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海の底へ

地下に眠る巨人が、ついに目を覚ました。

それは、規格外の熱源であり、魔力の奔流。

二柱が地上へと顕現する。

大気を揺らす咆哮。大地を揺らす大質量。


俺たちが最初出会った『彼』は蓋を開けていたのだ。地下に眠る彼の同胞を覆う、山脈と言う蓋を退かしていたのだ。

シモンを抱えながら、太陽を遮る彼らを見上げる。彼らは何か言葉を交わすこともなく、北へ向かって歩き出す。肩で雲が割かれる異様な光景。

その一歩一歩が、世界の輪郭を塗り替えるほどの震動となって響く。

背後の港には、異常な高波が幾度も襲いかかっていた。朽ちた帆船が打ち上げられ、波が衝突し弾ける。


「シモン...お前のために皆があの中に残ったんだぞ...」


変わらずニコニコのシモンは置いておいて、テュートさんたちをどうにか救い出さなければならない。まずは足止めをしなければならない。

こうしている今も、彼らはこちらに一瞥もくれず進み続けているのだ。


俺は当初の目的を思い出す。シモンを王国へ送り届けるため、西の町に行くつもりだった。西の方角を見れば、彼らの活動によって捲れた地殻が荒々しく待ち構えている。時間をかければ、いずれ辿り着く。だが...テュートさんらはその間無事でいるだろうか。

ここから西の町に向かい、助けを求める?馬を入手できたなら、もしかしたら追いつくだろう。でもどう彼に取りつく?どう体内の彼らを救助する?


もうすべてが手遅れかもしれない。そんな絶望に、限りない無力感に思考が停止しそうだ。


その場に膝をついてしゃがみ込む。


すると、ふと背負ったリュックの中で何かが音を立てたことに気付く。


思考がリセットされた。手段は残されている。


見つめる方向は、西ではない。ここから東、水平線の更に向こう、海の底だ。


----------


「こんにちは!あれ、ってお兄ちゃんじゃん。久しぶりー。」


港湾都市デクファからここ港までの航路上である電波を拾った。我々調査団が使用する周波数でこいつ、ベル・フォーアスターはラジオ番組の司会を務めていた。俺の妹で、5歳年下。5等級以上階級が離れている。なぜか俺が下だ。


「何の用ー?あと、あれ何。」

「どうせ知ってるだろ。巨人族だ。にしても凄いなこの大陸はまるでファンタジーだよ。」

「言えてる。」


ベルは港の真ん中、潜水艦から頭を一つ出してこちらに声を届ける。港は船舶の残骸で溢れているためあれ以上寄ってこれないようだ。にも拘わらず拡声器を通しているのでやけにうるさい。抑えてほしい。

何か面倒ごとに巻き込まれたことを恨むような視線を賜ってしまう。悲しいので、抑えてほしい。


「帝国全域で火山活動の活性化が確認されたよ。お兄ちゃんのそこも1時間後には溶岩流にのまれるけど、大丈夫そ?」

「まさか...」


俺の妹は異常に世間渡りが上手い。聞くところによれば調査団での影響力だけで言うと団長に匹敵するらしい。対して俺はパッとしない下級調査員だ。ベルは自身のブランドに傷がつくことが嫌なのか、接触は極力避ける方針を取っていた。俺も俺で精神と生活の安寧のため、同様の方針に準拠している。だからこそ、分かる。こいつは俺を置いてけぼりにするつもりだ。


俺を見て一気にやる気が喪失したようなベル。背筋をぞくりとした寒気が襲う。

見れば艦は少しずつ港から離れていく。まるで用は済んだと言うように。


「私忙しくてさ。誰かの救難信号一つで動くほど暇じゃないんだよね。奴の魔力を感じたのもあって上がってきたの。誤検知っぽいし、帰ろっと。」


俺の覚えている数少ない魔術の一つである『救難信号(ディストレスビーコン)』。調査団の拠点の一つが海底に設置されているという予測の下発信したが、まさかこいつがやって来るとは。正直、運が悪いことこの上無かった。

今もなお港から離れつつある潜水艦。本気だ。本気で俺をここに放置しようとしている。え、本当に?躊躇は?良心は?

これ以上救難信号を送ってもいたずらと勘違いされるし...詰んだ?

シモンを使えば...いやでも信じないよなあ...。


「お兄ちゃんならなんとかなるだろうし、頑張ってね~。」


とうとう潜水艦が海面下に姿を消した。


久しぶりの絶望に呆然としていると、一際大きい振動が訪れる。


追うように強風と砂塵が一帯を覆った。あまりに一瞬の出来事に、風上に背を向けて小さくなることしか出来ない。シモンは朗らかに笑っている。

数分してようやく風が止み砂塵が落ち着いた。振り返り見上げれば、遮られていたはずの太陽がそこに現れている。


巨人の片方が倒れた。


それを認識するより早く、上空から雨、いや雹のような攻撃性魔力が降り注いでいるのが見えた。太陽光を乱反射して空間そのものが眩しく輝いている。神性を感じさえする存在を地面に縛り付ける超大規模の絨毯爆撃。

