刻限
シモンがいなくなった。
カフトーネさんたちもいなくなった。夕食中に施設の隔壁が降り、俺たちは食堂に閉じ込められる。
向こうで何が行われるかは想像に易しい。あいつらは間違いなく、シモンがただの赤子でないことを知っている。
あいつに妙な思いがあることは分かっていた。だからこそ常に気を配っていたが、こうも強引な手段に出る相手だったとは。ふと目を離した一瞬の出来事に、未だ少し事態を呑み込めていない。
俺たちは全員が怪我から完治し、何かあれば互いに大きな損害が出ることが予見された。きっとこれ以降の話し合いは無駄であると判断したのだろう。
混乱の中、テュートは全体に声を届かせる。
「皆さん。落ち着いてください。」
「はい、そこも、座って。はい、はい、ありがとう。おっほん。」
「えー、一人だけ、ここにいない人物がいます。」
席に着いた彼らは互いに互いを確認するが、特段誰かいなくなったものと認識できていない。
「ケルンさんが連れていた、シモンさんと言いましたか?赤ん坊がいません。」
全員の目が俺を捉える。事情の説明を求める、脅迫にも似た無機質な視線。
静まり返った部屋の空気の中、ただ一人こちらを見下ろす彼女が問う。
「シモンさんの正体を教えてください。」
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「は、はぁ!?王族ぅ!?ケルンさん!見た目に反して厄ネタすぎますよ!」
「すみません...隠していたつもりは無かったんですが...」
「聞かなかったこちらも悪かったですよ。でも、彼はどうして攫われたんです?」
「恐らくは王族の血が目的です。」
「穏やかではないですね。親になるには早すぎる年齢です。」
「...。」
「冗談ですよ。ドラスティの呪いと王族の奇跡は御伽噺として有名です。しかし、本当だとは思いませんでしたが。」
王族と聞いて、全員の目が変わった。互いに近くに寄って、何かを話し合っている。ドラスティ王国は滅びたとはいえ、大陸最大の富裕国。その王族に恩を売り、もし復興したとなれば孫の孫の孫の代まで遊んで暮らすことができる。
何も世間を知らない赤子には欠片も見せたくない下衆の思考だが、俺の目的と合致する以上歓迎するほかない。どうやら話し合いは終わり、向こうの考えもまとまったようだ。
「ケルンさん。我々にはシモン王を救出する用意があります。」
「テュートさん。こちらは脱出経路に心当たりがあります。」
「...どうやら、私たちは初めて一つになったようです。」
いつの間にか王様呼びに変わっているし、全員の眼はどこかギラついている。少し不安だが、分かりやすく心強い味方だ。
全員と固く握手を交わし、救出と脱出にあたっての作戦要綱を共有する。
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天井裏、排気口の中を移動中、俺の前を進むテュートさんが小さな声で聴いてくる。尻が喋っている。
「ケルンさん。一応聞きますが、どうしてあの子を預かったんですか?」
思えば、不思議な現状だ。シモンの保護は調査団から俺に与えられた任務と全くの無関係。ただの赤子の面倒なんて、見たくて見ているわけではない。一応の命の恩人たちであるウィラ姉妹がそれを望んだからだ。それを言えば小さく笑いやがる。
「こんな状況で人助けなんて変わってますね。」
「いいんですよ。好きでやっていることです。」
「へー、好きなんですね。」
にやにやしながら後ろの俺をみやる。ので、冷ややかな視線をお返しする。
「...。」
「冗談ですよ。ほら、一旦ここでお別れです。ケルンさんは脱出口の確保。私たちはシモン王の保護。成功を祈ります。」
「勿論です。幸運を。」
天井から降り、目的としていた部屋の前に辿り着く。気付かれないよう出来る限り音を殺すが、カフトーネらの気配は全くと言っていいほど無い。それだけシモンの安全が気がかりだがそれはテュートさん一行に任せよう。
この施設の出入口は俺たちに明かされていない。
当初俺たちが使用した出入口も、入り組んだ施設を数十分移動させられとうに忘れている。カフトーネらもこちらの目的がシモンの保護と脱出であると考えているだろう。当然、正規の出入口周辺は食堂の比にならない密度で隔壁が降りているに違いない。
よって、ここが唯一と言える可能性。
相変わらず施錠されていない、かつてカフトーネが発電室と称したこの部屋。
もし本当に発電室であるならば、外部の熱源を使用する以上出入口を除いて最も外に近い場所となろう。もっとも、人間が近付くことの出来る温度ではない。
扉から5分ほど歩いただろうか。既に皮膚が痛むほどの熱量が伝わっている。轟音も強くなり、何かが凄まじい勢いで運動していた。発電室であることは正しいのだろう。
そして、こちらの予想もまた正しかった。
「期待以上だ。しかし...」
残された時間は少ない。もしカフトーネらが一斉にここに攻め込んできた場合、俺一人じゃ相手にもならないだろう。一刻も早く、『これ』の解析を進める。
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行動の多くは制限されていたが、少なくとも十階層以上あることは確認されていた。施設内地図が与えられずとも、各自の探索である程度は判明している。位置は常時監視されているようで暫くすると誰かしらに連れ戻されるが。
「いましたよ。テュートさん。王様です。」
