。これが意味するところは魔族が近くここにやって来る、ということです。」

「...はっ!?」


眠気から一気に目を覚ます。覚ましすぎてチカチカする。

すると開いた口を手で塞がれる。静まり切った夜の居住区に俺の「はっ」が木霊した。


「静かに。」


唇に人差し指をあて、俺を見据える。大丈夫なので離れてほしい。彼女は作業服のままなので少し汗が臭う。


「魔族は何か戦争に負け、南方への移動をすでに開始しています。ここ海底拠点は近く奴らに占拠されることになる。海淵にある何かを回収する前にここを奪われるわけにはいかない、だからああまで急な予定変更を余儀なくされた。」

「私がここに来たのは一刻も早い拠点外への脱出を勧めるためです。戦闘員と艦の多くはベル隊長らと共に北へ向かった。防衛できるだけの戦力はここに存在しません。」


彼女も焦っているのだろう。早口で捲し立てる様に事情を説明する。しかし、脱出なんてどうすればいいんだ。勝手に潜水艦を動かしてみろ。即解雇だ。


「魔族は恐らく明日の昼にでもここに辿り着く。全員の避難は間に合いません。調査団本部は海底の何かの回収を、私たちより優先したのでしょう。」

「拠点長にも進言しましたが、魔族の移動速度を楽観視している。まともに取り合ってくれませんでした。よって、残る手段は一つだけ。」


「明日の海淵調査に、一緒に参加しましょう。」


遠く北の地からベルが猛反対している気がした。しかし、返事は決まっていた。

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