雲の上、いや、宇宙からか?いくら目を凝らしても、術者を肉眼で捉えることは出来ない。いずれにしてもこの巨人の頭の上から攻撃できるなんて並大抵の存在ではない。


「総員ッ!目標はオーメットの魔女!各自、空中機動戦闘を開始せよ!絶対に取り逃すな!」


次から次へと。去ったと思った潜水艦は再び浮上し、艦内から無数の戦闘員が飛び出してきた。どうやらベルが陣頭指揮を執っている。

それに、オーメット?まさか...。


「お兄ちゃん運が良かったね。状況が変わった。恐らく奴と接触したね?事情を話してもらうよ。身柄は保護する。艦内で待機して。」


そう言い残しベルは遥か上空へ飛び去る。

一人地上に取り残されて、ただシモンの笑い声だけが波の狭間に響いていた。


----------


遥か上空からの攻撃は単純な範囲制圧と思われたが、実際は巨人の一体のみを対象にしたものだった。見惚れるほどの正確な魔力操作。吐き気がするほど禍々しい魔力。もう片方は何も反応を示さず北へと進み続ける。


間違いなくオーメットの魔女だ。どうして今、この状況で巨人族を攻撃する?

私、ベル・フォーアスターは思考する。常に混乱の中心にいるあの女の目的を。


巨人族の体組織は頑強だ。生半可な攻撃では傷も付かない。先行した部隊は鋭利な結晶内部に強力な神経毒が内包されていることを確認した。

なるほど、毒であれば巨人族にも有効だ。数滴であれば私でも生成できる。しかし恐ろしいのはその規模。常人が有する魔力量を優に超えている。


たった今、巨人の一体の生命活動が停止したことが確認された。巨人族は体組織への魔力供給が途切れると休眠状態に移行する。毒により正常な代謝が不可能となったのだろう。

それを皮切りに続いていた上空からの攻撃は停止する。如何に空中機動部隊とはいえ、ああまでの飽和攻撃を浴びたらひとたまりもない。あの女を確保するため、全員が散開し上空へ全速力。

数年ぶりに姿を現したのだ。次がいつになるかは想像もつかない。


空の色が濃紺に変わり、戦闘環境制御ユニットの消費魔力が気になり始めた。高度計は6000mを指している。生身でこの気圧と気温に晒されたなら数分ももたない。技術局には頭が上がらない。しかしこの消費魔力は改善されないものか。


未だあの女の影は見えない。敵影無しという連絡のみが積み重なる。

ぐんぐんと更に高度を上げ続けるも、限界が近づいていた。


「ベル様!高度10000mに近付きます!これ以上は危険です!」

「分かっている!...くそっ。」


誰にも聞こえないよう小さく愚痴を吐き捨て、更に上空を見やる。そこにはただ空の深みがあるのみで、奴の影は何もなかった。奴はここより更に上空からあの魔力操作をしてのけたのだ。

我々調査団に配備された装備ではこれ以上の高度は無謀。もしこのまま無理やり接敵したとして、戦闘に割くべき魔力は不足する。


「...総員、撤退!」


部隊全員に短く告げ、降下を開始する。だが、その光景を前に全員が降下を停止した。


あの女の悪意を全員が理解する。


----------


活動を停止したはずの巨人が再び活動を再開させている。

しかし二足ではない。膝と両手を地面につけ、生まれたてのように這いつくばっていた。


「毒が代謝された...?いや、それにしては早すぎるし、魔力反応が不自然だ。」


重力に任せ自然落下していると無線を通じて地上部隊からの連絡が入る。


「ベル隊長!保護した調査員が隊長に話があるようです。如何なされますか?」


お兄ちゃん...作戦行動中に余計な真似を...いや、お兄ちゃんはどうして一人港にいた?あの時近くにあった赤黒く汚れた装甲車は?何より、意識しなければ気付けないほどであるが奴の魔力を纏っていた。不可解な現状を打開する情報を期待して、相手を変わるよう部下に返答する。