公国の生き残り総勢12名で各階天井裏の排気口をうねうねしていると、仲間の一人が対象を発見する。場所は恐らく最下層、病院のような雰囲気。
「あれは...何をしているんだ...?」
「お菓子の時間...ですかね...?あ、投げた。」
1歳児にあの大きさのケーキは無謀だろう。遊ぶに決まってる。周りの白衣を着た人物たちは大慌てで床を掃除していた。もう少し見ていたいが、これ以上ない隙。
全員が一斉に飛び降りる。
「なっ!?お前らどうして!」
「シモンは私たちの王様だー!」
一応、シモン様は確保した。私の腕の中できゃいきゃいと笑っている。すぐさま階段へ向かおうとするが、人数で勝る彼らに回り込まれてしまった。彼らの多くが素手だったが、一部は武器を所持している。戦力差は圧倒的だった。
私はシモンに手を伸ばす男を殴り飛ばす。そう、圧倒的だ。連中は明らかに非戦闘員。シモンを護衛する戦闘員がこの奇襲に気付くまでに、ケルンと合流する。
「総員。戦闘用意。」
全員が簡素な造りの遮光グラスを装備する。続いて叫ぶ。それは、バカな兄から教えてもらった唯一の月の魔術。
「『月光よ』!」
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巨人の肉体はその規模が故に莫大な熱量を消費する。だが代謝の仕組みは人族のそれとかけ離れている。
岩漿を取り込み、熱を魔力へ変換、各組織へ伝送、消費、排泄。熱源と接する体組織は異常な耐熱性と耐圧性を有する一方で、体内組織の異常性は少ないことが認められた。実際、神経を保護するため肉体の中枢に過剰な熱が届かないよう保護されている。
カフトーネらはそんな巨人の体内、恐らく食道に相当する器官の壁内に施設を建造した。外部を流動する岩漿を使用し、組織液を蒸発させ発電機を回す。取り放題の肉で食糧問題はほぼ解決、施設内部において自給自足の生活が行われている。
地上での活動を経て、脳組織への魔力伝送量が減少すると地下へ潜り眠りにつく。体内の魔力反応が急激に激化していた。この巨人は近く、目覚める。
特製の秘密基地も、そうなればひとたまりもない。とてつもない運動量が施設内部の人間に牙をむく。まともに活動は出来ないだろう。
即ち、脱出手段は用意されている。そして、それを確保することに成功した。
だが...
「どうして起動しない!?」
赤色灯を鈍く反射する脱出艇。内部コンソールを叩き、起動シーケンスに相当するプロセスの有効化を試みるが反応は無い。駆動系が故障しているのか、この指令系統に権限が付与されていないのか。何にせよ、向こうの作戦も終了する頃だろう。困った。
視線を上げると額に汗が伝う。気付けば全身汗まみれだ。頭の中に靄が掛かりかけるも、軽く横に振ることで対処する。
ボーっと遠くを見ていると、気付いた。動力が不足している。
この脱出艇の動力源は恐らく電気だ。制御系を動作させる分には内部の電池で適うが、舟艇自体を動作させるには不足する。
幸いにも、すぐそこに絶賛稼働中の発電機がある。不幸にも、電気工事は未経験だ。こんなところで感電はしたくない。困った。
すると、扉の外から聞こえる足音が大きくなる。
「ケルンさん!シモン様を保護しました!急いで脱出しましょう!」
シモンを抱いたテュートさんに続いて、皆が走り寄る。作戦は成功したようだ。
って、あああ、やばい。どうしよう、動かないよ。ええと、ええと、いいや。こことここ繋げちゃえ。ケーブルの色は合ってるし、何か駆動音が大きくなった。と、取り敢えず、動いたから、よし!
「全員。動かないでください。」
カフトーネが武装した一団を引き連れていた。それを見たテュートさんらは苦虫を嚙み潰したように、表情を歪める。正にタッチの差だった。
数十の銃口がこちらを睨みつける。じりじりと一団は距離を詰め、それに応じてこちらは後退を余儀なくされる。熱の壁に妨げられこれ以上の後退は不可能。
優位を確信したのかカフトーネが声を上げる。拡声されたそれは発電機の轟音に紛れず、真っ直ぐ俺たちの耳に届いた。
「ケルンさん。舟艇から降りてください。脱出口は塞いでいます。そのまま起動させると施設外壁と衝突しますよ。」
「気付いているとは思いますが、その脱出艇は2人用。あなたたち13人とシモン様のうち誰かはここに残ることになる。」
「我々がシモン様へ危害を加えようとしていたことは事実です。しかし、あなた方は王国の関係者ではない。シモン様の身柄をこちらに引き渡し、投降するならあなた方の安全は保障します。ですから。」
テュートさんと目が合う。彼女はまだ諦めていない。当然俺もだ。脱出艇は向こうにとっても最後の手段。破壊することはない。そして電力供給量が最大値を示している。いつでも、ここから脱出出来る。
彼女の手には拳大の球体。爆弾だろう。
全てを察した俺は投げ渡されたシモンを受け止め、勢いよく脱出艇に乗り込んだ。そして、思い切りアクセルを踏み込む。
カフトーネの何か絶叫が聞こえるが気にしない。加速度が発生し、シートに背中が沈み込む。
瞬間、前方で炸裂が二度発生する。テュートさんの投げた手榴弾が発電機のシャフトを歪め、外殻を突き破って内部で流動していた超高温の岩漿が露出する。急激に加熱された大気が脱出口だと思われる、施設の外壁を破壊した。
赤黒い肉の壁。そこに向かって、脱出艇が加速する。
流線形をした脱出艇は肉の壁を何の抵抗もなく突き破る。火山地下の岩漿溜まりに晒され、舟艇が異常なほどの振動に襲われる。しかし推進力は失われていない。
力強く前へ進む。
やがて、それは地上へと突き抜ける。