「ベル!この巨人の中には帝国の生き残りがいる。きっとそいつらが巨人の体を操っているんだ!位置は食道壁内。直接制圧しろ!」

「...どうしてそんな情報をお兄ちゃんが知っている?」

「信じろとは言わない。ただ、そいつらは俺を追っている。今にこの艦までやって来るぞ?」


四つん這いとなった巨人の頭が艦の方角を向いた。ゆっくり、しかし確かに港へ移動を開始する。


「ほら。どうするんだ?」

「...本当のようだね。情報提供ありがとう、お兄ちゃん。切るね。」


こちらから一方的に終了する。数十分後に帝国全域の火山が噴火する今、一刻も早い制圧が求められた。巨人の口の中に入るなんて初めてだが、何事も挑戦だ。

戦闘行動を継続できる者へ離脱を指示し、十分な魔力量を保持している者にのみ追従するよう連絡する。


「部隊諸君。これより、艦の保護およびイグニステラ帝国残存勢力の制圧を目的とする巨人口腔への突撃作戦を開始する。」


無線から「意味が分からない」という旨の返信が多数届くが気にしない。


----------


ベル曰く、カフトーネら非戦闘員は全員自殺していたという。

捕虜として拘束されていたテュートさんたちはそのまま保護された。こうして美味しそうにパンを齧っている。因みに5個目だ。


「何はともあれ、助かりました。彼女、ケルンさんと少し似ていると思うのですが妹さんか何かですか?」

「ええ。よく分かりましたね。」


聞くところによれば鬼神の如く大暴れしていたらしい。命を救われてファンになってしまったようで、艦内で見かけるとあり得ないほど興奮している。少し危ういくらいだ。放っておいたら手を出しそうで心配になる。「かっこよかった」「憧れる」などと感想が止まらない。落ち着け。


「この後ベルに呼び出されていますけど、来ます?」

「っ!いいんですか!やったー!」

「一応言っておきますけど、テュートさんがいた方がより正しく情報が伝わると思ったからですからね?」

「もちろん分かっていますよ。私は報告業務に定評があるんです。」


そうなのか。安心した。


「そろそろ時間ですし、行きますか。」

「あ、ちょっと待ってください。」


振り返れば7個目のパンを頑張って齧っていた。どうやら食欲にも定評がありそうだ。


----------


「なるほど?大陸南部に漂着し、ドラスティ王国暫定王位のシモン様を保護し、ディートニカ公国からオーメットの魔女の手を借りて脱出し、運よく我々の拠点位置を知り、巨人族の体内から脱出して、運よく救難信号に私が反応した、と。」


潜水艦内指令室でベルがどこか叱りつけるように俺の報告を要約する。


「べべべべべ、ベルっさん!私は、ディートニカ公国月光騎士団第百席ネア・ブートジーグの妹、テュート・ブートジーグです!お兄さんにはっ!お世話になっております!」

「はあ。」


どうして連れてきた?そういう視線が俺に届く。やめてほしい。

ベルは視線を戻し続ける。


「魔女は巨人の死体を一つ、帝国にプレゼントした。彼らの間には繋がりがあったと見るのが自然だ。そして帝国の皆はお兄ちゃんを狙っていた。と言うより、そのシモン王を狙っていた。と言うより、その血に溶けた竜の火を狙っていた。魔女がどうしてその後押しをしたのかは今はまだ分からない。でも、目的があるのは確か。」

「ずっと疑問だったんだけど、どうして魔女を敵視するんだ?一応命を救われたことがあるんだけど。」

「魔女は魔女です。それ以上知る必要はありません。ああでも、いつか私が殺します。仕事なので。」


随分と物騒な話だ。巨人をノックアウトしたのがあの彼女で、なぜかベルに嫌われすぎているのも彼女で、気にするなという方が無理な話だろう。

だがまあ話はこれで終わりではない。


「ベル、今現在俺はシモンをドラスティ王国に送り届けたい。今向こうは安全だと思う。この先の拠点で物資と装備を補給させてくれないか?」

「それは構いません。ただ、そこからの移動は禁止します。」

「えぇっ!?」

「えぇって...ただでさえ人手が足りないのに人員を減らすつもりはありませんよ。物資や報告書の整理から海溝の調査まで仕事は山積みです。」


放っておくとぽっくり死なれそうで心配なのだろうか...いや、組織第一で考えている眼だ。しかし、ウィラさんたちとの約束を反故にするつもりはない。交渉の余地はないのだろうか。


「どうしても...?」

「これ以上は時間の無駄ですね。テュートさん、と言いましたか?公国の皆さんにもお伝えください。」


強制的に話を切り上げられる。続いてベルは視線をテュートさんに移した。

少し後ろでそわそわしていた彼女。急に声をかけられたからか上ずった声で返事する。そこから始まったのは身柄の扱いについての説明だ。

それも終わると、また視線は俺に戻り雰囲気は最も重いものに変わる。ベルが俺を呼びだした目的は恐らくこれだろう。


「お兄ちゃん、この先の拠点には、お姉ちゃんがいます。」


「ようこそ。旧シアロフ共和国首都、南方大陸調査団海底拠点へ。そして、どうか、気を付けて。」


潜水艦の重く分厚い扉が開け放たれる。そこから流れ込むのは海水ではなく、新鮮な空気。

そしてその更に向こうには海という天井。調査団の制服を纏い、行き交う人々。

調査団本団との合流に成功した安心感は、ここに姉がいるという危機感が全て押しつぶしてしまった。


...そう来るかぁ...。


----------


巨人は北へ向かう。


大陸の滅び、ひいては世界の滅びを防ぐため。


海を越え、どこよりも北にある最果ての地、忘れ去られた戦場へ。


そして今、最後の巨人が大陸を離れた。


「ケルン君、だっけ。ここからは時間との勝負だ。期待しているよ。」


中央湾上空400000m、人類未踏の超高高度。およそ全てを見下ろしながら、彼女は静かに呟いた。

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